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大野晋『日本語の源流を求めて』(岩波新書)

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大野晋(学習院大学名誉教授)
日本語の源流を求めて
岩波書店(岩波新書)
2007年9月20日 第1刷
820円+税

大野晋(1919-)は東大で橋本進吉(1882-1945)に師事。戦後『辞苑』(後に『広辞苑』)の基礎語を担当、壮年期には日本古典文学大系『万葉集』・『岩波古語辞典』(ともに岩波書店)や『本居宣長全集』(筑摩書房)に携わり、60歳ころからは少年のころの疑問「日本とは何か」を追究、日本語(ヤマトコトバ)の起源はタミル語であるという確信に到る。国語学の泰斗・碩学の業績ををこんなに短くまとめるのは非礼ですが、きわめて粗っぽく述べればこういうことになるでしょうか。
彼の「タミル語起源説」を一般向けにわかりやすく書いたのがこの本。彼は、語彙(音韻)の対応・文法の共通性をベースに、考古学や文化人類学などの最新の知見(「グラフィティ」など)を援用して自説を立証する。これ、僕だけの印象かもしれませんが、大野説、もっと国語学者・言語学者から(いい意味での)批判があってもいいように思いますが、なんか「黙殺」されてるような感じ。基礎語でこれだけ対応が見られること、文法の共通点(助動詞の配列・係り結びは確かにそう)から言えば、大野説に軍配を上げたくなりますが、どうなんでしょう。もっともっと論争が起こってほしいものです。「言語の起源」もそうですが「日本語の起源」って、タブーでもないのでしょうが、「地雷」というか実証不可能な「爆弾」なのかも。
岩波の本にしては珍しく、博文堂さんから刊行間もなく届いた。地方小売店への流通がよくなったのか、あるいはベストセラー(『日本語練習帳』ほどではないでしょうが)を見込んで岩波が大部数印刷刊行したのか。来週あたりからTOP10にランク入り、まちがいないでしょうね、この本。
言語学徒として、こういう本は「批判的に」読めるべきなんでしょうが、まだまだ浅学非才なボクです(恥)。それでも何箇所か「?」がありました。
タミル語、富山国際学院のスリランカ出身の学生の母語。いつか彼にタミル語について聞いてみよう。

ゴーギャン(Paul GAUGUIN 1848-1903)の大作"D'OU VENONS-NOUS? QUE SOMMES-NOUS? OU ALLONS-NOUS?"(我々はどこから来たか、我々は何か、我々はどこへ行くか)もそうですが、大野晋さんが「日本とは何か」という問い(その結果としての「日本語はどこから来たか」)を追究し続ける姿勢には、月並な言い方ですが感動します。
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by tiaokumura | 2007-09-30 16:44 | | Comments(4)

加藤重広先生集中講義、終了

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加藤重広先生の集中講義「日本語文法概説」が終わった。
写真、午前の講義終了後、加藤先生と。先生にブログに載せる許可を得てますので、肖像権侵害じゃありません^^。本当は先生の歓迎会の時に写真撮らせていただこうと思ったのですが、あいにく歓迎会会場、暗くて断念、今日になった。テニスひじなかなか治らなくて、右ひじのサポーターが痛々しいボク(嘘爆)。
写真撮影後、クラスメートの新保さんが先生のご本(今回の集中講義の教科書でもある『日本語文法 入門ハンドブック』)にサインしてもらっていたので、遅れじとばかり(激爆)、僕も署名してもらった。こういうのはソツのない男です、ボクは(激爆)。さらに、居合わせた4年生数名と集合記念写真も。なんか・・・僕、ミーハー(照)。来年も今頃、先生の集中講義ありそう。仕事を調節してモグリ学生で受講しようかしらん。でも年齢が年齢なだけに、すぐバレそう(爆)。
午後は筆記試験。60点以上が単位OKとかで、さすがに僕、単位を落とすようなことはないけど、う~ん、いいとこ80点くらいかなぁ。絶対ほしかった加藤先生の「優」、ビミョー。試験終了5分前に答案を書き上げて提出する際、「来年もよろしくお願いします」と言ってしまってたボク。加藤先生、ニコニコしてらしたけど、「ん、このオッサン、何言ってんだ?」ってご心境だったかも。

こうして学生気分を満喫できるのも今日が最後かもしれない。富山国際学院で僕がやるべきこともたくさん残したまま。10月B組が月木金の午前、新しく担当するH組(なかなか大変そう)が火水の午後。授業以外にもいろいろやらなければならないことがある。富山大学の方は、結局X1先生の成績評価もX2先生のシラバスも出ないまま(激怒)10月1日の後学期に臨まなければならない。月3時限・水2時限・木3時限・金4時限の4科目を受講することになりそう。まとめて2日くらいになってくれてたらいいのに^^、週4日の通学。は月火金の夜で、陶先生の中国語が木曜日午後7時から。これにさらに一番肝心の「卒業研究」が加わる。1日24時間じゃあ足りない生活が当分続く。←と言いつつもしっかり睡眠とってテキトーに読書して、もあるのだけど(核爆)。TV見ない生活にすっかり慣れたのがちょっと救いか。

「暑さ寒さも彼岸まで」とか。今日、車を運転しててフロントガラスが曇ってた。車内、肌寒い。富山は冷房→暖房の間隔がずいぶん短いといつも思う。今年もこの分だと暖房、10月半ばから要るのかなぁ。
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by tiaokumura | 2007-09-28 12:23 | 僕は大学4年生 | Comments(4)

林玄社長、ご逝去。

昨日(26日)の午後10時過ぎだったか、加藤重宏先生の集中講義の勉強をしていたら、部屋の電話が鳴った。下北沢にあるカフェ・カナン店主の研次からだった。そして、予期していなかったわけでもないのだが、林玄社長コクテール堂)が亡くなられたという知らせだった。
林玄社長はかなり以前にご次男の道男さんに社長職を譲られ「会長」なのだが、僕のようなお勤め経験の少ない者にとっては、林玄さん=社長、つまり「社長」が固有名詞なので、以下、「林社長」で綴らせていただきたい。「玄さん」を他称詞で使う仲間もいるが、社長と僕との関係では、どうも「玄さん」とは呼びにくい。

林社長と初めてお会いしたのは1970年代の初め頃だったろうか。社長との出会いの前史を少し。
70年代前後、僕は池袋の夜の世界にどっぷりつかっていた。それなりに出世もしていたので、ああいう世界で生きていこうかなぁとも思い始めてたのだけど、自分には水商売の才能はないと絶望しつつもあった。自己資金は、あればあったで足しにはなっただろうけど、そんなコツコツでは及びもつかない遥かに莫大な資金がいるのだから、逆の意味でお金はそれほど必要ではなかった。女性なら肉体+才覚を武器にすればよいのである。女性には不愉快な言い方になったかもしれないが、あの当時、肉体はそれを売るのであれ売らないのであれ、強力な武器であることは間違いなかったと、僕は思う。では男には何が必要だったか。それは腕力・酒・SEX・ハンサム・破廉恥さ・世渡り術・時代を読む目・男気など、たくさんなくてもどれか一つか二つでも必要十分条件になりえたのだが、どの一つも「そこそこ」であっては条件としては成立せず、まさに字義通りに「抜群」(他人が遥かに及ばない領域に達している)でなければならなかった。しかも「抜群」であることは同時に身を滅ぼすという爆弾を抱えていることでもあった。長くなるのでその辺の事情はこれ以上は省略するが、要するに僕には水商売で生き抜く才能がなかったのだ。顔は悪いし、SEXには自信がないし、酒は弱い、相手の涙を無視する鉄面皮は持ち合わせていない、腕っぷしない・・・。
そんな風に思い悩んでた頃、東京教育大学時代にサークルでやってたサマースクールなどに来てたIさんが彼氏のOさんを連れて僕の勤め先に来店。Oさんが、林社長のコクテール堂社員だったんですね。前史が長くなって恐縮。

今風に言えばフリーター。まずは、日本橋の「古河ビル」にあった「パルム」でコック修業。それまでまともに包丁なんか握ったこともなかったのに、人間、やる気になれば何でもできるもんなんですね、メニューのほとんど作れるようになった。林社長は長野県八方にある名木山ゲレンデに「ハイランド・ロッヂ」を所有されてて、やがて僕は冬は長野県の「ハイランド・ロッヂ」、それ以外のシーズンは東京の「パルム」で働くことになった。その内に正社員に。
社長の思い出の一つに日比谷松本楼での社長の還暦祝いがある。松本楼が過激派によって焼き打ちにあってその後再建されてからのことだと思う。松本楼では、せっかくの機会だからスタッフに何を尋ねてもいいとのことで、僕は当時伊丹一三(十三)の熱心な読者だったので、彼の本にちらっと出てきた「オムレツをナイフ&フォークで上品に食べる方法」を、シェフかだれかに尋ねた。
ハイランド・ロッヂ」では何年間かマネージャーもやらせていただいた。前任者の久保田先輩Oさんの後を守ればよかったので、楽だったかもしれない。正月三が日で売り上げ100万円なんてこともあった。現在の基準で「100万円」は大したことでないだろうけど、あの当時の値段・客単価・回転率などから考えると驚異的な数字だったのではないだろうか。人件費も、最盛時30人くらいのスタッフの8割くらいは大学生のバイト諸君だったから、「儲け」もかなりあったのかなぁ。僕は帳簿をつけて税理士の方に見せるだけだったので儲けについてはよくわかっていない。
社長には褒められた記憶がほとんどない。「君ィ・・・」で始まるお叱りがほとんどだった。「メニューの構成」「リーダーシップ」「こまめに節約」「店の装飾」「料理のセンス」「向上心」などなど。でもそういう社長は、ダンディで(慶應系列のご出身)、コーヒー命なんだけどコーヒーを芸術としてとらえ、僕みたいな見込みのない奴でも引き受けた以上は面倒見てやろうという心情の持ち主。ご長男の峰男さん(チェリスト)が僕と同い年だったので、僕はそういう点でちょっと得したところがあったかもしれない。社長のお父さん(当時ご健在)にも何回かお会いしたが、「この父にしてこの子あり」でとてもオシャレなお父上であった。
林社長の下で働いたのは年数にして10年にも満たないが、僕の人生においては貴重な日々であった。最後の年は社長に無理を言って、社長宅に通わせていただいた。国分寺南口に社長宅、僕は北口の本多町にアパートを借りてた。今は韮崎になったそうだが、あの当時、社長宅には焙煎工場があり、屋根裏では生豆が枯らしてあった。そこから「五番町」「風月」などの名ブレンドが誕生。研究熱心な社長はあくことなく実験し、コーヒーの味を追求され続けておられたのである。

富山に戻ろうと決意し社長には「富山でコーヒー専門店を開きたい」と申し出た。その約束は果たせないまま僕は馬齢を重ねるだけなのだが・・・。
社長には、僕の結婚式に東京から来ていただいた。4年前、妻のことでは電話でご夫妻から心温まる励ましの言葉をいただいた。
2年前、日本語教育学会の帰り、ブチュ研次と社長宅を訪問した。社長は認知症なのだろう、何回も同じことばを繰り返され、でも確か「先生(僕のあだ名)、富山だよね」というようなことも言われたように思うので、ありがたいことに社長は僕のことを覚えていてくださったに違いない(と思いたい)。社長とお会いしたのはこれが最後だった。

林玄社長、2007年9月23日ご逝去。享年88歳。
9月27日、一行院千日谷会堂にてお葬式。参列すべきだったが、やむを得ない事情で欠席。社長のお人柄を偲び、多数の心ある方々がご参列されたことだと思う。
1周忌の2008年9月23日、仲間のポパイがオーナーシェフである吉祥寺のプティット・メルヴィーユで、社長を偲び「ハイランド会」を催す。そこには必ず出席しようと思う。
僕は、死後の世界など信じていない。自分は死んだら火葬され骨となって墓に入りやがて風化し土と化す。だが社長のような偉大な方には死後の世界が存在してほしいと思う。その世界で社長が「君ィ、コーヒーってものはねぇ・・・」とコーヒー芸術について東京弁で語ってらっしゃるのを想像するのは、実に愉快である。

東京もそうなのだろうか、富山で観る今夜の月はまことにすばらしい。
林社長のご遺徳を偲び、ご葬儀に参列できなかった非礼をおわびしつつ
合掌
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by tiaokumura | 2007-09-28 00:25 | 追悼 | Comments(0)

加藤重広先生集中講義・前半終了

4日間の加藤重広先生(北海道大学大学院准教授)の集中講義の前半戦が終わった。
昨日初日の夜、CiCにある「魚民(うおたみ)」ってところで歓迎会。昨年と違って人数少なく16人での歓迎会で加藤先生に申し訳なかったのだけど、加藤先生はそんなことは気にされなかったので、ホッ。また、去年の先輩たちはさまざまに趣向を凝らしてらっしゃったのだけど、今年はあいにくとタレント^^がおらず、高橋さんと僕が幹事みたいな役回りで、僕が司会をして、「加藤重広先生クイズ」(○×で6問くらい考えた^^)ってのをやってみたけど、う~ん、どうだったんだろう。あれでよかったんだろうか。ま、僕しか思いつかんっていうオリジナリティはあっただろうけど(爆)。
昨年の先生の集中講義、1割くらいしか理解できず、でも今年は理解度2割くらいまでアップ。あれから約1年、ダテに言語学勉強しとったワケじゃない(爆)って証明かなぁと思ったが、でもこれ、去年は「語用論」だったのが今年は「文法入門」となったという、対象の違いからなんかもしれん。今回は学校文法(橋本文法)と文法学との「橋渡し」的性格の講義。それでも、軽動詞・分離形・非限界動詞・多重テンスなどなど、単に僕が不勉強なだけなのかもしれませんが(恥)、聞きなれない術語がどんどん出てきて、毎回・毎時スリリングな体験をしています。富山大学の全ての授業が加藤先生レベルだったらどんなにすばらしいことだろうと思う反面、もしそうだったら、ボクなんか卒業はおろか編入学もできておらんことでしょうね、きっと(核爆)。余談ですが、この間から東京大学編『学問の扉 東京大学は挑戦する』(講談社)を読んでいるのだけど、「知の現在」に立ち会っているという知的興奮満載。加藤先生、やがて東大教授になられる方だと思う。毀誉褒貶さまざまな評価がある東京大学だけど、東大は(僕は京大のほうが好きだけど)、加藤先生のような優秀な先生を媒体に(「媒体」ってのは失礼な言い方かもしれません^^)「知の拡大再生産」を続けていくのでしょうね。それに引き換え(以下略^^)。
授業で1回も質問しないのは恥ずかしいことだし(ボクの場合「しない」と言うより消化不良で「できない」の方が正しいのだけど^^)先生に対して失礼でもある。それで、今日の小テストの後、高橋さんと黒板消しやってて先生も残ってらっしゃったので、この間から悩んでた動詞分類と「寝ている」のことを質問した(今日の授業で、僕が卒業研究で取り組んでいる「テイル」が出てきてた)。先生のお答え聞くと、僕の考えでよかったみたいで嬉しかった。ただ「寝た→寝ている」というような「チェック」のしかたは、はっきりしてるけど危険性もあるという加藤先生のご指摘、さすが加藤先生だと思った。
質問、まだ漠然とだけど3つくらいあるので、明日の授業中、勇気ををふるって(照)聞いてみようかしらん。
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by tiaokumura | 2007-09-26 21:10 | 僕は大学4年生 | Comments(0)

第7回イタリア美術セミナー

9月9日に村川いづみさんからメールいただいてたのですが、卒論合宿での発表準備に追われ、こちらにご紹介するのが遅れてしまいました(汗)。
僕の尊敬する女性のお一人である村川いづみさんのコーディネートによるイタリア美術セミナー、11月25日(日)開催予定です。
年1回のペースで行われているこのセミナー、今年で第7回目。僕は全てに出席ではないのですが、今回も講師のジュリアーノさんやコーディネーターの村川さん、シスター・ネリーナ(先日、卒論のデータ集めでご協力していただいた)にお会いできるのは大いなる喜びです。
詳しい内容がわかり次第またこちらに載せます。

講師ジュリアーノ・デルペーロさん(トレント生まれ。ブラザーで、美術にも造詣が深い。ご専門はイコン研究)
内容:昨年の続きになると思います。ラヴェンナのサン・ヴィターレ教会のモザイクラヴェンナはイタリア北部の都市で6世紀頃栄える。その後はどちらかと言うと地方の小都市ってことになるのでしょうが(現在は人口約15万人)、かえってそのことが幸いし、貴重な文化遺産が後世に残されました。1996年、「ラヴェンナの初期キリスト教建築物群」が世界遺産に登録。ダンテのお墓って、ラヴェンナにあります。『神曲』、ラヴェンナで完成されたんですね。そう言えば今、岩波の『図書』で河島英昭さんの新訳連載中ですよね。『図書』の楽しみの一つです。
昨年は「ガッラ・プラチディア廟庁」でしたが、今年はそれに優るとも劣らない「サン・ヴィターレ教会」のモザイクについて、ジュリアーノさんの名講義が聞けます。あ、講義は日本語です、ご安心を(爆)。去年の10月8日のここのブログに、昨年のリーフレットから引用紹介してあります。ご興味がある方はご参照下さい。
会場:例年、富山大学人間発達科学部(旧・教育学部)の教室を利用だったんですが、今年は工事中。心配してたんですが、村川さんによると「別なお部屋をお借りできることにな」ったそうです。良かった♪ 僕、当日会場案内のぷちボラ^^、今年も担当させていただく予定(照)。

富山県外の方はご無理でしょうが、県内の方、
11月25日(日)「イタリア美術セミナー」受講
をご予定に入れておいてくださると嬉しいです。
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by tiaokumura | 2007-09-24 16:25 | 美術 | Comments(0)

卒業論文(4)卒業論文合宿・発表終了

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(9月23日午前・記)
写真中央が呉人惠教授、右が粕谷さん(ニックネームは「けんけん」。4年)、左が僕(同じく4年)。
今年度の富山大学言語学コース4年生は11人。卒論指導ご担当は、安藤智子准教授が5人、呉人教授が4人、樋野幸男准教授が2人で、粕谷さんも僕も呉人組
22日、卒論合宿での発表、粕谷→奥村と午前中に終了。呉人教授を囲んでこうして記念撮影です(爆)。

砺波青少年自然の家での発表、午前2人、午後4人。その後、4年生が一言ずつ感謝の言葉を述べて無事終了。今年は2日目発表者がいなかった(爆)んだけど、発表しなかった5人、サボってたからじゃぁなくって、それぞれに事情あり。みんなから心配されてた某も土壇場で発表にこぎつけることができ、我ら11人(照)、来年1月16日(水)締切の卒論提出、3月の卒業目指して、刻苦精励(かな^^)な日々が続きます。

終了後、いやがるつっちー(3年)を強制して^^砺波駅まで彼の車で送らせる。タクシー代、助かった。先輩の役得(激爆)。その後、JRで富山駅。
粕谷さんとオープンしたばかりの紀伊國屋書店へ。フェリオ開店記念とかで、市電、3日間無料。ちょーラッキー♪
紀伊國屋書店、期待してたほどではなかった。売り場面積が広くゆったりしてるのはいいが、ではほしい本・これはって本がたくさんあるかってぇいうと、そうでもない。岩波の本は富山県内で一番揃っていそうだけど、洋書、思ったほどはない。年に何回か訪れる書店になるのかもしれないが、そんなに毎月来たい本屋さんにはならないかなぁ。レジ、フォーク式になってて、これは都会風か。紀伊國屋では、併設のBINGATAYAでほしいグッズはあったけど、結局何も買わなかった。
紀伊國屋で30分ほど過ごした後、粕谷さんと再び富山駅に引返し、駅前の「日本海庄や」に入る。初めて入る店。いわゆる「居酒屋」ってことになるのだろうか。メニューは富山生まれの僕が選び(能書きも垂れつつ選んであげた^^)、でも支払いはしっかり割り勘にした(激爆)。2人、発表が済んだ解放感からか、大いに飲み食いかつ話した。彼とは2年前の「編入学試験」が初対面で、今ではすっかり親友。彼のおかげで何とかキャンパスライフ(照)が続けられている。まことにありがたいことである。
11時頃帰宅。さすがに疲れてたんでしょうね、風呂にも入らずお布団敷いてもぐりこむ。2am頃トイレに起きたけど、8amまでぐっすり寝た。
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by tiaokumura | 2007-09-22 13:24 | 卒業論文 | Comments(2)

柴田哲孝『下山事件 最後の証言 完全版』(祥伝社文庫)

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柴田哲孝
下山事件 最後の証言 完全版
祥伝社(祥伝社文庫)
2007年8月 初版第2刷
857円+税

下山事件
と言っても、今では多くの人がご存知ないか、あるいは名前くらいしか聞いたことがないのかもしれない。僕自身も事件発生時はまだ2歳。リアルタイムで知っているわけではない。
1949年7月6日、国鉄初代総裁下山定則(しもやま・さだのり)が轢死体で発見された。自殺説・他殺説いずれとも究められないまま迷宮入りし、やがて(他殺だとして)時効に。戦後史に限らず、日本の「謎」の最たる事件。これに比肩しうるのは、帝銀事件3億円事件グリコ・森永事件くらいかもしれない。いや、政治絡み・背景に登場する怪しげな人物や機関・米軍主導の占領体制などを考えると、下山事件以上の謎めいた事件は空前絶後かもしれない。
僕などが詳しく「下山事件」について知ったのは、やはり何と言っても、松本清張『黒い霧』である。松本説はかいつまんで言えばGHQが深く関与していたというもの。僕もなるほどなるほどと思いながら読んだ記憶があります。
松本説で一件落着かとずーっと思ってたら(もちろん、自殺説やGHQ以外による他殺説を信じている人もいる)、2年前の夏、「自分の祖父が下山事件実行犯だったのではないか?」という新説でセンセーショナルな登場をしたのが柴田哲孝(1957-)。単行本が話題になってたとき、買おうか買うまいか迷った末に買わず仕舞いに終わった。その本が「完全版」として先月文庫本に。写真がそれです。内容をここで要約して書いてしまうと、マナー違反になるので書きませんが、確かに柴田説、細部の論証もしっかりしていて説得力があります。
JFK暗殺もそうですが、下山事件も「真相」がわからないまま後世に伝えられていくのでしょうね。「関係者」もほとんどが物故者になっている。

「下山事件」の重要な舞台の一つが三越本店。僕はあの近くの「古河ビル」B1Fのスナックで数年働いていたので、休憩時など、例のライオン口からデパートに入って、こうして下山総裁は「篭脱け」したんかなぁなどと思ったものです。
歴史にifは禁物ですが、もしあの時下山総裁が「死んで」いなかったら、国鉄はどうなっていたのでしょうか。いや、彼の死と無関係に歴史の大きな歯車は着実に廻っていたのかもしれませんが。
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by tiaokumura | 2007-09-21 17:51 | | Comments(2)

卒業論文(3)卒論合宿@富山県砺波青少年自然の家

実にお久な投稿(照)。
昨日・今日と富山大学に。X1先生の成績評価も、X2先生のシラバスも依然として未発表なまま。困ったちゃん先生^^がダブルでおるっちゅうのも、いかがなものか(激爆)。ま、ボク自身が「もっと困ったオッサン4年生」なんだから、エラソーなこと言えないのだけれど、う~ん、10月からの予定がこのままじゃ立てられん(泣)。かわいそうな学生、あんましいぢめんでね、わし、じゃないけん(爆)。

昨日は僕の卒論指導教官の呉人惠先生にレジュメ最終チェックしてもらった。哀れなくらいにズタズタに。とほほ。先生って、一見フツーのおばさんなんだけど(ごめんなさい、呉人先生)、やっぱ修羅場潜り抜けてるというか、情け容赦されん先生。それが先生の魅力でもあるのだけど。そんなわけで、昨夜は26時頃までWord&Excel。B組の授業控えとるんで、ちょっとでも寝とこう思うて、頭ん中の目覚まし5:30amにセットしていったん仮眠。ちゃんと予定通り起きて、レジュメ仕上げ。午前、富山国際学院でB組の授業の合間を利用して印刷コピー(もちろん料金払ってますよ、1枚5円だけど^^。3500円くらいの出費でした。痛い!)。そんでもって、2時頃富山大学に行って、言語学の5人の教官に配布。

う~~ん、これで個人の演習発表4回目になるんだけど、今回「」、羊頭狗肉と言うか竜頭蛇尾と言うか。前半部分はなんとか持ちこたえられそうだけど、後半はメロメロ。ま、今回発表すれば、これで発表はしなくっていいってぇのが唯一の救いか。

日本語学習者の「動作の持続」「結果の状態」を表すテイルの習得について
~「絵によるオーラルプロダクション」を通して~

0.卒業研究の目標
1.はじめに
2.先行研究
3.調査開始にあたって
4.初級教科書『みんなの日本語』におけるテイル
5.「絵によるオーラルプロダクション」の実施
6.「絵によるオーラルプロダクション」の実施結果
7.「絵によるオーラルプロダクション」結果の分析・考察
8.結論
9.反省と今後の取り組み
参考文献
参考資料
添付資料

発表、栄光のトップバッターはけんけん(彼も呉人組の一人。初日前半で2人討ち死にかも^^)で、ボクは控え目な2番バッター(爆)。たぶん、22日の11時頃になるのかなぁ。でも4年生11人いて、発表は結局6人っぽい。わざわざ遠い(っても県内だけど)ところまで行って合宿する意味あるんかしらん。22日は、『夜の上海』封切で、富山県内初の紀伊國屋屋書店もオープンするし、あとちとワケあり(これが一番デカイ理由^^)で、僕はお泊りしないことにしました。「青少年自然の家」って、ボクなんかには似合わんし(激爆)。「中高年不自然の館」(錦糸町か新小岩あたりにありそーなネーミング)がボク向きかも。
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by tiaokumura | 2007-09-20 23:06 | 卒業論文 | Comments(5)

「外国人の子ども集まれ」(北日本新聞9月14日)

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9月9日にこのブログに投稿した「多文化こどもセンター」のことが、今朝の北日本新聞に大きく紹介されていた。
「多文化こどもセンター」は射水(いみず)市内の公民館など5箇所で開設予定だそうです。富山県内の外国人登録者数は14891人(2006年末現在)。射水市1862人で、県内自治体中最も外国人登録者の比率が高い。今回のセンター開設が、射水市だけでなく県内各地にも同種の試みが広がっていくきっかけとなるといいですね。
11月18日には射水市橋下条公民館というところで「こどもたちの交流会」が開催。外国人・日本人のこどもたちがたくさん集まって交流が深められるとすばらしいですよね。
同記事でもサポーターの公募案内。問い合わせやサポーターへの応募は
とやま国際センター
まで。
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by tiaokumura | 2007-09-14 14:58 | 日本語教育 | Comments(0)

福岡伸一『生物と無生物のあいだ』

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福岡伸一(青山学院大学教授)
生物と無生物のあいだ
講談社(講談社現代新書)
2007年5月31日第二刷(第一刷は同5月20日)
740円+税

表紙に曰く「読み始めたら止まらない 極上の科学ミステリー 生命とは何か?]
ずいぶん評判になっている本のようですね。昨日博文堂さんから届いたこの本、二刷で、(一刷どの程度発行されたのかわかりませんが)わずか10日余りでの増刷。今、3ヶ月以上経ってますから何刷までいってるんでしょうか。僕のような科学オンチ^^が購入してるくらいですから、ひょっとしてベストセラーなのかも。確かに「読み始めたら止まらない」本。ボク、卒論合宿があるっちゅうのに(激爆)。
帯に、当代の売れっ子^^茂木健一郎内田樹が賛辞を寄せている。あと養老孟司・齋藤孝が褒めれば「満貫」かも(爆)。
マクロは宇宙、ミクロはそして分子生物学が、ここ何十年間かの最も「進化」している学問なんでしょうね。関連書何冊か読んでも「ち~ともわからん」ままのアホなボクですが(恥)、でもついつい読んでみたくなる、この手の本。
本書の場合、本筋ではないのでしょうが、DNAをめぐるいわば「科学者列伝」(人間臭いドラマ)が興味深い。中でも、全く初めて知った名前ですがロザリンド・フランクリン(1920-58)。

科学者で名文家って言うとファラデー寺田寅彦中谷宇吉郎が挙げられますが、著者の福岡伸一さん(1959-。京都大学卒)、僕にはブンガク的すぎる箇所が気にならないでもないのですが、きっとこの本、今年の話題本の1冊になる(もうなってる?)ことでしょうね。
巻末にでも、DNA科学者年表のようなものがあったらよかったかも。
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by tiaokumura | 2007-09-12 10:43 | | Comments(0)