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名古屋出張、初の前泊

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(3月3日夜・記)
今僕は外部プロジェクト3つに関わっていて、その内の一つのプロジェクトの会議が2月28日に名古屋であるので、名古屋出張。僕の名古屋出張はここ3年間で15回は超えるでしょうね。でも「名古屋出張・前泊」は初体験です。先様がホテル代も出してくださるということでお言葉に甘えました(照)。富山国際学院じゃ、日帰り出張でしょうね、名古屋あたりは。お金出してもらえませんもん(激爆)。「学院長」としても名古屋は日帰り圏って理解です。

2月28日は朝から慌しかった。
午前中、自宅のPCで別のプロジェクトの課題を仕上げる。
11時半頃家を出る。途中寄り道していたら時間がなくなって、急いでコンビニに駐車して昼食のおにぎり2つと飲み物1本購入。僕はリーフ茶以外は飲まないようにしているのですが、習慣(掟?)を破ってペットボトルのお茶になっちゃいました(恥)。車の中でお昼ご飯。車中昼食は富山大学に編入して2年間通っていた時、富山国際学院12時半授業終了→富山大学1時授業開始、なんて時にしばしば経験してました。車の中で昼飯、ってワビしいんですよね、しかたがないけど。運転も危ないし。
12時45分頃、富山能楽堂着。小西弘通先生「富山観世塾」受講。この日は『羽衣(はごろも)』『高砂(たかさご)』『當麻(たえま)』の3曲。3曲とも世阿弥元清で、順に「三番目・4級」「一番目・1級」「四番目・9番習」です(ただし、曲柄は別の捉え方もあるようです)。『羽衣』、お能を代表する名曲ですよね。俗物のボクなんぞは、漁夫白龍と天人の駆け引きについ興をそそられますが^^、「一幅の絵」(『大成版』構想)を観るところが主眼なんでしょうね。『高砂』、多くの方がそうでしょうが、僕もお能初体験と言えばこの曲です。子どもの頃、祝言でどこかのおじさん(おじいさん?)が歌ったのを聞いている。その時は何にも知らず「門前の小僧・・・」の類で「た~か~さ~ごや~ このうら~ぶねに~」なんてメロディだけちょっと記憶に残していた。来年の富山国際学院の卒業式では『高砂』をやりたいと思っています。1年以上あるので何とか練習を積み重ねれば、少しは様になる程度までできるようになるかな。『當麻』は、何といっても高校時代に受験勉強(僕たちの頃は、小林秀雄・亀井勝一郎・唐木順三などが評論文上位出典だったように思う。外山滋比古も割と上位だったかも)で読んだ小林秀雄『無常といふこと』です。今手元に本がないのでうろ覚えですが、確か小林は梅若萬三郎の「當麻」を観たのだったと思う。そこから小林は彼独特の論理を展開し、中将姫の「美」を語る。ヴィヨンの“Mais ou sont les neiges d'antan?”(「でも、去年の雪はいったいどこにあるのだろう」-奥村私訳)やルソーや世阿弥も出てきたように覚えている。で、ここで小西弘通先生の『當麻』について書きたいところなんですが、僕は名古屋出張の電車時間があって、中将姫(前シテは「化尼」で中将姫が後シテ)登場の前に帰らなければならなかった(泣)。4:20、退室。僕の小西師「中将姫」体験はあと1年以上は待たなければならないでしょうね。
富山能楽堂を後にして家に戻る。荷物を持ってJR富山駅。

夕方の「しらさぎ」に乗る。車中「朝日新聞土曜日別刷be」「図書3月号」、むのたけじ『たいまつ十六年』(岩波現代文庫)など。
10時前、東横インにチェックイン。アップした写真、前泊ホテルです。ヘヴィースモーカーなんで「喫煙」ルームにしていただきました。
朝起きてTVを見ていたら、ダイチ(富山の会社です)の田畑・穂積両選手と小平選手によるスピードスケート銀メダルをやっていた。富山国際学院のスタッフの一人のご主人がダイチの社員で、今回のオリンピック、そういう点で僕は関心がありました。銀メダル、すっごいことですよね。

2月28日9時~5時、会議
会議後、参加者の中の男性3人と近くのホテルのラウンジでアフターファイブ^^。生ビールをいただきながら45分ほどノミニュケーション^^。名古屋という土地柄、トヨタのPublic Hearingのこと、豊田社長の「器」、豊田社長の中国訪問、中京経済の現状・今後などが話題でした。

しらさぎに乗って富山に帰る。
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by tiaokumura | 2010-02-27 21:50 | 僕は学院長1年生 | Comments(0)

島田清次郎、生誕111年

越中強盗、加賀乞食、越前詐欺」なんてのは今じゃ「差別用語」でマスメディアじゃ禁止かと思ってたら、先日朝日新聞地方版に出てきました。非難の投書とかなかったんでしょうかねぇ。ま、お墨付きってわけじゃありませんが^^、ブログにもこの言葉書いても差し支えないでしょう。「越中人には強盗が多く、加賀人には乞食、越前人には詐欺が多い」ってぇんじゃありませんよ(大汗)。こないだ島根・鳥取をバカにした問題発言のバカ政治家がいましたが、僕は鳥取関係には宮崎・哲ちゃんという親友がおり、島根出身には富山大時代のかわいいハシゲン後輩がいて、彼らのためにも怒り心頭。ってぇも、別に抗議のメールは送りませんでしたが^^。おっと脱線でした。「越中強盗、加賀乞食、越前詐欺」ってのは、たぶん、それぞれの出身者が落魄状態になった時(落ちぶれ果てた時)どのような行動に出るかを言うことで、それぞれの県民性を表そうとしたのでしょうね。
前置きが長くなりましたが(汗)、ボクは強盗の越中生まれで^^、島田清次郎は乞食の加賀生まれ。落ちぶれて「乞食」になるとは、石川県民(加賀だけでなく能登なども含む)は気位が高く生活感に欠けるということでしょうか。「加賀百万石」ですもんね。富山は前田家分家で十万石です。「強盗」はどのような境遇になっても何とか生き延びようとする富山県民の粘り強さ・したたかさを言ってるんかしらん。明治の分県運動で米沢紋三郎らが粘り強く戦い「石川県」(当時)から富山県になりました。石川県に属する限り、暴れ川が多い富山には生きる道がなかった(治水予算がまわってこない)。でも今でも石川県にコンプレックスを感じる富山県民もいるかもしれませんね。

島田清次郎と言っても当ブログご訪問者は知らない方がほとんどでしょうね。
島田清次郎は1899(明治32)年の今日、石川県美川町で生まれた。美川町はほんの1年くらいですが明治初期に石川県庁が置かれたそうですから、それ相応な規模の町だったんでしょうね。今は松任市(まっとうし)・鶴来町(つるぎまち。「菊姫」がある)・白峰村などと合併して白山市の一部になっています。酒の名称にもなっている手取川が流れる。
清次郎は幼くして父と死別、母方の実家で育つ。そこが「にし茶屋街」。「茶屋街」ってのは即ち「遊里」「色町」-吉原や飛田、富山だったら東新地のことです。金沢には「ひがし」「にし」「主計(かずえ)町」の三大茶屋街があり、他にも非公認の色町や私娼窟があったんでしょうね。「ひがし」は一度見学にいったことがあります。おいしい和食の店があるって聞いてそのついでです。まちがってるかもしれませんが、格調の高さ(=客層でもある)の順では、「ひがし>主計>にし」なんじゃないでしょうか。およそ文学者というものは、生まれ育ち・時代背景に大きな影響を受ける。清次郎も例外でなく、にし茶屋街での経験が彼の作品造型や女性観形成のファクターになったことでしょうね。成績優秀な清次郎はやがて金沢第二中学に進学する。現在の錦丘高校の前身です。金沢大付・泉丘(旧制金沢一中)・二水などと並んで石川県有数の進学校でしょうね。金沢二中は、堀田善衛(1918-98)の出身校でもある。
清次郎の人生には暁烏敏(あけがらす・はや1877-1954)や生田長江(いくた・ちょうこう1882-1936)なども登場する。暁烏は金沢時代の清次郎に発表活動の場を提供し、生田は清次郎の文壇デビューに大きな力となった。
清次郎の文壇デビュー-それは大正8(1919)年6月初版『地上-第一部・地に潜むもの』(新潮社)。清次郎満20歳。なにしろ売れ方が半端じゃなかった。あの当時の50万部ですから、今の『1Q84』どころじゃないでしょうね。すごいベストセラーです。人間、大成功の後にどのような生き方をするか、それが真価を問われることになるのでしょうが、清次郎は悲劇であった。キムタクってのと同じ略し方なんでしょうが、島田清次郎は「島清」と略称される一大人気作家に。極貧の生活から一気に文壇の寵児となり、彼はそれまでもそう思っていた自分の「天才」ぶりを発揮するようになる。要するに傍若無人・傲慢・ふしだらな女性関係といったところでしょうね。そして決定的なスキャンダルが発生する。海軍少将の娘・芳江を監禁・強姦したというもの。実際のところは清次郎に罪はなかったようですが(「合意」)、それまでの清次郎の振舞が「あいつならそういうことをする奴だ」という世間の評価となり、清次郎は一気に没落。昭和5(1930)年4月29日(当時の「天長節」)に没する。享年31。

島田清次郎『地上-第一部・地に潜むもの』は今「青空文庫」で読むことができます。「虐げらるゝ者の涙流る/之を慰むる者あらざる/なり――傳道之書」が冒頭に掲げられ、
大河平一郎が学校から遅く帰って来ると母のお光は留守でいなかった
で始まる。

島田清次郎は長い間「忘れられた作家」だったんでしょうね。世間もそうでしょうが僕も杉森久英(すぎもり・ひさひで1912-97。石川県出身)『天才と狂人の間』(1962年第47回直木賞受賞)で石川県出身のすごい小説家がいたということを知りました。タイトル、真の「天才」でもなく真の「狂人」でもなくその間の謂いでしょうね、まさに清次郎を謂い得て妙です。僕は高校時代に同書、読んでるかも。『地上』もどこかの版で読んでいるはず。
杉森から時間が経ち、再び清次郎は地元以外では「埋もれた作家」になってたでしょうね。「島田清次郎」の名が再び脚光を浴びるようになったのは、1994年。この年から白山市主催で「島清恋愛文学賞」が始まった。同サイトを見ると、選考委員には渡辺淳一・高樹のぶ子・小池真理子。恋愛小説の手練れ揃いですよね。

ここからは「たら」「れば」のお話。
「美川町」は浅川マキの出身地でもある。浅川マキは島田清次郎をどう思ってたんでしょうね。彼女の歌に清次郎のことがモチーフになったのってあるんでしょうかねぇ。
堀田善衛は約20歳年上の中学の先輩をどう見てたんでしょうか。堀田と清次郎はまるっきり文学レベルが違いますが、『若き日の詩人たちの肖像』あたりの人物造型化にあたって、あるいはひょっとして先輩のイメージを投影していないのだろうか。
清次郎が彼の誕生日に起こった大事件をどう思ったか、興味あるところですが、清次郎は前述のように「二・二六事件」の約6年前に亡くなっています。清次郎より6歳年下の安藤輝三(1905-36)や磯部浅一(1905-37)らは『地上』が世に出た時は14歳くらいになるのだけど、ひょっとしてその評判あたりを聞いたか、あるいは少将の娘の事件で何らかの感慨を清次郎に覚えたか。三島由紀夫はどうなんだろう、清次郎のこと。
島田清次郎は演出・久世光彦、出演・本木雅弘NHK土曜ドラマになっていたそうです。今もし映画化・ドラマ化するとしたら、だれが監督・演出でだれの清次郎役がいいんでしょうね。
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by tiaokumura | 2010-02-26 21:55 | | Comments(3)

蛇蔵&海野凪子『日本人の知らない日本語2』(メディアファクトリー)

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蛇蔵&海野凪子
『日本人の知らない日本語2』
2010年2月19日 初版第1刷
メディアファクトリー
880円+税

勤務先の富山国際学院でも、教員&学生用としてこの本を1冊注文してあるのですが、学院に入荷するのが待ちきれず^^、今日帰りに本屋さんに寄って買っちゃいました。
帰宅→着替え→入浴→夕食と進み、ようやっと時間が取れたのでパラパラとめくる。何と言っても「失礼極まる」と「失礼極まりない」が気になって(当ブログ2010年2月19日付記事ご参照)、まずはその箇所を探した。p.8にありました。まぁ、僕の答え、ほぼ正解でホッ。「海野先生」も正しく説明できて「よかった 答えられた」と心の中でつぶやく。ところが安心したのも束の間^^「スウェーデン人エレーンさん」から「『スッパ抜く』のスッパって何ですか」と聞かれて、今度は海野先生は「宿題にさせて下さい」と「白旗」。「日本語教師なんにそんなことも知らないのか」と「日本語をよく知っている日本人」に糾弾されそうですが、僕は海野先生の態度はこれでいいと思う。教師に大切なのは「謙虚さ」である。中途半端な知ったかぶりで学生を煙に巻く教師、ときどきいますが(うちんとこの先生じゃありませんよ^^)、「わからないことは調べます」の海野先生は教師として正しい態度である。
うちの学生は出身国で言うと今8か国くらいいますが、『日本人の知らない日本語2』に出てくる学生は「フランス人ルイくん」「スウェーデン人エレーンさん」「イギリス人ジャックさん」「中国人王さん」「ロシア人ダイアナさん」「韓国人金姉弟」などです。
日本語教師をやっているとつい笑ってしまいたくなる「学生の失敗」ってたくさんある。でも、「学生の失敗」には「あんたの教え方が下手だったからじゃないの?」的なものも多いから(ごく大ざっぱに控え目にみて、8割はそうじゃないだろうか)、僕は個人的にはそういうのをネタにして笑い転げるのはあまり好きじゃない。「おもしろうてやがて悲しき鵜舟哉」なのである。学生の失敗は教師の教え方に跳ね返ってくるのですね。そういう点、本書はネタが洗練されていて海野先生が日本語教師として誠実であることが、ここまでベストセラーになっている(前著がそうで、『2』も前著並に売れるんじゃないかなぁ)大きな理由だろう。
まだお読みになっていない方も多いでしょうし著作権もあるでしょうから詳述しませんが、「ロシア美女軍団」(p.16)「自由作文」(p.58)「忍者大好き」(p.68~)など抱腹絶倒。「濁音の点はどこから来たか」(p.106~)では、学生からの質問に海野先生が頭を回転させてその歴史的背景を整理する。そして海野先生は「質問されたらできるだけごまかさずに答えたいけれど その人のレベルに合った説明をするのはむずかしいのです」と悩む。同じですね、僕も。

今夜寝る前に読むのを楽しみにしてまだ全部読んでませんが、「あとがき」で感動した。蛇蔵が海野凪子について書いている。
ある雑誌のインタビュアーが、凪子さんに「成功した授業」について聞きました。(p.157)
ボクなんかは見栄っ張りだから、「1年150回くらいの授業で3~5回くらいかなぁ」って答えちゃいそうなところです。海野先生はすばらしい。続きを引用。
凪子さんの答えは「ありません」でした。
「生徒が完全に理解した=成功した授業であるならば、複数の生徒がいる学校で、成功なんてありえない。もし成功したと感じたならば、それは自分のやるべき手順ばかり見つめて生徒を見ていなかったということだと思う。だから私は成功したと思ったら、反省するようにしています。」

そして蛇蔵は言う。
そんな答えがさらりと出てくる人と私は出会えて幸せです
私も蛇蔵&海野凪子『日本人の知らない日本語』『日本人の知らない日本語2』に出会えて幸せです。

なお、蛇蔵&海野凪子『日本人の知らない日本語』については当ブログ2009年6月2日付記事で紹介しています。
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by tiaokumura | 2010-02-24 18:43 | 日本語教育 | Comments(0)

朝日新聞連載小説、楊逸『獅子頭(シーズトオ)』開始

ポルトガル語母語話者が外国語としてスペイン語を習得するのはそれほど難しくないだろう。ベンガル語母語話者のウルドゥー語習得も(たぶん)ほぼ同じくらいであろう。外国語学習においては、どんなに機器が発達しようがどんなに教授法が進化しようがどんなにすごいカリスマ教師が出てこようが、母語と学習対象言語との「言語間距離」の問題は大きい。ま、それを僕が外国語がチンプンカンプンな言い訳にしようってぇんじゃありませんが(激爆)。
中国語母語話者の日本語学習は「笑って入って泣いて出る」という言い方がされるらしい。我々日本語母語話者の中国語学習も同じでしょうね。筆談なんてのもあるくらいだから、「漢字」で「これは学びやすい」と初めは思うのでしょうね。でも、ところがドッコイ、難関が次々と・・・。ボクがそうですが「簡単だろうと笑って勉強を開始して、途中挫折の連続で出るに出られなくなる」ってとこでしょうか。
それでも中国人の場合、上手な人多いですよね。ただ、どんなに上級レベルに達しても、助詞や自動詞/他動詞の使い分けなどは難しい。そこを突破して「超級」「日本語ネイティブ並」に到るのでしょうね、たぶん。王敏(1954-。河北省承徳市出身)や楊逸(1964-。黒龍江省ハルビン市出身)のような方を持つことができる我々(日本人)は幸せである。そういう方々が日本語でたくさんのことを発信してくださっているんですもんね。

先日朝日新聞で予告があった楊逸『獅子頭(シーズトオ)』が今朝連載開始となった(佐々木悟郎・絵)。先日始まった川上弘美『七夜物語』がいよいよ佳境に入って(男の子2グループのドッジボールによる戦いが火蓋を切った、仄田君の運命やいかに、さよはどのように成長していくのだろう、3つ目以降の夜はどんななんだろうetc.)、僕はこれで暫くは毎朝2つの連載小説を読んでから出勤ということになります。
僕がこれまでに読んだ楊逸作品は、読んだ順で『時が滲む朝』『ワンちゃん』『老処女』の3作です。

『獅子頭(シーズトオ)』第1回は「一 二重の順」に入る前に26行の「序」がある。ここがたぶん後々の重要な伏線あるいは「二順(アーシュン)」の運命の暗示になるのでしょうね。こういう構成の小説は決して珍しくない。以下、『獅子頭(シーズトオ)』第1回の第1段落(9行)を、長くなるが引用したい。原文縦書き、(  )は原文ではルビ。

銅鑼(どら)と太鼓の轟(とどろ)きから黄金色に輝く長い毛を靡(なび)かせて、二頭の獅子がおかっぱ頭の踊り子に誘導されて躍り出た。大きく開いた口は真っ赤な舌をさらけ出し、その舌を引き留めるかのように口の両端に獰猛(どうもう)な様相で細長く伸ばした竹の子のような白い牙で、獲物を捕まえて、のみこまんとばかりに、軽やかに跳びはねて踊り子の尻を追っかけて回る。観客からの歓声は荒波のようにうねった。

一読されて、ご感想はいかがでしょうか。ネイティブは意地悪なんでしょうね、「読みづらい」というのがまず率直な感想ではないでしょうか。大江健三郎はもっと「悪文」でしょうけど^^。
読みにくさの原因としては用語用字(特に「漢語」)・読点・修飾被修飾・比喩・翻訳臭でしょうが、そういうのはあるいは楊逸文学の「特長」でもあるだろうから、非難にあたらないかもしれぬ。一番問題は(これまで僕が読んだ楊逸の作品でもあった欠点だが)2文目の長さではないだろうか。僕は3回読んでようやく描かれている情景が定まった。「口→舌→牙」と来て、その牙の描写が「その舌を引き留めるかのように→口の両端に/獰猛な様相で細長く伸ばした竹の子のような=白い牙で→獲物を捕まえて、/飲み込まんばかりに→軽やかに跳びはねて→踊り子の尻を追っかけて回る」と考えればいいのでしょうか。別の解釈も可能かも。
日本語教育で学生に読解を教えるとき「構造読み」もやるんですが(拡大文節・文単位・段落単位など)、この1文は
口の両端の牙が跳びはねて踊り子の尻を追っかけて回る
というふうに単純化されるのでしょうか。いや、「追っかけて回る」の主語(主格)は「舌」?「口」?。

第1回で6行にもわたる1文はさすがに前掲例だけである。
楊逸の連載小説が始まるという予告を読んで楽しみにしていた読者は多かったであろう。僕もその一人である。「小説は何よりもまず内容だ」という意見もあるだろうが、楊逸の一愛読者としては「読みやすさ」も希望したい。書き手はプロなのだから、何回も読まないとわからない文は(そこに作者の強い思い入れが入っていたにしても)やはり「悪文」であると思う。
こんな拙いブログが楊逸さんの目に触れることはありえないのだが、今回の連載小説の「評判」は朝日新聞記者を通じてあるいはファンレターの形で作家の元に届くであろう。「楊逸さん、文化大革命に翻弄される主人公の小説、楽しみに読んでいるんですが、読みにくいところもあるんです」といった読者の声が少しはお耳に届いたらありがたいです。

第1回が始まったばかりなのに「揚げ足取り」になったかもしれない。
これから毎日読むのが楽しみです。
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by tiaokumura | 2010-02-23 20:42 | | Comments(4)

山口さやか・山口誠『「地球の歩き方」の歩き方』(新潮社)

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山口さやか(1974~。フリーライター)
山口誠(1973~。関西大学社会学部准教授)
『「地球の歩き方」の歩き方』
2009年11月20日
新潮社
1600円+税

実弟(当ブログでは「のぶ」)からときどきいろんな資料が送られてくる。兄思いのいい奴です(照)。当ブログの最初からこれまでの記事をほぼオンタイムで全部読んでいるのは彼一人じゃないだろうか。で、こないだ彼から送られてきたのが「立松和平」関連の讀賣新聞記事切り抜き4つ。中の福島泰樹「立松和平よ、さらば」でちょっと驚いた。僕は福島泰樹(1943~)は全然読まないので福島のことは「なんか、絶叫してる歌人で坊さん」「立松の親友」くらいの認識しかありません。「ちょっと驚いた」ってのは、北日本新聞(地元紙)にも福島が立松の追悼記事を書いていたからである。北日本記事は共同か何かの全国配信でしょうか。うちは北日本と朝日なんですが、朝日新聞の追悼記事は福島ではなかったと思う(讀賣と朝日はライバル紙ですもんね)。「ちょっと驚いた」のは、新聞2紙に書くのは仁義に悖るんじゃないかな、ってのと、福島以外に立松を語らせる人物はおらんのかな、の2つで。讀賣と北日本、大筋はほぼ同じ内容(そりゃそうですよね、対象が同じ人物ですもんね)で、北日本は冒頭に現在を置いているが2本とも編年体。2本が違うのは例えば次の下り。
私は、亡くなったばかりのまだ温かな両足をもんでやった。この足で君は、結婚したばかりの彼女を置き去りにしてインドを放浪したのだ。(北日本)
引用した2文の一文目は讀賣にはない。
福島の立松和平追悼記事2本は、彼が立松への激情に駆られしかもそのような激情に駆られている己を計算しながら書かれた文章なのだろう。後世に残る追悼文ではないが、
私は、亡くなったばかりのまだ温かな両足をもんでやった。
は名文。そして、「インド、東南アジア、彼女を置き去りにしての青春放浪」(福島・讀賣版)が立松和平の精神世界の形成に大いに与っているのは明瞭。
僕が「若いうちにやっておけばよかったなぁ」って思うのは、大学卒業^^・読書遍歴・外国語学習そして「(立松和平もそうだったんだろうか)バックパッカー」です。バックパッカーたちにあってボクにないのは「大いなる勇気・最低限の外国語力・ある程度のまとまったお金」だったのかなぁ。バックパッカーのバイブルともなったのが「地球の歩き方」。立松和平も利用したのだろうか。

本書『「地球の歩き方」の歩き方』は、「地球の歩き方」の創刊メンバーである「安松清・西川敏晴・藤田昭雄・後藤勇(ダイヤモンド社入社順)」の4人組に、山口さやか(1998年に「『個人旅行』の成立とメディア」という修士論文を書いていた-p310より引用)と夫の山口誠(メディア研究者である前に熱烈な「地球の歩き方」ファンだった-p310より引用)がインタビュー(「合計100時間あまり」)してできた本。偶然なんでしょうが、ここのところ「インタビュー」関連のいい本に立て続けに出会っています。
創刊メンバー4人があこがれたのは、小田実『何でも見てやろう』の精神だったそうです。「貧乏しようではなく、何でも見て歩こうだった。」(p.278)。「地球の歩き方」っていうと「ヒッピーもどきの貧乏旅行」ってイメージがありますが、それは間違いなんですね。
1970年代後半、ダイヤモンド・スチューデント友の会(DST)、リクルート、ヤングツアーが「学生旅行御三家」だったそうです。安松たちとリクルートとの「だまし合いが常態化」(p65)した熾烈な戦い。あるいは、アーサー・フロンマーの訳者との訴訟(p106~)。あるいは、「ボクら」文体のこと(p134~)。そして、「ユーレイルパス」使用のためには「トーマスクック時刻表」版権獲得が必要だということになり、その交渉に赴くあたりは読んでてもスリリング。
ある日、深夜0時か1時ぐらいに、私(後藤-奥村注)の自宅の電話が鳴りました。
「後藤、とれたよっ!」日本語版の版権を取得できた感動を伝えたかったのでしょう。安松からの国際電話でした。時差が7、8時間あるのも忘れて。(p.157)
このときの安松の気持ち、レベルは違っても僕も塾や日本語教師で何度か感じている。
幾多の波乱万丈を乗り越えてきた彼らに衝撃が訪れる。昭文社「個人旅行」シリーズの出現(p270~)である。確かにこのシリーズ、僕も2000年夏の妻とのパリ旅行で利用したスグレモノ。僕はパリ旅行前に「地球の歩き方」も買いましたが、その時は闘病中の妻と一緒の旅行だったので、これは病気の彼女とは利用できないと思い、「個人旅行」のほうを利用しました。ただ西川たちが偉いのは、社内に「ライバル研究会」を立ち上げて対策を練ったことである。
僕は4年ほど前から「ビジネス日本語」にも携わるようになって、有能なビジネスパーソンの「ビジネス武勇伝」を聞くのが楽しみでもある。ボク、ちゃんとした「サラリーマン」経験なんてないんで、そういう分野、知識不足なんですね。本書は、安松清・西川敏晴・藤田昭雄・後藤勇のいわば「ビジネス武勇伝」がいっぱいな本です。

地球の歩き方」を僕は2つの場合に利用しています。一つは海外出張で、改版も含めて8冊くらい買ったでしょうか。もう一つは、僕にとって初めての出身国者の学生を教えるとき。彼/彼女のバックグラウンド、今はネットでもあれこれ調べられますが、「地球の歩き方」も重宝。

僕が「地球の歩き方」を携えて海外放浪するなんてことは「あり得ない」と思うと、馬齢を重ねた己がいささかいとおしくなる。
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by tiaokumura | 2010-02-21 12:43 | | Comments(2)

イムジン河(フォーク・クルセイダーズ)


小学生の頃、苗字に*が入っているクラスメートが「ザイニチ」というマイノリティ(当時は「マイノリティ」などという言葉を知らなかったが)だということを、大人の態度からなんとなく薄々と知った。でもそんなことは関係なく/それがなんだかよく分からず、*○君たちと遊んでいた。後に別の漢字の*や*も「在日」だと知った。
中学になって富山にも「部落」があることを知った。浄土真宗も部落差別に加担していたことを知ったのはもう少し後になるだろうか。
高校生の時、僕は吉永小百合ファンで何本も彼女の出演する映画を観た。浦山桐郎監督『キューポラのある街』(1962年。原作・早船ちよ。東野英治郎・浜田光夫・市川好郎らが出演)に「北」に帰るシーンがある。映画中のクライマックスの一つだったでしょうね。あの頃、朝鮮総連はもとより日本国政府も社会党も日本赤十字もマスコミも知識人も「北へ帰ること」が幸せであると確信してたんでしょうね。日本での極貧生活・南の独裁政治を考えると、北はまさに「楽園」であった。「どうもおかしい」と考えた人もいただろうが、自民党政府には「厄介払い」だと考えた人もいたし、昔も今も図式化が得意なマスコミは本心から「人道事業」「地上の楽園」を信じてたんでしょうね。現在から過去(歴史)を糾弾することは誰にでもできる。
フォーク・クルセイダーズ『イムジン河』に出会ったのは大学生の時。「きれいなメロディーで覚えやすい詞だなぁ」と思った記憶がある。今の大学生はどうだろう、あの頃はギターや歌がうまい学生がずいぶんいて(「哲ちゃん」もそうだったし、他に「伊藤氏」や「なべちゃん」)、あるいは彼らの弾き語りで一緒に歌ったこともあるかもしれない。若いときに覚えた歌はいつまでも覚えているものである。「作詞・朴世永、作曲・高宗漢」を入れろ入れないによる発売中止については、あの当時「ふ~ん」くらいにしか思わなかった。
井筒和幸監督『パッチギ』(2005年。原案・松山猛、音楽・加藤和彦。塩谷瞬・李安成・江尻エリカらが出演)は僕の好きな映画の一つ。残念ながらTVでしか観てないが、名シーン満載。松山猛をモデルにした少年なんでしょうね、彼がスタジオで『イムジン河』をギターの弾き語りで日本語・原語で歌うシーンも秀逸。康介少年と一緒になってボクも泣いてしまうシーンです(照)。

イムジン河( 임진강。림진강「リムジン江」とも。漢字表記は「臨津江」)は漢江の支流。朝鮮民主主義人民共和国(조선민주주의인민공화국。日本では「北朝鮮」と略称されることが多い)と大韓民国(대한민국。日本では「韓国」と略称されることが多い)の軍事境界線の大韓民国側を流れる。

今朝の朝日新聞「うたの旅人」は「イムジン河」(文・保科龍朗、写真・諌山卓弥)。
YouTubeからフォーク・クルセイダーズ『イムジン河』をアップしました。TV映像なんでしょうね。YouTubeには、映画『パッチギ』の松山康介少年が『イムジン河』を歌うシーンやキム・ヨンジャ『リムジン河』や京都朝鮮高級学校の女生徒たち『リムジン江(림진강)』(ドキュメンタリー番組なんでしょうか、松山猛も出てくる)やフォーシュリーク『リムジン江』(朝日記事中にも出てくる早大生バンドヴァージョン)など多彩。

この後僕は何年生きられるか知らない。相変わらず安全地帯にいて能書きを垂れテキトーに世渡りしていくんでしょうね。権威や権力におべんちゃらを使い、不正義や不平等や不誠実に見て見ぬふりをし、見果てぬ夢を追い続ける。でも、エラソーに日本語教師をやっていても、自分自身が偏見・差別の温床であることだけはいつまでも自覚していたい-そんな気持ちにさせてくれるフォーク・クルセイダーズ『イムジン河』です。
金王朝」が2年後か5年後か9年後か、いつ崩壊するのか僕にはわからない。朝日新聞記事「イムジン河」中の松山猛の、
「・・・歌い継がれてきたのは、じつは不幸なことです。僕はこの曲が歌われなくなる日をひたすら待ち望んで生きてきたのに
の「この曲が歌われなくなる日」は永遠に来ないような気もする。なぜなら、ノスタルジックかもしれぬが、この曲は(発売中止騒動やフォークル解散や加藤和彦の自死や金王朝崩壊や韓半島統一などなどを乗り越えて)永遠に残る価値のある名曲であるからだ。加藤和彦が言った「・・・いまや『イムジン河』はどこにでもある『分断』を表す、匿名性を帯びた記号・・・」(朝日同記事)は、そういうことでもあるのだろう。歌の力は偉大である。

(追記)
ネットはすごいですね。この曲の原詞もweb上で知ることができます。
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by tiaokumura | 2010-02-20 09:33 | 音楽 | Comments(4)

「今、シニア教師がアツい」(『月刊 日本語』2010年3月号)

今朝の朝日新聞の広告に『日本人の知らない日本語2』の刊行案内、出てましたよね。蛇蔵&海野凪子『日本人の知らない日本語』(メディアファクトリー)はこのブログでも紹介しています。ネットってすごいんですね、僕の全然知らない方が作者の正体?についてコメントを寄せてくださいました。今回の『2』で、「海野凪子」さんの正体って明かされているんでしょうか。僕の予想(国文畑出身)は当たってるんでしょうか。
『日本人の知らない日本語2』、今朝富山国際学院に出勤して、書籍類注文ご担当の高木けい子さんに学院で買うことをお願いしておきました。自分でも買いますが、富山国際学院のスタッフにも「読みたい」って人、多そうなんですね。
今回の宣伝に入ってたマンガ、「失礼極まる」と「失礼極まりない」でした。で、僕がそれを話題にして、学院でしばし「失礼極まる」と「失礼極まりない」談義に耽った。なんとなく思いついた僕の考えは、「失礼極まる」は「失礼が極まった状態(失礼の極限状態)」で「失礼極まりない」は「失礼が極まりどころではない=極まりレベルを突破している(失礼の極限状態を超えている)」だから、失礼度^^は、「失礼極まる」<「失礼極まりない」、じゃないのかなぁ、です。どうなんでしょうねぇ。大外れじゃったら、日本語教師失格かも(大汗)。

今回の記事のタイトルは、『月刊 日本語』の今月号「第2特集」。同誌は一時期つまんなくなって購読をやめてたのですが、ここ数年また定期購読しています。
今月号、「1/31,234の物語」(分母の31,234は日本語教師数)は宮入朋子さんという方、「異文化と出会う」は鄭大世、吉田紀子「ことばのココロ」は「彷徨える魂の画家」。
で、特集が「世代別 日本語教師のホンネと悩み」。前月号が「シューカツ」で今月号がこれってのは、年度末で異動や新採の時季だからでしょうか。
p.31に「信頼されるシニアになるための Check List」ってのが載ってます。恐る恐る^^チェックしてみたのですが、幸い全部大丈夫だった。でも、それって、自分がそう思っているだけで、僕が教えている学生や一緒に働いているスタッフの僕への評価は、また違った結果になるかもしれない。折に触れチェックして、「より信頼されるシニア」にならねば(照)。

これからの日本語教師としてシニア層は重要な供給源になると思う。特集でも「商社での営業経験を生かしビジネス日本語を教える」Kさん(70代)、「IT企業を早期退職してから中国の大学で教える」大川さん(62)、「行政書士の仕事を続けながらボランティア教室で教える」杉山さん(73)、「海外駐在の経験を生かしてボランティア教室で教える」丸田さん(72)が紹介されています。
今のところ、富山国際学院スタッフでシニア(雑誌に「シニア」の定義は出てきません。65歳以上なんでしょうか。本記事では「シニア」は60歳以上を想定しています)は僕一人で(照)、このまま今の皆さんにうちで勤めていただくとして、僕の次のシニアが生まれるのは約10年後です。
「経営者」にとってはシニア日本語教師の「経験に裏打ちされた教師力・授業力」が一番の魅力でしょうが、シニア日本語教師は時間の融通(伸び縮み)が利くこと・(教師力・授業力の割に)人件費があまりかからないことも大きな魅力でしょうね。
僕の知っている「シニア日本語教師」は、今のところプロで2人・ボランティアで3人くらい。
シニア日本語教師」、これからどんどん増えてほしいところです。もちろん、「シニア日本語教師」は本誌「どんなシニア日本語教師が嫌われる?」を熟読してそうならないように意識改革しておかなければならない。ま、シニアに限らず「嫌われる日本語教師」って全世代にいるんですけどね。

僕の小学~大学の同期生にも「シニア日本語教師」向きの男性・女性はいる。ちょっと日本語教育に関心を持ってくれたら嬉しいですね。あるいは、当ブログをご覧になっている「シニア」「シニア予備軍」の方々にも。
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by tiaokumura | 2010-02-19 21:11 | 日本語教育 | Comments(0)

「新資料でよみがえる 三島由紀夫 展Ⅲ」のお知らせ

当ブログは、自分の意見や主張などはほとんどなく(汗)、「他人のふんどし」って言うか、僕が出会った人・モノ・ことなどをご紹介するのが主のブログです。そんなわけで「オリジナリティー」に欠けますが、それが当ブログの「オリジナリティー」だ、と開き直っとるところ、自分、あります(照)。
「他人のふんどし」で記事を書く-今回は「隠し文学館 花ざかりの森」(杉田欣次館長)の新しい企画展のご案内。
館名中の「花ざかりの森」からピンと来る方が多いでしょうが、ここは三島由紀夫ゆかりの文学館です。「隠し」には、そのままの意味と「隠し=ポケット」という富山弁の意味とをかけてある-確かそうだったと思います。
当ブログで「三島由紀夫」を検索すると21件ヒットします。「へぇ~、自分そんなに書いとったんかいな」といささかビックリ。記憶アホなもんで何を書いたかよう思い出せんところも多ですが(恥)、2008年3月23日付「三島由紀夫も土方巽もいた時代」・2008年7月31日付「楽しみな『利賀フェスティバル』」あたり、力を入れて書いたかなぁ。
「隠し文学館 花ざかりの森」のこと・杉田欣次さんのことも、当ブログで何度か取り上げさせていただいています。昨年の「新資料でよみがえる 三島由紀夫 展Ⅱ」については、2009年2月3日付3月1日付など。

今回の「新資料でよみがえる 三島由紀夫 展Ⅲ」のあらましを「隠し文学館 花ざかりの森」のHPから以下抄出。

新資料でよみがえる 三島由紀夫 展Ⅲ
-「潮騒」の成立をめぐって-

小説「潮騒」に関する三島の随筆直筆原稿草稿2編、藍本となった「ダフニスとクロエー」等を展示し、作品の成立過程を探る。
(「藍本(らんぽん)」ってお馴染みのない方が多いと思いますが、わかりやすく言うと「原本・種本」のことです。『荀子』の「青はこれを藍より取りて・・・」から来てるんでしょうね-奥村注)
開催期間2月28日(日)~3月22日(月・振替休日)
開館時間午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日開催期間中の毎週月曜日 *ただし、3月22日(月)は開館
観覧料一般500円、高・大学生300円、小・中学生200円 (団体割引あり-奥村注)
会期中イベント
 記念講話 3月7日(日)午前10時30分 「館長、『潮騒』を語る」(杉田欣次館長)
 読み聞かせ 3月14日(日)午前10時30分
 文章講座 3月21日(日)午前10時30分 「作文のすすめ」(杉田欣次館長)

僕、三島資料を見るのも楽しみですが、杉田館長の「記念講話」も楽しみです。ただこれ、定員20名で確実に聴けるわけではない。ハガキで応募して抽選。今朝そのハガキを出してきました。「当たりますよ~に」と心の中で手を合わせて投函しました(照)。昨年は運良く「当ったり~!」でしたが、今年はどうなるでしょうね。応募方法は、(自分が当選せんがために意地悪するわけじゃありませんが^^)同館のHP(右にもリンクしてあります。リンクフリーなんですね)にアクセスしてお調べください。本当はここに載せてもいいのですが、webなんで住所を載せて杉田さんにご迷惑がかかるのが心配。

杉田館長とは、昨年少しお話しすることができました。大勢の方々が訪れるので今年はお話しできるかどうかわかりませんが、僕が尊敬する杉田欣次さんにお会いできるのはとても楽しみです。ハガキ外れても、同展は見に行きます。
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by tiaokumura | 2010-02-17 21:37 | 富山 | Comments(0)

禍福は糾える縄の如し

2月はいいことが続く。
今年度は「外国人(「外国籍」よりこちらの方がいいと思う。日本国籍の子もいますもんね)の子どもの高校進学」2人を引き受けているのですが、2人とも高校に合格しました。知らせを受け取ったときは、思わず目に水がにじみ出ました(照)。今年度これ以上はないってくらい嬉しかった。むろん僕(たち)がやっている「せめて何とか高校入学を!」ってぇのには批判もあることを承知している。「高校入ったあとの責任取れるの?」(高校中退率は確かにヒドい)・「日本語教師の仕事じゃないんじゃないの?」(でも、じゃぁ誰がやってくれるんだろう)・「入学のためにあなたがとってるストラテジーは間違っている」(だが何かに特化してやんなきゃ、受験突破は無理)・「母国に帰って高校出てから来日すればいいんじゃないの」(だが子を思う親の気持ちは愚かと言われようと強い)・「高いお金とってわずかの成果出たとして、それが何なの。いいボランティアに任せたら」(いいボランティアがいない)などがまぁまず上位に来る批判だろう。他にもあるだろう。そういう批判(非難)に真っ向から答える自信はボクには全くない。自分がやっていることが絶対正しいと声高に主張する気もない。これからも「外国人の子どもの高校進学」に取り組むとして、一番の悩みは「受験国語」。これ以外は何とかなる道筋がちょっぴり開けている。「受験国語」をどうやって突破するか-それが今一番の悩みで、他人の批判に耳を傾けているヒマはない。何かいいお知恵がある方にはぜひ耳を傾けようと思っています。
昨日2月15日、呉羽高校生F-site(稲林理事長・花田恵さんのNPO法人)のプロジェクトで3回目の取材のために富山国際学院を訪れてくれました。C組学生と教師では増山さん・徳橋さんと僕が応対。富山国際学院では教室を飛び出してのいろいろな課外活動に取り組んでいますが、こういうクラス訪問も嬉しい。こういうのができるのも(課外活動でもそうだが)、学院や僕にネットワークができているからである。花田さんとは前学院長の岸井みつよさんとのご縁がきっかけである。課外活動でも多くの方々にご協力いただいている。ネットがどれほど進化しようとも、生身の人間同士の触れ合いを大切にしていきたい。むろん失敗も必ず出てくる。大失敗もあるだろう。でも失敗を経験することも大事だと思う。教師の「上げ膳据え膳」はよくない。もしどうしようもない大失敗が発生したら、その時は学院長が頭を丸めて謝りにいけばいいのである。ビンボー日本語学校なんでお金で解決は無理っすが^^、そういう覚悟はあります。ま、ボクのスキンヘッドがどの程度効果があるかわかりませんが(激爆)。
それから、F-siteの取材が終わった頃にケータイメールが届いて、僕が2年間在籍した某大学の後輩「ハシゲン」が*都にあるK大学院合格の知らせ。K大学っちゅうてもKND女子大とかK女子大とかKTCBN女子大じゃあありませんよ。KG大でもKSa大でもKSe大でもKF大でもない。←じらしすぎ、っすね。彼(男っす)は皆さんが最もよくご存知の「月こそかかれ吉田山」の大学です(「こそ+已然形」=係り結びの法則っす^^)。彼には在学中2年間遊んでもろうとるんで、これで彼がワシのようなアホには手が届かん世界に行っちゃったんじゃろ~ねと思うと、ちょっぴり寂しさも。僕は40年くらいの時間差で2つの大学を経験している(珍しいかもしれないですね)。自ずと1番目の大学と2番目の大学を比較してしまうことがあるのですが、40年経って大学の質は落ちたんでしょうね。2番目の大学で習った20人くらいの教官中3人のダメ教官がいた。願わくば、超一流大学の京*大学大学院でハシゲン君が出会うであろう教官中に、そんなバカがいませんよ~に。ハシゲン君が4月の入学までに覚えれるよ~、「逍遥の歌 紅もゆる」を掲出したい。ハシゲン、おめっと~さんっす。下の歌詞、読めん漢字あったら、聞いておくれどすbyひげ奴(謎爆)。「紅」=べに、「早緑」=はやみどり、「嘯けば」=しゅくけば、じゃないっすよ(激爆)。
  紅もゆる岡の花/早緑匂ふ岸の色/都の花に嘯けば/月こそかかれ吉田山
それから、バレンタインチョコ-日曜日なんで今年はゼロかと思いきや、な・な~んとn(n≦10)個も。「そんなん買うんなら、ハイチにそのお金を寄付して」と喉元まででかかったんですが、やっぱ自分って欲深い男なんでしょうね(恥)、いただいちゃいました。ホワイトデー、1人1000円のお返しで済むんじゃろうか。「倍返し」「3倍返し」が相場なんじゃろか。チョコの金額に関わりなく(GODIVA以外、いくらかなんてワシわからんし^^)、何か本をあげようと思っています、ホワイトデーには。本、値段がわかっかちゃうけんど、ランジェリー贈ってセクハラじじいになるよりはよかバイ。
穂積雅子選手6位入賞」も福。ご本人は表彰台に上れなくって悔し涙を流されてたそうで、そういうところも「偉い!」と思う。菊池雄星君(花巻東)が選抜で優勝できなくって泣いてたってのを思い出した。穂積選手、同僚の増山さんのご主人の勤務先の所属です。その会社、オーナー社長だからできるって言われればそれまでですが、今回のオリンピックスケート2選手を支援している。大手企業がどんどんスポーツから手を引きつつある現在、富山の民間企業がこうしてスケートを応援しているのは富山県民として誇りです。

禍福は糾える縄の如し」という。以上を「福」とすれば「禍」も同じ数くらいある。「禍」なんて言い方は無責任っぽく響きますが、まぁ「学院長」を引き受けた以上は避けられない大問題が今日現在で少なくとも3つはある。3つの禍、何より自分が無能力なるがゆゑに、「禍」を乗り越えるべきハードルがボクには高すぎる。真夜中にふと目覚めて考え込むことも、出社拒否^^の誘惑に駆られることも、酒や遊びに逃避したくなることも。まぁあれこれ考えてたってしょうがないんですけどねぇ。実行あるのみ。解決って遅くなればなるほど難しくなりますよね。

別の「福」。先週・今週と初体験のクラス授業2回、なんとか無事終了。これで今年度下半期8クラス全制覇^^です。ふだんご担当の先生方の努力の賜物なんでしょうね、どちらもすばらしいクラスでした。「僕、初めてのクラスってすごく緊張するタイプで、今日もうまくできるかどうか心配です」(「語彙コントロール」、このくらいは大丈夫な両クラス)って言ったらみんな「うっそ~」って感じで笑ってました。アイスブレークだと思ったんでしょうね。でも「真実」。でもある意味、自分ってトクなんでしょうね。僕が登場してまさか足がガクガクしてるなんて、学生のだ~れも思わないんでしょうね。もしこれが20代前半の日本語教師A子さんだったら、悪賢い学生は「ちょっとおちょくってやろう」と思うかもしれない。60代前半ボクと20代前半A子とで、じゃぁボクが有利かといえばそんなことはない。学生の前に二人立って「みなさん!どっちの先生に習いたいですか」と学生に問いかけたら、7:3くらいでA子さんを選ぶでしょうね。つまり、日本語教師は自分の有利不利を自覚しておくことが大切だということが言いたい。例えばボクは顔が悪くジジイでありユーモアがなくネクラでファッションセンスださく字が下手で発音が悪い。そんな僕は欠点を少しでも克服すべく努力する一方で別の要素で勝負する。A子さんは、最初はよくっても、数回の授業を経てる内にボイコットされないようにしなければならない。他の例。やったら元気な先生は「授業中自分はしゃべくりしすぎとらんか?」と自問すべきだし、人気があってちょんちょんになっている先生は「では、自分ははたして学生全員に人気があり慕われているのだろうか?」と内省すべきだろう。教師の日々の授業にも「禍福は糾える縄の如し」がある。また、「自分は無知であり馬鹿である」と己を客観視できない先生に教わること以上に学生にとっての不幸はないのである。
もう一つ「福」。ネットマージャンで1000勝達成。「あんた、ようそんなゲームやっとるヒマありまんなぁ」と言われちゃいそうですが(大汗)、まぁ息抜きってことでご勘弁を。戦績、「経験値132万0500EXP、マネー72万8143円、役満3回、勲章12個」です。

禍福は糾える縄の如し-だから人生は生きがいがあるのでしょうね。
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by tiaokumura | 2010-02-16 20:59 | 言の葉つれづれ | Comments(2)

黒岩比佐子 読書計画

今週は今年初の「週4コマ」の授業担当(月・午前、火~木・午後)で、6時起きです。久しぶりに脳内目覚まし時計をセット。で、目が覚めたのが6:05で5分の誤差。ま、いいか、このくらいは。富山は小雨ですが気持ちのいい朝。立春はとうに過ぎましたが、「冬はつとめて」ってとこです。

黒岩比佐子は十二支で言うと僕より一回り下になります。
Amazonはその劣悪な労働環境に義憤を感じ(青臭いかも^^)3年前で注文をやめたんですが、でもあれこれ調べるのに便利なので今でも利用しています。Amazonで「黒岩比佐子」を検索すると、14冊ヒットする。『音のない記憶 ろうあの写真家 井上孝治』が単行本&文庫で、なぜか岩波文庫の村井弦斎『食道楽』が入っていないので、現行流通の黒岩比佐子関連本は15冊ということになるのかなあ。Amazonを信じれば、黒岩の単著・共著・解説などが単行本・選書・新書・文庫の版型で刊行中です。黒岩比佐子のブログ「古書の森」には年内刊行予定の「堺利彦」本(今年は大逆事件処刑100年なんですよね)が出てくるので、近々16冊になるか。ネットのどこぞに「黒岩比佐子本リスト」とかあると便利ですね。探してみよう。

今年は黒岩本を何冊か読むことにしたのですが、1人の作家の本(や作品)を何冊(何作)も読む経験、これまでに20人以上になるかなあ。高校時代に漱石で、鷗外・透谷・荷風・宮沢賢治・梶井基次郎・中島敦らや山本周五郎・五木寛之・森有正・辻邦生・植草甚一らや吉本隆明・高橋和巳らに入ったのは東京時代。富山にUターンしてからはそういう出会いは減ったけど、それでも、南方熊楠・村上春樹・大村はま・野田尚史・須賀敦子・藤沢周平らは5冊以上読んでる。抜けがありそうだが思いつくままに記せばこんなところ。共通点がなさそうで(汗)、けっきょく僕は「文体」が好きなのかもしれない。
そして今年(「国民読書年」だそうですね)の黒岩比佐子。本ってのは、出会ったその時にはまだあまり意識化できないけど、自分の中で何かが熟して出会うものなのでしょうね、きっと。

黒岩比佐子本・読書計画
これまで(終了)
①解説・文庫 村井弦斎『食道楽(上)(下)』(岩波文庫)
②エッセイ・雑誌 「村井弦斎の英文小説とマーク・トウェン」(岩波書店「図書」09年7月号)
③講演・レジュメ 「日露戦争とジャーナリズム-もうひとつの『坂の上の雲』(2010年10月23日@関西学院会館)
④講演・レジュメ 「村井弦斎の”食育小説”に学ぶ-明治のベストセラー小説『食道楽』(2010年10月24日@キッピーモール)
⑤聞き手・新書 むのたけじ『戦争絶滅へ、人間復活へ-九三歳・ジャーナリストの発言』
2010年2月・3月(目下読んでいるところ)
⑥単著・選書 『明治のお嬢さま』
⑦解説・文庫 『春夏秋冬 料理王国』(中公文庫)
2010年4月・5月(未購入)
⑧単著・新書 『日露戦争-勝利のあとの誤算』(文春新書)
⑨単著・新書 『歴史のかげにグルメあり』(文春新書)
⑩単著・(単行本→)文庫 『音のない記憶 ろうあの写真家 井上孝治』(角川ソフィア文庫)
2010年6月・7月(未購入)
⑪単著・新書 『伝書鳩-もうひとつのIT』(文春新書)
⑫単著・選書 『編集者 国木田独歩の時代』(角川選書)

とまぁ、こんな「取らぬ狸の皮算用」計画で^^、⑫まで終わったら、いよいよ
⑬単著・単行本 『『食道楽』の人 村井弦斎』(岩波書店)
⑭共著・単行本 『津村重光の本-ある団塊世代半世紀の軌跡』
に進み、その内に
⑮現在執筆中の「堺利彦」

⑯他の黒岩新刊
が出ればそれを買って読もうと思う。
そうこうする内に季節は秋になって、
⑰黒岩比佐子講演@関西学院大学
に出かける。
会場では
⑱本にサインしてもらったり握手してもらったり(←オイオイ)。
できれば質問も考えておけたらいいのですが。

以上、民主党の「マニフェスト」じゃないんで、僕の計画がうまくいかんでも怒らんといてネ、皆様。
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by tiaokumura | 2010-02-15 07:13 | | Comments(4)