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楽しみな「フェルメール展」

6月27日の朝日新聞be Extraで「フェルメール展」の特集やってました。

フェルメール展 光の天才画家とデルフトの巨匠たち
東京都美術館 8月2日~12月14日
公開されるフェルメールの作品(製作年、ただし製作年の上2桁16は省略。所蔵)
マルタとマリアの家のキリスト(55頃。スコットランド・ナショナル・ギャラリー。日本初公開)
ディアナとニンフたち(55-56頃。マウリッツハイス王立美術館)
小路(58-60頃。アムステルダム国立美術館。日本初公開)
ワイングラスを持つ娘(59-60頃。アントン・ウルリッヒ美術館。日本初公開)
リュートを調弦する女(63-65頃。メトロポリタン美術館)
絵画美術(66-68頃。ウィーン美術史美術館)
ヴァージナルの前に座る若い女(70頃。個人。日本初公開)
他に「デルフトの巨匠たち」の作品が約40点。

ヨハネス・フェルメール(1632-75)は、ベラスケスやレンブラントの一世代年下、ムリーリョの14歳年下。他の3人と違ってフェルメールは長い間忘れられた画家だったが、トレ・ビュルガーが1866年に彼を紹介したのがきっかけで「再発見」され、その後世界中にファンを獲得するに至る。伊藤若冲の辻惟雄による「再発見」を連想させますね。ただし、ビュルガーの紹介した66作品のうち今日では33点しかフェルメール作品と認められていないそうです。フェルメールの作品で最も人気があるのは「真珠の耳飾りの少女(Girl with a pearl Earring)」(65頃。マウリッツハイス美術館)でしょうね。別名”Mona Lisa of the North”。この作品、僕は観ていませんが、1984年・2000年に来日しているそうです。同名の映画にもなりましたね。
僕はダリが大っ嫌いなんですが(ファンの皆様、ごめんなさい)、フェルメールはダリとは対極にある画家でしょうね。日常性・物語性・光と影・静謐・・・。ところがおもしろいことに、ダリってフェルメールを絶賛してるそうです。

2000年8月に妻と訪れたルーヴル美術館で僕はフェルメールの作品を2点観ています。
天文学者(68) レースを編む女(69-70)
1968-69年に国立西洋美術館で開かれた「レンブラントとオランダ絵画巨匠展」も行っているので、フェルメール作品日本初公開になる
ディアナとニンフたち(上掲②)
も観ているはずですが、その頃はフェルメール、全然眼中になかったなぁ(恥)。
今回の展覧会に行けば、計9点、フェルメール作品を観たことになる。ファンってすごいもので、集英社文庫ヴィジュアル版で僕も持っている『フェルメール全点踏破の旅』の朽木ゆり子、今回の朝日の記事の有吉玉青(佐和子の娘)ら、全作品鑑賞した人も多いんでしょうね。僕なんてファン歴3年のヒヨッ子(照)。

今年の美術展で最大に楽しみな「フェルメール展」。いつ行くか未定ですが、行ってきたらまたこのブログに載せます。きっとすごい人出でしょうね。「受胎告知」並みかも(爆)。

今年使ってるカレンダーの一つがフェルメール。このブログのここに紹介してあります。
「フェルメール展」の公式サイトは、TBS・朝日新聞社・東京都美術館の3つあるようですが、TBSのが(今のところ)最も充実しています。
朝日の記事に紹介されている、デルフトに昨春開設された「フェルメール・センター」のサイトはこちら(オランダ語版・英語版)です。

(注)今回の記事は、ウィキペディア(日本語版・英語版)も参考にしました。
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by tiaokumura | 2008-06-29 20:02 | 美術 | Comments(2)

朝日新聞「生きている図書館」(2008年6月28日付)を読んで

高校2年生の頃'prejudice'という英単語を知った。イマドキの中学生から見るとずいぶん晩生(おくて)だったんでしょうね、ボクは。で、その後40年以上人生を過ごして、ま、これはイマドキの中学生にはちょっと勝ってるかなぁと思うのですが
無知が偏見を生み、偏見が差別を生み、差別が蔑視を生み、蔑視は相手を抹殺しようという感情に走らせる
ということに思い至った。出アフリカを果たしたホモサピエンス、まさか人類がこんな歴史を辿るとは思ってもみなかったことでしょうね。

ところで、日本語教師を生業(なりわい)にしていると、けっこう「そりゃ、偏見じゃないかなぁ」ってことも言われる。ま、そういう発言をなさる方には悪意はないのだろうけれど。曰く
へ~、日本語教師なんですか。英語、ペラペラなんでしょうね
いろんな国の方教えれるなんて、何ヶ国語話せるんですかぁ
日本語教師ですって。誰でも日本語くらい教えれるんじゃないですか
いろんな国の方と出会えて、海外旅行もしょっちゅうなんでしょうね
え~っ、日本語を教えてお金になるんですか
あんたのようにガイジンに日本語教える奴が日本をダメにしとる
などなど。
でも日本語教師をやっている僕も、自分自身が偏見の陥穽にしばしば陥る。
こんなに一生懸命教えとるんに、まだわからんのかいな。あったま、悪いんちゃう
臭い~、いったい何食ってるんじゃ
そんな下着みたいなアウター、レイプされても知らんぞ
漢字が嫌いで日本語勉強しようなんて、そりゃ、虫がよすぎるゼ
嘘の上塗りごめんだなぁ。信用してもらいたかったら、ちゃんとしな
日本でいい暮らししたかったら、早く日本語がうまくなるんだな
などなど。
そして、そのような僕がかろうじて偏見の罠に落ち込まないで済んでいるのは、そんな自分を客観視し言語化できる能力と、いくばくかの知識と、そしてバランスの取れた「好奇心+想像力」のおかげでしょうね。

今朝の朝日新聞「生きている図書館」を読んでいて、上述のようなことを思った。
記事中の写真には”What’s YOUR prejudice"がプリントされたTシャツを着た女性。彼女は「アゴの骨が異常発達して目が突き出る遺伝病を患う」。写真のキャプションには
「私が『独身』『内気』『親を憎んでいる』と思う? すべて間違い。それが偏見」と、「読者」に語りかけるライトさん
とある。ここで「読者」とは、ロンドン東部であった「生きている図書館」でライトさんの「読者」になった方のことです。

「偏見」は甘い罠である。「偏見」を持つことで自分の人生が「楽に」生きられる。「偏見」は、言語教育で言うところの「過剰一般化」(overgeneralization)によって、偏見の基になったコードや規則が間違っているからこそ、より拡大され「差別」へとつながる。

日本語教師になって嬉しいことの一つは、自分の中に生れては消える「偏見」を自覚できることかなぁ、と思う。

欧州会議の人権教育サイトは
http://www.coe.int/hre
です。そこから
Don’t judge a book by its cover!/The Living Library Organiser’s Guide
に入ると、今回朝日新聞に紹介された「生きている図書館」活動について詳しく知ることができるようです。

(追記)
Human Rights Education Youth Programmeを右にリンクしました。
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by tiaokumura | 2008-06-28 20:15 | 日本語教育 | Comments(4)

名古屋出張

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(6月26日夜・記)
昨日25日は名古屋出張。先月に続き今回も行きは高山線を利用。富山駅で、8:00発ワイドビューひだ6号に乗る。ひだ6号の発車ホームは3番線。旅慣れた人にはどうってことないんでしょうが、ちょっと迷うんですね、探すの。JR富山駅は2・4番ホームに3番線がある。皆さんには???でしょうが、3番線は2番線の奥にあるのです。まるで、「ハリポタ」のキングス・クロス駅みたいじゃありませんか(爆)。9と3/4番線はJR富山駅にはありません、念のため^^。
ひだ6号は、富山県内は速星(はやほし)・越中八尾(えっちゅうやつお)・猪谷(いのたに)に停まります。県内を走っている間は、日経読売を読んでいました。猪谷を過ぎるとやがて岐阜県内に入り、最初に停まる駅が飛騨古川、次が高山。車窓の景色(飛騨盆地なんでしょうか)、山も川も心が洗われるというかホッとします。今眼前に見る風景は、山も川も祖先たちが手を加えて現在の姿にした、いわば「加工された自然」なんでしょうが、それでも山や川、田畑など「ああ、いいなあ」と思います。典型的な日本人なんでしょうね、僕は。アユ解禁なんでしょうね、釣り人もいました(アユじゃないかもしれません)。高山駅で車両連結のため、約5分停車。前回もそうでしたが、外国人観光客多数(団体・カップル・単独デイパッカーなど)。6両編成になって高山駅発車。2号車が喫煙指定席で、そこに行ってタバコ吸ってきました(照)。僕は1日2箱のヘビースモーカーで(恥)、ひだ6号は富山発の3両は全車禁煙なんです。
高山の次は下呂(げろ)。日本三名湯の一つだとか。高山線は通過する駅名にも人間の歴史というか日本人のこれまでの営みが感じられる駅名が多い。駅名を書き並べるだけでも一編の詩になります。皆様もぜひ1度は高山線をご利用ください。
やがてひだ6号は平野部に。このあたりからは家も多くなり、高山線が持つ興が失われていきます。ごめんなさい、沿線の皆様。
名古屋駅入線。やっぱボクって田舎者+方向音痴。名古屋駅構内で混乱。丸山茂樹先生(I.C.NAGOYA)がかけてきてくださった電話に救われました(大恥)。丸山先生とビジネスランチ。丸山先生に「あおなみ線」の乗り方を教えていただいて別れる。
あおなみ線」。丸山先生のお話によると、貨物線を利用して第3セクター(名古屋市など)で運営だそうです。今回の出張目的の「名古屋入管」が、あおなみ線の「名古屋競馬場前」下車。丸山先生に教えられた通り、っても何回か迷った末^^、あおなみ線名古屋駅到着。ホームに上がる。ホームで「ひとり旅は不安だなぁ」と思ってたら、背後にネパール語が聞えるではありませんか。振り返ると確かにネパール人顔の男性3人。「ネパールの方ですよね」と話しかけ、「入管行きたいんですが、初めてで・・・。ご一緒していいですか」と事情説明したらOK。ラッキー♪。こういうの、かねごんさんが彼のブログでよく取り上げられているシンクロニシティなんでしょうね。
電車に乗る。ネパール人3人(名古屋でコックしてる方と、その方の縁戚筋の兄弟)と向かい合って座る。1つ目の駅で、な・な~んと今度は僕の隣りにインド人が! 「日本人もビックリ」かも(激爆)。でも、別に「ビックリ」でもないんでしょうね。うちの学院にもネパール人はもちろんインド人もいますもんね。
名古屋入国管理局に着く。名古屋入管は初めてではないのですが、前回行った名古屋入管がこの4月に移転したんですね。で、ここは初めて。前はビル内間借りだったんですが、今は独立したビルです。
名古屋入管で用事を済ませる。写真は仕事が終わって1Fで守衛さんに撮っていただいたものです。
帰りは米原経由。今回の出張、本は
平林純(1968-。エンジニア)『理系サラリ-マン 専門家11人に「経済学」を聞く!』(集英社、2008年5月初版1刷、952円+税)
金益見(1979-。神戸学院大学大学院人間文化研究科博士後期課程在籍)『ラブホテル進化論』(文春新書、2008年6月第6刷、730円+税)
畑中正一(1933-。京都大学名誉教授)・山中伸弥(1962-。京都大学iPS細胞研究センター長)『ひろがる人類の夢 iPS細胞ができた!』(集英社、2008年5月第1刷、1100円+税)
の3冊を持っていったのですが、名古屋―富山の約3時間半の車中、ゆっくり読み耽りました。

次回の名古屋出張は7月5日の予定。
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by tiaokumura | 2008-06-25 13:50 | 僕は学院長0年生 | Comments(0)

注文していた本が7冊も一挙に届いてしまった(汗)

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毎月本をまとめて注文している博文堂のご店主が検査入院中とかで、昨日帰宅したら、店員の方からドカンと^^本が配達されていました。明日名古屋出張。『幼年期の終わり』など読みかけの本も多いので悩ましいのですが、写真の7冊から2冊選んでJR車中などで読もうと思っています。どれがいいのかなぁ。

平林純(1968-。エンジニア。hirax.net運営)『理系サラリーマン 専門家11人に「経済学」を聞く!』。平林が松原隆一郎・奥村宏・森永卓郎・中島隆信ら錚々たる経済学者に話を聞いた結果が本書。全くの専門外の「ド素人」が専門のエキスパートに話を聞くって趣向、興味深い。本書は理系サラリーマン(京都大地球物理学科卒、修士修了)が「経済学」についてその「知識と知恵」を学ぼうってぇのですから、「ガンバレ、平林氏!」と応援したくなる。ところで日本では経済学は「文系」に位置付けられていますが、外国の大学によっては「理系」になるってぇのを何かで読みました。どうなんでしょうね、経済学は「文系」か「理系」か。文理融合か、あるいは文系・理系の接点上にあるとか言えるのでしょうか。「マルクスがロシア人だと思っていた」平林が、(たぶん)当代の碩学たちからどのように「経済学」を学習していくのか、興味津々です。
山中伸弥・畑中正一ひろがる人類の夢 iPS細胞ができた!』。最近はそうでもないようですが、一時期の新聞、「万能細胞」という活字を眼にしない日はないってくらいでしたね。「オ-ルジャパン」っても、USAの膨大な予算と頭脳の結集に果たして勝てるんか、と心配ですが、とりあえずは本書を読んで「iPS細胞」の基礎知識を得ておこうと思っています。畑中は山中が「かねてから尊敬申し上げていたウイルス研究の権威」だそうです(同書p.9)。お二人の写真もしょっちゅう挿入されていますが、科学アホのボクとしては、そんなんよりもっと図表が多いほうがありがたかった。
日経ウーマンウーマン・オブ・ザ・イヤー しびれるほど仕事を楽しむ女たち』。付録として2000-05年の「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」受賞者一覧がついています。本書に登場する松永真理、松岡佑子、セーラ・マリ・カミングスら18人の中に、我が^^惣万佳代子も登場します(2003年総合ベスト10第2位。pp171-176)。勝間和代は登場しません。
莫邦富(1953-)『日中「アジア・トップ」への条件』。莫邦富の日本・中国いずれに対しても歯に衣きせぬ言説は信頼度抜群だと僕は思う。彼の場合、データの拠り所もしっかりしているし、分析も確か、更に「ではこれからどうすればいいのか」という展望も提示している。本書は今も連載中の朝日新聞の「mo@china」の過去分を10章立てに編集し、巻頭に「他国に謙虚に学べる国がアジアのトップになる」を冠した。切り抜き取ってたのですが、これで捨ててもいいかも^^。
十二代目市川團十郎(1946-)『團十郎の歌舞伎案内』。本書関連記事を朝日新聞だったかで読んだことがある。本書は、青山学院大学文学部の客員教授になった彼の講義が基になったもの。歌舞伎の歴史・歌舞伎名作について、学部生レベルで書かれているんでしょうね、きっと。白血病のことも「はじめに」で触れています。
金益見(1979-)『ラブホテル進化論』。金は神戸学院大学大学院博士後期課程在籍中。ラブホテルの「現役女子大学院生による本格研究」と銘打っていますが、いささか扇情的すぎるキャッチコピーに感じられるのは、ボクの年のせいか。カヴァー表紙に彼女の写真も載っていますが、「大丈夫なんかいな」とボクなんかのオッサンには気になる。この国で彼女及び彼女のご研究が好奇の目にさらされませんように。ラブホのイノベーションだったと僕は今にして思うのですが、例の「目黒エンペラー」ももちろん本書に登場します。
山室信一・中野目徹校注『明六雑誌(上)』。全3冊中の1冊目。西周、加藤弘之、森有礼、福沢諭吉、箕作麟祥、中村正直らが執筆。解説は中野目徹。中巻には「執筆者略伝」「執筆者別論文索引」、下巻には「語句索引」がつくそうです。研究者のみならず、明治初期に興味がある一般人にも貴重な本でしょうね。色川大吉『明治の文化』(現在は「岩波現代文庫」で入手可)は僕の好きな本ですが、その「Ⅵ明治の文化の担い手」に色川が「明治の青年の第一世代」と呼ぶ人々の名前が出てくる。1850年前後生れ。そして「明治の青年の第二世代」(1850年代の後半から60年代、70年代に生れた人々)の「出生地図」があり、宗教・文学演劇・美術・思想・学問その他のジャンル別に人名・生年・出身地をまとめた表が掲出されている。それらを見ると、単純な言い方で恐縮ですが、明治初期は人材輩出のすごい時代だったんだと実感します。時代の制約や限界は当然あったにせよ、「明六雑誌」のような雑誌があったこと・そのような雑誌の読者層が一定以上の広がりをもって存在したこと、はすごいことです。それを胚胎し実現したのは、きっと(過去に大きく遡れるにしても直接には)幕末の政治思想文化状況だったんでしょうね。
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by tiaokumura | 2008-06-24 20:43 | | Comments(2)

ビクトリア・クラブの子供たち、オクサーナ先生の授業に参加

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(6月23日夜・記)
僕の恩師の呉人恵教授(言語学)に紹介していただいた富山大学のオクサナ先生が、ビクトリアクラブの子供たちを授業に招待してくださり、今日それを実行。子供たち9人(今回の子供たちからターニャさんに選抜してもらった)・ターニャさん(付き添いのお母さん)・僕のメンバーで12:50に富山国際学院を出発し、富山駅北口から南口へ。富山駅南口から市電に乗り富山大学前で降りる。道中、朝日新聞の「ロシア4強 オランダ下す」を見せたら、既に知っていた話題ですが喜んでいました。欧州選手権、決勝トーナメント1回戦のスペインvsイタリアがまだですが、ロシアはその勝者と準決勝。準決勝もう1組はドイツvsトルコです(トルコっていつからか「ヨーロッパ」なんですね)。

富山大学の正門を通り、オクサナ先生の授業教室がある棟へ。教室のドアをノックし、中に入る。オクサナ先生とは2、3度ケータイで話しましたがお会いするのは初めて。イルクーツクご出身の女性。授業は1時~2時半で、僕たちが入ったのは1:40ころ。「第2外国語」って位置づけなんでしょうか、授業を取っているのは大学1年生のよう。
語学教師の端くれとしては、オクサナ先生の指導にも興味がありました。めったにないチャンスですもんね、ロシア語授業見学って。ボク、ロシア語はチンプンカンプンです。先生の授業、テンポよく学生を飽きさせず進んでいく。
初めに子供たちが日本語・ロシア語で自己紹介(写真ご参照)。それから小グループに分かれ、子供たちが1~3人それぞれのグループにはりつき歓談。その次に、日本人学生(中国人学生も数人いて、内1人は富山国際学院の卒業生だった)は有名なロシア人名を、子供たちは有名な日本人名を交互にあげていく。ノルシュテイン、トロツキー、エイゼンシュテインが飛び出したときは、僕、「へ~、すっごい。さすがロシア語勉強しようってだけのことはある」と感心しました。子供たちから「村上春樹」が飛び出したときは、学生たちからどよめきも。他には荒川静香・宮崎駿も出てきた。子供たち、だんだんネタ切れになって「奥村先生」が出てきて、ボク、焦った(汗)。ドラエモン、アンパンマンも出てきて、ま「日本人」かどうか微妙ですがOKってことになったみたい。15人ずつになったところで終了。それから首都と国名のマッチングプリント。学生にはキリル表記、子供たちにはカタカナ表記。ついで「ビンゴ」。更に、ロシア人の子供たちがロシア語の歌を2曲歌って、お返しに日本人学生が日本語の歌を2曲、中国人学生(5人くらいいた)が中国語の歌1曲。

日本人向けのロシア語授業に参加するのは、子供たちにとっても僕にとっても初めての経験。貴重な経験になりました。
ボンダレンコ・オクサナ先生、交流を企画実行していただきありがとうございました。
オクサナ先生の授業に参加された日本人・中国人学生のみなさん、ありがとう。

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by tiaokumura | 2008-06-23 13:58 | 日本語教育 | Comments(0)

INDIANA JONES and the KINGDOM OF THE CRYSTAL SKULL

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(6月22日夜・記)
初めて見たアメリカ映画が何だったか、もう記憶が定かではないが、『草原の輝き』(1961。ロバート・ワイズ監督。原題Splendor in the Grass)は僕がアメリカ映画を観始めた頃の感動作。細部の記憶はないのだけど、ナタリー・ウッド(1938-81。『理由なき反抗』『ウエスト・サイド・ストーリー』など)やウォーレン・ビーティが印象深い。そして、やはり何と言ってもディニー(ナタリー・ウッド)が授業だったかで暗誦する
・・・nothing can bring back the hour of splendor in the grass・・・
ウロ覚えなんでスペルとか間違ってるかもしれません。ワーズワースの詩です。将来はエリザベス・テイラーと比肩するくらいの女優も可能だったナタリーの、43歳での若すぎる最期。「草原の輝き」が彼女の人生を暗示してたのかもしれない。
ニューシネマ」が僕の次のアメリカ映画体験になるかなぁ。『草原の輝き』で映画デビューしたウォーレン・ビーティ(1937-。シャーリー・マクレーンの弟。ウォーレン・ベイテイなどともカタカナ表記される)の『俺たちに明日はない』(1967。アーサー・ペン監督。Bonnie and Clyde)、観ました、3回以上^^。『卒業』『イージー・ライダー』『明日に向って撃て』『真夜中のカーボーイ』『タクシー・ドライバー』などなど。
そして次のアメリカ映画体験は、世界中に多くのファンがいるスピルバーグとルーカスです。二人はbaby boomersということになるんでしょうね、僕と同世代です。「単純な勧善懲悪ストーリー」「莫大な映画予算」「度肝を抜くような大仕掛け」のハリウッド映画なんて観たくないって思ってましたが、二人は別でした。彼らの映画文法・SFX・底流に流れるヒューマニズム・映画の可能性の拡張・瑞々しい感性etc.どれもハマりました。「Steven Spielberg(1946-)監督、George Lucas(1944-)製作総指揮、Harrison Ford(1942-)主演」の「INDIANA JONES」最新作が昨日公開とあれば、こりゃmust seeっす。昨日は観られなかったので今日観て来ました。映画の中での年齢とリアル年齢を考えるとハリソン・フォード、きっと大変だったんだろうなぁと同情^^したりしましたが、51、ナスカ、エル・ドラドなどかつて「不思議大好き男」だった僕にはたっぷり楽しめる映画でした。ラストクライマックスシーンは、スピルバーグとルーカスの「宇宙へのオマージュ」なのかもしれませんネ。
マリオンとインディの間に子供がいました!「インディ3世」なんて続編あるんかもしれません、そんなのあんまし観たくないけど(激爆)。
なお蛇足&老爺心ですが、この映画、ロシア人は観ないほうがいいと思います。
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by tiaokumura | 2008-06-22 13:17 | 映画 | Comments(2)

牧野成一教授(プリンストン大学)と

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(6月22日午後・記)
昨日6月21日、牧野成一先生(プリンストン大学東洋学部教授)のご講義に参加してきた。題は「アニメの文化的視点をどう教えるか-『千と千尋の神隠し』の場合」。
9:20にJR金沢駅着。東口を出て会場のリファーレに向かう。牧野先生は毎年今頃の時期に、PII(Princeton-in-Ishikawa)というプリンストン大の学生を引き連れての日本語研修プログラムで金沢にお見えになり(今年で5回目になるそうです)、その都度、こうして日本語教師向けの講座を開講される。牧野ファン(照)のボクは、もちろん毎回通っています。先生の講義を聞くことで、自分の進歩(不進歩も)・立ち位置などが確認できるってこともある。

僕が「日本語教師」なるものがあることを知り日本語教師を目指したのは90年代前半。ほとんどが独学・手探りだった中で出会ったのが寺村秀夫先生・牧野成一先生・野田尚史先生のご著書だった。その後、いろんな本や論文に出会い、研修なども経験しているが、このお三方は今でも僕の「憧れの師」である。
寺村秀夫先生は、残念ながらお会いする機会がないまま他界された。寺村秀夫先生は、僕が密かに「寺村学校」と呼ぶ一大人脈を残された巨人。寺村秀夫(1991)『日本語のシンタクスと意味Ⅲ』(くろしお出版)に奥様の照代さんが書かれた、
このたび、主人の一周忌をむかえますにあたり、皆様のご尽力で「日本語のシンタクスと意味Ⅲ」の出版が実現のはこびとなり、感慨もひとしおでございます。
で始まり
最後に、寺村秀夫を心から愛してくださった多くの皆様方、本当にありがとうございました。
で終わる「まえがき」は、現代日本語で書かれた散文としてベスト10に入る名文だと思う。
「まえがき」には、野田尚史先生も登場される。野田先生は寺村先生のお弟子さん筋。もちろん学問の世界は師を乗り越えるのがいわば「宿命」なので、野田先生は野田先生独自の知を打ち立てられている。野田先生には2005年夏に初めてお目にかかり、その後先生が主宰されるプロジェクトにも半年程度だが参加させていただいた。野田先生は日本語教育学で最も引用されることが多い方のお一人。最近は「コミュニケーションのための日本語教育文法」が主要なご関心テーマか。これもまた僕が密かに「野田学校」と呼んでいるのですが、多くの優秀な人材が野田先生の周囲にはいらっしゃる。野田先生の素晴らしさの一つは、理論家であり実践家でもある点。先生は僕より10歳年下で、僕が70歳になれて知力・体力・経済力があれば、野田先生のご在職される大学院で院生になりたい-それが僕の残り人生での「夢」の一つです(照)。
独学」は、自ら発見していく喜びが(他人に教えられるより)大きい反面、独善的になりやすい。独学でたまたま水脈を掘り当てて大バケすることもあるが、その半面体系的な知が得られにくい。「きっといいだろう」と思って読み始めた本に予期した成果が得られず、徒労に終わることもある。自学自習は必要以上に試行錯誤が多いと言えるでしょうね。そんな中で、寺村先生・野田先生と並んで牧野成一先生も、日本語教師として多くの示唆を受け、頑迷な己の蒙を啓いていただいた方。読解・音読のための「拡大文節」、日本語教育にも関係深い「ウチ」と「ソト」という概念、会話テストとしてのOPI、Japan Times刊行の辞典(英語)など、他のお二人の先生同様、今でも勇気づけられること大。

写真、ご講義終了後に、図々しくもおねだりして^^撮りました。たまたまいらしたMさん(初対面)もご一緒に。Mさんはまもなくロンドン留学予定。先日タイのチェンマイの大学で日本語教師をなさっているFさんが富山国際学院にお見えになり、僕の授業も見学していただきました。Mさん・Fさんのような若い才能ある方々が「日本語教師」として自活できるような環境面を整えること-それも僕らのような「先発組」の責務の一つかなぁ。
写真スタンド前にあるのが、牧野先生の最新刊
Seiicni Makino and Michio Tsutsui”A DICTIONARY OF ADVANCED JAPANESE GRAMMAR”, The Japan Times, Tokyo, May 2008
です。こちらには、これも先生に「おねだり」して署名していただきました。写真と言いサインと言い、ボクって全くのミーハー

なお、写真をブログに載せることは、牧野先生・Mさんのご了解済みです。
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by tiaokumura | 2008-06-21 12:53 | 日本語教育 | Comments(0)

ビクトリアクラブ第2陣、富山に

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ウラジオストクから今回のプロジェクト参加第2陣が伏木港(富山県高岡市)にルーシー号で入港。これでまだ来富してないのは男の子1人だけとなりました。
いつも出迎えに携わっている同僚の増山さんが授業が入ってて、代わりに僕が出迎え業務に。やっぱ増山さんのようなベテランのようにはいかないもんですね。伏木港での手続きで手間取っちゃいました(恥)。
ルーシー号に中型バス・軽トラックを横付け。子供たちは既に下船してました。付き添いのマリーナさんとご挨拶。マリーナさんがハグしてこられたので、遠慮なく^^ハグさせていただきました。ラッキー♪じゃったかも。
伏木を出て宿泊先に送る。そしてこうして記念撮影。写真中のマリーナさん(左)とターニャさん(右。2週間前から在富中)には、写真をブログに載せること、ご了解済みです。ターニャさんはウラジオストクからこのブログにときどきアクセスされてたそうです。ありがたいことです。なお、真ん中のオッサンがボクです。チョキしてるように見えるかもしれませんが、軍手の両手でVサインをしているところです(爆)。
マリ-ナさんジェーン・バーキンみたいな雰囲気の方。ファッション、別にヒカリモノなんかそんなに多くなくシックな装いで、とてもオシャレ。ご主人とも2、3度お会いしてますが、ジョニー・アリディ(「ハリディ」ですが、フランス語は語頭のhを発音しない。シルヴィ・ヴァルタンの元夫)を50代にしたようなカッコイイ男性。
これから暫くの間、マリーナさん・ターニャさん、増山さんと4人、ロシアの子供たちが快適な生活が送れるように奮闘予定。
国際交流」って
互いの違いを認め合って、本音をぶつけ合う
のが大切だと思う。キレイゴトじゃ長続きしないんですよね、たぶん。8月1日の離日までいろんなトラブル・プロブレム発生しそうですが、一つずつこつこつ丁寧に対処していこうと思っています。

ウラジオストク。日本語表記はいろいろあるみたいです(広辞苑は「ウラジヴォストーク」、大辞林・ウィキペディアは「ウラジオストク」、その他。ラテン文字はVladivostok)が、ご年配の方々には「浦塩」がピンと来られるかもしれません。歴史で言うと、東に不凍港を求めたロシア帝国(後にソビエト連邦、そして現在のロシア連邦に)が1860年の北京条約によって清から獲得し発展させた軍港都市。歴史好きな方にはずいぶん魅力ある都市でしょうね、きっと。ウラジオストクは沿海地方の州都で、今のロシアは活気あふれる国ですが、その中でもずいぶん活況を呈している都市の一つです。
ウィキペディアウラジオストクこちら(英語版)。日本語版より詳しく、とても興味深い内容の記述です。
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by tiaokumura | 2008-06-18 12:51 | 日本語教育 | Comments(0)

永平寺

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(6月16日夜・記)
福井はJRなどで通過することはあるが、今回が初めて。せっかくだから「永平寺」に行こうと思った。福井県立大から福井駅までバスで出てそこから永平寺へと考え、「保護者等控室」で新聞を読みながらバスの発車時間までをつぶしてたら、なんと、富山国際学院の卒業生のM君登場! 彼、恋人が今回の日本留学試験を受けるので車で送ってきてたんですね。M君は、僕の初の中国出張西安で試験をした時の学生。2004年の11月だったかなぁ。あの時は初めての中国だと言うのに、関空→上海→西安→福州→上海→関空という強行日程。今にして思えば中国語がチンプンカンプンなんによくまぁ旅行できたもんだと思う(爆)。上海は国際空港と国内空港が離れてて白タク利用でボラれたし、西安からは予約してた飛行機飛ばなかったし、西安→福州では途中寧波で給油するのがボクにはわかんなくって客室乗務員に文句言ってしまったし、帰りの上海では濃霧発生で関空行き便が大幅に時間遅れ、関空に着いて出国手続き後走りに走ってようやく富山行き最終特急に間に合った。中国に行くのが初めてだったこともあって、ずいぶんいろんなことがあった旅でした。よう無事帰れたもんだ(激爆)。
で、M君は西安のホテルで日本語力チェック・面接をした。ところが、全く日本語ができない!ふれこみでは日本語初級OKってことだったんに^^。で、日本に来るのはやめたら、って言ったのだけど、日本留学は彼の大きな夢だったんでしょうね、翌年4月に富山国際学院に入学。在学中もいろいろ苦労した男なんですが、2年目は僕が担任。日本留学試験第2回も失敗しかなり落ち込んでいたのですが、石川県にある大学に合格して今そこの2年生です。彼の大学受験には僕が保護者代わりに同行しました。面接官の前で彼がうまく言えるか横でハラハラしながら聞いてたんですが、彼、一生懸命だったんでしょうね、僕の予想をはるかに超える出来具合。彼の「誠実さ」が試験官に伝わったんでしょうね、みごと合格しました。
彼は男気があると言うか思いやりのある男で、僕が永平寺に行きたいので送ってほしいと頼むと快く引き受けてくれた。ボク、なんか教師特権利用みたいな悪い教師(恥)。

永平寺の入口でこうして記念撮影。「先生、あとでまた迎えに来ます」と言ってくれたのだけど、それは図々しいので断る。
孟さん、永平寺まで送ってくれてありがとう!

中学生の時、栄西の「さい」で臨済宗(りん「ざい」しゅう)・道元の「どう」で曹洞宗(そう「とう」しゅう)と強引に^^暗記した。ま、この年になっても道元については、あまりその知識量増えてません(恥)。『正法眼蔵』なんてとてもとてもで、『正法眼蔵随聞記』を和辻の岩波文庫じゃなくって古田の角川文庫で読んだ。今はどうか知らないが、角川源義だったからでしょうか、あの頃は『蓮如上人御一代記聞書』だって角川文庫に入っていた。
ところで、親鸞(1173-1262)と道元(1200-53)ってほぼ同時代なんで当然といえば当然なんですが、共通点もいくつか。「鎌倉新仏教」以外に、比叡山との関わり(共に比叡山には自分が求めるものはないとして去った)、時の権力や既成仏教からの迫害、師との出会いそして別れ(親鸞の法然、道元の明全)など。『正法眼蔵』のある巻は親鸞を意識して書かれたという説もあるそうです。道元が没したことを親鸞はどう思ったんでしょうね、どこかに書き記しているんでしょうか。親鸞から見て27歳年下の道元が没して9年後、親鸞も没する。
禅宗といえば坐禅公案高橋和巳『邪宗門』で千葉潔が禅僧から課される公案「父母未生以前の己の姿や如何」(ウロ覚えです)を20代の僕が暫く考えたことがあります。
曹洞宗大本山永平寺。東司(とうす)、僧堂、仏殿、法堂(はっとう)、庫院(くいん)、山門、浴室の七堂伽藍。ときどき雲水とすれ違う、あるいは読経の声を聞く。

永平寺を出る。永平寺そば一本義(地酒)。お店の若夫婦の子供なんでしょうね、僕のテーブルで塗り絵をしてた小2の男の子。彼に「ドラゴンボール」についていろいろ教えてもらいました。
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by tiaokumura | 2008-06-15 10:37 | Comments(4)

日本留学試験

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(6月16日夜・記)
年2回実施される日本留学試験の、6月15日はその第1回。北陸3県は、金沢大学・金沢星稜大学・富山大学・福井大学などが持ち回りで会場になり(どちらかと言うと「石川県」が会場になることが多い)、今回は福井県立大学が会場。柳川さんのアイディアでバスで行くことになり、僕が引率役の大任^^を引き受けた。
僕が富山国際学院で働き始めた頃は、「私費留学生統一試験+日本語能力試験1級」が日本語学校から日本の大学に進学するための重要な試験だった。その後、システムが変わって、今は日本留学試験。以前は、国立大文系では「世界史」が課されたり、名古屋まで受験に行かなければならなかったりしたのですが、そういう点は改正されたのだけれど、それでも
1)日本語は約120分の試験時間に対して問題量が多すぎる。
2)採点は統計学上の等化処理が行われるとのことだが、処理方法が不透明(素人考えだが、等化処理が正確に行われれば毎回平均点が等しくなるはずだが、そうなっていない)。
3)英語が試験科目に入ってないため、別にTOEFLを受けなければならない。
などといった「欠陥」がありますが、まぁ、テストとしては「私費留学生統一試験」よりは「進化」してるでしょうね。

6:30、富山国際学院を出発。途中尼御前でのトイレ休憩を経て、8:30頃、バスは福井県立福井大学のキャンパスに入る。簡単に注意事項など話す。9時過ぎ、学院生たちは「受験生入口」から学内に入る。

試験は午前中が記述(時間20分・6点満点。以下同じ)→読解(30分・160点)→聴解(120点)→聴読解(120点)。
国立志望者は更に午後、文系は総合科目・数学コース1、理系は理科(物理・化学・生物から2科目)・数学コース2を受験。終わるのは5時過ぎ。

今年度僕が担任をしているB組は、副担任の林さんと相談して試験前約1ヶ月間、試験対策を行った。語学教師としてこういう「試験対策」って正直抵抗があるけど、ま、どんなテストでもその対策準備やれば点数アップが可能だからと割り切っている。何もしないのと対策やるのとでは、大きな差が出ますよね。受験対策グループと非受験対策グループに分けて指導してその結果を対照したわけではありませんが、経験則から大きな差が出ることは予想できる。
B組学生の場合、6月は「試験慣れ」が眼目で、勝負は11月だと思っています。でもそうは言っても7月下旬に出る今回の試験結果、気になる。僕の今回の全国平均点の予想は記述3.2点・日本語230点です。大学合格基準は(日本留学試験以外に各大学の個別試験も行われるが)、国立大学文系下位校で「記述4点以上・日本語240点以上(400点満点)」が、だいたいの目安です。

これで日本留学試験第1回が済んで、本来の語学教育に戻れるのは、語学教師としては嬉しい。
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by tiaokumura | 2008-06-15 06:22 | 日本語教育 | Comments(0)