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飲み会@言語学実験室

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ソフトボール、最後は4位だったそうです。すごいっすよね。

こうして飲み会@言語学実験室で記念撮影
写真右前から
石原都知事?(4年生、コミック系強い)、さやえんどう(4年生、一緒に編入学しました♪)、えりりん(僕の次の年に編入学です)、石亀さん(3年生?。一年間アメリカで日本語教師やってたそうです)、リリヤさん(ロシア人・短期留学生)。
後列
坂木さん(4年生。卒業研究は「のだ」やってます)、奥村(一応4年生^^)、金さん(韓国人・短期留学生)、(2年生。彼が手に持ってるのが4位表彰状)、新保さん(4年生。卒論、ダントツで進行中。少林寺拳法達人)、まりりん(4年生。秋田出身、酒がめっちゃ強い)、?(2年生)、?(2年生)。
なっちゃん(2年生。言語学軍エースピッチャー)はバイトで来ませんでした(泣)。
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by tiaokumura | 2007-10-31 20:57 | 僕は大学4年生 | Comments(4)

ソフトボール

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今日は秋の球技大会。ソフトボールに出場しました(照)。

1回戦 言語学14-8文化人類学
女子は一人につきハンディ1点ってぇことで、こちらは1人、敵は7人なんでスタート時に6点のハンディあり。こりゃダメかと思ったのですが、わが軍の打線爆発で圧勝。
僕は、春もバッテリーを組んだなっちゃん(2年生)の女房役。なっちゃん、水原勇気(古すぎ?)もかくやと思うような豪腕ピッチャー。でも1回表はなんか調子イマイチなんで聞いたら、女子にデッドボールを与えると1点取られるってこと、気にしてたみたい。おもしろいローカルルールですね。あと、1回裏猛攻でうちが10点取ったら、1イニング10点までってルールがあるそうで、3アウト前に攻撃終了。
僕は2打数2安打(たぶん)で2得点ゼロ打点。去年も今年春もホームは踏んでないので、初体験っす^^、得点は。

2回戦 言語学7-2比較社会学
1回戦とは異なって、今度は敵軍オール男性、しかも応援女性がすさまじい。だけど、さすが言語学軍。そんな不利を吹き飛ばして快勝。なっちゃん、すごい。キャッチャーやってても楽しい。ただ僕は疲れもあって(恥)、打つほうは2打数1出塁ノー得点。
これでさらに3回戦に進出なんですが、午後はH組の授業担当日なんで、2回戦までで大学を後にして富山国際学院に。

2試合とも8番キャッチャーでフル出場。今はまだあまり筋肉痛きてませんが、明日あたりから・・・。年をとると、当日より翌日以降に足腰が痛くなってくるそうです。あと「テニスひじ」まだ治ってないのにソフトボール出てて、大丈夫なんじゃろか。

写真右から、柳瀬(3年)、奥村(4年)、けんけん(4年)、ハシゲン(3年)、つっちー(3年)、なっちゃん(2年)、南(2年)、金(韓国人・短期留学生)、です。

水野先輩@タイ、勝ちましたよ!
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by tiaokumura | 2007-10-31 10:46 | 僕は大学4年生 | Comments(2)

卒業論文(5)11月28日が僕の演習発表担当日です

昨日・今日は、富山国際学院入学志願者のネパール人二人の翻訳、卒業論文のデータの文字起こしなどに取り組んだ。専念したわけじゃないところがボクらしいかも(謎爆)。
卒論合宿での発表に続く言語学演習(水曜2時限)での僕の発表、11月21日だったのが球技大会で1週先送りになり(ちょーラッキー♪、かも^^)、11月28日です。演習発表は、(グループ演習を除き)5回目になります。1回目(06年度前学期)は日本語漢字語の促音化について、2回目(06年度後学期)はJPOPやコミック『NANA』に見られる人称詞について、でした。3回目からは卒業研究として取り組んでいる「日本語学習者のテイル習得」に絞ってます(浮気性と言われんように、ってのもある^^)。1番評判が悪かったけど^^僕にとっては2回目が、一番キツかったけどおもしろかった。今はとにかく卒業論文書いて卒業したいので、なんか義務みたいな感じで取り組んでいるきらい、無きにしも非ず(自爆)。
5回目、どんな発表になるかまだ五里霧中だけど、できたらこれまで僕の発表でほとんど無かった学部生のコメントがほしいなぁ、だって僕の発表これが最後ですもんね(順調に卒業できれば、の話ですが^^)。

11月28日の発表に使うデータ、今回は初級レベル14人にインフォ-マント依頼。明日実施予定の1人を除き残りは終わっていて、今日はその内の6人の文字起こし(テープに収録してあるので)。どんな風に集計し分析するか成算もまだないけれど、とりあえず文字化は今週中に済ませたい。
発表レジュメの構成は、今のところ次のようにしようかなぁと思っています。

絵によるオーラルプロダクションを通して見た
日本語学習者初級のテイル習得

0.卒業論文の構成
1.日本語教育における初級の位置づけ
2.「絵によるオーラルプロダクション」について
3.日本語学習者初級を対象とした「絵によるオーラルプロダクション」
3.1.「絵によるオーラルプロダクション」の実施
3.1.1.実施データ
3.1.2.実施結果
3.2.実施結果の分析及び考察
3.2.1.初級における「テイル習得」
3.2.2.初級学習者の発話ストラテジー
3.2.2.1.既習表現をどう使おうとしているか
3.2.2.2.テイル誤用にはどのような傾向が見られるか
3.3.初級・中級・上級の「テイル習得」はどこが同じでどこが異なるか
4.日本語教育で「テイル」はどのように指導すればよいか
4.1.誤用を事前に防ぐ指導案
4.1.1.指導順序を工夫する
4.1.2.提出語彙を工夫する
4.1.3.教材を工夫する
4.2.誤用をどのようにして正用に導けばいいか
5.今後の課題及び取り組み予定
参考文献
参考資料
添付資料

もうすぐ11月。のんびりなんてできない月になりそうです(泣)。しょうがないですよね、自分で選んだ道ですもんね。
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by tiaokumura | 2007-10-28 21:25 | 卒業論文 | Comments(3)

「県内全教科 平均上回る」「中3国語 全国トップ」(北日本新聞・10月25日付)

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(10月27日午前・記)
ちょっと、あんた、ハシャギすぎなんじゃぁない?」と思わずツッコミを入れたくなる(爆)、10月25日の地元紙北日本新聞。36ページ立てのうち7ページに「全国学力テスト」の記事あり(全面含む)。田中耕一さん(富山県のご出身です)のノーベル賞受賞の時に匹敵しそう(爆)。「特集・全国学力テスト結果」とでも銘打ってもよかったかも(激爆)。よっぽど嬉しかったんでしょうね、結果(ん、ちゃうか^^)。こういう記事が打てるのは、事前に「きっとうちの県、成績いいぞ」って予想があったに違いない。そうじゃなきゃ、結果公表の翌日にここまでの量の記事出せませんもんね。違ってたらごめんなさい。
同記事によると、中学国語A・Bってので、みごと「全国1位」だそうです。中学数学A同3位、B2位、小学校は国語A5位、B4位、算数A3位、B4位だったそうです。中学国語Aは富山から5ポイント差に43都道府県、Bは42都道府県が入っているので、統計学上の「有意差」、ちと?ではありますが、ここは県民として素直に喜んでいればいいのかもしれません。「公立」対象で「私立」はテスト対象に入ってないんで、もし全国全ての中学校対象にテストを実施すれば、東京都あたりがトップに躍り出そうですよね。ただし、今回のテスト、富山大学附属小中、私立中学(県内唯一の私立。育英センターって塾が一昨年だったかに中高一貫校として設立)とも参加してます。
記事によれば「富山県」の勝因^^の一つは、小学校教育研究会(略して「小教研」)・中学校教育研究会(「中教研」)の地道な努力。僕はこういう研究会、全国にあると思ってたのですが、そうでもないようです。記事中にでてきてるかどうかわかんないのですが「思考力テスト」ってのも富山には昔からあります。あと、業者テストが一時問題になりましたが、富山県他2県は、学校で業者テストは行っていないそうです。通塾率も全国平均、かなり下回っている。

前の知事が「日本一」ってぇのをよく強調してたような印象がある。あるいは、富山県民ってそういうの好きなんかもしれません(汗)。ま、児戯の類かもしれませんが、そういう自慢、罪がないっちゃない。全体で見ると、秋田が1位、福井が2位で富山は3位かもしれませんが、富山の先生方の努力に敬意を表するとともに、何よりも「富山っ子」当人たちのがんばりに拍手します。
教育県・富山」も記事中に出てきますが、僕なんかはなんと言っても「教育県=長野」。「信濃教育」って言いますもんね。で、今回、長野県は悪くはないのですが、それほど上位ってわけでもない。「テストで測れる学力」ってごくごく限定される、ってなことなんでしょうか。あるいは、長野県、教育の地盤沈下が起きているのか。どうなんでしょうねぇ。
もう一つ。詳述は避けますが、小学校・中学校って、野球は投手力ってのとパラレルな言い方ですが、学力は国語、なんじゃないかしらん。
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by tiaokumura | 2007-10-26 18:26 | 富山 | Comments(6)

メグさんのブログ「夢の翼。。桜。。私の世界」のご紹介

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僕は富山国際学院での今年度、4月からB組(担任も。副担任は須加さん)、10月からH組(担任は増山さん。僕は副担任)の2クラスを担当中。メグさんはH組で、10月から教えています。メグさんはフィリピンの出身で、(たぶん)20歳前。ハイスクール出たばかり(本当は違うかもしれませんが)の、笑顔がかわいい女の子。非漢字圏の出身なので漢字は大変なはずですが、熱心に勉強していて、僕が当初予想してた以上の漢字が使いこなせています。
そんなメグさんがブログをやってるっての、この間本人から聞いてアクセスしてみました。右にも既にリンクしてありますが、題して
Yume no Tsubasa 夢の翼。。桜。。私の世界
僕はまだ全部は目を通していないのですが、女の子らしい(←って洋の東西を問わず共通してるのかもしれない、ジェンダー研究家には怒られるかもしれんけど^^)雰囲気のブログです。
上の写真は、そんなメグさんのある日のブログ。読んでビックリしたのですが、な・な~~んと、僕の授業が取り上げられているではありませんか。この日、『みんなの日本語』第11課の前半の日で、助数詞(枚・台・回など)が出てくる。「~つ」を教える際に僕は「ひ・ふ・み・・・」も教えてみた。メグさん、そのことにずいぶん興味を持ったみたい。そういうのって、教師冥利ですよね。写真には、たぶん彼女休み時間に撮ったのでしょう、僕のへたくそな字(汗)の板書が写っている(恥)。
メグさんのブログは英語・(たぶん)フィリピン語で綴られているのですが、今回のこの記事は日本語記述が多い(英語部分もある)。
今日はたくさん勉強しました。(Numbers)(ひ ふ み よ いつ む なな や ここ とお)今日の「Lesson」はわかります。
ってな記事です(表記ほぼママ)。記事中には「奥村」(表記ママ)も登場します(照)。板書下部には、これまたへたくそな字(大汗)で、3×2=6、4×2=8も。み・む、よ・や、を説明した計算式です。

僕はフィリピン語(ピリピノあるいはフィリピノとも。タガログ語との違い、僕はまだよくわかってない)はちんぷんかんぷん、英語はあまりわからないので、メグさんのブログ、よく理解できていないのですが、青春真っ盛りのメグさんの日々には興味深いものがあります。
学生のクラス移動・教師の変更もありうるのですが、たぶんこのまま来年3月までメグさんを教えることになりそうです。メグさんの人間としての成長はもちろん、日本語の習得過程(成長)もとても楽しみです。
メグさんのブログでは別の日に「富山国際学院」も紹介されています。

メグさんのブログ、ぜひご訪問ください。
そして、英語か簡単な日本語でコメントしてあげると、きっとメグさん、嬉しい。

「ゆき」さん、「僕」さん、そしてメグさんと、僕のブログつながりがこうして増えていくのは、光栄でもあり喜びでもあります。
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by tiaokumura | 2007-10-25 19:10 | 日本語教育 | Comments(4)

「広辞苑、売りは若者言葉」(朝日新聞・10月24日付)

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今朝の朝日新聞に、来年1月に『広辞苑第6版』が発売されるという記事が載っていた。見出しから引用すると、「広辞苑、売りは若者言葉 1万語追加し10年ぶり改訂」「『めっちゃ』『さくっと』『うざい』」「記録のため『おしん』『真知子巻』も」

40年以上前、東京教育大学に入学した時、今風に言えば「自分へのご褒美」の意味合いもあったし、これからの大学生活の必需品とも思ったし、大学生になって岩波の本などが5%か10%引きで買えるという一種の高揚感^^もあって、1年生の早い時期に『広辞苑』を購入した。当時はまだ第2版が出てなかったと思うので、最初の版。その後、ノルマと言うわけでもないのだけれど、版が改まるごとにほとんど毎回『広辞苑』を買っている。補訂版もあるから、6冊くらい持っていることになるかなぁ。「辞書は新しいほどいい」ってのはある意味で正しいと思っているので、来年1月さっそく購入します、単なるミーハーかファッション(アクセサリー^^)かもしれんけど(照)。気になるお値段のほうは^^記事には書いてない。紙媒体で7000円くらいなのかなぁ。こういう時代なのでDVD-ROMも発売。値段と使い勝手を考えて、どちらにするか慎重に判断します。両方は買えっこないですもんね(汗)。

今回新たに加わるのは約1万語(4割弱はカタカナ語)で、総数24万語で過去最大になる。新たに加わるのは(同記事による)
ニート メタボリック症候群 逆切れ イケメン(いけ面) めっちゃ うざい 顔文字 ウルトラマン 癒し系 ラブラブ おしん ブログ 赤バット・青バット 真知子巻 きときと めんそおれ 温度差 午後一 さくっと 自己中 食育 内部告発 風評被害 引籠り 准教授 如月小春 アルマーニ ダイアナ クレーマー スイーツ 着メロ デパ地下
など(表記ママ)。この10年を物語るような語がずらりラインナップ。「きときと」は富山方言。真田信治先生(大阪大学大学院教授。富山県のご出身)が担当されるのかもしれない。「いい人 いい味 いきいき富山」って観光用キャッチコピー、ごく最近まで使われていました。富山県人としては「ちょー嬉しい」かも、「きときと」が入るのは(照)。

イナバウアー」「できちゃった婚」「萌え」は見送られたそうです。「できちゃった婚」(「おめでた婚」でもいいけど)「萌え」は入ってもよかったような気がします。「イナバウアー」は、入れなかった岩波の見識はよかったと思う。最近出た『大辞林第3版』、僕は購入してて、「イナバウアー」が入っててしかも7行も使っているのには「これはどうかなぁ」と思った。荒川某って方の金メダル、それはそれで素晴らしい偉業なのだろうけど、7行も使うほどのことかなぁ。『大辞林第3版』は人物は、日本は「物故者主義」で日本国外は現役OKのようなのですが、そういうダブルスタンダードはいかがなものかと思う。「人は棺を覆うまで評価は定まらない」(中には死後かなり経ってから評価が逆転する例すらあるけど)のだから、物故者のみの方がよいと思う。現役では「チョムスキー(1928-)」「ゴダール(1930-)」などが入っている。で、「イナバウアー」なんかに7行も使うくらいなら、その分、「須賀敦子(1929-98)」「寺村秀夫(1928-90)」「土方巽(1928-86)」「三上章(1903-71)」など入ってもしかるべき人物にそのスペースを割いてほしかった。佐久間鼎時枝誠記は入っています。チョムスキー、須賀、寺村、土方って、こうして見るとほとんど同年齢なんですね。多感な青春時代が第2次世界大戦・アジア太平洋戦争に重なる世代です。
あっ、『大辞林』批判になってますが、『大辞林』重宝してますよ。哲ちゃんがいくつかの項目書いてますし(爆)。

ブログ」、朝日記事の「意味」欄には以下のようになっています。『第6版』ではたぶんこういう記述になるんでしょうね。
(ウェブ・ログの略)ウェブサイトの一種。個人や数人のグループで運営される日記形式のもので、情報提供や意見交換などのコミュニケーション機能が付加されている。
ちなみに『大辞林第3版』はこうです。
〔ウェブ(web)とログ(log)を合わせたウェブログ(weblog)の略〕個人が身辺の出来事や自分の主張などを日記形式で書き込むインターネットのサイトやホームページ。
双方向性も織り込んでいる『広辞苑第6版』の定義のほうが勝っているでしょうか。うちんとこのブログは、主張などほとんどなくコメントもめっちゃ少ないけど(激爆)。
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by tiaokumura | 2007-10-24 19:33 | | Comments(4)

城野義雄先生のご冥福をお祈り申し上げます

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小学校4年生の夏休みの終わり頃だったと記憶しているが、富山市内から郡部に引越しをした。同じ県内ではあるが、確か教科書も異なり話す言葉も若干異なっていた。転校生、時には揶揄されいじめられることもあるのだろうが、幸い僕はそんなことはなかった。級友に恵まれたこともあったのだろう。あの当時はダ・シルヴァ(ブラジル?)という三段跳び世界記録保持者がいて、小学校で三段跳びが流行ってた。僕は割とよく跳べたので、いつしかあだ名が「ダッシ(ュ)」になって級友に溶け込めていった。相撲も割と得意だった。
そんなこともよかったのだろうが、担任の城野義雄先生のおかげが大きい。城野先生は、今計算してみると当時30代前半ということになる。温和なご性格で一人ひとりの児童に思いやりを持って接する先生だった。遥か50年以上昔のことなので、記憶違いもあるかもしれないが、例えば年に何回か学校から歩いて農場に行き、先生やみんなと楽しく遊んだ(本当は「校外学習」とかなのだろうけど^^)。「詩を書いてごらん」と言われて、ノートに家の時計についてなどの詩を書いた。あるいは、教科書にあったのだろうか、ある庄屋さんが高台にある家から海を見ていて、津波が村を襲うのを目にする。彼はとっさに「稲むら」に火を放ち、その燃え盛る火を見た村人が「庄屋さんの家が火事だ!」とみな一散に庄屋宅に駆けつける。そのおかげで村人たちは津波の難を逃れる。確かそんな話(後にそれは小泉八雲が採話したというようなことも聞いた)。それを読んでの感想文、僕はその書き出しを「五兵衛はえらいなぁ」とした。我ながら50年後も覚えている名文(書き出しだけだけど^^)。また、東海村の頃なので「原子力」について自由研究をした。城野先生のお薦めがあったのだろう、地元新聞社の「子ども一日記者」を経験したこともある。6年生のときには「児童会長」とかいうのもやった。中学生が小学校にやってきて僕たちをいじめたことがあった。その時、「自分は中学生になってもこういう連中みたいにならないぞ」と思った。6年の時学芸会で中国民話に題材をとった劇(ホーレンとかいう名の貧乏絵描きの話だったか?)の監督もやったことがある。城野先生は民主主義教育の情熱を燃やしておられたのだと思う。そんな先生のご指導の下で、僕たちは実に素晴らしい体験を積み重ねていたのだ。僕は先生がとても好きで、ある時期のこと「先生は僕の父と同一人物なのではないだろうか」という錯覚に陥ったことさえある。先生の弟さん(彰君)と中学で仲良くなったのも不思議な縁。

悲しかったことが1回。算数の時質問してて僕の意図が先生に伝わらなかった時。たぶん「10進法」と「12進法」のことを僕は聞きたかったのだと思うが、僕はうまく説明できなくて、それでもどかしく悲しかった。
先生に怒られた記憶が2回。1回は「ここは御国を何百里・・・」というのだったか「軍歌」を歌ってて叱られた。もう1回は最も記憶に残っているできごと。僕たちが隣のクラスの女先生のスカートをまくったことがあった。5人くらいでやった。城野先生は僕たちを黒板の前に立たせ、順にたたいていかれた。僕は自分がやったことが「恥ずべきこと」なので先生にそうされるのは当然だと思った。体罰の是非(圧倒的に否定的な意見が多いだろうが)について、僕は城野先生のように子供との信頼関係が成り立ってる場合は体罰も可だと思う。その「体罰」には後日談みたいのがある。昨年だったか中学の同期会があった。その時、僕と同じ城野先生のクラスだった女の子(ってももういい年ですが^^)が言うことには、あの時、城野先生は涙を流しながら僕たちをたたいておられたそうだ。僕はあの時全くそのことに気づいていなかった・・・。

教材教具も乏しい時代、あるいは朝鮮戦争を境に右旋回する日本、教育界では勤評闘争など、自分が大人になって小学校教諭・城野先生のおかれた教育環境の厳しさも知った。僕が城野先生に教えていただいたのは2年7ヶ月くらいなのだが、多くのことを先生から学んだと思う。他人(特に弱者)に対する思いやり、権力にすりよらない・権威を盲信しない、絶望しそうな時もユーモアを忘れない、困難に立ち向かう勇気、勉学の基礎及び勉強を楽しむ心、他人をうらやんだりねたんだりせず自分を高める努力をする、天狗にならない・うぬぼれないなど、あの当時はそれと気づかなかった多くのこと(実現できてないことがほとんどだが)。僕は「師」に恵まれた人生で、これらの全てを城野先生から学んだわけではないのだろうが、小学生時代に城野義雄先生に出会えたことは、僕の人生の大きな財産となっていると、今にしてしみじみ思う。
そんな恩師ではあるが、ナマイキな男なんでしょうねボクは(恥)、小学校卒業後は音信不通に。富山にUターンして何年か後年賀状をお出ししたらお返事をいただけた。それから毎年年賀状を出し、いつかは大山町牧野の先生のご自宅も訪問したく思っていた。

21日の北日本新聞「追想ありし日」を見て驚いた。先生は今年4月10日、84歳でご逝去されていたのだ。同記事には僕の知らない城野先生のことも詳しく載っている。先生は岐阜県神岡町のお生まれ。師範学校卒業後教員に。「戦時中は海軍の戦艦日向に配属・・・昭和19年、フィリピンに向かう途中、米軍の攻撃を受けて沈没する戦艦や駆逐艦の様子を目の当たりにした。」(同記事引用)。現人神が人間天皇に、鬼畜米英がギブ・ミー・チョコにと、価値観が大きく変動した時代に教壇に立たれた城野先生のご苦労は、並大抵ではなかったことだろう。見出しには「授業法の研究に力」「過疎地の教育に情熱を傾けた」の文字。

城野先生のような教育者に薫陶を受けながら、ボクはと言えば「民主主義教育の鬼子」、先生の足元にも及ばないまま馬齢を重ねつつある。

城野義雄先生
先生にお会いでき、先生に教えていただけたこと、厚く感謝申し上げます。
今はただ、先生のご冥福をお祈り申し上げております。
合掌

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by tiaokumura | 2007-10-23 18:57 | 追悼 | Comments(4)

ブログ「ももけも。」のご紹介

右に既にリンクしてありますが、今日は新しいブログ「ももけも。」のご紹介。
ブロガーの本名は存じていますが、こういう世界、彼女が本名で開設してないので、ここでは彼女の自称詞「僕」をとって、彼女のことは「僕」さんと言うことにしておきます(爆)。

「僕」さんの存在を知ったのは、去年の「言語学コース新入生歓迎会」で。そのときの「僕」さんの紹介記事はこのブログのここにあります。「僕」さんは少林寺の達人(、たぶん)。新歓は、言語学コースの2年生(富山大は2年次からコースに分かれる)及び僕たち編入学生(去年は僕を入れて4人いた)のために行われ、その席で「僕」さんは、少林寺拳法、気合を入れて演武。「へ~すっごい子がいるんだなぁ」って印象。
僕は3年次編入学なので、「言語学」は彼女たち2年から学び始めた人たちと1年分の差がある。なんとか僕もそれなりの努力はしとるんですが(ホントかな?)、1年の差は大きい。彼女(ともう一人)が、卒業研究、今年の言語学コース4年生11人中ではフロントランナーです。ボクは同級生ではあるけど周回遅れ^^で、たぶん在学中は追いつけんでしょう。
女の子が自称詞に「」を使うのは、いっとき話題になりましたが、現実にそういう女の子と話すのは初めての経験。

こないだ「僕」さんから「ブログやりたい」って言われて、僕もやってるexcite.ブログをご紹介。彼女、このほど開設されました。
「念願のブログ、遂に作成。/忙しい時期ではあるけど。/僕のかわいい子供達を、世の中に送り出すぜ。/全然PC強くないけど。」(2007-10-19の冒頭部引用)
だそうです。
題して「ももけも。」(「桃色けもの」→「ももけも。」か。これってある種の離人症から生まれたキャラか。詳しくは同ブログご参照)。タイトルからしてボクのようなじじいには「?」で、内容も(ってもまだ投稿2回ですが)、シュールでなんともようわからん世界です(激爆)。このブログ、「僕」と「桃色けもの」との「超平凡だけど、半分現実的な毎日」が奇妙なタッチで綴られていきそうです。
ご本人もおっしゃっているように卒業研究などで「忙しい時期」。投稿も途切れがちかもしれませんが、皆様、ぜひ「ももけも。」ご訪問を!彼女のオリジナルキャラ(イラスト?)も載ってます。
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by tiaokumura | 2007-10-22 21:19 | 僕は大学4年生 | Comments(2)

兄貴分^^の島津さんと

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島津さんとは2年前のこのフェスティバルで初対面。二人は同じステージ係担当で、今年で3年連続いいコンビを組ませていただいてます。島津さんのような方と一緒だと僕のような不慣れな者も安心できます。島津さんは、ご覧のように、往年の松竹か東宝の2枚目男優の雰囲気。宇津井健と似てる、と初対面の時思いました。

ボランティアって日本では1995年頃から盛んになったのかなぁ。僕も年にほんの何回かだけだけど、ボランティアしてる。誰でもできそうでいて難しい、それがボランティア。中には能書きや指図ばっかりでよう働かんボランティアもいますが(激爆)、島津さんの場合、人のいやがることもサッとスマートにこなし、てきぱきした行動力、臨機応変な企画力、弱音をはかない粘り強さ&持続力など、僕が見習うべきこと多々。「二人は七夕だ」と島津さんに言われて笑いましたが、来年も、参加できるかどうかまだ全く不確定ですが、ぜひご一緒したい。
島津さん、これからもよろしくお願いします!でも、「先生」と呼ぶのだけはやめてくださるとありがたいのですが・・・。

今回、嬉しかったことの一つは、若い人のボランティア参加者が増えてきてること。「ボランティアの高齢化」も時々耳にしますが、今回は「富山駅前でチラシ配りしようよ」と誘ったら同行してくれた金城大学生、民族ファッションショーに韓国の衣装で参加した富山商船高専生、OLらしいけど野崎さんなど、20歳前後のボランティアも何人もいた。富山大生がいたかは不明ですが、こういう経験、彼ら・彼女らにはきっと「財産」になると思う。
もう一つ。会場を訪れる日本人の子どもたちが多かったことも嬉しい。子どもたちは「国際交流」と大上段に構えなくても自然に体験している。僕の子どもの頃は「外国人」は映画かTVでしか見ることはできなかった。生の外国人^^は富山高校生の時の英語の先生が初めて(照)。日本の将来、厳しいものがあるだろうけど、この子どもたちなら隘路を切り開いていってくれるような気もする。

2日間、昨日は約11時間(懇親会も含む)、今日は約8時間半、我ながらようがんばった(自爆)。仕事や学業もこんくらいがんばれれば素晴らしいのだけど(核爆)。
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by tiaokumura | 2007-10-21 16:46 | Comments(0)

ブラジルサンバを歌おう!踊ろう!鳴らそう!

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最後は「Uniao dos Amadores & しきのソル・ナセンテ」による「ブラジルサンバを歌おう!踊ろう!鳴らそう!」。今回の一番の目玉がこれ。
2007浅草サンバカーニバルS1リーグ優勝チームの3人のダンサーが出演し、石川・砺波などからも参加してますが、中心メンバーは「しきのソル・ナセンテ」。「しきの」ってのは富山県高岡市にある地名。そこで毎週土曜日だったか、日系ブラジル人たち(日本人も参加可)がサンバの練習。
今回のこのプログラム、全体を指揮してたのが中山美幸さん。彼女とは彼女がまだ高校卒業したての頃だったかに出会った。ってことは、僕は当時まだ40代だったってことでもあるのですが(照)。「トヤマヤポニカ」(日本語教師集団)ってとこで彼女は僕の1期上。先輩なんっす、彼女、年齢は僕よりずっと年下だけど(爆)。彼女も僕も早い時期にトヤマヤポニカを辞めて、その後は年に1回会うかどうかくらいのお付き合い。彼女は現在はYMCA所属で、特に日系ブラジル人のために甚大な努力、奮闘中。富山国際学院NPOになった際に、彼女にいろいろレクチャー受けるために高岡YMCAを訪問しました。彼女、今は富山YMCAに移ったみたい。

今回、中山さんのプランニングなのでしょう、ガンザ作成・ペインティング・サンバ練習などのワークショップも取り入れ、アイディア一杯の企画。悼尾を飾るにふさわしい、会場を巻き込んでのパフォーマンスでした。
出演者たちは、日本で決して楽しい日々ばかりではないと思いますが、大人も子どもも生き生きと明るい。ボクなんかも少しは見習わなきゃ(恥)。

この後閉会式
昨日・今日、途中でいろいろトラブルや困難あったけど、無事終わってホッ。後片付けが残ってるけど(汗)。
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by tiaokumura | 2007-10-21 15:07 | Comments(0)