<   2010年 01月 ( 20 )   > この月の画像一覧

交流会@兵庫県私学会館

f0030155_18253994.jpg
(1月31日午後・記)
1月26日(火)神戸出張
前日夜、富山発11時の大阪行き夜行高速バスに乗り26日早朝大阪梅田着。9時半過ぎ、実弟と寺本益英教授(関西学院大学経済学部)の研究室を表敬訪問。歓談の後、寺本先生・実弟と11時半頃上ヶ原バス停あたりでタクシーに乗り、阪神の駅で降ろしてもらう。寺本先生と実弟はその後昼食。ご一緒したかったのですが、それでは出張目的が果たせないので^^僕は阪神電車で元町へ。電車を待つ間このブログをチェックしてビックリ。黒岩比佐子先生のコメントが入っていた! つい先ほど寺本研究室で黒岩先生の話もしていたんですね。「奥村さま、寺本さま、かぐら川さま、偶然、このブログを読ませていただき・・・」で始まるそのコメントを読んでて、月並ですがじーんと来ました。黒岩先生のご本を読むこと・先生のご講演を聴くこと-今年の大きな楽しみです。

電車乗り継ぎにモタモタして、12時半@兵庫県私学会館での約束、ぎりぎりセーフ。同会館の「ハナワグリル」で丸山茂樹先生(I.C.NAGOYA)とビジネスランチ^^。見栄を張って(汗)、ビーフカレーセット1400円を食す。テーブルには奥田純子先生(コミュニカ学院)田中眞一先生(大阪YMCA学院)もご同席。「月刊日本語」の今月号特集「ザ シューカツ」の「日本語学校採用担当者が本音で語る座談会」には奥田先生もご出席。同記事の「教師は『教えてはいけない』」「優れた『黒子』になれ!」は全く同感。

1時から4時半過ぎまで、日本語教育振興協会(略称「日振協」)「平成21年度日本語教育機関事務研究協議会 西日本地区」。佐藤次郎理事長あいさつ、文部科学省・法務省入国管理局・外務省の説明、理事長の話、丸山先生の話と続き、休憩。3時10分再開。「日本語教育機関からの報告」4本のうち3人目が僕。3時半頃登壇。同僚の高木けい子さんに借りたタイマーを6分30秒にセットし、拡大コピーした原稿を置いて話し始める。「富山国際学院学院長の奥村隆信です。私、お酒を飲むと楽しい男ですが、こういう場は初めてで緊張しております・・・」とアイスブレークを狙ったのですが、場違いじゃったかも(汗)。1月10日(日)@金沢の「研修2日目開会のあいさつ」の時はカンニングペーパーなしでしたが^^、今回は原稿があるので途中も安心。ただ棒読みにならぬよう、強弱や間には気をつけた。報告中には自ずと留学行政批判もあったので、雛壇のお役人ご歴々、「いなかのジジイ、何ほざいとるんじゃ」だったかも(激爆)。タイマーが鳴ってしばらくして終了。時間配分はうまくいった。ステージから袖に降りたので拍手の様子はわからず。

5時から交流会。今回の出張のもう一つ大切な任務が、1月9日・10日の「全国日本語教師研修 金沢」について丸山先生・奥田先生に報告すること。丸山茂樹先生とは3年前だったかに「ビジネス日本語」で初めてお会いし、奥田純子先生とは5年前だったかに野田尚史先生(大阪府立大学)のプロジェクトで初めてお会いし、それぞれご面識を得た。以来、年齢は僕のほうが上ですが(照)、こと日本語教育に関しては僕の「兄貴格」「姉貴格」としてお付き合いいただいている。
お二方に沓水博厚さん(アリス学園)がお作りになった「報告書」と富山国際学院が作った「アンケート集計」を渡す。アップした写真は報告終了直後。僕が手に持っとるのが「報告書+アンケート」。アリバイ写真みたい(嘘爆)。ボクのシャツ、ヨッパになっとるせいもあるけど、襟がなんか広すぎっすね(大汗)。
交流会中、20枚近い名刺をゲット。事例報告者になったことによる思わぬ効用です。「それまで眠かったのがスピーチ聞いて目が覚めた」「日本語教育に対する慧眼だった」「うちも同じような悩みを抱えていて、勇気づけられた」「地方にいても、そこまで状況が把握できてるんですね」「枕の部分が良かった」「これからも情報交換しましょう」など、概ね好評なスピーチだったみたく、人前で話すのがちょー苦手な自分、少しホッとした。次回は3月15日・富山国際学院卒業式での式辞になります。内輪の集りだからそれほど緊張しないで済むかなぁ。

8時過ぎ、元町の兵庫県私学会館をあとにして三宮まで歩く。阪急に乗り大阪梅田。梅田の「古書のまち」を覗きたかったのだが、あいにく閉店してた。待合室で、親友哲ちゃんに「ちょっと手ごたえはあるかもしれないけれど、拾い読みしてください。第2部と付録は読めると思います。」というメッセージ付きで「謹呈」された、『益川さん、むじな沢で物理を語り合う~素粒子と対称性~』(日本評論社)を読み耽る。あまりにもおもしろいので、梅田発富山行きの高速夜行バスの中でも消灯時間まで読み続けた。
「科学の疎外現象」(p.3)は諸科学共通な現象でしょうね。それは「サンシャイン60」の話(p.165)ともつながるんでしょうが、科学者が「市民の立場に立つ」って絶対に必要でしょうね。そして今は脳科学や分子生物学や天文学や生命工学(同語矛盾?)などの最先端の成果も我々市民が知ろうと思えばできる時代になっているけど、市民もある程度の素養や理論武装がなきゃ、エセ科学やデマゴギーにからめ取られてしまうんでしょうね。木場二郎の話(p.138)、僕も「奥村先生」と呼ばれるのが大っ嫌いなので、大いに愉快だった。そして、坂田昌一(1911-70。来年が生誕100年)の話。坂田は僕が大学時代から知っている高名な方で、本書でも何度も出てくる。「名古屋大学物理学教室憲章」(附則に「1946年6月13日より有効」とある)はpp146-148に所収。こういう人がリーダーの組織ってすばらしいでしょうね。「読んで書かせる試験問題に」(pp156-159)、その通り。
本書、黒岩比佐子むのたけじ聞き取りと同様、聞き手の力が大きい。第1部は東京物理サークル、第2部は上條隆志(略歴を見ると、同じ頃に東京教育大学大塚キャンパスにいたことになる)が「聞き手」。
僕は高校は文系だったので物理は履修していない。数学も高1レベルがせいぜいか。物理や数学がわかる人には、本書、もっともっとおもしろいでしょうね。

(追記)
今朝の朝日新聞に「ノーベル賞・益川敏英さん 好奇心の大切さ語る」が載っています。
[PR]
by tiaokumura | 2010-01-26 18:25 | 僕は学院長1年生 | Comments(6)

寺本益英教授(関学大)を表敬訪問

f0030155_11392225.jpg
(1月30日夜・記)
1月26日(火)、初の神戸出張
日本語教育関係の国内出張・研修・授業って、多いほうから言うと、これまでで10回以上は名古屋・金沢になるでしょうか。次いで東京・白山・幕張・上越などが来て、新潟・京都・大阪各1回といったところでしょうか。記憶アホなんで正確じゃありません(汗)。こういうふうに行った先を並べると、関東・中部だけですね。昨年12月に沖縄へ行くチャンスがあったのですが、うちみたいなビンボー日本語学校、「沖縄までの交通費、出してぇ」とは言えなかった。かと言って全部自腹、無理っすもんね。いつか札幌・仙台・秋田・広島・高知・沖縄なんて行ってみたいですねぇ。
今回の神戸出張は、財団法人日本語教育振興協会(略称「日振協(にっしんきょう)」)の「平成21年度日本語教育機関事務研究協議会」に参加のため。
思いがけないことに、日振協からその協議会での事例報告者の一人になってくれないかという依頼があって、「そういうの自分にとっていい経験になるかも」と思い引き受けたはいいが、さぁ困った、準備が全然できない(泣)。安請け合いなんてせんもんですね(大汗)。報告時間は5~7分でとのこと。そんなに長い時間じゃない。原稿見ながらでもいい、ってのも助かる。1月25日(月)午後4時過ぎ@富山国際学院、原稿がやっと頭の部分だけでき、スタッフの高木けい子さんに聞いてもらう。「奥村さんらしくて、いいんじゃないですか」ってな彼女の評だった。
帰宅して入浴・夕食などの後、7時半ころからPCに向かいwordで原稿作成再開。A42枚がようやくできたのが9時過ぎ。その原稿、僕は目が悪いんでA4→A3に拡大コピーで2セット作成。それから急いで出張準備。時間がないんですね。財布や書類や洗面道具などをかばんに押し込んで、スーツ(今年2回目のスーツ着用^^です)を着る。時間がないので、ネクタイ1本とタイピン・カフスボタンをかばんのポケットに押し込む。
今回の出張、自宅から富山駅まではポートラム利用なんですが、城川原発9:41とかってぇのに乗らないと、大阪行きの高速夜行バスに間に合わないという計算だった。で、家から城川原まで早足、途中息切れしばし(恥)。必死の形相^^で城川原駅に着いてホームの時刻表を見たら、ポートラムの出発時間9:41じゃなかった。ボク、違う時刻を見とったんですね(大恥)。
JR富山駅前から11pm、大阪行き高速夜行バス発車。

大阪梅田6:40着。トイレで洗面。JR大阪で「元町」までの交通を教わる。
元町、7時半。神戸は2008年9月6日・7日以来。あの時は、まず大阪で昼食@吉兆(大丸梅田店)、モディリアーニ展@国立国際美術館。神戸ではホテルプラザ神戸に宿をとって夕食・朝食も。翌日は昼食@GRACIANI(異人館通り)-井上旭の弟子がシェフ-、生田神社(藤原紀香が挙式)、東急ハンズ、ジュンク堂など。
元町にある立ち食いの店で「天ぷらうどん(並)」。前回の神戸と大違いやんけ、自分(大汗)。でもおいしかったぁ。それから元町交番で「兵庫県私学会館」への道を聞き、下見。坂道にありました、同会館。それから三宮まで徒歩約15分。阪急に乗る。須賀敦子中井久夫を読んでると出てきます、阪急電車や阪神間のこと。ボクの勝手な想像ですが、阪急は西武池袋線、阪神は東武東上線のイメージ。阪急電鉄神戸線で西宮北口駅に出て、今津線乗り換え仁川(にがわ)駅下車。駅で待つことしばし、待ち合わせ相手の実弟からケータイに着信あり。
実弟とともに関西学院大学上ヶ原キャンパスまで歩く。散歩にはちょうどよいお天気。仁川沿いに歩き橋を渡る。このあたり、敷地面積は富山ほどではないでしょうが、お金持ちそうな住宅が立ち並ぶ。これもボクの勝手な意見ですが、日本苗字TOP20に入るような表札が散見される住宅群は高級住宅街ではないような気がする(失礼をご容赦されたし)。割と珍しい苗字が表札に書いてあって本当はお金がかけてあるのだけど一見そうは見えない門構えが隣接していると、そこはハイソサエティ社会。これは昔大学1年生の時に新宿のデパートの歳暮配達のバイトをやってた頃に初めて感じたこと。

関西学院大学の正門を入る。まもなく、広場が見え正面に時計台(University Library Old Building。1929年建)。9時半過ぎ、「第2教授研究館(池内記念館)」3Fの寺本益英教授研究室のドアをノック2回。「第2教授研究館」って「『第2教授』を『研究する』『館』」じゃぁありませんよ(激爆)。
寺本益英教授(経済学部)とは2009年1月16日以来ですから約1年ぶりということになります。あの時(大阪出張だった)は、伊勢海老料理専門店「えび三郎」で夕食、「英國屋」(関学OBがオーナー)でコーヒー。
相変わらずお忙しい日々をお過ごしの寺本先生なのですが、貴重なお時間を2時間近くも歓談にお遣いいただいた。と言ってもボクは先生と弟の話を聞くのに専らでしたが。研究室の書棚には本がびっしり。図々しかったのですが、その内の何冊か手にとってみました。おいしいお茶とプリンをいただく。テーブルの足元には優に何百枚もあろうかという学生のレポートの紙袋2つ。
政治や経済のこと、最近の学生のこと、茶業(先生の最近のご研究テーマである)のこと、先生と関学との関わり、琳派・等伯(今年が没後400年ですよね。最近彼の作品が「発見」されたのも話題になりましたね)・若冲(この間の「日曜美術館」でもやっていた)のことなどなど、興味深い話題が先生から次々。中でも一番興味深かったのが、寺本先生と黒岩比佐子先生との「出会い」。人と人との出会いのすばらしさを象徴するエピソードです(後日そのことについて書こうと思います)。

アップした写真、寺本先生の研究室の前で弟に撮ってもらう。ボク、夜行バスのせいでしょうか、寝ぼけ眼っすね(照)。
[PR]
by tiaokumura | 2010-01-26 11:39 | このブログのこと | Comments(2)

米田哲雄先生「勉強お助け隊」でボランティア、神戸出張準備

今年に入ってからの土日は、ゆっくり目に起床。朝食などの後、9時半頃家を出る。車中、この間親友の粕谷さんからもらった夏木マリ「La Parole」を流す。タイトル通り「語り」が多いアルバム。5曲目だったかに浅川マキ『かもめ』がカヴァーされててビックリ。夏木は才能豊かな方で、最近はお芝居でもご活躍。カフェカナン@下北沢のご常連でもある。上京してカナンに立寄った際には、カナン店主研次から彼女のご様子などを聞くこともある。昔、僕や研次がハイランドロッヂ@長野県八方で働いていた頃、彼女の『絹の靴下』を営業エンディングテーマとしてよく聞いたのも懐かしい思い出。アルバム「La Parole」にはもう1曲、佐良直美(字、合ってますか? 上手な歌手でしたが、今どうしてらっしゃるんでしょう。なんかスキャンダルっぽいことがあって、ホサれたんでしたっけ?)の『いいじゃないの幸せならば』(作詞・岩谷時子、作曲・いずみたく)カヴァーも入っていた。

9:45頃、CiC裏手の駐車場に車を入れる。CiC入口で米田哲雄先生と出会い、新年のご挨拶。「本日『勉強お助け隊』のお手伝いさせてください」と申し上げる。
日本語教師は国内に3万余人とか。富山県内には200人くらいでしょうか。僕の見立てでは、富山県内日本語教師TOP3が、僕が出会った順で言うと、原和子先生・米田哲雄先生・折田真一先生。このお三方にあってボクにないのは、「深い知識教養+視野の広さ」。従ってお三方には、大胆さと柔軟性と状況把握の的確さが備わっている。お三方は「現場第一主義」である。ボクの場合は、しばしば冒険心が欠け視野狭窄に陥りやすい。ボク、「富山県内日本語教師ランキング」では現在50番前後でしょうね(恥)。今年中にはTOP20に入りたい(照)。

10時過ぎから米田哲雄先生「勉強お助け隊@CiC3F」ぷちボラ。人間、ボランティアって大切ですよね。僕は例年、富山市民国際交流協会(TCA)の「国際交流フェスティバル」、村川いづみさん「イタリア美術セミナー」、富山型デイケアサービス「このゆびとーまれ」「にぎやか」、川渕映子さんの「地球の夢」などのボランティアをやるようにしているのですが、昨年は仕事も忙しく、ほとんどボランティア活動に参加できなかった(恥)。今年は年間目標「6ぷちボラ」ですが、どうなるでしょうか。
「勉強お助け隊」、僕はこれで3・4回目になるでしょうか。ここでの指導、一見さん相手と言うか、毎回が一期一会なので気が抜けない。教師としては、「どこまで分かっててどこから分かってないのか」を見極め、「どういう風な指導が向いていて、ここはタブーな指導だろう」と頭を回転させ、更には「日本語の許容範囲はどこまでにして、今日のここは許容範囲には入れない」と計算し・・・。まぁ緊張の連続です。ボランティアだろうがプロだろうが、習う側からすれば、そんなん関係ありませんもんね。約1時間半の指導、11時半頃終了。記録を書き、米田先生にご挨拶して教室を引き揚げる。僕の最初のネイティブ中国語老師の銭輝老師にご挨拶して駐車場へ。方向音痴なんで、駐車場で少し迷子になった(恥)。
富山の今日、三寒四温にはまだ早いのでしょうが、とても暖か。

帰宅後昼食。その後「神戸出張」の準備。
今週火曜日、初めての神戸出張。ボクはカントリーじじい^^ですが、都市好きジジイ。好きな都市TOP5は、①パリ②東京③横浜④神戸⑤上海です。ただし上海は空港乗り継ぎ以外は未体験。今年は「上海世博会」(上海万博)なので(あと100日を切りましたよね)、その真っ最中は避け、お金を貯めてその後か来年、上海に行きたい。
神戸出張は、財団法人・日本語教育振興協会(略称「日振協」)の「西日本・日本語教育機関事務研究協議会」参加のため。先日日振協から富山国際学院にTELがあり、当日の事例報告のスピーカーになるように言われた。先日の「全国日本語教師研修in金沢」でも2日目の「開会のことば」ってぇのをやり、どうも今年はスピーチの当たり年です(激爆)。協議会には100人くらい出席だそうで、そんな大勢の前でスピーチするのは12年ぶりくらいです。時間は5~7分で原稿も用意できるそうなので、人前で話すのがちょー苦手なボクも少しラクですが、壇上にあがって会場を見渡した途端、頭が真っ白になりそうです(爆)。ボクはお尻に火が点かないと取り組めないタイプで、まだスピーチの原稿できとらん(汗)。今夜・明日午後には作って、スタッフの高木さんにお願いして予行演習しとかねば(照)。
うちんとこ、ビンボー日本語学校なんで、今回の神戸出張は富山・大阪往復高速夜行バス利用。8500円で済むんですね。で、早朝に大阪到着なんで、西宮まで行って、寺本益英先生(関西学院大学経済学部教授)を表敬訪問しようと思う。お忙しい寺本先生のお邪魔にならないようにしたい。僕は昨年、関学のカレンダーを使ってました。そのカレンダーの写真を見てても、関学は興味深いキャンパス。キャンパスには、古いところでは’University Library Old Building’や'School of Theology’や’Junior High School’や’School of Business Administration’があり、新しいところでは’Elementary School’や’KOBE-SANDA Campus Lambuth Memorial Chapel’などがある。寺本先生の研究室に伺うまでの道すがら、眼福散歩ができそうです。関学グッズ、買えたら買いたい。関学の学食で昼食も摂りたい。
関学には実弟が同行してくれる予定で、彼と仁川駅で待ち合わせ。仁川、「にがわ」と読むそうです。韓国だったらハブ空港のある「인천」ですよね。
[PR]
by tiaokumura | 2010-01-24 20:35 | 日本語教育 | Comments(4)

「富山“観世塾”」(1月)

本日、「富山“観世塾”」受講。

富山“観世塾”」の前に用事があって、11時頃家を出る。富山市中心街に行くのはいつ以来だろう、実に久しぶり。富山別院の駐車場に車を入れる。それからまず、今日の「富山“観世塾”」4曲中2曲の本を持たないので総曲輪通りの清明堂書店に入って探す。昔と同じく裏口あたりに謡本コーナーがあった。ただ残念ながら宝生流ばかり。富山は、高岡も(金沢・福井も)そうですが、観世流より宝生流が盛んなんでしょうね。江戸より京都に近いからでしょうか。清明堂書店の後、ラーメン祭り?をやっている総曲輪フェリオを通りぬけ、西町交差点から南へ少し行ったお店で富山銘菓「月世界」を購入。それからフェリオに取って返し、紀伊國屋書店。謡本、あるにはあったのですが、こちらも宝生流。でもせっかく久しぶりに紀伊國屋書店来たのに何も買わないのも癪なので、店内物色。都留泰作『nacunN』4・5(講談社アフターヌーンKC)と『ポケット数独 上級編5』を買う。都留泰作先生は当ブログでも数回ご登場いただいていますが、富山大学人文学部准教授。僕は還暦の日、都留先生の文化人類学の授業を受けてました(照)。「数独」、「上級編」はまだLevel7が3割、Level8が1割くらいでしょうか、解けるのは。解き方のステップアップが求められている段階。つまり、いささか壁にぶちあたっている、ってとこです。7Fの紀伊國屋の後、6Fの末弘軒でワンタンメン+黒とろろ昆布おにぎり1個の昼食。

12:45頃、富山能楽堂。ロビーの受付で「富山“観世塾”」について聞いている女性がいらっしゃったので、ご一緒する。ところが、いつもの部屋ではなくて右往左往(恥)。「受付」の紙が貼ってある部屋があったのでそこを開ける。いつもより1部屋分広い感じの会場。小西弘通先生に緊張しながら^^新年のご挨拶。川田有紀子先生・松下覚会長にもご挨拶&受付。
一番後ろの席に富崎茂樹先輩のお顔が見えたので、その横に着席。
本日1曲目は『鶴亀』。川田先生に習った、僕が唯一謡える(っても、めっちゃ下手ですが)曲です。1回目、小西先生が何回かに分けて謡われ、その後我々が繰り返す。2回目は最初から通して。『鶴亀』は謡った経験がある曲なんですが、なんか自分だけ違う。シャドーイングみたいにしてたんですが、声質が他の皆さんと違うんですね。何て言うか・・・皆さんのは「謡」の声でボクのは「下手なカラオケ」の声(泣)。呼吸法とか発声法とかリズムの取りかたとかが根本的に違っているんでしょうね。まぁ、そういうのが自覚できただけでも、新年第1曲、よしとせねば。
二曲目『吉野天人』。『鶴亀』『吉野天人』は『大成版 観世流初心謡本 上』の1曲目・3曲目に所収。『鶴亀』とほぼ同じ練習方法。謡、久しぶりだったからでしょうね、この曲の間、足が痛くなってずいぶんお行儀が悪かった(恥)。
三曲目『』。巴は木曽義仲の愛妾・巴御前。彼女は、才色兼備ならぬ武色兼備、アマゾネスです(そんな言い方、顰蹙を買うかも^^)。彼女は義仲と最期をともにしようとしたのですが、義仲の命で生きながらえざるを得なかった。愛する男とその死をともにできなかった執念を、折りしも粟津の原を訪れた木曽の僧に晴らしてほしいと訴える。女がシテの珍しい修羅物。巴が三様に描かれそれに伴って曲調の変化がある。増田正造「お薦め能の名曲」には入っていませんが、名曲だと思う。
四曲目『弱法師(よろぼし)』。僕は昨年2月28日に初めて「富山“観世塾”」を受講したのですが、その時の二曲目が『弱法師』でした。世阿弥の長男・観世元雅が作者。『隅田川』も彼です。『弱法師』は、増田正造「お薦め能の名曲」から引用すると、「家を追われ、盲目となり乞食となりながらも、梅の香のような詩心を失わぬ少年。父との再会。」(『観世流 能のすすめ』p.35)
『巴』『弱法師』、本がなかったので、富崎さんの大成版をお借りした。富崎さん、ありがとうございました。

今日の「富山“観世塾”」、3時半頃北日本新聞(地元紙)の取材があり、小西弘通先生がインタビューを受けていらっしゃった。記事を読むのが楽しみです。取材が入ったこともあって、いつもより20分くらい遅く終了。後片付けのお手伝いを少しして、雪の中(来た時はいいお天気だったのに)を帰宅の途に。
[PR]
by tiaokumura | 2010-01-23 20:57 | 謡を習う | Comments(0)

富山弁切手

f0030155_18281210.jpg
A:まいどはや。まめけ?
B:おいね、まめやちゃ。
A:あんにゃ、「富山弁」の切手出たが知っとっけ?
B:な~ん、知らんちゃ。そんなもん出たがけ?
A:おいね、写真、見られま。
B:ありゃま、おら、いきそったちゃ!
A:あんにゃのために、おら、一つ買ったげたさかい、あげっちゃ。
B:ありゃまぁ、きのどくな。か、いくらだったがけ、高かったがやろ?
A:な~ん、つかえんちゃ。こないだ、あんにゃのおっじゃ、嫁はんもろたときに、鯛のかまぼこもろとるけに、こんくらい、いいが。
B:そいがけ。ほたら、もろとくちゃ。
A:そん代わり言うたら、なんながやけど、こんど桜木町行ったら、飲み代だいてくたはれま。
B:おっとろしいこと言われんなま。富山駅前の居酒屋なら、だいてあげられっけど。
A:そやね、そっでいいちゃ。あんにゃとこのおっかに見つからんよ~にして、明日行かんまんけ。
B:うちのおっかならじゃまないちゃ。CiCのロビーで会わんまいけ。
A:わかったちゃ。そっでいいちゃ。
B:おら、桜木町ならんで、あっか~りしたわ。
A:おらっちゃちゃ、遊んでばっかおって、だらやねぇ。
B:そいがそいが。だらぼちやちゃ。みゃあらくもんやったら、まだいいがにねぇ。
[PR]
by tiaokumura | 2010-01-22 18:28 | 富山 | Comments(4)

渡辺睦子 解説・増田正造『新装版 まんが 能百番』(平凡社)

f0030155_207255.jpg
渡辺睦子 解説・増田正造
新装版 まんが 能百番
2009年11月10日 初版第1刷
平凡社
952円+税

との出会いは不思議なもんです。昨日の記事で取り上げた、川田有紀子先生(観世流華川会)からいただいた『観世流 能のすすめ』。著者の増田正造という方は僕は初めてなのですが、今日、先週博文堂さんから届いて忙しさにかまけてそのままにしていた本を整理してたら、アップした写真の本に「増田正造」名を発見しました。増田正造は、ボクが知らなかっただけで(恥)ずいぶん高名な方のようです。著書も多数あり、横道万里雄や戸井田道三や馬場あき子との共著もある(Wikipediaより)。コロナ・ブックス(値段がそれほど高くないので何冊か持っています)に増田正造『能百十番』があるので今月博文堂さんに注文しようと思っています。
との出会いは偶然だと第一義的には思う。川田先生からいただいた本と最近購入した本とに同じ方の名前があった-偶然、でしょうね。でも、「風が吹けば桶屋が儲かる」「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こる」というふうに、全てに因果関係があるわけだから、ここは、僕の能への希求精神が2つの本を僕に引き寄せたと言えばいいのかもしれませんね。「偶然は全て必然的に起こる」あるいは「奇跡は奇跡的には起こらない」(金大中でしたっけ?)。ま、そんな理屈っぽいことはどうでもいいことですが(激爆)。

本書、能百番(50音順配列)について、登場人物紹介略画・あらすじ・独特の語り口での5~6行文(例えば『卒塔婆小町』の場合は「絶世の美女といわれた小野小町も、/寄る年波には勝てんかった。/今じゃ、百歳のしわくちゃばあさんじゃ。/おまけに、どこをどうさまよったのやら、/ボロボロのみすぼらしい乞食になっておった。」)、そしてこれがこの本の最もすごいところなのですが、能百番全てを見開き2ページの「12コマまんが」にしている!
「新装版」の元本は昭和61年刊のようです。本書の巻頭に当時の日付の増田正造「推薦のことば」があり、巻末に2009年9月付の渡辺睦子「二三年後のあとがき」があります。
著者の渡辺は武庫川女子大時代のクラブ活動が能楽部で観世流(「著者略歴」による)。その当時、能会のパンフレットで『草子洗小町』について書かなければならなくなった。「・・・文章を書くのを苦手とする私は困りましたが・・・ダメもとでまんがを描いて持っていったら・・・好評で受け入れていただき・・・」(「二三年後のあとがき」)、それから百番まで到達した。「絵に関してもお能に関しても素人の私」(同)とのことですが、このようなアイディアを思いつかれたこと・それが百番もの大作になったことは尊敬に値します。また、このような形で後世に能が伝わっていくこともあるという、能の持つ魅力の広さも、本書を手にして感じます。

初めて能を観る人に 心強くて楽しい入門書」(帯より)。折りに触れ、本書で楽しく勉強できそうです。生きる楽しみが増えました。
[PR]
by tiaokumura | 2010-01-21 20:07 | 謡を習う | Comments(2)

富山で謡を習う/謡に触れる

私ののお師匠さんの川田有紀子先生(観世流華川会)から封書が届きました。先生のご主人には昨年末の華川会忘年会@太平橋で初めてお会いしました。ご主人は会社で重要な地位におありなのですが、そんなことは全然エラぶらない・気さくな方でした。夫婦は長年連れ添うと似たもの夫婦になるとか言いますが、川田ご夫妻はおもてなし精神に富んだ魅力いっぱいのカップルです。僕は昨年初めから謡関係の方々にご面識を得るようになったのですが、プロアマ問わず謡を嗜んでいらっしゃる方々は、皆様謡に熱心で本業でも成果をあげている/あげていた(定年退職された方々も多い)方々ばかり。僕の場合、たまたま見た北日本新聞がきっかけで謡の世界にほんのちょっと足を踏み入れたわけですが、いろいろな方とも出会えて謡に触れられてよかったと思っております。
川田先生の封書には『観世流 能のすすめ』というパンフレットも入っていました。定価が書いてないので非売品でしょうか。実に重宝な本。前書きに観世宗家・観世清和師(26世に当たられる方です)の「人間を描く芸術」、p2からは増田正造という方による「スーパースター世阿弥」「世阿弥のことば」「能を舞う小宇宙」「能の人生カリキュラム」「能や舞を習うには」といった、ボクのような初心者・入門者にはありがたいガイダンス満載。市販されたらいいのですが、どうなんでしょう。「お薦め能の名曲」には、例えば『善知鳥』は「殺生の罪により地獄でさいなまれる猟師の悔恨。ダンテの『神曲』を思わせる凄惨な能の名作。」とか『定家』であれば「式子内親王と藤原定家のシークレット・ラブ。その執心はあの世まで二人を呪縛する。」といった具合の名曲78曲の2行解説など。難しい語彙にはルビがついていますから、お若い方への観賞ガイドにもなります。同書「能楽堂案内」に「富山能楽堂」が載ってないのは残念至極^^。
創作能と言えば三島由紀夫が有名ですが、梅原猛『光』(曲・観世清和)も同封されていました。

さて、今回のタイトルの「富山で謡を習う/謡に触れる」に関して2件情報展開します。
富山”観世”塾
これまでにも何回か当ブログで書いている小西弘通先生(観世流シテ方。能楽協会大阪支部常議員。富山松友会顧問)「富山”観世”塾」の、今年の日程・曲目がわかりました。
1月23日『鶴亀』『吉野天人』『巴』『弱法師』から12月18日『猩々』『葛城』『鉢木』まで全12回(原則として毎月末の土曜日に開講)・全37曲(1月のみ4曲)。
昨年と異なる点では「三曲のうち最初の曲は(1月は二曲)、参加者全員で練習」する点でしょうか。初心者にも参加しやすいようにとのご配慮でしょうね。「あとの二曲は・・・解説したのち、皆様に希望の役・・・をお選びいただき、地謡は自由参加」という点は昨年と同じです。
会場は「富山能楽堂」、時間は「午後1時~4時」、受講料は「1回2000円」。問合せ先には個人のTELも書いてありますが、web上に載せるのは躊躇しますので、公である「富山能楽堂076-429-5595」をご案内しておきます。
能楽サークル
川田有紀子先生ご指導の「観世流華川会 能楽サークル」。2月は7日(日)、20日(土)。いつもは第1・第3土曜日なのですが、2月6日に「観世流 富山松友会 初謡会」があるので7日(日)になったようです。3月は6日・20日。
会場は「富山県民共生センター・サンフォルテ」、富山駅北口徒歩10分。時間は「13時~16時」。このサークルは、川田先生による謡曲・仕舞の個人指導です。受講料は確か1回2000円だったと思います。

富山国際学院の学生には「出席率、ちゃんとしなきゃダメだよ」と言っている自分ですが、上記①・②、昨年から参加して初年度出席率は60%前後かもしれません(恥)。今年はなんとか80%以上にしたいのですが、仕事関係もあって、どうなることやら・・・。

謡を習いたいが謡本の入手に困難を感じる方もいらっしゃるかもしれませんね。昔は、総曲輪通りの清明堂書店の裏口あたりのコーナーに置いてありましたが、今はどうなんでしょうか。明文堂や紀伊國屋@大和デパート、僕は未確認です。金沢まで行けば購入しやすいでしょうね。僕の場合、先輩の富崎茂樹さんに教えていただいたのですが、ネットで2箇所利用しています。新本で購入する場合は「檜書店」(右にリンクしてあります。CDやDVDなどもあります)、古本なら「竹岡書店」。知り合いで不要になった方から譲ってもらうのもいいかもしれませんね。

小西弘通先生・川田有紀子先生・松下覚会長・諸先輩方々、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
[PR]
by tiaokumura | 2010-01-20 20:23 | 謡を習う | Comments(0)

浅川マキさん、ご逝去

情念のこもった独特の歌唱スタイルで知られる歌手の浅川マキ(あさかわ・まき)さんが17日、死去した。67歳だった。(以下略)
朝日新聞2010年1月19日付)

僕は日本人女性シンガーのアルバム(ただし、ニューリリース)は、浅川マキ・りりィ・山崎ハコ・カルメン・マキ・山口百恵・椎名林檎の6人を持っている/いた。この選曲、「あんた、どんな趣味なんじゃ」と笑われるかもしれませんが(汗)、音楽は趣味の域にも達していないド素人なので、そして、選曲には自分なりに感受性に一貫性があるはずだから、他人に「ああだ、こうだ」と言われても揺らぐことはありません^^。
「和製○○」って言い方、かつて日本が欧米にキャッチアップしようとしていた時代に盛んに存在しました。いい意味で幼かったんでしょうね、その当時の日本は。浅川マキ(1942-2010。石川県美川町出身)はさしずめ「和製ビリー・ホリディ」「和製ジュリエッタ・グレコ」だったでしょうか。1970年前後に蠍座(新宿)かジァン・ジァン(渋谷)での彼女のライブに行ったような気もするが、勘違いかもしれぬ。
彼女の1枚目のアルバム「浅川マキの世界」(1970年リリース)は名盤。A面に『夜が明けたら』(作詞作曲・浅川)、『ふしあわせという名の猫』(作詞・寺山修司)、『淋しさには名前がない』(作詞作曲・浅川)、『ちっちゃな時から』(作詞・浅川)、『前科者のクリスマス』(作詞・寺山)、『赤い橋』(作詞・北山修)の6曲。B面には、『かもめ』(作詞・寺山)、『時には母のない子のように』(Sometimes I feel like a motherless childのカヴァー)、『雪が降る』(Adamoのカヴァー)、『愛さないの愛せないの』(作詞・寺山)など6曲。現時点でこのアルバムを振り返ってみると、松任谷由実も中島みゆきも椎名林檎も、浅川マキがいたからこそ/浅川マキが開拓してくれたからこそ、今日の地位を築き上げられたのではないか-そんな気にさせるアルバムである。

富山にUターンして約30年。浅川マキのことを語り合える友とてないまま日々をすごし、今朝、浅川マキの訃報を読んだ。
思想でもサブカルチャーでも、辺境や異端やアンダーグラウンドがいつしかメイン・ストリームになることが往々にしてあるが、浅川マキの場合、最後まで「異端」であったところが逆に彼女の「すごさ」を物語っているように思う。黒人霊歌・ジャズ・ブルースといったジャンルの歌い方もスピリッツも吸収し(例えば『朝日楼』はThe House of the Rising Sunのカヴァー)、「情念のこもった独特の歌唱スタイル」(朝日新聞訃報記事)を創りあげた浅川マキ。北陸生まれならではの顔立ち・まなざし、黒をベースとしたシックなファッションも印象深い。
YouTube、今回アクセスしてみて、浅川マキが何種類もアップされているのに驚いた。さすがYouTubeなんでしょうね。もっと驚いたこと-近藤等則・つのだひろ・向井滋春・後藤次利・本多俊之らをバックに従えた映像まであるのにはちょービックリ^^。濃すぎるコラボ・すごすぎるセッションですよね。この映像、そんなことはないでしょうが、もし京大西部講堂でのライブじゃったら超貴重でしょうね。YouTubeで「浅川マキ 近藤等則」で検索するとヒットします。
迷った末、以下には『ちっちゃな時から』をアップします。『夜が明けたら』も『かもめ』ももちろんいいのですが、『ちっちゃな~』には「さよなら」が出てくるので選びました。
浅川マキさん、ありがとうございました。さようなら。
あなたは「夜が明けたら一番早い汽車に乗って/いつかうわさに聞いたあの街へ/あの街へ行くのよ」(『夜が明けたら』)にあるように、「あの街」へ旅立たれたのでしょうね。
ここに謹んで浅川マキさんのご冥福をお祈り申し上げます。
合掌

[PR]
by tiaokumura | 2010-01-19 20:55 | 追悼 | Comments(0)

Michael Moore

Yesterday afternoon I watched one TV program entitled literally “unyielding filmmaker -Michael Moore” on BS1. 50-minute-program mainly consisted of interview by Kuniya Hiroko, making his latest film, his first stay in Japan.
Michael Moore was born in Flint, Michigan in 1954. In those days Flint was one of the most important production footholds of General Motor. Michael’s parents, his relatives, many his neighbors were GM workers. The days he raised in Flint became his original experience. Young Michael knew that the Major ruled over and controlled the people living in Flint.

Once I had caught him as a fat troublemaker. But I remembered his speech at the Academy Award Ceremony in 2003. His 2002 film “Bowling for Columbine” won Academy Award for Documentary Feature. It also won big titles at Cannes Film Festival and France’s Cesar Award. Among a few raisings >_< and lots of booing XD, he insulted and insulted President Bush. We must remember the fact that over 70% American people supported Bush’s War at that time. Recently he lashed out against President Obama, whom he supported in 2008 presidential elections, as ‘War President.’ Who has changed, Moore or Obama? Both? It is a clear fact for Moore that Obama has changed. 'War for Peace' is contradiction, isn’t it?.

In the interview by Kuniya, touching the world the highest Capitalism reaches now, Moore at age 55 appealed two things to us.
To change the systems against Democracy. Nowadays the highest Capitalism realized a bad dream. Capitalism and Democracy are contradictory.
To act and live, considering other’s benefit. Just only one percent rich rule over people around the world. Money gamers are following not for public welfare but the rules of money. Globalism is not internationalism.

I must say with chagrin I can’t see Moore’s films here in a local city. Also we have neither Michael Moore nor Noam Chomsky here in a local-:D country.
The following Promotion Video is that of his “Capitalism :A Love Story” from YouTube.

[PR]
by tiaokumura | 2010-01-17 15:32 | 映画 | Comments(0)

【ユニセフ緊急情報】ハイチ地震で被災した子どもたちにご支援をお願いします。

ユニセフ協会からメールが届きました。以下一部転載します。いろいろな支援の形がありますので、ユニセフでなければというのではありませんが、当ブログご訪問者の皆様にご覧いただけたらありがたいです。(当ブログ主宰者・奥村隆信)

(財)日本ユニセフ協会は、被害を受けたハイチでのユニセフの緊急支援活動を推進するため、14日(木)、緊急募金の受付を開始いたしました。 何卒ご協力下さいますよう、よろしくお願い申し上げます。
お申込みはこちらから
ハイチ地震緊急募金
*当協会への募金は寄付金控除対象となります
1)インターネットで…
 当協会ホームページで、クレジットカード、インターネットバンキング、コンビニエンスストアを通しての募金を受け付けております。
 ■クレジットカードでのお申し込み
 http://www2.unicef.or.jp/jcuApp/servlet/common.FwControl?cd=M88&pg=209
 ■インターネットバンキングによるお申し込み
 http://www2.unicef.or.jp/jcuApp/servlet/common.FwControl?cd=M88&pg=210
 ■コンビニエンスストアからのご送金
 http://www2.unicef.or.jp/jcuApp/servlet/common.FwControl?cd=M88&pg=211
2)郵便局から…
◆ 郵便振替:00190-5-31000(窓口手数料免除)
◆ 加入者名:財団法人 日本ユニセフ協会
  *通信欄に「ハイチ」とご明記ください。
3)三井住友銀行の専用口座から…
  三井住友銀行に、ハイチ地震緊急募金用の専用口座を開設しています。
◆ 口座番号:三井住友銀行 東京公務部 (普) No.155933
◆ 口座名義:財団法人 日本ユニセフ協会 緊急募金口
◆ 受付期間:2010年1月15日(金)~2010年3月31日(水)
◆ ご注意:この募金口座へのご送金については、領収書が自動発行されません。領収書をご入用の方は、お手数ですが、当協会総務部(03-5789-2017)へご連絡ください。
.......................................................
*ユニセフの活動資金の約3割は、民間のみなさまからの募金によって支えられております。このことは、ユニセフが中立性を保ち、ユニセフがもっとも必要と考える活動を進めるための源となっております。皆様からのご支援こそが、厳しい状況下にある子どもたちにとっての大きな支えとなっております。日頃からのご支援に、あらためて感謝申し上げます。

(以上転載-奥村)
[PR]
by tiaokumura | 2010-01-16 09:30 | このブログのこと | Comments(0)