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中学同期の面々と@日本海庄や

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(12月1日夜・記)
昨日はよく飲んだ(照)。メンバーは、
写真左手前より、花崎・敬ちゃん・城野、右手前より、谷口・僕・やんまー
の面々。ってもあんまり写ってませんが^^。
花崎・敬ちゃん・谷口とは小学生時代に出会った。城野(長兄は僕の小学生時代の恩師の城野義雄先生)・やんまーとは中学生時代に出会った。このメンバーがこうして一堂に会するのは約半世紀ぶりになるでしょうね(激爆)。そしてこうして一緒に飲むのは人生で初めて。やんまーが書いてたが「中学ミニミニ同期会」です。互いに呼び捨て・あだ名で呼び合い(僕は「ダッシ」)、過去のあれこれを大いに語り合った。
この「飲み会」はどうして実現したか。僕にとっては長らく行方不明だった「やんまー」が、僕のブログを知ってコメントを寄せ、それがきっかけで40余年ぶりに再会し、やんまー・花崎と僕の3人でごんべい舎で飲んだことは、当ブログこちらで既報。その場でも話題になった「敬ちゃん」、僕は長らく会っていないのでぜひ会いたいと思った。で、花崎が敬ちゃんと連絡を取ってくれ、城野・谷口も誘い、11月30日に「日本海庄や」でこうして飲み会となった。
敬ちゃんのお父上は小学校の先生で、彼の家にはたくさん本があった。本などなかなか買ってもらえない時代で、僕は彼の家で宮沢賢治や『君たちはどう生きるか』や少年少女世界文学全集のような本を読ませてもらった記憶がある。

6人中で僕を除く5人は、中学生時代に学年TOP10の常連だったでしょうね。「頭のいい奴」ってどうも鼻持ちならない輩(やから)が多いものですが、この連中はそういうところが全くない。「友情」でしょうね、いい青春時代を共に過ごした。谷口は僕らのマドンナでした。もちろん僕も憧れてたけど、結局1回も二人っきりになることはなかった(泣)。ま、まだチャンスはありますけどね(激爆)。
中学卒業後、やんまーだけが富山中部高校に進学し、残り5人は富山高校に進学。高校では中学時代ほどは付き合えなかった。やがてやんまー・城野は京都大学、花崎は大阪大学、敬ちゃんは東北大学と超一流大学にそれぞれ進学し、谷口と僕は進学のため上京した。その後、僕はチャランポランな人生を送ってきたが、やんまーは証券マン、城野は高校教師、花崎は医者、敬ちゃんは銀行マンになり、谷口は(よく知らないのだけど^^きっと)いい女に成長しキャリアウーマン・よき妻・よき母・よきおばあちゃん。そう考えるとボクなんかはコンプレックスの塊になったほうがいいご身分なんだろうけど、やはり中学時代の友情というものは素晴らしいんでしょうね、別にそんなの気にしないでこうして飲み食いしゃべり合える。

酒飲むとすぐヨッパになっちゃうんでしょうね、最近の自分。この写真を撮ったころまではちゃんと覚えているが、その後は記憶が途切れがち。生ビール数杯・満寿泉(富山が誇る銘酒)を飲んだ、やんまーと二人で幹事をやったんで料理など注文した、谷口が持って来た写真を見た、小学中学高校の話で弾んだ。まあ、そのあたりは覚えているのだが、たくさんあった料理をあまり食べた記憶がない。〆に氷見うどんと思ってたのだけど、注文し忘れた。日本海庄やから帰宅手段のポートラム(富山駅北口)までどうやってたどり着いたか覚えていない。それよりも何よりもおぞましい^^のは、勘定を払った記憶が全くない!(大恥) ま、そのうち誰かが請求してくるのを待つことにしようか(激爆)。

僕らは厳密には「団塊の世代」のちょっと前になるでしょうか(最近知ったのですが鳩山首相・菅大臣も同学年です、どうでもいいことですが^^)。それぞれの人生で「切った張った」も何度もあったでしょうが、こうして生きながらえて飲み会が開けるのだから、他人からは「ノーテンキな奴等だ」と思われようが、「幸せ♪」です。

毎年は無理だろうけど、また「飲み会」がしたいものである。今度会うのが誰かのお葬式、なんてことにならぬよう^^、互いに健康でありたい。また、ボクには無理だが、才能のある連中だから、「余生」を世のため・人のために役立てていただいきたいとも思う。

やんまー・敬ちゃん・谷口・城野・花崎(順不同・敬称略^^)、昨日は楽しかった!
来年か再来年、また「飲み会」ができるといいね。温泉1泊なんてのもいいかも。
次回は先に会費を集めてもらったほうが僕は安心してお酒が飲めます。
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by tiaokumura | 2009-11-30 20:15 | このブログのこと | Comments(0)

野田尚史先生 講演&ワークショップ-2010年1月9日(土)@金沢・アリス学園-

(2009年11月29日掲載)
 沓水博厚先生(金沢・アリス学園)を中心に北陸3県の日本語学校教員有志(奥村もそのメンバーの一人です)が協働して実施する「全国日本語教師研修@金沢」(2010年1月9日・10日)の1日目について、以下の通りご案内申し上げます。
 多数の方のご参加をお待ちいたしております。
                                           
講師:野田尚史先生(大阪府立大学人間社会学部言語文化学科 教授)
日時:2010年1月9日(土)12:30~16:40
内容:講演12:30~14:30 質疑応答14:30~15:00 ワークショップ15:10~16:40
会場:専門学校アリス学園(金沢市)講義室
 会場へのアクセス JR金沢駅東口より30番31番バス(円光寺下車徒歩5分)または33番バス
  (伏見台下車徒歩5分)
対象:日本語教師、日本語教育に関心のある方
参加費:2000円(別内容になる翌日も参加の場合、両日で3000円)
お申込み・お問い合わせ:
 富山国際学院(担当・奥村)
      TEL076-441-9360 E-mailtoyamaia@h6.dion.ne.jp
*以下は野田尚史先生ご自身による内容紹介です。
講演:日本語教育の新展開-言語の教育からコミュニケーションの教育へ
 日本語教育は、文の構造を教える「言語の教育」から、「聞く」「話す」「読む」「書く」というコミュニケーションを教える「コミュニケーションの教育」に少しずつ変化しています。
 しかし、日本語の教科書や日本語の試験は、コミュニケーションのためという目的を掲げていても、実際には言語学や日本語学の研究成果をもとに考えられた「文型」から出発し、文の構造を教えたり、その定着度を測っているものが多いのが現状です。
 この講演では、「言語の教育」と「コミュニケーションの教育」の違いを具体的に検討し、今後、日本語教育がどのように変わっていくのか、また変わっていくべきなのかを議論したいと思います。
ワークショップ:「言語の教育」と「コミュニケーションの教育」の分析
 「言語の教育」と「コミュニケーションの教育」の違いを実感していただくために、参加者の皆さんに日本語の教科書や日本語の試験問題を分析していただきます。
 現在よく使われている教科書だけではなく、コミュニケーションを重視した試作中の教材も分析対象にします。また、日本語能力試験や日本留学試験に少しずつ取り入れられるようになってきた新しいタイプの問題も対象にします。
 4人程度のグループで話し合いをしていただいたあと、それぞれのグループに発表していただき、全体で討論したいと思います。
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by tiaokumura | 2009-11-29 18:57 | 日本語教育 | Comments(0)

年末年始に読もうと思っている本

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黒川洋一編『李賀詩選』
岩波書店(岩波文庫)
2009年11月11日第5刷
660円+税
今和次郎『日本の民家』
岩波書店(岩波文庫)
2009年11月11日第11刷
900円+税
水島直文・橋本政宜編注『橘曙覧全歌集』
岩波書店(岩波文庫)
2009年11月11日第4刷
1080円+税
村井弦斎『酒道楽』(解説・黒岩比佐子)
岩波書店(岩波文庫)
2006年12月15日第1刷
900円+税

今は12月18日の名古屋出張に向けてまっしぐらな日々^^なんですが、年末年始の仕事のスケジュールがほぼ決まりました。富山国際学院の年内最終授業は12月18日で、その後学院生たちは冬休みに入る。冬休み中の平日5日は専任が2人ずつ交替で出勤。僕は5日中の3日を担当します。で、来年は1月4日(月)が授業再開日。う~ん、1月3日が金曜日だったら良かったんにぃ。そしたら1月6日が授業再開日になりますもんね。ナマケモノのボク(恥)は2011年・2012年とカレンダーをついチェックしてしまいました^^が、両年とも無情な曜日配置でした(激爆)。
年末の出勤日以外も、「学院生にいったん事あらば出動」って立場なんで、ケータイを24時間オンしてスタンバっておかなきゃならんでしょうね。何年前だったか正月三が日に富山駅前で実弟と飲んでて運悪く「出動!」ってことになりました。富山中央署を赤ら顔で訪問という破目に(大汗)。こんどの年末年始は油断せんよう気をつけなきゃぁ。
あと、アリス学園(金沢市)沓水博厚先生を中心に、北陸3県の4つの日本語学校が参加しての研修会@金沢(1月9日・10日。野田尚史先生が1日目の講師ご担当)が企画中で、学院の冬休み期間中、その準備も入ってくるかもしれない。
そんなわけであまりノンビリはできそうにありませんが、年末年始に何冊か本を読んでみようと思う。その候補がアップした写真の4冊です。

黒川洋一編『李賀詩選』。何かの本からであったか大学時代に友人を通じてであったか、李賀は「長安に男児あり/二十にして心は已に朽ちたり(長安有男児/二十心已朽)」で知った。僕の勝手なイメージとしては、その言語感覚の鋭敏さやランボーが試作を放棄したこととの絡みで、鬼才・李賀は「中唐のランボー」です。李賀のほうがずっと先人なのですから、変な喩えですが(汗)。未読ですが李商隠に「李長吉小伝」(長吉は李賀の字)がある。
本書、黒川洋一の詩訳が併載。「長安に~」は「長安にひとりの男(お)の児(こ)あり/二十(はたち)にして心はすでに朽ち果てぬ」(p.136)となっています。

今和次郎『日本の民家』。今は大学生時代に「考現学」で知った。今は今年生誕100年の松本清張にも影響を与えている(本書「解説」p.335)。今が「考現学」を提唱してから来年が80年。今和次郎の多岐にわたる活動は、もっともっと発掘され評価され継承されていいと思う。
・・・この本に書いてあるような現実がいつとはなしに消えてゆきつつあることも思わせられる。やがて、これに記されていることも、まるっきりといっていい位見失われてしまう時も来るかも知れない。もしそうなればこの本の値打ちも出てくるというものだろう。(本書「新版の序」pp.15-16)
本書、富山関連では「越中の町家」(pp.224-226)がある。氷見(ひみ)の町家が挿絵入りで紹介されています。紹介されている氷見の町家は、富山市にある「森家」(北前船回船問屋)もそうですが、「家の中は外からは見えないが、家の中からは・・・格子を通して往来をよく見ることが出来る」(p.225)構造になっている。

水島直文・橋本政宜編注『橘曙覧全歌集』橘曙覧は中学か高校の頃、たぶん教科書ででしょうか「たのしみは/まれに魚煮て/児等皆が/うましうましと/いひて食ふ時」(本書ではp.181・569)で知りました。本書は「全歌集」ですから、「たのしみは」連作以外はほとんどが初めてです。今度の年賀状の引用歌候補もあれこれ探しているのですが
取りいでて/なに故としも/なけれども/はるは心の/うれしかりける(p.365・1165)
あたりもいいかなぁと思っています。

以上3冊は、「岩波文庫 2009年秋 一括重版」で目にし、博文堂さんを通じて購入。
写真のもう1冊も博文堂さんから購入したのですが、「2009年秋 一括重版」ではありません。
村井弦斎『酒道楽』。解説はもちろん黒岩比佐子。黒岩は村井再評価の功績大ですよね。岩波文庫に入ったのは『酒道楽』のほうが『食道楽』より先なんですね。僕は『食道楽』のほうを先に買いました。『酒道楽』が3年も前に出てたの、知りませんでした。村井の「道楽」シリーズの残りや『日の出島』や「英文小説」が、この後も岩波文庫に入っていくといいですね。
黒岩の解説より2箇所引用(黒岩比佐子「解説」p.457)。
弦斎は『酒道楽』で過度の飲酒の害を強調する一方、「薬用」として飲む酒の効用は認めていて、あくまでも公平な立場に立って書いている。
大酒家や酒癖の悪い人には、ビールのジョッキ一、二杯分の費用を本代にして、この小説をぜひとも一読していただきたいものである。
朝日新聞川上弘美『七夜物語』が連載中で僕は毎朝楽しみに読んでいます。『酒道楽』は明治35(1902)年に約半年間『報知新聞』(当時)に連載された(「解説」より)そうです。100年以上前、この連載を毎日楽しみにしていた日本人、たくさんいたことでしょうね。

以上4冊、今はまだ「積ん読」ですが、冬休み中に少しずつでも読んでみたい。
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by tiaokumura | 2009-11-27 21:53 | | Comments(0)

丘灯至夫さん、ご逝去


出勤前、朝日新聞丘灯至夫(おか・としお)さんの訃報記事を読んだ。

僕が「丘灯至夫」を知ったのは、皆さんの多くがそうであるように、『高校三年生』の作詞家としてである。僕はそのペンネームを目にして、東京に「灯」という歌声喫茶が当時はあったのと、ロシア民謡『灯』(夜霧のかなたへ別れを告げ 雄々しきますらお出でてて行く)のことも思い浮かべ、「ソ連・ロシアが好きな人なのかなぁ」と思った記憶がある。
『高校三年生』(1963年)は作曲遠藤実・歌舟木一夫でミリオンセラーになった曲。アップしたYouTubeの映像は舟木がこの曲でデビューした1963年末の紅白歌合戦でしょうか(もしそうだとしたら、舟木はこの年の3月に高校を卒業している。制服姿は売り出しアイテムとして必須だったんでしょうね)。司会の宮田輝(NHKの名アナウンサー。後に国会議員にも)の右下にいるのはジェリー藤尾、舟木の直後にちらっと映る赤組司会者は江利チエミでしょうね、懐かしい映像です。この映像では歌詞の1番・3番しか出て来ませんが、僕は2番の
ぼくら フォークダンスの手をとれば/甘く匂うよ 黒髪が
が好きです。今の高校生は性交経験者が多いでしょうが、僕たちの高校生の頃は、少なくともボクは童貞でした。女の子とのちゃんとしたデイトもやっと高校3年生で実現したでしょうか。「恋愛と受験勉強は両立するか」「男女間に友情は成立するか」などを友達と話し合ったこともある。その後の自分の人生を思うと、女性を踏み台にしたり女を利用したりしたことが何度もあるが(恥)、それでも『高校三年生』が時代のバックに流れていた頃は、(『青い山脈』が民主主義を謳っていたように)「男女平等」が高らかに謳われていたのだと思う。
マイムマイムやケンタッキー(オクラホマ?)なんとかってフォークダンス、確かに高校生の時に照れながらイヤなフリをしながら^^校庭でした記憶がある。大学でもやったかも。今「ノスタルジック・フューチャー(懐かしい未来)」って言葉が今の時代の雰囲気を表す言葉として使われているそうですが(讀賣新聞富山版2009年11月7日付永瀧達治「『懐かしい未来』考える」で知った)、『高校三年生』も「フオークダンス」も「黒髪」も「ノスタルジック・フューチャー」なんでしょうね、僕たちにとっては。
では『高校三年生』が無条件に好きかと問われれば、僕はちょっと屈折しているかもしれない。中学高校時代を振り返ると、僕より数倍も頭がいいのに家庭の事情で高校進学ができなかったクラスメートがおり、僕の何倍も努力したのに親の希望で大学進学を断念したクラスメートもいたのだから、『高校三年生』は今でも素直にカラオケで歌おうとは思わない曲です。でもやはり僕たちの世代には忘れられない愛唱歌でしょうね。イントロを聞いただけでジーンと来る方々も多いことでしょうね。

丘灯至夫(1917-2009)・遠藤実(1932-2008)・舟木一夫(1944-)のトリオには、、『高校三年生』(赤い夕陽が校舎をそめて ニレの木陰に弾む声)以外にも、『修学旅行』(二度と帰らぬ思い出乗せて クラス友達肩よせあえば)・『君たちがいて 僕がいた』(心の悩みをうちあけ合って 眺めたはるかな山や海)といったヒット曲があります。遠藤が不参加では、『涙の敗戦投手』(みんなの期待背に受けて 力のかぎり投げた球)・『北国の街』(名残りが燃える心が残る ふたりでかえるアカシアの道)・『夏子の季節』(夏夏夏夏夏子 夏夏夏夏夏子)など。そして・・・僕は歌おうと思えばこれらの曲全部カラオケで歌えます(照)。
今回の朝日の訃報の見出しは「『高校三年生』作詞 丘灯至夫さん死去」ですが、僕たちが子どもの頃に聞いた『高原列車は行く』(汽車の窓からハンケチ振れば 牧場の乙女が花束投げる)や『東京のバスガール』(若い希望も恋もある ビルの街から山の手へ)も丘作詞の名曲です。アニメ主題歌『ガッチャマン』・『ハクション大魔王』・『みなしごハッチ』も丘作詞だそうですから、ずいぶん作詞ジャンルの広い方です。何歳になっても作詞の源泉の想像力が枯渇しなかった方なんでしょうね。

今頃は丘さんは、天国で西條八十に再び弟子入りされていることでしょうね。そして、憧れや夢や思いやりを詞に託し、古関裕而・上原げんと・遠藤実らといった錚々たる作曲家に提供。あるいは、霧島昇・藤山一郎らといった歌手と作詞談義をなさっているかもしれません。

丘灯至夫(おか・としお。本名西山安吉)。1917(大正6)年2月8日、福島県田村郡で生まれる。2009年11月24日、ご逝去。享年92歳。「天寿を全うされた」と言っていいでしょうね。
丘灯至夫さん、数々の名曲をありがとうございました
合掌
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by tiaokumura | 2009-11-25 18:45 | 追悼 | Comments(2)

「勤労感謝の日」だっちゅうのに、ったく

富山は少し風がありましたが朝からいいお天気の「勤労感謝の日」でした。自分、「ああ、それなのに!」ですね、休日出勤でした。ま、土日としっかり休んだので、これ、しかたないでしょうね。
9時半頃富山国際学院に着。郵便受けの配達物、あふれてました。それを抱えて4階までの階段をえっちらほっちら。うちのビル、エレベーターなんてしゃれたもん、ない。年を重ねるごとに階段の上り、きつい。でも「タダでエクササイズやらせてもろうとる」と思えばありがたいこってす、階段の上り下り。
4Fの教員室に入って、郵便物整理、メールチェック、コーヒーメーカーにコーヒーセットなど。僕は自宅ではコーヒー豆を挽いて布フィルターのドリップでやってますが、勤務先でそんなんやっとったらクビになるでしょうから^^、コーヒーメーカーでたててます。富山は水道水がおいしいからでしょうね、コーヒーメーカーでも喫茶店で飲むコーヒー並の味です。もちろん第一にコクテール堂のコーヒー豆だからってのが来ます。
午前中は10月から担当している入門・初級クラスの授業準備。こんなん、ふだんの平日勤務中にやっとくべきなんですが、なかなか時間が取れない。余裕がないんですね、自分。残業・休日出勤やる人って、①能力がない・②仕事量が多すぎるの両方またはどちらかでしょうね。「平日9時―5時男」を目指しているボク(照)としては、できれば残業も休日出勤もしないでおきたい。でも・・・。ワガママは言えない立場です、自分。
2クラスの先週の状況をチェックし今週のおおまかな教案を立て、教科書準拠の漢字テスト2回分を作成。僕はかつて塾をやってたので、教材作りは嫌いじゃありません。視聴覚教材はまだ作ったことがありませんが、それ以外は読む・書く・話す・語彙・漢字・テストなどを作った経験があります。自作教材のいい点は、①身近なネタが織り込める、②試行しながらヴァージョンアップが簡単、③教材作成過程で教材研究もできる、④既製教材購入に比べ経費がかからない、⑤従って費用対効果が大きい、⑥既製教材が服に例えれば「ゆるすぎたり、きつすぎたり」なのに対して、自作だと学生にほぼぴったりフィットする教材が提供できる、⑦担当教師が何を重視しているか学生に可視化して示せる、といったところでしょうか。欠点は、①作る作業そのものが自己目的化されエネルギーを使いすぎる、②作ってしまうと安心して自己満足に陥る、③せっかく作って学生が食いついて来ないと、教材のせいではなく学生が悪いと思い込みやすい、④汎用化しにくい、などといったあたりかなあ。
10月から担当の2クラス、久しぶりの入門・初級レベルです。前も書きましたが、このレベルの指導は大変だけど楽しい。「日々新たな発見がある」のもこのレベルの指導ならではです。

昼食、学院すぐ近くの「麒麟飯店」でワンタンメン+チャーハン(小)+α。ゼータクしました(照)。このお店、讀賣新聞が置いてあるのですが、先客がもう読んでて読めなかった。「笑っていいとも」にキムタクが出ていた。彼、久しぶりに見たんですが、ずいぶん老けましたねぇ。木村拓哉って、確かジダンと同じ年ですよね。37歳?くらいでしょうか。
「富山のおいしいラーメン屋さん」を僕が選ぶとしたら、「麒麟飯店」「天安」「大喜」「まるたかや」が上位に来るでしょうね。

学院に戻ってから、メール返信・国際電話など。僕、英語の電話をかける時のパターン、だいたい決まってきました。
This is OKUMURA from Toyama Japan speaking. May I speak to ~?
で始める。必死で「英語頭」にしながらも限界がすぐ来て相手の英語が難しくなると、回線のせいで聞き取れないフリをしたり(オイオイ^^)言い換えてくれるまでしつこく迫ったりしてます。わからなくてどうしようもない時は
My guest is coming soon. So sorry but, I must say goodbye now.
とかかんとか取り繕って^^電話終了の談話標識にする。
自分、なんちゅう英会話ストラテジーなんじゃ(汗)。

一段落したところで、スタッフへの「新型インフルエンザ対策」連絡文作成。「新型インフルエンザ」、うちももう他人事じゃありません。いつなんどき発生しても不思議じゃない。消毒液・使い捨てマスクの備蓄は充分あります。この冬、パンデミットとかになるんでしょうか。流行がどうであれ、いつでも必要な対応ができるようにしておかなければなりません。

4時過ぎ、セキュリティーをセットしカギをかけて帰る。
でも、「勤労感謝の日」に出勤なんて、こりゃぁ「ブラックユーモア」かも(激爆)。

仕事に追われる日が12月中旬まで続きそうですが、今週土曜日は金沢、30日は中学ミニミニ同期会(6人集合)です。どちらも楽しみです。
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by tiaokumura | 2009-11-23 20:30 | 僕は学院長1年生 | Comments(0)

「リーマン予想」メモ(1)

日本語学校の学生にとって最も大切な試験の一つが「日本留学試験」。年2回実施され、今月11月8日(日)に今年の2回目が実施されました(クリスマス前に結果が出ます)。この試験で何点得点できるかが進学先選びに直結するのですから、彼ら・彼女らの人生にとって大きな意味があるテストです。受験データとして「偏差値」はまだ導入されていませんが、日本留学試験結果と受験大学合否の関係は、「そうがく社」(神保町にある。一度だけ訪問したことがある)のご尽力によって膨大なデータがファイルになっています。
その日本留学試験、哲ちゃんの奥様の英子さんのご指導を受けてですが、僕は富山国際学院で「数学コース1」(日本の高校数学のシラバスで数学ⅠAあたり)の解説解答作りを担当しています。数年前、数学補習を担当していただける方を探したのですが見つからず(ありていに申せば、そういう方にお支払いできるお金が工面できないビンボー日本語学校っす^^)、そんな時は自分でやるっきゃないので(中学時代、数学は得意科目でした!)、少し勉強してみた。僕は高校は文系で微分までは守田平先生に習っています。積分は50代^^になっての独学。微分と積分はコインの裏表みたいな関係にあると昔聞いた記憶があって、じゃぁ何とかなるかもしれんと思ったんですね(ずいぶんランボーな話です^^)。ま、それでも積分の基本計算は飲み込めて、ある年の春休みの補習で積分も教えた。今は違っているかもしれませんが、理系の中国人学生は母国で積分は習ってなかったんですね。現行では中国のほうが日本より数学教育のレベルは上だと思う(日本の中学・高校、レベル下げすぎですよね)。それでも、積分・数列・確率あたりは中国ではあまりやってないみたいです。
日本語教師は3万人余いるそうですが、積分を教えられる日本語教師はその1%くらいじゃないでしょうか。僕に履歴書を書く機会があったら、「積分教えられます」を売りにしようかしらん(嘘爆)。

さて、こないだのNHK-Gの『魔性の難問~リーマン予想・天才たちの闘い』。僕はその後も「リーマン予想」が気になってて、web上であれこれ探してみました。同番組、ブログでは
脾臓ガンサバイバー(生還者)への挑戦
に同番組のTV画面や数式がいいバランスで織り込まれ、ブロガーのわかりやすい名文で番組の流れが跡付けられています。また、
50代オヤジの独言
も番組を丁寧に跡付けていて、臨場感が味わえます。
哲ちゃんがメールで教えてくれた本は、「日本評論社」のHPに出ていました。
黒川信重・小山信也『リーマン予想のこれまでとこれから』(予価2210円+税)
で同HPの「内容紹介」は以下の通り。
150周年を迎えた数学最強・最大の難問(リーマン予想)の歴史と現在、そして今後の展望を、最前線で奮闘中の第一人者が詳説する。
Googleでキーワード「黒川信重」で検索して
ゼータの世界へようこそ 黒川研究室~数学専攻
がヒットしました。ボクは数式を辿るだけで頭が痛くなってきますが(恥)、「リーマン予想」が証明されるまでに、PDFをプリントアウトするとA4で4枚になるこの「研究室訪問1」のせめて1割が理解できたらと思っております。

フェルマー予想(フェルマーの最終定理)」は実にわかりやすくエレガントですが、「リーマン予想」は今のボクにはほとんどチンプンカンプン。でも、TV番組『魔性の難問』の最後で語られていたように、原子核素数が実に密接な関係にあり、「リーマン予想」の証明が宇宙の創造主の謎の解明につながると言うのですから、興味津々な「リーマン予想」ですよね。

素数-約数が2個の自然数。中1数学教科書の「エラトステネスのふるい」でワクワクしながら素数を「発見」した経験のある方も多いのでは。現行の教科書には載っているのでしょうか。
『家庭の算数・数学百科』日本評論社。僕が持っているのは2005年8月10日第1刷)は哲ちゃんから寄贈していただいた本で、調べ物などで重宝している本です。巻末の「数学者小伝」「付録」も読んでいるだけでワクワクします。「付録」の中に「1万までの素数」という、見ているだけでクラクラする素数一覧があります。B5?サイズなのでボクはA3に拡大して使っています(照)。再来年は「2011」年ですが2011は素数です。*001の4桁で、2001・5001・8001が3の倍数で素数ではないことはすぐわかりますが、他はどうだろう。表によると、3001・4001・7001・9001は素数です。では、1001と6001は? 1001は7で割り切れました。1001=7×11×13です。6001は、あれこれやってて約数17が見つかりました。6001=17×353です。「だからどうした?」って突っ込まれても困りますが(激爆)。

日本語では「リーマン予想」と言いますが、英語ではRiemann hypothesisなんですね。「誤訳」ではもちろんないでしょうが、「リーマン仮説」のほうが訳語としてはいいような気がします。どうなんでしょうね。

リーマン予想」、日本語教師の自分にはな~んも役に立たないことですが(汗)、暫くはちょっとハマってみようと思っています。そんなわけで、まずは「リーマン予想」メモ(1)をアップしました。
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by tiaokumura | 2009-11-22 21:08 | このブログのこと | Comments(0)

加藤重広『その言い方が人を怒らせる-ことばの危機管理術』(ちくま新書)

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加藤重広(北海道大学大学院文学研究科准教授)
『その言い方が人を怒らせる
 -ことばの危機管理術』

筑摩書房(ちくま新書)
2009年11月10日 第1刷
740円+税

当ブログ記事にはときどき大学教官にご登場いただいていますが、一番多くご登場いただいているのは寺本益英先生(関西学院大学教授)でしょうね。次いで、野田尚史先生(大阪府立大学教授)と加藤重広先生になるでしょうね。寺本先生とは3年ほど前になるでしょうか実弟の紹介でお近付きになり、これまで3回飲食を共にさせていただいております。野田先生は、僕が40代で初めて知った「日本語教育」を勉強中に先生のご著書に出会い衝撃を受け、その後50代後半でようやく憧れの(照)野田先生にお目にかかれました。これまで東京で2回・大阪で2回・金沢で1回、先生の講演・研修などに参加しています。来年1月9日(土)に先生が金沢にいらっしゃるので、今からその日が待ち遠しい。

加藤重広先生は、僕が2006年4月に編入学した富山大学人文学部で集中講義を受けました(加藤先生はその前年度?まで富山大学助教授)。2006年が「日本語語用論研究」、2007年が「日本語文法概説」。そして、富山大卒業後、先生の集中講義があるのを知り、先生に「卒業してしまっているが、ぜひ受講させていただきたい」という内容のメールをお送りしたところ、受講許諾の返信をいただいた。2008年は「日本語文法の諸問題と近代文法理論史」(仕事の関係で全部は受講できなかった)。今年2009年も先生の集中講義@富山大学を楽しみにしていたのですが、予算の関係からでしょうか、加藤先生の集中講義は開講されなかった。真に残念なことです。
このブログには上記の集中講義についての記事も載せてあります。膨大な量のレジュメ(優に新書版1冊くらいはあった)、その内容をボクなんかの100倍以上も頭の回転が速い加藤先生が次々と展開されていくのですから、僕なんかはついていくのがやっと。2006年は僕の理解度は3割程度だったのが、2007年は少し僕が進化したのかあるいはテーマが2006年と異なったからか7割近くは理解できるようになっていました。2回の集中講義はどちらも「」でした。特に2007年の筆記試験は87点! 間もなく61歳になるオッサンが「あの」加藤先生のテストで87点も取ったんですから、これは「自慢」できるでしょうね(自画自賛^^)。2006年の言語学研究室での先生の歓迎会で舞い上がったこと、2007年の先生の歓迎会(市内の居酒屋だったか)で「加藤先生クイズ」を自作したことは、僕の「富山大学生時代」の貴重な思い出です。
おそらく僕は加藤先生の講義はもう経験することができませんが、学びの緊張と知的興奮に満ちた、終生忘れることのできない3回の集中講義でした。講義中しきりにタオルで手を拭われる様子(先生は手に汗をかかれることが多いのでしょうね)、機関銃のように話される途中ふと考え込んで視線を宙に浮かせられる様子、軽いジョークを織り込まれる時のちょっと照れた感じの表情、誤った理論や非論理的な学説を糾弾されるときの厳しい表情などなど、今でもよく覚えています。

アップした写真加藤重広先生の最近著。数日前、朝日新聞の広告で知り、仕事の帰りに毎晩本屋さんに立寄って探したのですが未入荷。今日の午後、ようやく入手しました。今日・明日と久しぶりに仕事オフにしたので、連休読書に励みます(照)。
加藤先生の本は、僕にとって5冊目になります。これまでの4冊は(以下書名のみ。共著も含む。入手順ではなく刊行順で並べる)『日本語学のしくみ』『日本語語用論のしくみ』『日本語文法 入門ハンドブック』『ことばの科学-学びのエクササイズ』
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by tiaokumura | 2009-11-21 20:58 | | Comments(2)

夜明珠、ピーナッツ、ミシュラン、リーマン予想

4題噺^^じゃありませんが、パッと見、タイトル奇妙でしょうね(汗)。
タイトルとは直接関係ないことから。年度始めに3回を予定していた「海外出張」、2回で打ち止めにしました^^。更年期なのかどうか、年3回ってあれやこれや肉体的にも精神的にもどうもシンドイんですね(恥)。加齢には勝てません(恥)。無理して行って行けないこともないのですが、無理して行って大失敗をするよりは日本国内でやれるだけのことをやればいい、という結論に達しました(開き直った?^^)。従って、楽しみにしていたプライベート上海1泊も取りやめです。来年は上海万博なので行かないほうがいいでしょうね。2011年のお楽しみに取っておきます。でも僕が観たい・行きたい・味わいたい「古き良き上海」って、どんどん壊されているんでしょうね。上海異邦人希望者としては残念です。上海のOld Jazzmenの皆様、私が行くまでぜひぜひお元気で音楽活動をお続けください。

この間の瀋陽出張で、ある中国人(ここでは「Aさん」とする)から不思議な宝玉のことを教えていただきました。「夜明珠」と言い、皆さんはご存知でしょうか、僕は初めて知った石でした。その石(ボウリングのボールより2周りほど小)、真っ暗闇でも石の中心部から神秘的な光を発するんですね。マガイモノ・ニセモノもたくさんあるそうで、僕が知った石は、中国のアカデミックの科学者の鑑定済みです(もちろんその鉱石専門家はこの石を本物と請合っている)。Aさんは僕が日本に帰ったらこの宝玉のことを調べてほしい・博物館やコレクターなどで購入希望者がいたら紹介してほしいとのことでした。帰国して何日か経ってネットで検索してみたら、いくつかヒットしました。中村博明『夜明珠-謎の宝玉』(文芸社。2006年刊、2730円)という本もAmazonに出ていました。宝玉なんて分野にはとんと縁がない僕ですが、Aさんのご希望もあるので、これからもいろいろ探ってみます。当ブログご訪問者の中で「夜明珠」について情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、こちらにコメントを寄せていただけるとありがたいです。

先週、親友「哲ちゃん」から千葉産ピーナッツが送られてきました。毎年この季節にいただいています。送られてきた3種(ピ-ナッツ・落花生・柿の種、になるでしょうか)、産地直送ならではの歯ごたえ・香り・大きさなどを毎日賞味しております。哲ちゃん、ありがとう!
公私とも「サンキューメールは早目に」を心がけているボクなんですが、バタバタしててお礼のメールを出すのがずいぶん遅れてしまった(恥)。


ミシュラン、京都・大阪版も出したんですね。僕は東京版も京都・大阪版も買っていませんし買う予定もありません。
朝日新聞11月15日付「耕論」は「ミシュラン、おいでやす」でした。村田吉弘(菊乃井3代目主人。同記事見出しは「平(ひら)とう見たら世界への扉」-以下同じ)・千宗守(武者小路千家14代家元。「黒船思たら、違てました」)・熊倉功夫(林原美術館館長・国立民族学博物館名誉教授。「うわさ好きは『京童』の伝統」)のお三方が朝日新聞の記者のインタビューに応えたのをまとめた記事。豊富な知識がわかりやすく提示され・京都弁が品よくまぜられ・上品なユーモアに彩られ・興味深々な記事です。ネットの朝日新聞にアップされているかどうか未確認ですが、ぜひお読みいただきたい記事です。お三方に共通する、伝統文化に裏打ちされた自信そして新しいものへの向き合い方そしてはんなり?とした余裕、無縁な僕も心強く思いました。でも問題は日本人でしょうね。このお三方の姿勢を僕も含めた日本人はどこまで・いつまで継承できるんでしょうか。日本人の中で「『ミシュランガイド』にあったからこのお店は絶対うまい」なんてことになって、それこそ「本末転倒」状況にならなきゃいいのですが。

リーマン予想」ってご存知ですよね。『大辞林第三版』(三省堂。僕の持っているのは2006年第1刷)から引用すると-「リーマン」の追込項目(子項目)です-
リーマンが提出したゼータ関数ζ(s)の零点に関する予想。今日もなお未解決の難問。
です(p.2656・3段目)。
哲ちゃんも第三版の執筆者のお一人なんで、この項目、ひょっとしたら哲ちゃんの手になるのかもしれない。
さてその「リーマン予想」、11月15日にNHKTV「NHKスペシャル」でやってましたよね(「魔性の難問」)。ご覧になりましたか。午後9時放送開始ってことで、頭から見るつもりでいたのですが、他のことをやってて9時20分頃から見ました(残念!)。天才数学者たちの苦闘(一時期は「リーマン予想」の証明はタブーとなって棚上げされていた)、プリンストン大学での物理学者と数学者の邂逅、フランス人老数学者の証明への飽くなき挑戦など、実に見応えのある番組でした。今年2009年は「リーマン予想150年」だそうで、ある種のブームなのでしょうね。あるいはまた、どうやら証明が実現しそうなムードに数学界があるのでしょうか(「リーマン予想」と関係はありませんが、「フェルマー予想」は15年ほど前に証明済みだし、「ポアンカレ予想」の解決は記憶に新しい)。いずれにしてもNHK-Gでこのような番組が放映されるのを見ると、日本の文化程度もまだまだ地に落ちていないと嬉しい限りです。この番組の後で、BSでの数学番組2本の予告もやってました。
哲ちゃんにお礼のメールを送った返信で、哲ちゃんが「リーマン予想」にも触れ、
じつは小生もいま、そのテーマで本をつくっています。12月1日発売予定です。
と書いていた。もちろん僕は買います。皆様の中でご興味がある方はぜひご購入ください。書名など分かり次第、こちらのブログでミニ宣伝^^させていただきます。乞う、ご期待。
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by tiaokumura | 2009-11-17 20:30 | このブログのこと | Comments(9)

武満徹『November Steps』(YouTubeより)

今日は11月16日-今年も残り45日になったんですねぇ。毎日がどんどん過ぎていき、今から45日前は遥か遠くに感じられます。年を取るってそんなことなのかもしれませんね。

今年9月上旬だったか、朝日新聞「天声人語」に那珂太郎の12か月を歌った詩の一部が引用されていました。その後全体を読みたいと思いつつも月日をムダに過ごしてしまいましたが、さっきweb上で全詩(『音の歳時記』)が見つかりました。この詩は各月を例えば1月「しいん」、4月「ひらひら」、9月「りりりり」と擬音語で表象し、各月を数行で歌ったものです。著作権が気になりますが、以下、11月を引用させていただきます。

十一月 さくさく

しもつきの朝の霜だたみ
乾反葉敷く山道を行けばさりさり
波うちみだれる白髪野を行けばさくさく
無数の氷の針は音立ててくづれる
澄んだ空気に清んだサ行音
あをい林檎を噛む歯音にも似て


詩人の感性が捉えた「11月」、みごとなものです。Web上の「肥さんの夢ブログ(中社)」に全詩が載っています。肥さん、勝手しましたが、悪しからずご了承ください。
那珂太郎(1922-)は、田村隆一(1923-98)の1学年上。ただし、那珂は『歴程』、田村は『荒地』です。谷川俊太郎(1931-)や白石かずこ(1931-)よりは9歳ほど年上。僕は、那珂・田村・谷川・白石とは思潮社などの詩集で出会っています。

11月の音楽」、いくつか思い浮かびますが、何と言っても、武満徹『November Steps』でしょうね。本記事ではYouTubeにあった中からアップしました。サイトウキネンです。サイトウキネン、いつか松本(富山から2時間くらいか?)で聞きたいとずっと思っているのですが、2009年現在未実行です。来夏あたり行けたらいいのですが。
武満徹(1930-96)は映画『切腹』で知りました。サムライ映画にふさわしいBGMだなぁと思った記憶があります。そして『November Steps』(ニューヨークフィル125周年記念委嘱作品)。絵画は空間芸術で音楽は時間芸術という言い方をしますが、いい絵画は「時間」も感じさせ、いい音楽は「空間」も感じさせますよね。『November Steps』の場合、僕は竹林を吹き抜ける風を感じます。ド素人なので間違っているでしょうが、尺八はその音色から垂直的な空間=竹林(朔太郎の詩)であり、日本と西洋の融合が風となって舞っている-そんな印象の曲です。
武満は交際範囲が広く、友人・知人には瀧口修造・大江健三郎・小澤征爾・谷川俊太郎・ジョン・ケージらがいます。武満は管弦楽曲・室内楽曲・ソロ楽器曲など多彩な作曲活動をしていますが、『死んだ男の残したものは』は谷川の詩に武満が曲をつけたものです。小室等や石川セリらがカヴァーしています。武満は文筆家でもあり、僕は『音、沈黙と測りあえるほどに』(新潮社)などを読みました(武満は1冊がボクにはけっこうな値段なので^^あまり読めない)。作曲・著作を通じて武満は終生にわたって音/沈黙・音楽を追究した求道者だと思います。座談の名手でもあり『対談集』がいくつか出ています。
武満の世代には多いことですが、彼は幼少期を満州(当時)で送っています。1996年2月20日逝去。享年65歳。もっと長生きしていただきたかった。
どうでもいいことですが、僕は武満徹さんと誕生日が2日違いです^^。

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by tiaokumura | 2009-11-16 20:33 | 音楽 | Comments(4)

シリーズ「異国からの挑戦 介護福祉士・看護師候補」(北日本新聞)

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言語間距離」という言い方をご存知でしょうか。例えば、ポルトガル語とスペイン語は兄弟くらい近い距離にあり、インドネシア語とマレー語もかなり近く、ドイツ語と英語はまた従兄弟くらいの距離にあり、日本語とアラビア語は全くの赤の他人になるでしょうか。ある母語話者が外国語を学ぶ時、対象言語の言語間距離が近ければ近いほど(習熟度はまた別にして)学びやすいと言えるでしょうね。だからと言って、言語間距離のことを、ボクが英語もフランス語も中国語も全然あかん根拠にしようとは思いませんが^^。たとえどんなに外国語学習方法が進化しようとも、脳の構造を変えない限り、言語間距離が大きいことは学びにくさの原因になるでしょうね。

さて、地元紙の北日本新聞で好企画シリーズ「異国からの挑戦 介護福祉士・看護師候補」が11月7日から始まった。今日11月15日で第7回目です。ここまでの各回は
①あこがれ 給与や経歴も魅力 ②言葉の壁 小型辞書 持ち歩く ③日本語研修 施設一任 対応に苦慮 ④経験 日本で技術生かせず ⑤信仰 毎日欠かさず礼拝 ⑥期待 帰国しても先駆者に ⑦ネットワーク パソコン・携帯 必需品

アップした写真は第3回のもので富山国際学院のスタッフの熊西美絵さんによる日本語研修が取り上げられています。日本語教育畑では熊西さんは僕の先輩にあたります。
日本・インドネシア2国間のEPA(Economic Partnership Agreement。FTAより広い範囲をカヴァーしている協定)が発効し、今日本でインドネシア人介護士・看護師候補者の方々が働いていらっしゃることは、マスメディアでも報じられているのでご存知でしょうね。当ブログご訪問者の中で親の介護をなさっている方の中には、ひょっとしたら当該施設・病院で会われた方もおありかもしれませんね。
富山県魚津(うおづ)市では3人のインドネシア人介護士・看護師候補者の方が研修中です。日本語を担当しているのが熊西さんです。僕は勤務先で学院長職にあるので、彼女からときどき報告・相談を受けています。言語間距離の大きいインドネシアの方々にとって、日本語学習にはさまざまな困難がある。日本語は発音も文法もさほど難しくありませんが、何といっても「漢字」の壁は大きい。そして、日本人でさえ合格率50%とかの介護士試験に4年以内で合格しなければ帰国するしかないハードル。例えばあなたがアラビアの某国に介護士候補として赴いて、そんなハードルを設けられたら越えることはできるでしょうか。
せめて試験問題に読み仮名をつけるくらいの「サービス」があってもいいのではないでしょうか。あるいは、問題のヒントにならぬ程度に英語で注をつけるとか。命に関わる現場なのですから、安易にハードルを下げてはいけませんが、候補者の現状はあまりにも厳しすぎる。

まもなく、国内で6か月の事前研修を終えたインドネシア人第2陣が国内各地で研修に入ります。フィリピンとのEPAに基づく候補者第1陣は既に国内各地での研修に入っていらっしゃるかもしれません。

EPAによるこのプロジェクトにはまだまだ申し上げたいこと・申し上げなければならないことがありますが、それはまた別の機会にします。
先日聞いたところによると、中国人看護師が来日し病院(や介護施設も?)で就労するとか。そのこと自体を論評する余裕はありませんが、2国間で正式に協定を結んだのだからインドネシア・フィリピンの方々が「使い捨て」「調節弁」などにならないよう切にお願いしたい(国際信義に悖る)。そうでなくっても、日本って国は国際社会においてイメージダウン進行中なのですから。

当ブログご訪問者の中には、「そんなに大変なら日本に来なきゃよかったのに」って方もおられることでしょうね。そんな方は、ちょっと近未来の日本を想像してみていただけたらありがたいです。

(11月18日・追記
本連載、11月16日付で完結しました。最終回は
⑧原点 相手理解し信頼築く
です。本シリ-ズご担当は、浜松聖樹記者(新川-にいかわ-支社編集部)です。
第8回目最後の、林照夫さん(3人の勤務先運営会の会長。私が今春、魚津の同施設を表敬訪問した際、お目にかかりました)のお言葉を以下に引用させていただきます。
「利用者や患者の気持ちを理解し、信頼関係を築くことが介護や医療の原点。言葉の壁に苦しみながらも、人を理解しようと努めている彼らは今、その原点を歩んでいる」
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by tiaokumura | 2009-11-15 10:25 | 日本語教育 | Comments(4)