<   2009年 07月 ( 25 )   > この月の画像一覧

みくりが池温泉、そして・・・

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(8月2日午後・記)
天候が思わしくなく立山登山が中止になり、室堂周辺を各自散策することになった。
僕は前回(2年前?)は「地獄谷」に行った記憶があるので、今回は「みくりが池温泉」にした。室堂から片道約20分でみくりが池。リーフレットに拠れば「立山の雄姿を映す、数々の伝説を秘めた神秘的な湖。北アルプスでもっとも美しいといわれる山上湖で、周囲412m。その水は地下にくぐって地獄谷に流れ、やがてソーメン滝となります」。
みくりが池からちょっと上がったところに「みくりが池温泉」。入湯料600円。「日本一高所の温泉 標高2410m」。混浴露天風呂ではなく^^、レストランを通り抜けて左手に湯殿があり男女別々でした。温泉好きにはたまらないのでしょうが、烏の行水男(激爆)はそうそうに温泉を出る。温泉の前のポーチのようなところで昼食。

みくりが池温泉を出て坂道を下り、ふとみくりが池のほうを見たらロケ中。聞えてくる声は高橋克実ではないか! TVをあまり見ない僕ですが、彼くらいは知っていました。以前タモリの『トリビアの泉』をよく見ていて、彼ともう一人で司会してましたよね。あと、最近ちょっと観たTVドラマ『官僚たちの夏』(城山三郎原作)で、彼は通産省の役人役。上方落語家が演じる繊維業零細企業主と、日米繊維交渉決裂後、これからの厳しい将来を思ってなんでしょうね、泣きながら抱き合っていました。
ボクって「自然より人事・男」なんでしょうね(照)。こういうロケ現場見るとつい立ち止まってしまう。撮影が終わったので素早く寄っていって、高橋さんに「ファンです」と握手を求めた。写真、ご本人がブログに載せてもいいとおっしゃいました。「これからもがんばってください」と言って別れる。一緒にいたロケスタッフの女性に聞いたところによると、これ、8月24日にNHKで放送される「日本紀行」とかいう番組のためのロケだそうです。この後も室堂周辺の何箇所かでロケをしてました。

2時過ぎ室堂出発。元気者揃いのわが富山国際学院学院生諸君ですが、さすがに帰りのバスではほとんどが爆睡^^でした。

翌日から富山国際学院は夏休み。事件・事故・けが・病気・トラブルなどなく、8月17日(月)には全員元気に富山国際学院に戻って来ますように。宿題、ちゃんとやっとくようにね^^。
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by tiaokumura | 2009-07-31 12:53 | 日本語教育 | Comments(2)

室堂

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(8月2日午後・記)
弥陀ヶ原からバスで約20分、室堂(むろどう)2450mに到着。弥陀ヶ原1930mは天気がまあまあだったのですが、この日はそこはちょうどサンドイッチに挟まれた地帯で、弥陀ヶ原の下も上も霧が出ていた。
富山国際学院の「迷える子羊たち」^^がどこぞに行ってしまわん内にと、バスを降りてすぐ集合写真撮りに。バスの駐車場の前が室堂ターミナルで、そこの屋上から外に出て、テラスの先に「立山」と篆刻された石碑があり、その前で記念写真。
今回の「立山」は、学院集合から解散まで約10時間という拘束時間が嫌われたのか、約3割の学院生が不参加。日本人の若者も「社員旅行」を嫌う傾向があるらしいですが、隔年で実施している「立山」、次回は再考の余地ありかもしれない。TDLなら皆喜んで参加だろうけど、ビンボー日本語学校にはそんなカネないし(泣)。それでも、写真にあるように、中国・フィリピン・韓国・ネパール・インド・バングラデシュ・パキスタン・スリランカ・イスラエル・ロシア、それに日本(教員9名)が集まった様は、一般の日本人の方々にはちとビックリでしょうね^^。この日は家族連れ・シニア・中学生などが多かったのですが、近くにおられたシニア女性にお願いしてシャッターを押していただきました。
石碑のところの「玉殿の湧水」(名前、違うかも)は絶妙な味でした。ペットボトルに入れて持ち帰った。
昨春の新入生歓迎会で「雪の大谷」(20m近い雪の壁の間を散策する)に来ているので、2年生には2回目の室堂ということになる。
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by tiaokumura | 2009-07-31 11:52 | 日本語教育 | Comments(0)

弥陀ヶ原

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(8月2日午後・記)
7月31日(金)午前8:15、バス2台で富山国際学院を出発。この日は課外学習「立山」の日。1時間ほどバスに乗り、「あるぺん村」でトイレ休憩。ここで運転手さんとも相談して、本日のメインの「立山登山」は無理だと判断する。この時期、山の天気は割と安定しているはずなのですが、運転手さんの情報に拠ると雄山(3003m。頂上には雄山神社)はガスってるとのこと。先日も大雪山系で遭難があったばかりなので、無理をしないことにした。
あるぺん村を出て、桂台から立山有料道路に入る。環境保護のためでしょうね、マイカーは禁止。バス1台通行料18900円なり。桂台663mから約40分で弥陀ヶ原(みだがはら)1930mに到着。ここで1時間半くらい休憩。
写真の遊歩道をトレッキングすること約1時間。遊歩道の横にはニッコウキスゲなどが生え、餓鬼田(がきた)と呼ばれる池塘が散在する。「餓鬼田」とはおどろおどろしい名ですが、リーフレットによれば、「昔、立山の地獄へ堕ちた者の霊が、飢えをしのぐために耕した田としてこの名がついた」そうです。越中おわら節で「越中で立山、加賀では白山、駿河の富士山」と歌われるように、立山は山岳信仰の三大霊山の一。立山一帯には「弥陀」「餓鬼」「地獄」「弘法」「称名」など仏教関係を冠した地名が多い。現在全国公開中で観客動員200万人を突破した映画『剱岳 点の記』中にも「立山曼荼羅(たてやままんだら)」が出てきます。
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by tiaokumura | 2009-07-31 10:43 | 日本語教育 | Comments(0)

衆議院議員選挙まで1か月

8月30日が総選挙ですね。大野伴睦(おおの・ばんぼく1890-1964。岐阜羽島駅は彼の政治力によると言われる)に「猿は木から落ちても猿だが、代議士は選挙に落ちればただの人だ」という名言がある。前・衆議院議員、とりわけ自民党諸氏には真夏の総選挙はつらいでしょうね。ただここは麻生「失言」太郎でいくことにしたのだから、火事場のナントカでいくしかないでしょうね。民主党は小沢・鳩山献金問題を頬っかむりして追い風に乗りそうな勢いですが、さて「政権交代」が現実になってうろたえないで政権担当能力とやらを発揮できるのかしらん。今回の選挙で4割くらいの前職が「ただの人」になるのでしょうか。再就職先ってあるんでしょうか。少しは派遣労働者の苦労がわかるのかしらん。
選挙結果はさまざまに予想できる。8月29日までにカネや下半身などのよほどのスキャンダルがない限り、民主党の比較第1党はほぼ間違いない。その場合、他党とどんな連立内閣・政策協定・部分連合・閣外協力を結ぶかが次のステップ。もし地滑り的大勝利で民主党が過半数を50議席以上上回れば、民主党の政権運営はぐっと楽になるでしょうね。その場合、官僚をどの程度操れるか・取り込めるかが大きなカギになるでしょうね。今回の総花的なマニフェストの実現度も厳しく問われる。せっかく民主党が与党になっても、財源・外交・憲法などで短命内閣に終わり政治混乱の更なる拡大も予想される。
富山1区・3区は、全国がそうであるように自民・民主の激突です。しかも1区は富山高校、3区は高岡高校のそれぞれ先輩vs後輩という因縁めいた対決。御三家でくくられるもう1校の富山中部は、県知事・冨山市長の現職です。

衆議院議員選挙にあたって2つのことをここで記したい。
1.僕は消費税・国債に一家言ある候補者に投票したい
自民党も民主党も1票でも多く取り込もうとおいしいバラ色のマニフェストを競って展開しているが、バラまきや整合性のないバラバラでなければいいですね。僕には実現不可能な絵空事を糖衣錠でくるんだか、砂利が入ったお団子にお砂糖をまぶしたようなお約束に思われる。
僕は次の2つを宣言した候補者に票を入れたい。
消費税をアップする。 毎年1ポイントずつアップ、または2014年に10%・2019年に15%でもいいが、とにかく消費税を上げることを断言し具体的かつ明瞭にその工程を発表した候補者。
景気回復を待っててももう以前の水準に戻ることはないだろう。日本がこれまで外需に頼りすぎていたツケが回っている。内需喚起といっても、私たちには買いたいモノはほとんどない。お金持ちは環境に優しい高額商品を買えるだろうが、ボクのようにお金を貯めてから溜まったお金で買えるものを買うタイプにはそんなモノはゼータク品(ビンボー人のヒガミ^^)。不況打開の「イノベーション」も盛んに叫ばれているが、そんなことが簡単に創出できるくらいなら、こんなことになっていなかったのでは。
反論もあるだろうが、僕は日本の現在・将来の財政を考えると消費税を15%に上げる(全商品ではない)しか対策はないと思う。
②今後は赤字国債は一切発行しない、そのことによる国民の「不利益」について国民に理解を求める候補者。また、800兆円とも言われる「国の赤字」を子や孫や曾孫に押し付けない政策を考える候補者。
「世代格差」が盛んに言われる。僕は全くそのとおりだと思う。詳述しないが、私たち60代以上は今の若者たちよりはるかに恵まれた人生を送ってきたのだから、もう政治に見返りを期待しないようにしたい。河井酔茗の詩『ゆずり葉』の精神でいきたい。60代以上が我慢し余力を世のため・人のために使えば、かなり「いい日本」になれる。
2.20代・30代の皆さん、投票権を行使しよう!
ボクが国政選挙に参加したのは30代になってからだから偉そうなことは言えないのだが、来る総選挙では20代の投票率は60%前後、30代は60%台後半を期待したい。君たちが投票行動を起こさない限り、君たちの未来も国の未来も危うい。僕には支持政党があり意中の候補者がいるが、君はこれからの1か月間、よく見よく聞きよく考えて衆議院議員選挙(小選挙区及び比例区)に投票して欲しい。これはって候補者がいなかったら「よりマシ」「より悪くない」候補者に投票しよう。
期日前投票もかなり簡単にできるそうなので、8月30日に投票に行けない人は、前日までに投票しておこう。
もっといいのは、皆さんの代弁者を国会に送り込むことである。雨宮処凛・湯浅誠ら、人材は探せばたくさんいるはずだ。「ヤン・ジェネ党」なんて作るといいのでは。
君の1票「だけ」では日本は変わらないが、君「たち」の1票が集まればそれは日本を変える力になる。

私にとっての政治家は後藤田正晴・野中広務で終わっている。グランドデザインが描け、国民に辛口の発言ができる政治家は今はもう一人もいない。そうは言っても政治は国の根幹を為す部分である。第45回衆議院議員総選挙の投票率が70%を超え、真に国民のためを思って政治活動ができる衆議院議員が少しでも多く生まれることを期待したい。
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by tiaokumura | 2009-07-30 22:06 | このブログのこと | Comments(10)

完売\(^O^) /

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(7月26日午前・記)
7月25日の「奥田ふるさと祭り」、4時過ぎ中国料理(焼き餃子・中国風お団子)売り出し開始。少し遅れてバングラデシュ料理売り出し。
僕の今回の役目は、テント内のガス台前に陣取って、ただひたすらにBBQ(鶏肉・ピーマン・玉ねぎの竹串刺し)を焼き続けること。炭火のグリルがあれば最高だったんでしょうけどね。鶏肉は事前に火を通してほぼ食せる段階にまでしてあったので、肉に焦げ目がつき野菜に火が通ればOK。中国人学生で手があいている学生に竹串刺しを手伝ってもらって、5本ずつくらいのペースでフライパンで焼く。BBQがなくなったら、次はタンドリーチキンを、これまたフライパンで焼く・焼く・焼く。厚い鶏肉の塊なので生焼けにならないよう、芯まで火が通っているか確認しながらの作業。お客さんがおなかを壊したら大変ですもんね。
5時半頃でしょうか、中国料理完売。その時点でバングラ料理は30食くらい残。売り終わった中国人学生がバングラ料理の売り出しに一生懸命になってくれたのは、教師としてとても嬉しかった。彼女ら・彼らにしてみれば「バングラデシュ」なんてほとんど知らない国だったでしょうね。日本人にしてもどのくらいの人が、「バングラデシュ」の正しい位置を世界地図で示せることか。
6時頃、バングラデシュ料理も完売! みんなで万歳してそれから記念撮影^^。写真中、浴衣姿が僕です(照)。
現場で後片付け。地区センターの所長さんたちに挨拶した後、富山国際学院に引き揚げる。

学院に戻って後片付け・整理・洗い物・そうじなど。

帰りに、スタッフの粕谷さん(今回は前回に続きレジ係り・オーダー通しで大活躍。この部門がしっかりしてないと、売り出し滞るんですよね)と学院近くの「麒麟大飯店」で打ち上げ。生ビール(中)1.5杯^^とラーメン。二人で富山国際学院の将来について熱く語り合った。←と言うのは真っ赤な嘘で(激爆)、呑んだくれてだけです。
粕谷さんは、2年間富山大学で共に学んだ仲でもある。出席率・成績・友人の数は彼のほうが上で、教官批判・飲み会参加率は僕のほうが上です(核爆)。僕はお金がなくて買えなかった「卒業アルバム」、彼は買っているのでいつか見せてもらう約束です。

こういう国際交流、僕たちはあくまでも後方支援役で、学生たちが楽しめて、そして日本人が少しでも「日本国内にいる外国人」について理解してくれれば大成功。今回はどういうふうに総括できるかなあ。
参加した学院生の皆さん、お疲れさまでした。
ご協力いただいた関係者の皆様、ありがとうございました。
料理を買っていただいた皆様にも大感謝! お味、いかがだったでしょうか?

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by tiaokumura | 2009-07-25 18:02 | 日本語教育 | Comments(10)

奥田ふるさと祭り

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(7月26日午前・記)
昨日土曜日、富山国際学院学生十数人・教員4人と、地域のイベント「奥田ふるさと祭り」に参加した。かれこれ4年前になるか、富山市民国際交流協会岡田さん(ボランティア精神に富んだ女性)とお近づきになれ、彼女に地域との国際交流について相談した。そして、ちょうどその頃に彼女が関わっていた「奥田ふるさと祭り」で学院生たちが料理を提供したらとのアドバイスを得て、それがきっかけで学院生たちから希望者を募り母国料理を出すことになった。大袈裟に言えば「食を通じた国際交流」ということになろうか。
今年は中国料理2品・バングラデシュ料理3品。「奥田ふるさと祭り」には、これで4回目(3回目?)の参加になるでしょうか、過去にはロシア・スリランカ・ベトナム料理などもある。バングラデシュは初めて。中国料理のほうは人手があるので、僕はバングラ料理の補助担当。
12時過ぎ富山国際学院へ。4F教室で、バングラ出身女性の指示に従って調理。まずは、鶏肉を切る・きゅうりを切る・スパイスを砕くなど。スパイス類は、ターメリックくらいは知っていましたが、初めて聞く(嗅ぐ)ようなスパイスも数種。バングラもそうですが、インド・ネパール・スリランカなど南アジアは「カレー文化圏」なんでしょうね、きっと。スパイスも共通するような気がする。今回のバングラメニューは「タンドリーチキン」「ナン」「バーベキュー(肉・ピーマン・玉ねぎの竹串刺し)」。下ごしらえの後、チキンやナンを焼く。現場へ持っていって焼くには時間がかかると判断して、学院で焼くことにした。
先発組は3時過ぎに現場の「富山市立奥田小学校」へ。僕はナンを三十数枚焼き終わってから、自転車で現場へ。
雨が心配だったのですが、幸い売り出し時間帯は雨にたたられなかった。
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by tiaokumura | 2009-07-25 17:35 | 日本語教育 | Comments(2)

明日7月25日は古賀政男31回忌

昭和歌謡曲界の巨星古賀政男さんが亡くなられて明日で31年になる。
古賀政男は1904年11月18日、福岡県田口村に生を享ける。7歳で父を亡くした正夫(本名)は、朝鮮半島(韓半島)に渡り、その多感な少年時代を過ごす。仁川で京城(現ソウル)で、正夫はきっと朝鮮半島の風景や時に激しく時に哀しい朝鮮音楽の影響を受けているのでしょうね。古賀が大正琴マンドリンに出会ったのは朝鮮時代です。京城で学校を終えた正夫は、帰国し大阪で働いたあと上京し明治大学に入学。明治大学マンドリン倶楽部で活動し、卒業後は日本コロムビア入社。作曲家デビュー後、1931年『丘を越えて』『酒は涙か溜息か』、1932年『影を慕いて』などが次々とヒット。戦争責任を問われた音楽家が何人もいた中で古賀は、戦前戦後と多くのヒット曲を飛ばす。いわゆる「古賀メロディー」は5000曲にも上るそうです。50年弱の作曲家活動ですから、年平均100曲近い。
ちゃんとした「古賀政男伝記」ってあるんでしょうか。古賀の作曲家としての才能はどのようにして磨かれたんでしょうね。
「古賀メロディー・僕のベスト10」を選ぼうと思ったのですが、数多い曲から選抜するのは無理。そこでまず、戦前戦後各7曲選んでみる。リリース順で歌手も併記。本当なら作詞家も書くべきですが調べ切れないのでカットします。ご容赦を。
<戦前>①丘を越えて(昭和6年1931藤山一郎) ②影を慕いて(1932藤山) ③サーカスの唄(1933松平晃) ④東京ラプソディ(1936藤山) ⑤人生の並木道(1937ディックミネ) ⑥人生劇場(1938楠木繁夫) ⑦誰か故郷を想はざる(1940霧島昇)
<戦後>①湯の町エレジー(1948近江俊郎) ②三百六十五夜(1948霧島・松原操) ③ゲイシャ・ワルツ(1952神楽坂はん子) ④無法松の一生(1958村田英雄) ⑤柔(1964美空ひばり) ⑥悲しい酒(1966美空) ⑦浜昼顔(昭和49年1974五木ひろし)
以上14曲を基に僕が選んだ「古賀メロディーベスト3」を、YouTubeの映像で以下にお送りします。55歳以上じゃないと琴線に触れてこないでしょうが、どうぞ古賀政男の世界をご堪能ください。
古賀政男、昭和53(1978)年7月25日永眠。享年73歳。

人生劇場:作詞佐藤惣之助、歌楠木繁夫(昭和13年1938)・村田英雄(昭和34年1959)

高校生の頃、尾崎士郎『人生劇場』とこの曲で早稲田大学政経学部に入りたいと思った。私学に進学できるような家庭じゃなかったので断念。映像中の古賀(71歳)の涙、感動します。伴奏を無視した村田御大の歌いっぷりはちょっと笑っちゃいますが^^、『人生劇場』の戦後リヴァイヴァルは村田の功績大でしょうね。映画『人生劇場 飛車角』(1963年。監督・沢島忠、飛車角・鶴田浩二、宮川・高倉健)も名画です。

ゲイシャ・ワルツ:作詞西条八十、歌神楽坂はん子(昭和27年1952)

僕が小学生の頃の歌謡曲。「体は売っても心は売らぬ」芸者魂、なんとなく隆信少年にもわかったんでしょうね。もう一つ、男女の性愛もこの曲に感じ取ったのかもしれない。意外に思われるかもしれませんが大好きな曲です。この映像のはん子お姐さんは、今で言う「アラフォー」です。お色気にぞくぞくっと来ますね^^。

浜昼顔:作詞寺山修司、歌五木ひろし(昭和49年1974)

古賀晩年のヒット曲。佐藤惣之助にしても西条八十にしても寺山修司にしても、古賀はずいぶんすごい作詞家と組んでいる。寺山との場合、コンビを組むまでにどんな経緯があったんでしょうね。興味深いところです。なお古賀とは関連しませんが、『時には母のない子のように』(カルメン・マキ)は1969年、寺山の没年は1983年です。
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by tiaokumura | 2009-07-24 19:01 | 音楽 | Comments(4)

ふるさと富山関連本2冊

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昨日の日食、ご覧になりましたか? 僕は11時頃、仕事をほっぽり出して(汗)、表に飛び出しました。向かいのビルの駐車場で下敷きを持ったご婦人方が数名おられたので、僕も見せていただこうとすり寄った(激爆)。そうしたら、その方たちは学研教室の先生方のようで、中のお一人が下敷きを貸してくださるとおっしゃる。自分の身元を明かして下敷き2枚借りました。富山国際学院に取って返して、授業中のクラスをノックして「日食、見ようよ」と学院生たちを引っ張り出す。授業妨害なんて学院長にあるまじき行為だったかもしれんけど(大汗)、46年ぶりですもんね。そんな「日食」を日本国富山で見たという経験は、彼ら・彼女らに有益だと思うけど・・・。厚手の黒い下敷きを通して、左4分の1の三日月状の太陽、はっきり見ました。次は26年後に富山で見られるとのことですが、26年後・・・ワシ、この世におる保証、全然ないし^^。

最近知った言葉に「ウイズ・エイジング」というのがある。どこかの大学の先生が提唱されているっての、いつだったかの朝日新聞に出てました。自覚してなかったことが他人から言語化(定義づけ)されると、ぼやけてた焦点が定まるような効果があると思う。なんと言っても言語の力は大きい。「アンチ・エイジング」なんて大っ嫌いな僕は、「ウイズ・エイジング」という言葉を知って「わが意を得たり」でした。ウエストが82で髪もどんどん白くなり記憶力低下が著しく顔にシミも増えている自分-でも「アンチ・エイジング」なんて無駄な抵抗はしたくない。「お若いですねぇ」なんてちっとも褒め言葉じゃないのではないでしょうか。年相応に生きるのが人間として生まれて自然な生き方。「ウイズ・エイジング」、いいですねぇ。
こうして加齢一直線をよろよろ歩んでいる^^自分には、年齢とともに「ふるさと愛」が強まっていると自覚する。「ハイマートロスト」な方も世界には多いでしょうが、その点、僕は生まれ故郷でどうやら死を迎えそうなので、「幸せ者」の部類に属するのでしょうね。
写真の2冊、「僕のふるさと=富山」関連本です。

写真で下になっている本は、『保存版 ふるさと富山市』(郷土出版社。2009年7月18日)。「平成の大合併」とやらで、婦負郡八尾町も上新川郡大山町も富山市に編入です。「風の盆」も「立山」も「有峰」(『天の夕顔』に有峰が出てくる)も「牛岳スキー場」も、今や「富山市」です。それって時代の流れでしょうがないことなんでしょうね。「富山市」は都道府県庁所在地の中では有数の面積を誇るそうです。
同書、「カラー口絵」「富山市120年の歩み(全6章)」「富山市略年表」「資料編」などで構成。「資料編」の「ふるさとに輝く人々」には、安田善次郎・山田孝雄・太刀山峰右衛門・梅ヶ谷藤太郎・黒田善太郎・馬場はる・川崎順二・滝口修造・萩野昇・角川源義ら。
「平成の大合併」がなければ、この本のヴォリュームは3割減だったかもしれません。そんな「ひかれものの小唄」はここだけにして^^、まぁ、便利な本ではあるでしょうね。

写真で上になっている本は、『富山のふるさとキーワード』(北日本新聞社。2009年7月4日)。項目は、「アームストロング」から「割山森林公園」まで。ネット時代なので関連サイトのアドレスもあると便利なんでしょうが、まあそれは自分で検索したほうがいいことなんでしょうね。
巻末に「富山県基礎データ」「「統計データ集」「日本の中の富山」「検定問題」など。何年か前からはやりの「ふるさと検定」の一つが「越中ふるさとチャレンジ」です。僕は第1回(2006年)を富山大学で受検し、みごと?合格しました。第2回から「中級」も新設され、5年以内に僕もチャレンジしてみたい。

当ブログ、実に久しぶりに1週間連続投稿です。今月はなんとか1か月20記事投稿が可能なようです。
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by tiaokumura | 2009-07-23 20:42 | 富山 | Comments(4)

本3冊

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最後に一日30分以上TVを観たのは、あれは『遥かなる絆』第5回になるだろうから、かれこれ3か月近く前になるでしょうか。TVを観なくて困ることはあるか。格別ないんですねぇ。今担当しているクラスの授業でTVネタが必要になることはほとんどないし、教員室でもTVが話題になることはほとんどない。
TVを観ないことは、そんなわけで僕の日常生活に支障はない。だが、ボクのような活字人間は「本屋さんに行けない」ってぇのは苦痛。近所の博文堂さんには売掛で本を届けていただいているので、毎月上旬その支払いで訪れていますが、他の本屋さんにはとんと足が遠のいている。「これじゃいかん、自分が壊れそー(大袈裟な^^)」ってぇので、先週金曜日に勤務先近くの本屋さんに、昼食時間を利用して行って来ました。7月初めての本屋さん探訪になるか(恥)。でも、これはって本は見当たらなかった。このブログで『1Q84』は買わないって宣言しちゃってますもんね、買えません^^。で、購入した本が写真の3冊です。

「開港150周年 横浜を旅する」(『一個人』臨時増刊号)
本書(「ムック」になるんでしょうか)、「横浜の歴史を知る」「横浜の食を愉しむ」「至福のミュージック&ミュージアム」「横浜の街を散策する」の4部構成で、横浜の昔と今についての情報がコンパクトにまとまっています。僕はこの夏、幕張の後に横浜に2泊を予定しています。本書、旅先にも持って行こう。
1968年に岩波書店から刊行された岩波書店編集部・編『近代日本総合年表』は、僕が何度も引越しした中でも捨てることはせず、今も手元に置いて重宝している。たぶん今は増補版も出ているんでしょうね。同書は1853(嘉永6)~1967(昭和42)をカヴァーしています。歴史というものはきっとそうなんでしょうが、一夜にして全てが変わるということはあり得ない。一人の人間の営みが死によって断ち切られるのとは異なって、歴史は地下水脈であれ地上の奔流であれ脈々と連続する。8月15日だってそうだったし、ましてや「明治維新」で始まると思われがちな日本の近代国家化も、江戸時代のさまざまな遺産があればこそ、その蓄積の土壌の上に花開いた。もしそんな土壌がなかったら、日本みたいな東洋の小島国なんて、欧米に好きなように蹂躙されてたんじゃないでしょうか。同書の「索引」では「横浜-」で始まるエントリーは30ほどあります(索引p.75)。その内19世紀分の主な項目を50音順で以下抜き出してみよう。「横浜株式取引所」「横浜為替会社」「横浜生糸改会社」「横浜クライストチャーチ」「横浜港築港」「横浜商業会議所」「横浜正金銀行」「横浜上水道」「横浜製鉄所」「横浜駐屯軍隊引揚」「横浜手形交換所」「横浜貿易商組合」「横浜毎日新聞」など。こうやって列挙するだけで、産業・インフラ・金融経済・貿易・外交・軍事・ジャーナリズム・キリスト教など、日本の近代化にあたって横浜が果たした役割の大きさが窺い知れる。
前段との関連で、「江戸時代のさまざまな遺産」の一つについて書く。明治5(1872)年の学制頒布でストップするのでしょうが、それまで実に多くの藩校の改革・設立がある。全部合計してないのですが、1853年の6藩から1871年の6藩まで総計200近いんじゃないでしょうか。藩校以外にも適塾もあるし寺子屋もある。こういう教育を重視する風土も近代化の土壌と言えるでしょうね。
本書のp.9に「ペリー提督のいろんな顔」が出ています。日本人って好奇心と想像力に満ちた民族なんでしょうね。山海経か三国志に出て来そうな顔^^もあれば、鼻が極端にデフォルメされた似顔絵もある。浦賀に黒船が出現したときは、びっくら仰天した我らがご先祖さまですが、やがて「怖いもの見たさ」あるいは「物見遊山」気分で、日本各地から続々と野次馬が集まってきたんでしょうね。そしてそういう連中は地元に帰って尾鰭をつけて物語る。珍しいもの・新しいものが好きで、熱しやすく冷めやすい民族性躍如。一方で、こっちのほうが日本の近代化により深く関わってくるのですが、黒船体験を通じて日本の行く末に思いを馳せた青少年たちもいた。
横浜に行ったら、ジャズも聴きたい。上海も横浜もジャズが似合う街。本書の「横濱JAZZ物語」には、「BarBarBar(関内)」「ドルフィー(桜木町)」「上町63(馬車道)」「KAMOME(馬車道)」「よいどれ伯爵(関内)」が取り上げられている。今年の「横濱JAZZプロムナード(10月10日・11日の予定)」には秋吉敏子が出演予定だそうです。
ほんの短い滞在のこの夏の横浜で、「日本の近代とは何であったのか・どこから日本は方向を見誤ったのか」について、浜風に吹かれながら考えてみようと思っています。でも、現時点で思っているだけで、いざ現地に着いたら飲んで食べて遊びほうけちゃうこと必定(恥)。

写真のあとの2冊は「数独」。僕は「数独」についてこのブログで長らく触れていませんが、中断しながらも「数独」は続けています。「数独」(SUDOKU)はニコリ社の商品登録でしょうね。別の会社では「ナンバープレース」などの名称も。ルールは同じです。僕は「数独」で言うと、中級(~レベル6)は9割以上はクリアでき、上級(レベル7~)はまだ1割程度のクリア率。
以前ほどはハマっていませんが、「数独」は今後もまだまだ続けそうです。
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by tiaokumura | 2009-07-22 20:31 | | Comments(6)

Summertime


皆様のところは梅雨明けなさいましたか。残念ながら富山はまだです。7月下旬には海水浴に行って日焼けするのが僕の例年のパターンなんですが、まだ今年は海に行っていません(泣)。今日7月21日の富山は、時折激しい雨。梅雨明けはまだまだなんでしょうか。緯度が高いので日食も無縁なんでしょうか。
本格的な夏が待ち遠しい今日この頃です。日焼けは皮膚ガンになりやすいとか言いますが、どうなんでしょう。夏に1回は海で焼くのが僕の人生の楽しみの一つです。

井上陽水『少年時代』も夏に聞きたい曲ですが、”Summertime”も夏向け必須曲。オリジナルはジョージ・ガーシュイン(George Gershwin1898-1937)のオペラ『ポーギーとベスPorgy and Bess 1935』中の曲。作詞はデュボース・ヘイワード(DuBose Heyward1885-1940)。
この曲、いろんなミュージシャンがカヴァーしてスタンダードナンバー。ジャズではジョン・コルトレーン(John Coltrane1926-67)、マイルス・デイヴィス(Miles Dewey Davis Ⅲ1926-91)、エラ・フィッツジェラルド(Ella Jane Fitzgerald1917-96)、ビル・エヴァンス(Bill Evans1929-80)、ハービー・ハンコック(Herbie Hancock1940-)など。でもカヴァー中の白眉が今回アップしたジャニス・ジョプリン(Janis Joplin1943-1970)でしょうね。

Summertime,/And the living is easy/Fish are jumping,/And the cotton is high//Oh your daddy is rich/And your ma is good looking/So hush little baby/Don’t you cry.
夏になったら/暮らしは楽チン。/魚飛び跳ね/綿の木伸びる。/父ちゃん金持ち/母ちゃん美人。/だから、いい子で/泣かずに寝んね(奥村私訳
オペラ中ではクララが歌う子守唄なんですが、ジャニスにこうやってブルース・ロック風にシャウトされたら(歌詞も改変?)、寝てる子も起きちゃうかも(激爆)。

「グローナルンド(緑の島)」はストックホルムにある遊園地。Wikipedia(ENGLISH Ver.)によれば、開園が1883年(明治16年!)で、現在は全部で30の乗り物(the tunnel of love, three roller coasters, handmade carousel pigsなど)があるそうです。この遊園地はロックやポップスのコンサート会場としても使われ、Bob Marley(1945-81)は1977・1978・1980年と公演し、1980年の観客動員数27000人は同遊園地でのライブ動員数史上1位だそうです。Janisの時はどのくらいの観客だったんでしょうね。

1969年。この年Janisは北米・ヨーロッパツアー、8月には伝説のWoodstockに登場、ただしヘロインとアルコール漬けで。年末にMadison Square Gardenでコンサートを行った後、JanisはKozmic Blues Bandと別れる。そして彼女の最期の年1970年を迎える。1962年12月のデモテープ”What Good Can Drinkin’ Do.”から数えても1970年10月4日の死までわずか8年足らずの音楽活動で、Janis Joplinは砕け散った。
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by tiaokumura | 2009-07-21 19:07 | 音楽 | Comments(0)