<   2009年 10月 ( 28 )   > この月の画像一覧

山澤修一君と40余年ぶりに再会

f0030155_19275860.jpg
(11月6日夜・記)
やんまーこと山澤修一君に僕が初めて会ったのは中学1年生の時。今から約50年(半世紀!)前のことです。僕と同じ小学校からの進学者が多数を占めるその中学で山澤君は、富山県内の別の小学校から入学してきた。昭和33(1958)年の4月になるでしょうか、彼に魅力を感じた僕が彼に話しかけ、それで友人になった。友情というものは、古今東西において普遍な人間関係・人間感情でしょうね、きっと。幸いなことに僕は、己の人生において実に友情に恵まれている。
やんまーはご父君が北陸電力系の発電所ご勤務で、僕たちの中学から何キロくらいのところにあったんだろうか官舎に住んでいて、僕は何度も遊びに行った。
やんまーの魅力はいくつもあるが、頭脳明晰はもちろん男気があるところが一番の魅力。僕のあだ名は「ダッシ」(またはダッシュ。小学時代に有名だった三段跳び名手のダ・シルバから来ている。僕たち小学生時代、廊下でよく三段跳びをしてた)だったんですが、互いにあだ名で呼び合い友情を深めた。
高校は彼は富山中部(僕たちの中学からは史上初めてかもしれない)で僕は別の高校に進学。高校時代はあまり付き合えなかったが、それでも彼は気になる存在だった。
やんまーは大学は京都大学法学部。首都圏の大学に進学した僕とはますます距離が遠くなった。大学2年のときだったか、京都に住む彼を訪れ何日間かお世話になった。その後幾星霜か立ちいつしか互いに音信不通に。

30年ほど前、生まれ故郷の富山に東京からUターンし、山澤君に再会したいと思うも縁なし。10年ほど前だったか中学の同期会に初めて参加し山澤君の消息を尋ねるも杳として知れず。風の噂では京都大学卒業後に証券会社に就職したとか。

再会のきっかけは突然やってきた。僕のこのブログに彼がコメントを寄せてきたんですね。初めそれが彼だとはわからなかった。彼がコメントを書いてきたのは2006年1月27日付「京大生よ、お前たちもか!」で、彼と再会できる喜びは2009年10月11日付「ブログの奇跡? 中学時代の親友YS君が・・・」に綴ってあります。

メールやTELで連絡しあって、10月31日(土)6時、富山駅前の東横イン1Fで待ち合わせ。40余年ぶりの再会です。予約を入れておいた「ごんべい舎」に入る。共通の友人のH君(富山市内某病院の院長先生。当ブログのご常連で「平名」名で何度もコメントをいただいている)が先着。
中学時代・高校時代・京都大学時代のことなど、快男子やんまーの話を実に久しぶりに聞く。彼は大学には6年在籍し卒業(8年いて除籍になったワシはハズカしい^^)、大手証券会社に就職。東京・金沢・大阪など転勤し最後は執行役員にまで。高度成長・バブル・失われた10年などにあって、武勇伝とピンチの数々だったことでしょうが、60歳で定年退職しその後富山に戻り、今は企業年金生活だそうです(ちょー羨ましいっす^^)。このブログは何か検索しててヒットしたそうです。当ブログのあれこれの記事を読むうちに、ここのブロガーが「ダッシ」だとわかった。で、僕に連絡という次第。当ブログ記事も10月31日夜に話題になりました。やんまーから僕が還暦過ぎでようやく大学卒業したことを褒められて、いささか照れ臭かった。

フランス語のことわざに
Qu’il est facile de se quitter, difficile de se retrouver!(別るるは易しかれども、再び会ふは難しー奥村私訳)
というのがある。山澤修一君と再会でき、ブログをやってて良かったあと思った。

アップした写真、僕の後ろがやんまー、彼の右が平名氏。
やんまー、これからも会おうね。君は優秀な人だから、年金生活に埋没せず、その才能をぜひ世のため・人のためにお使いください。老け込むには早すぎる。
にしても、証券マンも医者も酒に強いこと・強いこと。メタボ度では二人に勝ってるけど(僕のほうがケンコー)、酒量は二人の半分以下です、ボク(照)。
[PR]
by tiaokumura | 2009-10-31 19:27 | このブログのこと | Comments(2)

圓楽師匠、ありがとうございました

チャンチャチャン、チャチャチャチャチャ~ン
出囃子の「元禄花見踊り」を初めて聴いたのは、僕が大学進学のため上京した後になるだろうか。1960年代後半、TVを通じて三遊亭圓楽を知った。自称「星の王子さま」やキザぶりや博識家は、噺家として普通なら顰蹙を買うところだったろうが、圓楽師の場合、三遊亭圓生師匠に厳しく鍛えられご自身もそれによく応え修業を積んだ結果に裏打ちされた芸であったから、老若男女多くのファンを獲得した。
実は僕も圓楽師と同じ「馬面」で、若いときから(今に至るまでも^^)「顔」は数あるコンプレックス中最大の一つなのだが、圓楽師匠が馬面を堂々と前面に押し出している姿を見ていて、「俺も顔以外で何か長所が持てれば、少しはコンプレックス解消できるんかもしれんなぁ」と、生きることの困難からちょっと抜け出せた。師と血液型が同じなのもファンになるきっかけの一つだったかもしれない。また、僕も『星の王子さま』(内藤濯・訳。岩波書店版)のファンだったし。
人間の運命の綾だったんでしょうね。圓生師匠が落語協会脱会に踏み切らないで没せられたら(脱会後1年余で圓生師匠は亡くなられた)、圓楽師は芸以外での様々な苦労をなさらないで済んだだろうけど、でも全てを承知した上で師匠についていった圓楽師の「男の美学」は後々まで語り継がれることだろう。
圓楽師はTV界でその才能を思う存分発揮し、だが圓生師匠の命があったにしても足を洗うところはきっぱり足を洗った。
圓楽師は粋の具現者、意気ある江戸落語家である。

桂米朝師の文化勲章を喜ぶ間もなく、5代目三遊亭圓楽師の訃報に接した。僕が最後にTVで拝見したのは「笑点」だったと思う。「笑点」は三浦綾子『氷点』からパクったタイトルだったと理解しているが、開始早々はこんな長寿番組になるとは思われていなかったのかもしれない。それが、圓楽師が他の落語家たちと丁々発止でやりとりし、あるいは三波伸介亡き後に圓楽師が司会を担当し、「笑点」はTV界屈指の生命力を誇る番組になっている。圓楽師の功績たるや大である。
今何度目かの「落語ブーム」だが、圓楽師に匹敵する落語家はいるのだろうか。志ん朝も柳朝も圓楽師も亡くなり、「四天王」では立川談志師匠が残るのみである。噺(話)のできない落語家(噺家)、芸のない芸人が跋扈しても、話芸継承にはならない。江戸落語はもう滅ぶしかないのだろうか。

浅草生まれ(ご実家は「助六寺」)の5代目三遊亭圓楽師匠、2009年10月29日ご逝去。享年76歳。
22歳で6代目三遊亭圓生に入門。29歳で真打昇進し「圓楽」襲名。50~74歳の間『笑点』4代目司会者を務める。代表作に『芝浜』『紺屋高尾』など。
茲に、圓楽師に救われた一人として一ファンとして感謝申し上げるとともに、圓楽師のご冥福をお祈り申し上げます。
[PR]
by tiaokumura | 2009-10-30 22:05 | 追悼 | Comments(0)

体は日本だけど、荷物が(>_<)

f0030155_169424.jpg
(11月5日夜・記)
10月27日(火)、広州10:30発関西空港行きCZ389に搭乗。機内では久しぶりに日本の新聞を2紙読む(ただし前日の分)。関空着16:46。母国なので^^のんびりと入国審査までを済ませる。悲劇(喜劇?)はその後に待っていた!
荷物が流れてくるのをカートも準備して待ち構える。ところがいくら待っても僕の荷物は出てこないではないか。最後に持ち主不明の1個が残るが、僕のは結局なかった! しょんぼりとクレイムカウンター(でしたっけ?)に行き、事情を話す。見習中の職員が隣りの先輩職員に助けられながら、僕の説明を聞き書類を作る。カトマンズで何度も念を押したんですね、僕は。広州でトランスファーなんだけど、荷物はいったん引き取らなくていいんですよね、って。カトマンズ空港では係員がno need to ~とか言って「大丈夫」と断言してくれた。広州でも搭乗券手配のカウンターで、カトマンズからの荷物、そのままトランジットの便に載せられるんですよね、とくどいくらいに確認したら、その通りだとのお返事だった。嗚呼(ああ^^)それなのに、である。僕はこれまで飛行機には20回くらい乗り、トランジットも数回経験しているが、荷物がなくなったってぇのは初体験。こういうことってあるんですね、今までは他人事(ひとごと)に思ってた。

しょんぼりしててもしょうがないので、空港内の両替所で手持ちの177USDを円に換え(レートは1USD=89.06JPYだった)、空港向かいのビルで早めの夕食でおいしいものを食べて元気回復することにした。
アップした写真、エアロプラザビル3Fの「めん坊」にて。大名定食(「大名」ですもんね^^)を大奮発。生ビール中も(照)。でも、写真の僕、老残の影濃厚かも(激爆)。

広州で停まっていた荷物は2日後に配達されました。ま、空港からお金を払っての宅配を思えば、数千円得したことになるでしょうから「ラッキー」とでも思うべきか。でも出張関係の仕事が帰国後すぐにできず(試験関係など荷物に入っていた)、その損失1日は大きい。

今回はいくつか教訓・認識があった海外出張だった。「トランジットには気をつけよう!」もその一つ(爆)。それから「日本は特別なことをしなくてもこれまでは各国から憧れられてきたけど、もうそんな時代は完全に終わった。これまでの甘い戦略に基づく怠惰のツケが、今、回ってきている」、また「大きな状況は個人や一組織では変えられないが、そのような状況に絶望せず埋没することなく、身の回りの小さな状況で最善を尽くそう」とも。ビジネス面でも少し進歩したかな。短気なところ、少し矯められた。

写真をアップしたまま放置中^^だった今回のカトマンズ出張記事、これにて編集終了です。ホッ。
未編集が続いたせいでアクセス数も激減しました。これで少しはアクセス回復するかしらん(嘘爆)。
[PR]
by tiaokumura | 2009-10-27 16:09 | 海外出張09余録 | Comments(2)

食は広州に在り、なんでしょうけど・・・

f0030155_7514975.jpg
(11月5日夜・記)
10月27日(火)午前5時過ぎ、広州白雲空港着。カトマンズトリビュバン空港を離陸後、右手の腕時計をネパール時間(対日本-3時間15分。「なんで15分なん?」ですが、そうなってるんです^^)から中国時間(-1時間)に調整する。いつからだったか忘れましたが、海外に出るときは両手に腕時計をし、左手は日本時間・右手は現地時間にしている。我ながらグッドアイディアだと思うんですが(爆)。

さて、広州白雲(BaiYun)空港。行くときの失敗にこり、今回は中国入国カードを書いて空港外に出られるようにした。空港前のタクシー乗り場脇で一服。タクシー運転手が誘ってきますが、トランジットで待ってるだけと言って断る。空港近くにレストランがあればぜひそこで「食は広州に在り」を体験したかったのですが、視界に入る範囲ではあいにくなさそう。広州、南に位置するので10月下旬でも暖かい。Tシャツみたいな人もいました。

カトマンズではケータイ写真をこのブログに送れなかったのですが、広州は可能。カトマンズで撮った写真ブログに送りました。
搭乗券を入手するのに、危うくニセ空港職員に騙される(ボラれる)ところだったのですが、辛うじて難を逃れる。無事関空行きの搭乗券が手に入ったところで、空港内で朝食。風雅老樹珈琲(OAK TREE CAFFE)というお店。メニュー見て迷ったが皮蛋痩肉粥(Porridge with pork and preserved eggs32元。ピータンってpreserved eggになるんですね。エヴェレストホテルでのporridgeは中華粥になるんでしょうか)・云呑面(Noodle with wantan53元)・Carlsberg Chill Beer35元。広東料理になるのでしょうか、お粥はもちろんワンタンメンも味はずいぶんあっさりしてました。もちろんマズくはなかったのですが、なんだか違う印象を持ちましたが、どうなんでしょう。日本円で払ってもいいとのことだったので2000円払ったら、おつりが18元でした。日本円で払って人民元でおつりをいただく、ってのは、あちらさんにしてみれば「当たり前」なんでしょうが、僕には初体験。またこれはしょうがないことでしょうが、千円札、ニセ札じゃないかとレジの向こうでためつすがめつなさっていました。

空港内のトイレ。小用器の上に「前進一小歩、文明一大歩」の表示。中国語らしい対句表現なんでしょうね。日本だと「心静かに一歩手前に・・・」とか書いてあることがありますよね。中国語を見ていて、アポロの「・・・人類にとっては偉大な一歩・・・」(英語、思い出せない)を思い浮かべました。

この写真(バックに写っているのはロシア人でしょうね。肖像権侵害になってなきゃいいのですが)の時点では、大きな不幸が待ち構えているとは思ってもいませんでした・・・。
[PR]
by tiaokumura | 2009-10-27 07:51 | 海外出張09余録 | Comments(0)

カトマンズ観光(2)

f0030155_6423275.jpg
(11月5日夜・記)
世界遺産エリアの中にある喫茶店でしばし休憩。お店にあったパンフレットを見てたら近くにがある。行ってみたくなり、再びニマさんのバイクの後ろに乗る。バイクの後ろに乗るのはたぶん人生初めての快挙(激爆)。乗り慣れないせいでしょうね、お尻が痛くなった。後から運転しているニマさんにその旨を伝える。更に、ズボンが食い込むせいでしょうね(乗り方が悪かった)、お××××(小ちゃいですが^^)が擦り切れて痛くなった(大汗)。そのこともニマさんに告白^^したら大笑いで、運転が危なかった(爆)。

バイクで走ること約10分。Kamal Pondに着く。写真でおわかりのように長方形の池です。王様の避暑地みたいな位置づけでしょうか。水が青くきれい。鯉もいて、鯉のえさを売ってました。

カトマンズ市中に戻る途中、砂埃・排気ガスがひどい。帽子もジャケットもかなりそれらを吸い込みました。マスクも必要だったかも。土地の人はけっこうマスク姿見かけました(新型インフルエンザじゃありません)。

カトマンズ。ホテルでチェックアウトした後荷物を預かっていただいたスニタさんの日本語学校へ。スニタさんの学校、宿泊したエヴェレストホテルから徒歩3分くらいなんですね。

午後5時過ぎ、カトマンズ空港の入口でニマさんと別れる。
23:15発の飛行機待ちで孤独な時間(泣)。余ったNPRsを両替。両替所の海坊主のような職員に恐る恐る「タバコを吸いたいのですがどこか知りませんか」」と聞いたら「中に入って吸え」というありがたいお申し出。「これ、吸いなよ」とネパールタバコを勧められる。持っていたフロンティアと交換。彼、プロレスラーみたいに大柄な男性ですがずいぶん親切にしていただく。こういうときは何かジョークでも言って彼を喜ばせねばとあれこれ思案し、机の中にドル札がたくさんあったので”I feel like a millionaire here”とか言ったら大いに受けた。彼、お返しに”You are a boss”と。今回の海外出張、全部で3回の英語ジョークを思いついたが、どれもけっこう受けたみたい。こういうのも海外の楽しみでしょうね。
両替所では、僕が日本人とわかったからでしょうね、茨城県水戸市で働いていたという空港職員も入ってきて、日本語で話しました。

搭乗手続き。離陸までまだまだ時間があると、「数独」をやっていたら、どうも辺りの雰囲気がおかしい。23:15発の飛行機、離陸が早まったんですね。危なかったぁ!
[PR]
by tiaokumura | 2009-10-27 06:45 | 海外出張09余録 | Comments(2)

カトマンズ観光(1)

f0030155_6415385.jpg
(11月5日夜・記)
昨年は朝から晩まで仕事・仕事・仕事で(照)、カトマンズの後にバンコク・ハノが控えていたこともあって、カトマンズ観光は全くしなかった。今回は帰りの飛行機の便が悪く、10月26日(月)の午後がポッカリ空いたので待望のカトマンズ観光。Pokhara(ポカラ)に行きたかったのですが、時間がかかるので断念。ポカラからエヴェレストが見られるのです。因みにカトマンズからはエヴェレストは見られません。
ニマさんのバイクの後にまたがって、ニマさんお薦めの世界遺産があるBHAKTAPURに。その前にTHAMELにある本屋さんで学院スタッフへのお土産購入。ネパール・カトマンズの地図も買う。外国で本屋さんに入るのはパリ・福州・ハノイについで4回目です。福州・ハノイではカバンを預けて入店でしたが、ここカトマンズはそういうのしなくてよかった。ヴィクラム暦の次年度カレンダーもほしかったのですが、本屋さんにも土産店にもなかった。残念。

アップした写真、ヒンドゥー教寺院です。five storeyed temple of goddess Siddhi Laxmi。日本風にいえば五重塔(ナパール語では「パチュ タッレ」)が中央に聳える。階段の左右に人間・象・ライオンなどの彫像。

ヒンドゥー教は性に大らかな宗教なんでしょうね(「カーマスートラ」ってそう?)。別の寺院に掲げられた絵の1枚には、立位バックのエロティックな^^姿態が描かれていました。いろんなラーゲがありますが、後背位は動物的だしまた上下に立体的なんで図像化しやすいんでしょうね(ホントかな?^^)。

この世界遺産(海抜1300mに位置する)、英文パンフレットによればMiddle Ageにできたそうです。ここには他には55 Windows Durbar、Barahi worthseeing temple, Tekhancho、Chautu Bramha Mahabihar, sakothaなどがある。
[PR]
by tiaokumura | 2009-10-27 06:44 | 海外出張09余録 | Comments(0)

カトマンズ(6)

f0030155_20364849.jpg
(11月5日夜・記)
10月26日(月)の午前中に全仕事を終え、カトマンズ滞在最後の食事をニマさんお薦めのお店で。THAMELにあるTHAKALI BHANCHAタカリ族はネパール本来の伝統食を守っているようです。元祖ネパール料理ってとこでしょうね。富山県利賀村(現在は南砺市に属する)と友好関係にあるツクチェ(そばの原産地の一つ)はタカリ族の村だそうです。BHANCHAは「番茶」じゃなく^^、「キッチン」の意味です。

アップした写真の僕の手元のメニューをご紹介。真ん中がライス。上左から時計回りで油(ギー)・マトン・スープ・ダル。手前にはポテト・ホウレンソウ・アチャ(大根の漬物)・アチャ(こちらはペースト状)。ダルの手前には人参・きゅうりなど。このセット、「ダルバート タルタリ」です。

ニマさんは当然右手で召し上がってましたが、僕は不器用なんでスプーン・フォークをお借りして食べました。右手に掲げたビール、名前、記憶にありません(恥)。
[PR]
by tiaokumura | 2009-10-27 06:42 | 海外出張09余録 | Comments(0)

カトマンズ(5)

f0030155_640646.jpg
(11月5日夜・記)
10月25日の昼食を摂ったTHAMEL地区は外国人観光客に人気のあるエリア。昨年は訪れるチャンスがなく、今回初めて訪ねました。カトマンズで購入した手元の地図を見ると、南北に4本、東西に4本の割と広い道が走り、域内にはホテル・土産物店・トレッキング登山用品店などが立ち並ぶ。

アップした写真のお店で服を買いました。自分用には、しゃれたデザイン(好みもあるでしょうが、僕にはそう思われた。襟ぐり・ボタン・袖がとても素敵です)の長袖シャツ。素材は木綿でしょうか。帰国後まだ袖を通していませんが、お天気のいい暖かい日に着てみようと思っています。
THAMELには「リキシャ」が何台も走ってました。「リキシャ」は「人力車」から。日本で今でも京都や鎌倉で観光客相手に営業してますよね。カトマンズのリキシャ、もちろん幌つきで「乗りたいなぁ」と思ったのですが、結局乗る機会はありませんでした。

It’s a small world, here in Kathmandu!なんでしょうね、前記事中のレストランでスニタ先生の日本語学校の学生さんに会い、写真とは別の土産物店ではスニタ先生の日本学校で働く日本語教師(店番みたいなネパール人男性と話していました。そのネパール人男性は初老年齢以上ですが、実に滑らかな日本語を話されるのでビックリしました)に会いました。
[PR]
by tiaokumura | 2009-10-27 06:40 | 海外出張09余録 | Comments(0)

カトマンズ(4)

f0030155_6392838.jpg
(11月5日夜・記)
右にアップした写真10月25日(日)の昼食、スニタさんと。
昨年秋カトマンズ出張が入り、誰か通訳をと思い、JAISTで教えたネパール人博士課程留学生のNさんにお願いしたら、スニタさんをご紹介いただいた。昨秋スニタさんにずいぶんお世話になり、今回の出張でも通訳をお願いし快く引き受けていただいた。スニタさんは、昨年カトマンズでお会いするまで知らなかったのですが、日本語学校の校長先生でもある。昨秋はスニタ先生の日本語学校を表敬訪問させていただきました。授業内容・教室環境など素晴らしい日本語学校でした。このブログにも関連記事が載せてあるはずです。

さて日曜昼食はTHAMEL地区にあるTHAMEL HOUSE RESTAURANTで。スニタさんに「先生、イノシシ食べますか?」と言われ、一瞬「目が点^^」になったのですが、人一倍好奇心・想像力のある自分、食べてみることにした。長野県八方で仕事をしていたとき兎肉は食べたことはありますが、猪は初めてか2回目です、たぶん。
この日のメニューは、Banduel Sandheko(猪即ちbanduelのゆでた肉)・Masu Ko Pulao(肉入りチャーハン)・Khasi Ko Sekuwa(マトンのBBQ)・Chatamari Special(ネパール風ピザ。生地は米だそうです)・Bhatmas Saiidheko(大豆。硬い)、それに前菜(お通し?)とS.Miguel(ネパールビールは他にTuborg・Everestなどがある)。猪・マトン・チャーハンがぜひまた食べたいと思いました。1898.40NPRs(税・チャージなど込み)でした。

スニタさんはJALTAN(「ネパール日本語教師協会」とでも訳せばいいでしょうか)のメンバーのお一人でもある。今回の出張でJALTANの他のメンバーにもお会いしましたが、こういうご活動があるカトマンズ・ネパールは、プロの日本語教師の一人として尊敬しぜひ協力し応援したい地域・国です。
[PR]
by tiaokumura | 2009-10-27 06:39 | 海外出張09余録 | Comments(0)

カトマンズ(3)

f0030155_6384773.jpg
(11月4日夜・記)
アップした写真、真っ黒クロスケですが^^、今回のカトマンズ出張夕食3回はここThe Bakery Caféでしました。宿泊先のエヴェレスト・ホテルから徒歩2分くらいで、これなら外国単独行動が苦手な僕も大丈夫かなと思った。

このお店では、CHICKEN MOMO、CHICKEN THUKPA、B.B.Q MUTTONが僕のお気に入りです。B.B.Qはレンガを組んで作ったかまどで炭火焼きだったようです。せっかくのおいしい料理、孤食なんでわびしい限りですね(汗)。一人で食べるため一皿のヴォリュームが多く、少量を少しずつが好きな僕としてはちと困った。2回目の時はCould I take them to the hote1?とか頼んで、doggy bag^^ならぬ折り詰め風にしていただいてホテルに持ち帰りました(照)。
ここでのビールはTuborg。綴りからおわかりのようにデンマーク系のビールです。今回のカトマンズではご当地ビール四種類を味わいました。
上記3品とビールで〆て857.67NPRs(サービス料チャージなど込み)でした。

皆さんの中でカトマンズにいらっしゃる方がおられたら、ぜひここThe Bakery Caféで食事をなさってください。中庭があり、時にはバンドも入るみたいです。日本と違ってカトマンズではカフェと言ってもちゃんとした食事がありアルコール類も提供しています。
[PR]
by tiaokumura | 2009-10-27 06:38 | 海外出張09余録 | Comments(0)