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富山大学言語学コース2008年卒業生・ミニ同期会

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(4月30日夜・記)
アップした写真、昭和レトロな感じのお店での飲み会風景ってぇのはわかりますが、どんなメンバーの集りか、知らない方が見たら謎でしょうね。営業2課の歓迎会、大学ゼミの親睦会、新党支援グループ決起飲み会、あるいはジョギング趣味の会打ち上げ・・・。答えは、写真の6人、2008年3月に富山大学言語学コース同期卒業です。
このお店(富山駅近くの「陳麻家」)、卒論提出の打ち上げで使いました。今では懐かしい思い出ですが、その時のブログ記事を再掲。

2008年1月17日夜・記
16日、「やっと完成した~」と思って卒論を持って家を出ようとした。ところがふとタイトル見たらタイトルが間違っているではないか(恥)。「『書く』『話す』『文法理解』~」となるべきところが、「『書く』『読む』『文法理解』~」となっている! なんとおマヌケなボク(恥)。大急ぎでPCに戻って打ち直し→印刷→差し替え。10時少し前、焦って家を再出発。なんとか10時半前に提出し終えました。その後、言語学演習を受けて、富山国際学院へ。H組授業やりながら、やっぱ、みんなの様子が心配で、何も応援できないんだけど、休み時間にクラスメートにTEL。
10名全員、無事卒論提出完了\(^o^)/
夜6時過ぎ、富山駅前で待ち合わせ。そこから、打ち上げ会会場へ。
写真は打ち上げ会で写したもの。壁のメニューがレトロっぽいお店。お店の名前、覚えとらん(恥)、なんとか家っていう中華系。90分飲み放題2980円。青島ビール飲みたかったけど、オプションになるみたくって、ガマン。生ビール数杯。料理も予想外においしかった。
写真のみんな、いい顔しています。富山弁で言うと、「卒論出してあっかりした顔」。左手前から時計回りで
まりりん、榊(偽名)、ミッキー、akira、さやえんどう、とちじ、たむ、高橋さん、けんけん、そして、前面に恥ずかしげもなく身を乗り出してるおっさんがひげっちです(照)。
僕の卒論の「謝辞」の一部を以下引用。
・・・クラスメートのみんなにも感謝したい。私が編入学にあたって最も悩んだことは①大学の授業についていけるか、②周囲に受け入れてもらえるか、の2点であった。幸いにもクラスメートに恵まれたおかげで、この2点は解決できた。彼女ら・彼らのこれからの長い人生に幸あれと願うものである。・・・

2008年1月16日のメンバーのうち、まりりんは秋田、榊(偽名)は岐阜、akiraは新潟、さやえんどうは首都圏にいて、残念ながら今回は富山組6人だけでの飲み会でした。
まりりん、榊(偽名)、akira、さやえんどう、このブログ見てますか~。次回はみんなで集ろうね♪
飲み会、けんけんの修士卒業祝いで集りました。僕がとちじ、たむと会うのは卒業以来約2年ぶり。写真右列奥から、とちじ・高橋さん・たむ、左列奥からけんけん・ミッキー・ひげっち
当夜ボク、ずいぶん飲んじゃって、みんなと一緒のときは大丈夫だったみたいですが、9時前にみんなと別れたっちゅうのに帰宅は11時過ぎだった。しかも、帰宅途中、2箇所で*間*屋(恥)。久しぶりです、小*物*になったんは。でも幸い二日酔いにはならなかった。

久しぶりに青春した夜でした(照)。友達ってほんとにいいもんです。
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by tiaokumura | 2010-04-29 19:54 | このブログのこと | Comments(4)

黒岩比佐子『編集者 国木田独歩の時代』、澁澤龍子編・沢渡朔写真『澁澤龍彦 ドラコニア・ワールド』

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2010年度はF組週2コマ担当。4週目に入っています。水・木曜日担当なので明日が7回目の授業。初めて使う教科書『大地』、ここまでまずまず使いこなせてきたかなぁ。『みんなの日本語』と比べると周辺教材が圧倒的に少ないのですが、それはそれであれこれ準備工夫ができて自分にとって勉強になっています。ってぇも、ほとんどの準備工夫を一緒に組んでる佐野久美子さんに頼ってるんですけどネ(大恥)。昨日から漢字学習もスタート。漢字教科書は『Write Now!』。非漢字圏出身学習者によく配慮されたスグレモノな教科書です。もちろん、「教科書『を』教える」のではなく「教科書『で』教える」なので、どんなに優れた教科書でも教師の授業力が厳しく試されるのは言うまでもありません。

当ブログのカテゴリ「」、1か月半以上、投稿してませんでした。このあいだの新聞記事で日本の小学生の図書貸し出し冊数平均が30冊台(確かそう)っての読みました。ボク、小学生に完全に負けてますね(恥)。
ここんところなかなか本が読めなかったのですが、今週からアップした写真の2冊、読み始めました。だいぶ前に博文堂さんから届いて、読めずにほったらかしにしていた本です。
黒岩比佐子
『編集者 国木田独歩の時代』
平成19(2007)年12月10日 初版
角川選書(角川学芸出版)
1700円+税
澁澤龍子・編、沢渡朔・写真
『澁澤龍彦 ドラコニア・ワールド』
2010年3月22日 第1刷
集英社新書ヴィジュアル版(集英社)
1200円+税

黒岩比佐子『編集者 国木田独歩の時代』
国木田独歩は高校生の頃に『牛肉と馬鈴薯』『武蔵野』を読んだ程度で、ごく普通の文学史的知識以外はほとんど持ち合わせていません。皆さんもきっとそうでしょうね。
だが、それが独歩のすべてではない。彼にはほとんど忘れられている別の一面があった。それは、ジャーナリストであり、編集者としての国木田独歩だ。(p11)
本書が刊行されたことを、2007年末はおろかつい最近まで知りませんでした。村井弦斎『食道楽』(岩波文庫)は2005年7月刊ですから、黒岩比佐子なる名前はその1年半前に知っていたはずなのですが、彼女に単共著があることにまで思いは及ばなかった。それがここ数ヶ月、盛んに黒岩本を購い求め、黒岩本を読む楽しみに耽ることしばしなのですから、まぁ本との出会いというものは摩訶不思議なものです。
独歩が窪田空穂の勧めで野口男三郎の手記『獄中乃告白』を独歩社から刊行したこと(pp233-237)、知りませんでした。男三郎、今だったら連日ワイドショーを賑わすことでしょうね。そして本書、まだ読み終えていませんが、黒岩が「謎の女写真師『梅子』」(p264)を追求する過程に溢れる黒岩のノンフィクションライター魂に触れることこそ、黒岩本愛読者の最高の喜びでしょうね。
本書、黒岩の他書同様に、参考文献・年譜・人名索引がすばらしい。本書成立に到るまでの黒岩の膨大な取材データとその整理の力業を思うとき、黒岩が日本ノンフィクション史の屹立する一峰であると確信できる。
黒岩比佐子さん(ご本人は「先生」と呼ばれるのがお嫌いなので「さん」付けさせていただく)のブログ「古書の森日記」(ご本人のご許可を得ていないのでまだ右にリンクしていませんが、しばしば訪問させていただいております)に拠ると、『古書の森逍遥 明治・大正・昭和の愛しき雑書たち』(工作舎)が6月に刊行、さらに堺利彦関連本も年内刊行とのこと。年内に関西学院大学で予定されている黒岩さんの講演会と合わせ、近刊2書も楽しみです。

澁澤龍子・編、沢渡朔・写真『澁澤龍彦 ドラコニア・ワールド』
当ブログで既に書いていることだが、澁澤龍彦は学生時代に宮崎健二君に教えてもらった。
本書、愛蔵版で刊行してもきっと売れたと思うが、新書で刊行とはありがたい。本書の親本はありません。
皆さんは何か収集してらっしゃいますか? 僕は小中学生の頃だったか切手を集めていた。今CiC(富山駅南口前)になっているところにかつて須田ビルがあり、その1階(地下には闇市があった。僕の頃はもう「闇」ではなかったのでしょうが)に切手の店があった。僕、お小遣いを貯めてでしょうね、たまにそこで買ってました。あるいは、カタログ(年刊)を眺めながらいつか見返り美人や写楽が買えたらいいなぁと思ったり。あの頃は切手収集がブームだった(他に、僕はやらなかったが鳩飼育なども)。僕の場合、切手以外に何か集めたという記憶としてはラブレターくらいかなぁ(照)。僕はコレクター気質の薄い人間なんかもしれない。
本書は、澁澤のコレクション+関連文。コレクションの写真撮影は沢渡朔。僕は『少女アリス』( 河出書房新社。 1973)を古本屋で買って持っていた。「文藝別冊」に『澁澤龍彦 ユートピア・ふたたび』(河出書房新社。2002年)があり、そこに篠山紀信「澁澤龍彦の館」が掲載されている。2人の写真家の力量の違いを僕は知りませんが、2人ともに澁澤の部屋を撮った写真があって、比べてみるとおもしろい。この本の編集は桑原茂夫。僕は「不思議大好き人間」なので^^、桑原の本、何冊か持ってます。澁澤と桑原って接点があったんですね、初めて知りました。
さて、本書で取り上げられている「澁澤龍彦の愛したオブジェたち」(澁澤龍子「あとがき」p232)の数々は、髑髏・三葉虫・アンモン貝・凸面鏡・貞操帯・地球儀・花札・人形(四谷シモン・ベルメールなど)など。「花札」は僕には意外ですが、後は「澁澤好み」で「そうなんだろうな」って感じです。「オブジェ」に付された文章ではもちろん「貞操帯」も澁澤ワールドですが、「拳玉」がおもしろい(pp176-179)。ここに引用するのは憚られる内容なので^^、ご関心がある方は各自ご確認を。
余計なことですが、龍彦と龍子って坂本龍馬とお龍みたいですよね。龍子、本名なんでしょうね。
澁澤ファンって若い方にも多いんですよね。値段もまあまあ手ごろな本書、澁澤入門書としても最適でしょうね。

(注)
澁澤龍彦の「彦」は正しくは「偐の旁部分」です。私のPCではこの字が出ないので、「彦」で代用しました。悪しからずご了承を。
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by tiaokumura | 2010-04-27 21:01 | | Comments(0)

朝日新聞 在日華人・第12部「大陸源流」(2010年4月25日~)

日曜・月曜の朝日新聞、シリーズ「在日華人」の第12部「大陸源流」開始。
日本語教師という職業柄、このシリーズでまるっきり初めて知る事実はさほどありませんが、毎回読みでがあるシリーズです。第13部は
毎年5万人増えている在日華人。好況の中国から、なぜ多くの人が日本へ来るのか。・・・その事情を中国から伝える。
とのことです。
記事中に黒龍江省方正県で記者が目にした、「誤字だらけで意味不明」の看板の例として「けはテひん」(化粧品店)・「チキソそ煮ぅ」(鶏肉の煮込み料理店)が挙げられている。プロの日本語教師として、ここでちょっとその謎解きをしてみたい。
「けはテひん」。「ひん」は「品」でまちがいないでしょうね。では、なぜ「けしょう(化粧)」が「けはテ」になったのか。「け」は「けしょう」の「け」でまちがいないでしょうね。問題(謎)は「はテ」。日本語教育でかな・カナ指導をしている僕の立場から類推するに、「は」は本来2文字であるべき「しょ」がくっついて1文字と誤解した。つまり、「し」が「は」の左部分になり、「ょ」が「は」の右部分になった。では「テ」は? これはひらがなの「う」と書くべきところを「テ」に誤記したと考えられます。「う」と「テ」、似てますもんね。ここで「似ている」というのは「非日本語母語話者にとって」ってことです。日本語母語話者にとっては無論完全なる別字と認識できますよね。以上の推理、たぶん正しいでしょう。
次に「チキソそ煮ぅ」。「ン」と「ソ」は似ていてまちがいやすいし、「そ」と「を」も似ている。そして、ここまで読まれてたぶん「ぅ」が「る」の誤記であることは皆さんにも容易におわかりでしょうね。「チキンを煮る」と書きたかったんでしょうね、本当は。

まぁ、そんな謎解きはお遊びの類。同連載はweb上にもきっとあるでしょうから、記事内容にご興味がある方はぜひお読みください。
ニュー「在日華人」の多くは中国の経済格差・学歴格差・超人口大国の産物である-というのが本記事の結論でしょうね。そして、それを全否定する根拠を僕は持ち合わせていない。「在日華人」が全て留学生ではありませんが、日本国内の日本語教師にとって今後数年は、「需要」があれば何をやってもいいのかと職業倫理が問われ、学生の「幸福」実現にどこまで関われるかと職業能力が試され、日本語学習シラバスのメリハリが要求され、モティベーションの低い学生の指導力が大いに必要となり・・・といった時代になるのでしょうね。そんなことを考えていると、いったい「学生にとって魅力ある日本語教師」って何なんだろうと思った。
記事中にこの春福井県の日本語学校に入学した2人が出てくる。2人は上海浦東空港から小松空港入り。同じ北陸の日本語学校で働く一日本語教師として、2人にはぜひ充実した留学生活を送ってもらいたいと思う。

(4月28日・追記)
web上の「アサヒ・コム」のこちらシリーズ「在日華人」を読むことができます。
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by tiaokumura | 2010-04-26 21:11 | 日本語教育 | Comments(4)

富山で若冲を観る

25日は命日。今年のカレンダーで土日の25日は4回ある。信心薄き身ながら、10時過ぎお寺さんを迎える。浄土真宗の定番になるのでしょうね、鳩摩羅什訳・仏説阿弥陀経。
地元紙で若冲『糸瓜群虫図』が25日までとの記事を読んだ。昼食を早目に済ませ富山県水墨美術館に向かう。

家から約20分で富山県水墨美術館。ここは駐車場から美術館入口までの通路がいい。100年後が楽しみな造園。館内、思っていたより空いていた。シニアカップルが6割といったところか。
展示室2室。一室目すぐに「1 華麗なる琳派」。宗達下絵・光悦書『忍草下絵和歌巻断簡』の次に宗達『伊勢物語図色絵「大浜」』。24cm×21cmですから日本美術では小品サイズでしょうね。左上に女、右下に男と対角に配す。右上から歌(「大淀の・・・」)が始まり、下の句が対角に沿って川の流れのように男の頭上まで伸びる。伊勢物語第75段の男女の贈答歌は次の通り。
女 おほよどのはまにおふてふ見るからにこゝろはなぎぬかたらはねども
男 袖ぬれてあまのかりほすわたつうみのみるをあふにてやまむとやする
女 いはまよりおふるみるめしつれなくはしほひしほみちかひもありなむ
男 なみだにぞぬれつゝしぼる世の人のつらき心はそでのしづくか
男は恋人レベルから夫婦レベルになることを望んだ。だがつれなくも女は「見るからにこゝろはなぎぬ」のレベルで留まると言う。早い話が男は袖にされたんですね^^。「世にあふことかたき女になむ」で終わる第75段、ボクのようなもてない男には「業平、ざまぁ見ろ」ですが(激爆)、『伊勢物語図色絵「大浜」』を観る江戸期の人々はもっとロマンを感じたことでしょうね。この絵、男女の心理的距離を具象化した名品でしょうね。書は水無瀬氏成という公家。この作品、益田鈍翁旧蔵だそうです。
他に、光琳(『宇治橋図団扇』)・抱一4点など。

伊藤若冲は全部で10点(「2 若冲の魅惑」)。墨画7・著色3、細見美術館蔵6点・特別出品4点(『糸瓜群虫図』など)。
今回の出品中、私たちが普通に若冲として刷り込まれているイメージに最も近い絵は『雪中雄鶏図』でしょうね。若冲30代の作品。後の若冲の全てを胚胎しているような作品。不安定で不気味で擬人的な雪と竹は世間で、色鮮やかで量感を湛える雄鶏は若冲か。
『瓢箪・牡丹図』。双幅・墨画。若冲40代の作品。『瓢箪図』、画面下半分にユーモラスで孤独感漂う瓢箪。『牡丹図』、墨の濃淡だけで牡丹を描き胡蝶を配する。賛は「描かれたモチーフを禅宗の文脈のなかで解釈」(細見美術館『琳派・若冲と雅の世界』)。
『糸瓜群虫図』。絹本著色。虫食いのある糸瓜、11種いるという虫。若冲の自然観照によって導き出された作品なのでしょうが、どことなく不思議な絵で、ルソーを見るような錯覚に陥る。11種類虫がいるそうですが、ボクは目が悪いし虫をよく知らないので、館内では6種までしか数えられませんでした^^。『糸瓜群虫図』は25日で撤収し、27日からは『里芋図』が入るそうです。
若冲の最高傑作を揃えた展覧会ではないようですが、富山で生の若冲を10点も観られてまずまず幸せでした。

『京都細見美術館 琳派・若冲と雅の世界』(富山県水墨美術館。5月16日まで)は他に「3 祈りの美」「4 王朝の雅と源氏絵」「5 かざりの意匠」。

来月8日に京都に等伯・冷泉家を観に行きます。時間があったら若冲ゆかりの石峯寺にも寄ってみたい。
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by tiaokumura | 2010-04-25 21:33 | 美術 | Comments(0)

学院長式辞@2010年度4月生入学式(2010年4月23日)

2010年度4月新入生の皆さん、入学おめでとうございます。
富山国際学院12名の教師を代表してお祝いの言葉を述べさせていただきます。
我代表富山国际学院12名教师,对2010年4月的新生表示由衷的祝贺! 并代表他们讲几句话。
On behalf of 12 teachers at 富山国際学院, I would like to express my deepest congratulations to all of you, 2010 April session students.
皆さんの富山国際学院での留学にご尽力いただいたご家族・関係者の方々にも、心から感謝の気持ちを述べさせていただきます。
我从内心向你们的家长及有关亲属表示由衷的感谢,感谢他们对你们来富山国际学院留学给予的大力支持和援助。
Also I would like to express my sincere thanks to all your families, relatives, Nagoya Immigration Office, Japan Embassies and others, who have decided to send you to be members of our 富山国際学院。
皆さんはご家族のもとを離れ、ここ富山で留学生活をスタートしました。私は皆さんがすばらしい先生方のもとですばらしい留学生活が送れることを願っています。
皆さんは先輩方やアパートの大家さんや近所の方々にも支えられることでしょう。
你们远离亲人,来到富山开始了你们的留学生活。我衷心的祝愿你们在很优秀的各位老师的指导下,度过你们宝贵的留学生活。你们的学长•学姐及公寓的房东•左邻右舍会给你们支持与帮助的。
Remote from your family, you started to spend your study abroad life in Toyama. I hope you will be able to spend fruitful and satisfying life here under the warm, well-trained and strict teachers.
You can be supported by senior students, and those who live around you in your younger days.

今日は皆さんにとってゴールではなくスタートです。皆さんが日本語を学ぶ目的はさまざまですが、皆さんの一人ひとりが夢の実現のために富山国際学院でたくさん日本語を学んでください。
今天对大家来说不是终点而是起点,虽然大家学日语的目的各不相同,但为了实现你们每个人的理想,努力学好日语吧。
Today is not a goal but just a start. Your aims to learn 日本語 are different from each other. I believe you will learn 日本語 to realize your dreams. Learn 日本語 a lot here at 富山国際学院.
江戸時代の国学者に本居宣長がいます。彼は『うひ山ぶみ』の中で以下のように書いています。
「才のともしきや、学ぶことの晩(おそ)きや、暇(いとま)のなきやによりて、思ひくづをれて、止(やむ)ることなかれ。とてもかくても、つとめだにすれば、出来るものと心得べし。」
(才能の乏しいことや学びを遅く始めたことや学ぶ時間がないことを口実にして学ぶことをやめてはいけない。絶え間ない努力を続ければ必ず学業は成就する。)
江户时代有一位国学家,叫本居宣长。他在一本国学启蒙的书中写道「人不能以没有才华或没有时间学习等为借口,而放弃学习。只要不断努力,就能成功。」
We have one philosopher named 本居宣長 in Edo period. He wrote in his book entitled うひ山ぶみ or “The Ways for Beginners” as the following.
“Never complain that you have neither talent, early-start nor time. Your unremitting efforts lead you to the stage to complete your work.”
そうなのです。日本語を学ぶ努力を毎日続ければ必ず日本語が上手になり、あなたの夢が実現するのです。皆さんにとって日本語はそんなに難しい言語ではありません。
确实如此,只要每天都不断学日语,日语就能有进步。就能实现你的理想。对大家来说,日语并不是很难学的。
Yes! Your unremitting efforts to learn 日本語 will lead you to realize your dream through 日本語. 日本語 is not so difficult language for each of you.

さて、皆さんは富山国際学院に入学しました。どうか目も耳も大きく開いて、たくさん聞いて読んで話して書いて、皆さんの輝かしい未来に向かってがんばってください。皆さんの富山国際学院での留学生活がすばらしいものになることを願っています。
大家今天迈进了富山国际学院,请大家多读多听多说多写,为大家美好的未来努力吧。愿大家在富山国际学院的留学生活能有丰硕成果。
Well, you all are new members of our 富山国際学院. Please keep your eyes and ears wide open. Listen to, read, speak and write 日本語 as hard as possible. Keep a tough mind to challenge for the brilliant future. 富山国際学院 welcomes all of you, and hopes you will spend the very best and delightful lives here.
皆さん、ご入学本当におめでとうございます。
最后再一次向大家表示祝贺。
Congratulations to you from four countries, again. Thank you.

2010年4月23日
富山国際学院 学院長 奥村隆信

(注)
中国語部分は、銭輝先生(富山市民国際交流協会)に翻訳していただきました。銭輝先生、ありがとうございました。
钱辉老师(富山市民国际交流协会)为中文翻译了日语。钱辉老师,谢谢!
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by tiaokumura | 2010-04-23 11:30 | 僕は学院長2年生 | Comments(6)

富山弁切手「富山弁でいかんまいけ! 春の巻」、好評発売中

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A:ありゃ、Bさんじゃないがけ。
B:ありゃまぁ、Aさん、ひっさしぶりやねぇ。どうしとったがけ。
A:まめにしとったちゃ。あんにゃもまめやったんけ? あんにゃとこの孫、中学卒業したがやないけ?
B:わしらちゃ、1月22日にこのブログでおうて以来やちゃね。おかげさんで、孫な、富山高校、合格して、4月から通うとっちゃ。
A:そいがけ。なら、あんにゃもこっであっか~りだちゃね。
B:それがな~んながやちゃ。わし、この10月で65歳になるさかい、定年なっがやちゃ。
A:あんたちゃ、もうそんな年ながけ?
B:何言うとんがけ、あんたとおら、中学の同級生なが、忘れたんけ。
A:冗談言うただけやちゃ。わし、な~ん、まだボケとらんちゃ。
B:あんたちゃ、昔から冗談好きな人やね。ところで、会社の歓迎会でこないだおもしろいことあったがよ。聞きたいけ。
A:うんうん。
B:わしとこの会社、東京から富山支社長来たが。
A:おいね、そっで?
B:歓迎会、魚民でやって・・・
A:あんたんとこも不景気なんけ。もっとごっついとこでやれんだんけ?
B:しゃあないちゃ、そんなご時世ながよ。そんで、最後に支社長がお礼のあいさつされて・・・。偉いっさんの話ちゃ、わしみたいなダラにちゃ、な~んわからんで。ありがた~なって。ほんで、目、さめたら、今度は、飲みすぎたからやろね、うーなって。
A:あんたはん、酒弱いもんね、昔から。
B:そんで、お開きになったがやけど・・・。
A:うんうん。そっで?
B:女子社員がいい気分の支社長に「支社長さ~ん、今晩、だいて~」って何人も甘えたがやちゃ。
A:そうながけ。支社長はん、いきそったやろね。
B:おいね。あとで支社長が富山生まれ富山育ちの副支社長に言わっしゃったがやと。「僕はびっくりしました。でもせっかくだからと、今夜はA子さん、次のときはB子さん、それから・・・などと思ってみたもんですよ。ははは」だって。
A:「(お金を)出して」がイ音便化して「(お金を)だいて」になるとは、新任の支社長さん、わからんかったんやろね。
B:Aさん、あんたちゃダラボチやと思うとったけど、「イ音便」なんてすごい言葉、知っとらっしゃるんやねぇ。
A:まぁ、そんくらいは、おらも知っとっちゃ。あっとっかどうかは知らんけど。
B:ほしたら、ずこのいいAさんにご褒美にこれあげっちゃ。
A:わしにあたるがけ、これ。ありゃま、かわらしい切手シートやね。50円切手もでかいとあるがやね。いつもきのどくな。
B:な~ん、いいが。そんかわりお願いがあるがやちゃ。
A:なにけ?
B:あんたんとこのおっか、美人で働き者でずこがようてナイスバディで・・・わし、いつも、あんた、けなる~かったんだわ。そっで・・・
A:そっで?
B:そっで、お願いながやけど、あんたんとこのおっかとわしんとこの不細工なおっかと、かいこせんけ?
A:何ダラなこと言うとっがけ。わしらちゃ、swingerけよ!

富山弁でいかんまいけ! 春の巻」が好評発売中です。今回の50円切手になっている富山弁は、
でかいと かわらしい きのどくな あげっちゃ あたる けなるい かいこ だいてあげる うい ありがた~なる
です。
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by tiaokumura | 2010-04-20 20:17 | 富山 | Comments(0)

速水淳子「能を授業に取り入れよう」(朝日新聞「私の視点」2010年4月17日付)

朝日新聞掲載の「私の視点」はいつも楽しみな記事。「私の視点」は、一般の投書欄より字数が多く、トピックが多岐にわたる。ここが何よりもいいのは、それぞれの執筆者が現場に根差し現場からの発信だという点。ヘンな評論家のエセ分析や頭でっかちの学者の妄論や筆力不足の新聞記者の物語なんぞを読むより数段おもしろいし蒙を啓かれる。
昨日の2編の1編は速水淳子(慶応義塾志木高校教員)「能を授業に取り入れよう」。彼女の教え子に能楽師がいて「高校の国語の授業で教えてもらうようになって3年」。そんな彼女の授業経験から、彼女は「小学校から能が授業に取り入れられ、有名な謡曲の一節くらいは、誰でもどこでも口からすらすら出てくるような状態で高校に入ってくれるなら、高校における古典教育もガラッと違うものにすることができるだろう」と考える。能(謡)には「日本語の音声をもっとも正しく、美しく聞かせるためのすべての知恵が詰まっている。」。「すべての教室に能を」取り入れるのは「現在の日本語を生き生きと力強い音声言語としてよみがえらせる最善の方法」だと彼女は提言する。卓見ですよね。謡や百人一首や落語や素読を取り入れれば、子どもたちの日本語、どんなに豊かになることでしょうか。

実は僕は速水淳子先生とは違った形ですが、7月に「謡(うたい)」を日本語授業に取り入れようと思っています。事情を話せば長くなるのですが^^、富山国際学院のスタッフの増山満美子さんの関係で、数年前からロシアの子どもたちが学院で短期集中日本語教室を受講している。昨年は僕が「学院長1年生」ってことで教室開設の自信がなくお断わりしたのですが、今年は3週間のプログラムを組みました。僕には孫のような子どもたち(大汗)、果たしてうまくいくかどうか、「やってみんとわかんない~」でしょうね。ビートルズをもじれば「ヤアヤアヤア!ロシアのギャングエージがやって来る」かも(激爆)。
で、ときどき増山さんとそのプロジェクトについて打ち合わせしてるんですが、ガキっちょども^^を飽きさせないようにあれやこれや工夫が必要。45分×3の日本語授業をどうするかも工夫のし甲斐がありますが、授業以外の活動もあれこれやってみようと思っている。その一環として、ガキっちょに「茶道」や「越中おわら節」や「観世流」や「ポートラム」や「科学不思議体験」や「土人形作り」などの体験もいいかなぁと、増山さんや僕のネットワークを利用してあちこちに折衝中。「観世流」は、2月の「富山観世塾」で松友会の松下覚会長にお願いしたら、松下会長に快く引き受けていただけました。最近「メンター(mentor)」って言葉を知ったのですが、松下会長は僕の「メンター」のお一人になるでしょうね。ありがたいことです。で、子どもたちに畳で正坐は無理なんで、薪能(たきぎのう)ならぬ立居能(たちいのう^^。そんなのないかもしれませんが^^)になるでしょうね。「観世流なんて、外国の子どもに無理無理」って思われるでしょうが、やってみる価値があると思う。3月の「富山観世塾」例会で川田有紀子先生(観世流華川会)にもお話ししたら、川田先生からも協力できるというお返事がいただけました。4月の例会で小西弘通先生(観世流シテ方。能楽協会大阪支部常議員。富山松友会顧問)にもご許可(事後承諾になりますが)を願い出てみようと思っております。

速水淳子(慶応義塾志木高校教員)「能を授業に取り入れよう」から再び引用。
・・・まずは目の前で能楽師のあの声の迫力を体感させる。圧倒される生徒たちも、おうむ返しで口まねしていくうちに、能楽師の声の力に引っ張られてどんどん声が開かれていく。目の前でぐんぐん声が出てくるさまは劇的・・・
「どんどん声が開かれていく」「ぐんぐん声が出てくる」って実にすばらしい表現ですよね。
ロシアの子どもたちに観世流を披露し教えるなんて、ほとんど誰も思いつかん無謀な試みでしょうが、もちろん僕にはいくばくかの「勝算」があります。ロシアは詩の朗読が盛んなお国柄ってのも、その根拠の一つです。

やがて今から50年後、ウラジオストクでロシア人のおばあちゃんが孫娘に語る。
「マーシャ、私がお前くらいの時に、日本でКандзеっての習ったんだよ。おばあちゃん、それを誰に習ったかもう忘れちゃったけど、今でも覚えてる日本語の詩があるわ。日本ではおめでたい時に歌うと聞いた。マーシャの結婚式で歌ってあげようと思ってる」
「おばあちゃん、今歌ってみて」
「そうだね、忘れないように何回も歌っておいたほうがいいだろうね。おばあちゃん、どんどん物忘れがひどくなってるから。マーシャちゃん、聞いててネ。
た~か~さ~ごや~ このうら~ぶねに ほをあ~げ~て~」
「おばあちゃん。長生きしてマーシャの結婚式でそれ必ず歌ってね」
私はとっくに死んでいるのですが、そんな会話がペチカの前で交わされたらすばらしい。
Цунами・Кимоно・Хайку・Сакура・Самурайなどと並んでКандзеもロシア語になったらすばらしいでしょうね。

(注)
本記事中のロシア語はWikipedia日本語版「ロシア語」に拠りました。
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by tiaokumura | 2010-04-18 20:07 | 謡を習う | Comments(0)

ロベール・ブレッソン監督『抵抗 死刑囚の手記より』(1956)

本日正午のNHKラジオのニュース、東京の今日は41年ぶりの雪だとか。1969年の今日って何してたんだろう、僕。
全国的に今年の春はずいぶん気まぐれみたいですね。やんちゃ坊主な春。気になるのは野菜の高騰。

今日午後、フォルツァ総曲輪(「総曲輪」は「そうがわ」と読みます)で映画。
ロベール・ブレッソン監督『抵抗 死刑囚の手記より』(1956)。ロベール・ブレッソンっても日本じゃあまり知られていないでしょうね。wikipedia日本語版(以下「WJ」)ではプリントアウトして3パージの記述、wikipediaフランス語版(以下「WF」)・英語版は各5ページ。以下にWFからブレッソンの略歴引用。
Robert Bresson est un cinéaste français né le 25 septembre 1901 à Bromont-Lamothe (Auvergne) et décédé le 18 décembre 1999 à Droue-sur-Drouette (Eure-et-Loir). Son art, dont le caractère spirituel et moral tirent leurs racines du catholicisme, révèle, par delà un ascétisme apparent, une profonde sensualité.(WF)
1901年生まれということは、アルベルト・ジャコメッティ、アンドレ・マルロー、アンリ・ルフェーブル、張学良、青山二郎、尾崎秀実、梶井基次郎、西田税、羽仁五郎、阪東妻三郎、丸木位里、柳家金語楼、湯木貞一、裕仁(昭和天皇)、ゲイリー・クーパー、クラーク・ゲーブル、ウォルト・ディズニー、ルイ・アームストロング、マレーネ・ディートリッヒらと同年生まれ(WJ)。ブレッソンは長命な方で享年98、20世紀をほぼ生き抜いた方ですね。生涯監督作品は14作と寡作。
カソリックと映画表現が結びつき、禁欲的な態度で芸術を崇高な極みにまで昇華した-WFを意訳すればブレッソン映画はそういうことになるのでしょうか。

『抵抗 死刑囚の手記より』は原題がUn condamné à mort s'est échappé (ou Le vent souffle où il veut)=「ひとりの死刑囚が逃げた、あるいは、風は自らの望むところに吹く」です。副題、「明日は明日の風が吹く」じゃぁなくって^^、’Tomorrow is another day’でもなく、「ヨハネによる福音書・第3章第8節」の引用だそうです。ボブ・ディラン『風に吹かれて』ってヨハネの福音書に関係あるんでしょうかねぇ。
本作Un condamné à mort s'est échappé (ou Le vent souffle où il veut)は、かのゴダールが「ドストエフスキーがロシアの小説に、モーツァルトがドイツの音楽に占める位置を、ブレッソンはフランス映画に占めている」と絶賛。ブレッソンは「カイエ・デュ・シネマ」にも関わりがあります。本作は、ブレッソン映画では珍しいのでしょうね、要所で音楽が流れモーツァルトが使われています。
1943年・リヨン、レジスタンス活動で捕まったフォンテーヌ中尉(フランソワ・ルテリエ)はモンリュック監獄に収監される。そこはおよそ脱走不可能な場所。映像はフォンテーヌの視点で描かれていく。手に入れられる限りの「道具」を使い、仲間の支援のもと、脱走準備を進めるフォンテーヌ。だがやがて「死刑」の宣告を受ける。残された時間はほとんどない。同囚になったジョスト少年(シャルル・クランシュ)とどう向き合うか葛藤するフォンテーヌだが、遂には彼との脱獄を決める。脱獄シーンも、おそらくほとんど全てがフォンテーヌの視点で描かれています。「リアリズム」を私たちは時にはバカにしますが、ブレッソン作品を観ていると、そのような態度がいかに傲慢か知らされる。みごと脱獄に成功したフォンテーヌとジョストは夜明け間近のリヨン市内に消える。FINのあと映像がなくなってもしばらくモーツァルトが流れます。

本作品、紀伊國屋書店からDVDが出ているそうです。

(4月18日・追記)
ヨハネによる福音書・第3章第8節」は新共同訳では次の通りです。
風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである。
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by tiaokumura | 2010-04-17 20:18 | 映画 | Comments(0)

本居宣長「不才なる人といへども・・・」(『うひ山ふみ』)

日本語学校・富山国際学院は1993年に1期生を迎え入れた。1期・2期と入学式、当然ありました。先日、富山国際学院では先輩にあたる宮田妙子さんが、たぶん2期生になるのでしょうね、入学式の写真を学院にご持参。僕も写ってました(僕は1994年4月から勤務)。記憶になかったのですが、僕は入学式に出席してたんですね。当時は非常勤講師でした。宮田さんも若かった^^(今から15年前)けど、僕も若かった(40代後半!)。今はヒゲ面なんですが、当時の写真にはヒゲなし。写真を見ながらしばし懐旧&笑い(「みんな若かったんだね~」)。
で、上海事件などがあって中国出身者の日本語学校入学が一気に難しくなり(「日本語学校・冬の時代」)、富山国際学院も例外ではなく「廃校」の危機に。その時に岸井みつよさん(僕の前の学院長)を中心に日本語教師が結集し、爾来今日に至っている。ただ、ず~っと「入学式」をやっていないんですね、うちんとこは。日本語学校の場合、母国でビザを取得してそれから来日になるので、さみだれ式に入学してくることもあって、入学式のタイミングが難しいんですね。もちろん「入学式」を毎年やっている日本語学校のほうが圧倒的に多いでしょうが、うちの場合1995年以来入学式はやってません、たぶん。
今年、「入学式」をやろうってことになった。どのような入学式にするかあれこれ考えた。僕としては、富山国際学院ならではの入学式にしたいと思う。当日は、富山中央警察署による交通安全指導→入学式→オリエンテーション→午後は授業、の予定。4月新入生は一人を除き既に来日し授業に参加している。まぁ、タイミングとしては4月23日の入学式、妥当な線でしょうね。
ここで困ったことが一つ。「学院長式辞」。何を言おうかと思案。3月の卒業式では小津安二郎を引用した。今回は本居宣長にしようと思う。
・・・不才なる人といへども、おこたらずつとめだにすれば、それだけの功は有ル物也、又晩学の人も、つとめはげめば、思ひの外功をなすことあり、又暇(イトマ)のなき人も、思ひの外、いとま多き人よりも、功をなすもの也、されば才のともしきや、学ぶことの晩(オソ)きや、暇(イトマ)のなきやによりて、思ひくづをれて、止(ヤム)ることなかれ、とてもかくても、つとめだにすれば、出来るものと心得べし、・・・
岩波文庫の『うひ山ふみ』、僕は持っているはずですが、本棚のどこにあるか見つからない(泣)。上記引用は「宣長記念館」のサイトより。底本は『本居宣長全集』(確か筑摩書房でしたよね?)だそうです。
私たちは才能がないからとか、学ぶのに遅すぎたからとか、時間がないからとか言って、『学び』に取り組まないことがある。でも、それは間違いなのだ。一生懸命努力さえすれば、だれでも学業は成就するものだ。
-宣長さんはそうおっしゃっているのでしょうね。私にも勇気づけられる名言だし、富山国際学院で日本語を学ぶ諸君にもぴったりの名言だと思う。

学院長式辞は日本語・中国語・英語でやろうと思います。3月の卒業式式辞はできるだけ自然な日本語だけでやりましたが、入学式式辞はそれは無理ですもんね。ごく簡単な日本語も難しい。そこで普通の日本語+中国語訳+英語訳にします。3か国語の入学式式辞なんて、本邦初・前代未聞かもしれん(嘘爆)。日本語・英語は8割方できました。明日、スタッフの高木けい子さんに聞いていただいて、アドバイスしてもらいます。中国語訳は銭輝老師にお願いして、当日は2年生に銭輝老師の翻訳を読んでもらおうと思う。
はてさて、どんな「学院長式辞@2010年度入学式」になりますことやら(照)。『うひ山ふみ』(ういやまぶみ)は’Ways for Beginners'にしてみましたが、この訳でいいのかしらん。
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by tiaokumura | 2010-04-15 20:24 | 言の葉つれづれ | Comments(4)

鳩山由紀夫氏「国民の幸福度調査」に異議あり

寺本益英教授(関西学院大学。日本経済史など)のブログ「寺本益英の日記」は僕がほぼ毎日訪れているブログである。寺本先生のブログの2010年4月10日付記事「国民の幸福度調査」に、
3月1日の『日本経済新聞』に鳩山由紀夫首相が国民の幸福度を調査する方針を打ち出したという記事がありました。幸福度をはかる経済指標を開発し、その向上を目指すといいます。
とありました(同記事より引用ママ)。
寺本先生が疑念を表明していらっしゃるように、僕も「こんなん、どうかな?」って立場です。3月1日から1か月半近く経っているので、鳩山由紀夫氏はそのような調査をあきらめたかもしれませんね。後追い記事については朝日・讀賣・日経で読んだ記憶がありません。

「幸福」を計量化する試みとしてはNNW(Net National Welfare)が有名です。ここでNet/National/Welfareの3語とも検証したいところですが、welfareについてだけちょっと書きます。wefareを「福祉」とした日本語訳、僕は「それでよかったんかいな?」って立場です。welfareと福祉とは、英語概念と日本語概念とでかなりずれているのではないでしょうか。

さて「国民の幸福度」です。世の中には「計量化」できないアイテム(項目)がたくさんあります。
お父さんとお母さんと、子どもにとってどちらといるのがより幸福か計量できますか?
TV受像機・自家用車・海外旅行が余裕~って人と、オアシスまで水を汲みに往復し1日1ドル未満で生活しネット環境がない人とでは、後者は絶対不幸なんでしょうか?
アフリカのサバンナで暮らす少年と、朝鮮民主主義人民共和国で恋愛中の少女と、某先進国で就職浪人中の若者と、3人の中で誰が一番幸福か不幸か、計量して決定できますか?
20年前・40年前・50年前のあなたと今のあなたと、経済指標を厳密に策定して幸福度が計量できますか?
イチローのヒット数やヒットするまでのカウントや打率は簡単に記録できても、ではイチローはどのヒットに「幸福」を感じたのかあるいは感じることがなかったのか、計量できますか?
SEXの回数やエクスタシーの回数は記録できても、ではSEXでどの程度満足できたか(=幸福だったか)計量できますか?
収入がそこそこあって消費もまずまずできて福祉もそれなりに充実している国の国民と、それとは逆の国の国民とでは、前者が「幸福」だと断言できるのでしょうか?
多くの人が「彼/彼女は不幸だ」と認めている人物が、多くの人が「彼女/彼は幸福だ」と認めている人物と、どの程度「幸福/不幸」か計量できますか?
現時点で「幸福度」が計量できるということは、過去に遡っても未来に向けても計量可能を意味することでしょう。そのような計算式は現在の経済学で可能なんでしょうか?
私は思う、「幸福」なんて計量化できないからこそ「幸福」なのであって、計量化の末にでてくる「幸福」なんて、限りなく「幸福」に近づけることはあっても(「擬似幸福」)、本当の幸福かどうか言えないのじゃないだろうか。そういう点では、幸福は「宗教」「民主主義」「自己実現」などと類似しているのかもしれない。

鳩山由紀夫さま
「国民の幸福度調査」はお諦めになられたのでしょうか?
そんな調査をお考えになられるよりは、「今そこにある危機」に対処してください。約100日後に迫った参議院議員選挙までは鳩山内閣を全うされ、さらにその後も内閣を継続する決意をお固めください。5月・6月に「僕、辞職します」なんてことは絶対に言い出さないでくださいね。
私はあなたとほぼ同年齢だと思います。同年齢のよしみで私の妄言、ご容赦ください。民主党やあなたに希望を託した国民の期待にぜひ応えてあげてくださいませ。
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by tiaokumura | 2010-04-13 20:35 | このブログのこと | Comments(2)