<   2008年 08月 ( 33 )   > この月の画像一覧

鈴木忠志さん、ご挨拶@野外劇場・舞台

f0030155_220914.jpg
(8月31日夜・記)
8月30日夜、『シラノ・ド・ベルジュラック』終演。花火の余韻の中、鈴木忠志さん(1939-。静岡県出身。早稲田大政経卒)のご挨拶。
今回鈴木さんのスピ-チは3回聴いた。各回5~10分か。1回目は『サド侯爵夫人(第2幕)』上演前に、三島のこと・西洋演劇のこと・新利賀山房のことなど。2回目は『シラノ~』上演前に、日本の西洋受容・日本人論・彼の演出ストラテジーなど。そして3回目が写真のスピーチ。
写真(ケータイカメラのせいか写りが悪いですが、実際はもっと明るかった)のスピーチで鈴木さんは、早稲田小劇場時代、利賀を拠点にした活動開始の頃、岩波ホール芸術監督・静岡県舞台芸術センター芸術総監督のこと、地方からの文化発信などを語られた。スピーチ中には、今は故人である勅使河原宏(1927-2001)、寺山修司(1935-83)、観世栄夫(1927-2007)、イサム・ノグチ(1904-88)らの名も。鈴木さんが今後の利賀での活動についての意思表示をされる度に、観客席からは掛け声・拍手。
『シラノ~』は、10月に中国である演劇祭のオープニングを飾るそうです。かの地で鈴木演出作品はどのような反響を呼ぶのでしょうか。興味深いところです。セリフ中の「ことば遊び」部分は理解されるの難しいでしょうね。

鈴木さんのご挨拶の後、舞台上で日本医師会会長(?)による鏡開き。劇団員が柄杓ですくった美酒を僕もほんの一口ですがいただきました。

僕の長年の夢であった「利賀」、今夏ようやく実現。「世界は日本だけではない 日本は東京だけではない この利賀村で世界を生きる」がSCOT Summer Season 2008のコンセプト。
来夏は、叶うことなら、『世界の果てからこんにちは』やスズキ・メソッド訓練風景が観たい。
そして、今回の鈴木さんの口からは一切出てこなかった名前なのだが、白石加代子(1941-)が観たい。「鈴木忠志+白石加代子」はもうこの世では観られないのだろうか。

10時半過ぎ、富山駅北口行きの加越能バスに乗り込む。12時半前、富山駅北口着。富山国際学院まで歩き、その後帰宅。
[PR]
by tiaokumura | 2008-08-30 22:00 | 富山 | Comments(0)

喬三(シラノ)、花火の中、花道を退場す

f0030155_21572364.jpg
(8月31日夜・記)
鈴木忠志版「シラノ・ド・ベルジュラック」
尼になったロクサアヌシラノ(喬三)の許にやって来る。「クリスチャンの」ロクサアヌ宛ての恋文についてのやりとり。ロクサアヌの追究にも頑として自分の手になるものとは認めないシラノ。男の美学。やがてロクサアヌが去った後、シラノの死。
文机に突っ伏した喬三(シラノ)。やがて彼は立ち上がり傘を持ち花道へと進む。盛大な打ち上げ花火・しかけ花火。

鈴木版『シラノ~』は二重構造というのか入れ子式になっている。ボクのような素人には、筋はなんとか追えても、その構造はなかなかわかりにくい(恥)。
僕はドラマトゥルギーについても全くの素人なのだが、鈴木劇を観ててズズキメソッドの一端には触れられたと思う。
俳優の発声。鍛えられた音声器官は、(こういう言い方は性差別なのかもしれないが)女優も男優のような発声に感ぜられる。
劇中随所で見られる静止ポーズ。それは時には数分間にも及び、三列目で観ている僕の目にはその手足も表情も全く動かないように見えた。
訓練された足捌き。すり足あるいは舞い足。
なんでこの曲と思うようなバックミュージック。
スズキメソッドについてはこのブログのここに少し書いておきました。
[PR]
by tiaokumura | 2008-08-30 21:57 | 富山 | Comments(0)

天竺温泉

f0030155_11574795.jpg
(8月31日午後・記)
旅慣れていないので、旅行では毎回必ず3つ以上失敗がある。今回の「利賀」ではいきなり大失敗。事前にネットで調べたところによると、八尾から利賀まで11時台・16時台にバスが各1本ずつある。で、8月30日、家を9時半頃出て、富山国際学院に車を置いてJR富山駅へ。高山線に乗り八尾10時半頃着。八尾駅の改札で駅員さんにバスのことを聞いたら、な・な~んと9時頃にバスは出てしまっていて次のバスは午後4時過ぎだというお返事。ネットでは11時台にあることになってたのに(泣)。調べ方が悪かったか(データ掲載が古いものだったみたい)。う~ん、学院生には「ネット情報、鵜呑みにしたらダメだよ」とかエラソーに言ってるのに、これじゃ「紺屋の白袴」ですね(恥)。
八尾駅前のタクシー乗り場。利賀までのタクシー料金を聞いたら「1万円くらい」とのこと。お財布の中身を調べると、なんとかあることはある。ハムレットみたいな心境2分^^くらいの後、清水の舞台から飛び降りるような気分でタクシーを頼む。ま、負け惜しみじゃありませんが、車中、運転手さんから「おわら風の盆」のことや八尾・利賀のことなどたくさん伺えたし、車から見る景色も堪能できたし、また利賀に着いてからもいいいことがいくつもあったので、タクシー代=授業料(僕には高すぎであることは間違いないけど)、ま、ペイできたか。

八尾→利賀、車で約30分。昼前に利賀芸術公園に着く。雨模様。時間が早すぎて、まだ観客っぽい人は数人。運がいいことに、鈴木忠志さんに会えた。
休憩室で地元のボランティアの方々とお話少々。僕の当初のつもりでは、この日早くに利賀入りし利賀の村を散策と思っていたのですが、僕の行こうと思ってた「瞑想の郷」などは、利賀芸術公演からでは徒歩で2時間くらいかかると言うことで断念。観光地図を見てたら、近くに温泉発見。利賀芸術公演から徒歩20分くらいとのことで、入浴しに行くことに。ボランティアスタッフの方が、入湯料600円が500円になる優待券をくださった。ラッキー♪

百瀬川を右に見て川沿いを歩く。やがて前方に「天竺温泉の郷」の看板、橋。橋を渡らず左に折れ坂道を登る。やがて右手に「天竺温泉」の建物いくつか視界に現れる。「天竺」ですもんね、すごい(爆)。かつては都人からは「天竺」だったんかもしれませんね、利賀は。
受付で利用方法など伺う。
写真には写ってませんが、右手に露天風呂があります。露天風呂から見る風景もすばらしい。借景ってことになるんでししょうね、山々木々。ボクは烏の行水男^^なんですが、屋内風呂と露天風呂と合わせて30分くらい入っていました。この間、僕以外に客は2人のみ。
風呂からあがって昼食。同施設内にレストランがある。ざるそば+岩魚塩焼き+生ビール
食後、休憩室(無料)で読売・日経。読売の辻井喬・堤清二回顧録「叙情と闘争」、先週に続き森有正。森がパリの教会でバッハのオルガン曲を演奏することなど。「僕にとって音楽は、ことにバッハの音楽は経験なんだ。その純粋さにおいて人生を定義する経験なんだ」、「一人ぐらいヨーロッパの思想を体で吸収した人間がいてもいいと思っています」と、森は堤に語る。

開演まで時間がまだたっぷりあるので、天竺温泉の休憩室で昼寝でもと思ったのだが、他の客のいびきがものすごい。たまりかねて^^3時頃に天竺温泉を後にする。
[PR]
by tiaokumura | 2008-08-30 11:57 | 富山 | Comments(0)

シラノ・ド・ベルジュラック@野外劇場

f0030155_11115639.jpg
(8月31日午後・記)
-以下は8月30日のパンフレットなどに拠る-
鈴木忠志演出作品
シラノ・ド・ベルジュラック
SCOT
2008年8月30日午後8時30分開演 野外劇場
原作エドモン・ロス
出演者
新掘清純(喬三(シラノ)) 内藤千恵子(ロクサアヌ) 藤本康宏(クリスチャン)他総勢16人
花火師前田徹(他7人)
演出ノートより(抄)
・・・あれこれと考えて稽古をしているうちに、ロクサアヌとクリスチャンを実在の人物にするのではなく、主人公シラノの幻想として舞台化するのが良いという結論にいたった。・・・そして、物語はフランス的、音楽はイタリア的、背景や演技は日本的といった組み合わせによって、舞台化を試みてみた。思えば日本人は明治維新以来、西洋文化に憧れすぎたために自らの居場所を見失い、虚しいミスマッチというべき文化活動をつづけてきた。そのミスマッチを、もうそろそろ偉大でかけがえのないミスマッチにして、世界共通の財産にしなければならないというのが、舞台芸術家としての私の仕事でもあると思っている。

野外劇場
設計磯崎新、竣工1982年。第1回世界演劇祭のメインの施設として建設された古代ギリシャに原形を求めた本格的な野外劇場。舞台は、「橋がかり」「脇柱」「笛柱」など能狂言の様式を採用している。池に浮かぶ自然石オブジェは勅使河原宏の作品。収容人員800人。
[PR]
by tiaokumura | 2008-08-30 11:11 | 富山 | Comments(3)

サド侯爵夫人(第2幕)@新利賀山房

f0030155_11101764.jpg
(8月31日午後・記)
-以下は8月30日のパンフレットなどに拠る-
鈴木忠志演出作品
サド侯爵夫人(第2幕)
SCOT
2008年8月30日午後6時開演 新利賀山房
三島由紀夫
出演
高野綾(サド侯爵夫人ルネ) 久保庭尚子(ルネの母親) 大桑茜(ルネの妹) 内藤千恵子(サン・フォン伯爵夫人) 蔦森皓祐(演劇研究者)
衣装デザイン鈴木忠志
テキスタイル堀内織江
美術戸村孝子
陶器黒田泰蔵
初演の演出ノートより(抄)
・・・私(鈴木忠志のこと-奥村注)は・・・静岡県舞台芸術センターの芸術総監督という役職を退任した。精神「やくざ」である一演劇人(鈴木忠志のこと-奥村注)としての再出発を決意して、この偉大なる先輩「やくざ」(三島由紀夫のこと-奥村注)に立ち会ってみたのが、この舞台だと思っている。テキストはそのままだが、演出的な処理は三島由紀夫の指定どおりではない。彼の好きな言葉をかりれば、これも演出家としての「男の意地」である。・・・

新利賀山房
設計磯崎新、竣工1994年。間口16間半・奥行き7間半の合掌造りの劇場。収容人員400人。舞台から客席最後部まで約6.6mという近距離で、俳優の動きが身近に感じる劇的空間となっている。
[PR]
by tiaokumura | 2008-08-30 11:10 | 富山 | Comments(2)

(ほんの束の間ですが)「越中おわら風の盆」をご堪能ください

以下(順不同)は、YouTubeから抄録しました。
風の盆は、毎年9月1・2・3日の3日間、東町・西町・今町・上新町・鏡町・下新町・諏訪町・西新町・東新町・天満町(以上旧町内)及び福島で行われます。
(この記事は8月30日の投稿ですが、9月3日までトップに置いておきます)
諏訪町

福島

今町

西町

夜明けの「おわら」

[PR]
by tiaokumura | 2008-08-30 10:00 | 富山 | Comments(4)

映画『八月の濡れた砂』(予告篇)-未成年者アクセス不可-


今日、富山国際学院で仕事をしていて「もう8月も終わり」って話題にしばしなった。そうなんですよねぇ、もう8月も残りわずか。当地の場合、気温も朝晩は涼しくなってきたし、日が暮れるのも早くなってきた。こうして2008年も終わってしまうかと思うと若干の「恐怖」も^^。

「8月」と言うことで、YouTube貼り付け第2弾は、映画『八月の濡れた砂』(予告篇)にしました。僕には日本映画史上TOP10に入る名画なのですが、SEXや暴力に関係するシーンもありますので、未成年者は見ないでください

映画基本情報
1971年8月25日公開(今から37年前の映画ということになります)
監督・脚本:藤田敏八
(脚本は他に大和屋笠も参加)
撮影:萩原憲司
主な出演者
広瀬昌助、村野武範、テレサ野田、藤田みどり、八木昌子、地井武男、山谷初男、原田芳雄、渡辺文雄
主題歌八月の濡れた砂(作詞・吉岡オサム 作曲・むつひろし 歌・石川セリ)
キーワード:日活青春映画 日活ロマンポルノ 70年代 シラケ世代

主題歌は石川セリ(現在は井上陽水夫人)です。「ダンスはうまく踊れない」もそうですが、独特の歌い方。歌詞の1番は以下の通り。
あたしの海を まっ赤に染めて/夕日が血潮を 流しているの/あの夏の光と影は どこへ行ってしまたの/悲しみさえも 焼きつくされた/あたしの夏は 明日も続く
「あの夏の光と影は」のフレーズが、僕以外も感じられたかと思うのですが、石川セリの歌い方では「あの夏の光トカゲは」って聞こえた記憶が今では懐かしい(激爆)。

DVDで出てるんでしょうか、また観てみたい映画です。
封切から37年、この映画の関係者で故人になられた方も何人かおられることでしょう。藤田敏八監督は1997年8月29日に65歳で亡くなられました(明日が祥月命日)。ここに謹んで亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。
[PR]
by tiaokumura | 2008-08-28 19:31 | 映画 | Comments(2)

鄧麗君(邓丽君 テレサ・テン)『梅花』



このブログはエキサイトブログなんですが、YouTubeが貼れるようになりました!
このブログのYouTube貼り付け第1号は、いろいろ迷ったのですが、
鄧麗君(テレサ・テン)『梅花』
にしました。
僕がほぼ毎日ご訪問させていただいている
Meiさんのメモ帳(jp/cn)
で初めて知った曲です。
鄧麗君(テレサ・テン)『梅花』は、よほどガチガチの中国共産党員でなければ、大陸人も台湾人も世界各地に住む華人もみんな大好きな曲です。
画面中央または画面下のバーの左にある「横▲」をクリックすると、動画が再生されます。
[PR]
by tiaokumura | 2008-08-27 21:10 | 音楽 | Comments(0)

名古屋出張

f0030155_13142653.jpg
(8月26日夜・記)
8月22日午後6時半頃、翌土曜日の名古屋での会議が急遽決定した。名古屋出張が前夜に決まるなんて、オクムラくんもいっぱしのビジネスパーソンになったもんです(嘘爆)。
ここのところ名古屋出張は高山線利用が続いていたので、今回は久しぶりに米原経由にした。
富山駅近くのコンビニで朝食及び読売・日経購入(家から朝日持参)し、富山発7:11の「しらさぎ4号」に乗車。そのまま乗ってれば名古屋が終点なんですが、少しでも早く名古屋に着いて会議を始めるってぇことで、米原で「ひかり410」に乗り換え、名古屋着10:21予定。しらさぎに乗ったままより10分くらい早く着く計算かなぁ。
その日の朝(または前夜遅く)富山を立って、午前・午後と現地で仕事をして、その日の内に(深夜も含む)富山に帰れる、ってのを「日帰り圏」と定義するなら、富山は東京も名古屋も京都も大阪も「日帰り圏」です。富山のロケーションは便利なのでしょうが、う~ん、たまには名古屋泊まりたい。名古屋、ここ1年で8回くらい行ってるでしょうか、ぜ~んぶ日帰りですもんね。ゼータク言えない身分なんですが^^、1回くらい名古屋の「モーニング」ってぇのを経験してみたい。

しらさぎ4号車中。朝食・新聞。日経の「世話になった時、謝礼は?」って記事もおもしろかったけど(日経はいつも興味深い記事が多いのですが、この日はあまりなかった)、読売の2本がおもしろかった。
1本はシリーズ「教育ルネサンス キャンパス探訪」の「共愛学園前橋国際大学」編。この大学、昨年度B組(担任)の進路指導でMさんに勧めて合格・進学。入学後もアパートの保証人をやってあげてる関係で彼女から連絡が来るのですが、「先生、とてもいい大学です」とよく言っている。正直言うと、ほとんど知らない大学でした、ここ。同大学は「大学基準協会」の適合認定も受けている、きめ細かい教育指導ができている大学。「377ある授業のうち50人以下のクラスが9割を占め、100人超は1クラスだけ」(同記事)だそうですから、すばらしいですよね。Mさんの進路指導、成功してる(もちろん彼女の卒業までまだ先があるけど)のは、元担任として嬉しい。彼女にはバレンタインデイにチョコもらって(照)、お返しに朔太郎の詩が入ったCD付きアンソロジーをホワイトデイにあげました。前橋ったら萩原朔太郎ですもんね。今年もB組担任なんですが、また「共愛学園前橋国際大学」進学者を出したい。
読売もう1本は、辻井喬・堤清二回顧録「叙情と闘争」。この回顧録、この間は三島が出てきてたが、今回は読み進むうちに最後のほうに森有正が出てきた。最後から3段落目が
そんな日本人の“常識”に反する一人に、東京大学のフランス文学の助教授だった
で始まり、読んでいく内に「あっ、森有正のことだ!」とわかった。彼の名前が出てくるまで6行使ってるんですもんね、辻井は。おしゃれと言うかスリリングな書き方です(爆)。毎週土曜日の連載なので8月30日も読売買おうと思う。
朝刊3紙読み終わる頃が「芦原温泉」駅。これで米原までの半分くらいでしょうか。車窓の景色には興味がないので(ごめんなさい、沿線の方々)、今回の旅のお供に持参した
千葉俊二編『江戸川乱歩短編集』(岩波文庫。2008年8月19日第1刷。800円+税)
を取り出す。注文しててつい先日博文堂さんから配達されてた。
江戸川乱歩とは小学生中学年あたりで出会ったか。もちろん「怪人二十面相」シリーズ。ポプラ社かどっかだったんかなぁ、少年向けのハードカヴァーの本。その1巻だったか、あるいは少年サンデーだったか、乱歩の書斎の写真を見た記憶がある。灯りがローソクで不気味・怪奇さが少年にも伝わった。たぶん「幻影城」だったんでしょうね、そこ。確か立教大学が乱歩の居宅を買い取ったやに聞く。
岩波が「江戸川乱歩」を出すのだから、ボクなんかにはちょっとした驚き。もうそういう時代で、そういう乱歩評価なんでしょうね。この短編集はデビュー作の『ニ銭銅貨』を始め『D坂の殺人事件』『心理試験』『屋根裏の散歩者』『人間椅子』『押絵と旅する男』などどれも傑作ばかりで、僕自身これまでに10回以上は読んでる作品群なんですが、こうしてまた読み返してみても「わくわく感」は前とほとんど変わらない。『押絵~』には魚津の蜃気楼が出てくるのですが、今までは読み過ごしてた細かい描写も、この年齢になってようやくわかる、なんてのもある。また、大学生のときには未知だったであろうSM(『D坂の殺人事件』)、フェティズム(『人間椅子』)など、よくもまあ乱歩が大正時代にここまで描ききっていたものだと感心するばかり。そういう世界が理解できるようになったボクも、それなりに「おとな」になったんだろうけど(爆)。
今回読み返してみて、数年前に全集が文庫本化されて読み返したときも思ったことなんですが、乱歩の文体及び表現の特徴、日本語の時代差。
「古典とは何度読んでも新しい発見がある」とか言いますよね、乱歩も今や「古典」なんでしょうね。

今回しらさぎに乗ってて気になったことが一つある。車内放送で「風の盆」を宣伝してたのはよいのだが、「おわら風の盆」を「おもしろおかしく踊る」と言っていた。耳がそろそろ危なくなったボクですが(恥)、放送2回ともそう言っていたので、まちがいない。
JRに断固抗議したい。風の盆は「おもしろおかしく踊る」のでは断固としてない。歴史を遡ればエロティックで野卑な踊り・唄の時代もあっただろうが、松本勘玄・江尻豊治・川崎順二・小杉放庵・吉井勇ら先人の高い美意識により現在の洗練された踊り・唄になったのである。それをあなた^^、「おもしろおかしく」なんて言われたんじゃ、八尾町民から訴えられますゼ(←脅迫です^^)。JR関係者がこのブログをご覧になってたら(そんな可能性、ゼロに近いけど^^)、即刻「おもしろおかしく踊る」というフレーズをカットしていただきたい。
今年9月3日午後10時過ぎ、僕は親友けんけんと、風の盆に行く予定。3日目が終わって観光客がほとんど帰ってから、地元の方々は「自分たちのためだけに」、踊り唄い演奏される。これが(僕は初めて行くのですが)すばらしいんですね。もちろん地元の方々の邪魔にならないよう、マナーをきちんと守って拝見拝聴しなければなりません。

名古屋では10時半から4時半まで会議
昼食はインドカレーのお店。写真左は丸山先生、右は田中さんです。
インドカレー、ナンが熱くって指先をしばしば耳たぶに当てていただきました。辛さは僕にちょうど。
お店の名前忘れてしまって(恥)。「大名古屋ビルジング」か「名古屋駅」の地下にあるお店だと思います。

(8月27日夜・追記)
9月3日に行く予定だった「おわら風の盆」は都合により中止になりました。
次のチャンスは2009年9月3日(木)で、これはぜひ実現したく思っております。
(8月27日夜・追追記)
おわら風の盆」でYouTubeを検索すると100件ヒットします。玉石混淆なんでしょうが^^、中には若林美智子さん(胡弓)の町流し風景が見られるのもあります。
[PR]
by tiaokumura | 2008-08-23 13:14 | 日本語教育 | Comments(0)

ブチュ、研次と@カフェカナン(下北沢)

f0030155_2141113.jpg
(8月25日夜・記)
2日間の日程で行われた「日本語学校教育研究大会@国立オリンピック記念青少年総合センター」が8月19日午後5時前に終わった。
僕が上京したときはたいがい立ち寄る、下北沢にある「カフェカナン」に行こうと思った。会場のオリセン(略語)から小田急線・参宮橋駅に行き、参宮橋駅乗車、2・3駅先になるか、下北沢で下車。
とまぁここまで↑は順調だったのですが、やっぱ自分めっちゃ方向音痴、何度も行っているはずの「カフェカナン」、どう行くのかわからんようになった(恥)。小田急線下北沢駅の南口に出て、「さぁカナンに行くぞ、どうせすぐ近くだ」と多寡を括っていたのが失敗の原因。あれこれ歩いてみたのですが、一向に見覚えのある風景に出くわさない。小一時間も歩いたでしょうか、雨が降ってくるわ腹も減ってくるわで、カナン行きほぼ断念しようかと思った。で、なんかうまいもんでも食って再考しようと入ったお店が「多つ美」(変体仮名で書いてあった。正しくは違うかも)。僕よりちょっと年上の感じのお母さんのお店。生ビール2杯・おでん・焼き魚・手羽先焼きなど。お母さんに、「カナン」というお店に行きたいのですが道がわからなくなってしまって・・・などと事情を話す。カナンにTELすりゃ済むことなんですが、あいにくケータイに登録してなかったんですね、ボク。で、お母さんも親身にいろいろ考えてくださっている内に、僕、「あ、そうだ実弟にTELすりゃ、カナンのTELわかるかもしれない」っていうアイディアがヒット。実弟(このブログでは「のぶ」。兵庫在住)にTELしたら運良く彼がいて、それで事情を話す。彼、カナンのTEL知ってたんで大助かり。お勘定を済ませて「多つ美」を出る。ご主人が一緒に降りてきてくださって(「多つ美」はビルの2F)、「この道を行くんだよ」と教えてくださった。
このブログのご常連はご存知だと思いますが僕はメチャクチャ方向音痴。でも、こうやって旅先でいろんな親切な方に巡り逢えます。運がいい男なんでしょうね、僕は。

教えられた道を行くと、ものの10分もしない内に「本多劇場」が見え、そこからすぐのカナンに着く。
カフェカナン店主は研次。彼が中学生だったかの時に僕が働いていた「ハイランドロッヂ@長野県八方・名木山ゲレンデ」で会ったのが初対面。ハイランドロッヂの玄関を開けたとたんに、差し入れの日本酒1升瓶を落っことした、ってエピソード、確か研次(爆)。あの時は研次と僕はずいぶん年齢が離れているように思ったものですが、あれから30年以上経ってみるとあまり年齢差は感じなくなった(僕が「退化」しただけのことかも^^)。10代20代での1歳差は非常に大きな差として感じられるものだけど、40代50代60代と年齢が進むにつれて、3歳・5歳あるいは10歳でもさほど年齢差を感じなくなるんでしょうね。僕の実感です。
研次は、地元の下北沢が小劇場のメッカみたいになっているので、演劇情報を僕にいろいろ教えてくれる。カナンに行く楽しみの一つはそれです。僕のような田舎在住にはおもしろい話満載。永六輔さんもカナンのお客さんだそうで(他にも演劇関係を中心に有名人多数がお客さん)、先日永さんがカナンに現れた時、ちょうど研次が古本で永さんの本を入手していた。で、研次、永さんのその本に(仏教関係のタイトルの本だったと思う)サインをしていただいた。ここからがおもしろいのですが、永さんの署名入りのその本を僕も見せてもらったのですが、見開き左ページ中央下よりに永さんのサインで、それは当たり前なんですが、その上に三島由紀夫のサインや、かと思うとその右斜め上には唐十郎、更には右ページには井上ひさしのサインなど、計20くらいのサイン(寺山修司もあったかも)が散見できるではありませんか。研次の話ではぜ~んぶ永さんが書かれたそうです(爆)。「井上ひさし」は井上さんのマネージャーに見せたら「そっくり」だったそうです。

僕がカナンに行くってことがブチュにも伝わって、彼もカナンに来ることになった。研次と話している内に8時頃だったか、ブチュ登場。このブログの最近では「ジャニス・ジョプリン」記事中にブチュが出てきます。彼は僕より年下ですが(それでも彼は今ではもう50代!)、東京時代にいろいろ教えてもらっていた。特に、ファッション(JUN&ROPEやレイバン、帽子、インド更紗など)、音楽(ジャズ、ジョン・レノン、ジャニス・ジョプリン、レゲエ、りりい、山崎ハコ、浅川マキ、中山ラビなどなど)、漫画(ガロ、永島慎二、つげ義春など)は彼に教えられるところ大であった。

3人で写真。左が僕、真ん中がブチュ、右が研次

今回カナンに立ち寄ったのは、林玄さんの1周忌(9月23日)で我々はどうするかの打ち合わせもしたかったから。
当初9月23日上京だったのが、9月15日に上京することになりました、僕。その日は国分寺駅ビル内の「カフェ・デ・カフェ」の店じまい日。「カフェ・デ・カフェ」は林玄さんが理想を具現化するために造られた喫茶店だったと僕は理解している。午前「カフェ・デ・カフェ」に行って、その後林玄さんが眠っていらっしゃる「多磨霊園」(向田邦子他著名人のお墓がたくさんあるそうです)、それからポパイ吉祥寺でやっているプティット・メルヴィーユで集まり。僕は前後の日が仕事なんで往復とも夜行高速バスになりそうでいいささかきついですが、林玄さんにいただいたご恩義を考え、必ず9月15日は上京しようと思っています。
[PR]
by tiaokumura | 2008-08-19 21:41 | このブログのこと | Comments(8)