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高野悦子「わが半生の記 越中人の系譜」(北日本新聞朝刊連載)

私(わたくし)にはご尊敬申し上げている方があまたいらっしゃって、その一事だけでも自分の人生は実に幸せだと思う。高野悦子さん(1929-)もそんな方々のお一人。初めてお名前を知ったのは「岩波ホール支配人」としての高野さん。高野さん(ご自身は満州生まれ)のご両親が富山ご出身だということを知ったのがいつだったか定かではない。
2007年7月7日~7月24日、地元紙北日本新聞の連載シリ-ズ「わが半生の記」の執筆者は高野さん。
私の生き方にいちばん大きな影響を与えたのは、両親だと思う。
で始まり
一度しか生きることのできない人生、私はわが映画人生に悔いはない。そして、生かされたこの命がつきるまで、映像文化のために尽くしたいと願っている。
で終わる。
この連載、やがて単行本に収録されるはずです。以下に、回・タイトル・見出しをご紹介。
①満州生まれ まだ見ぬ立山"日本一"
②少女のころ 「キュリー夫人」に衝撃
③日本女子大 映像を研究、とりこに
④東宝入社 日本映画の女性像に不満
⑤パリの映画大学 スパルタ校で頑張りぬく
⑥シナリオ制作 人生変えた盗作事件
⑦岩波ホール開館 聞き捨てならない噂
⑧演劇の幕開け 伝統と再創造を追求
⑨お化け騒動 けが続出を乗り切る
⑩エキプ・ド・シネマ 良質作品に激励相次ぐ
⑪ミニシアター 元祖と呼ばれ喜び
⑫映画祭巡り 名作求め世界を旅
⑬ジンクス破る 「老人もの」で社会に一石
⑭両親の教え 中国・韓国に思い込め
⑮国際女性映画際 38ヵ国の231本を上映
⑯富山での仕事 心打たれた黒部の講演
⑰映画文化振興 提言「若者育成」が実現
⑱映画人生 授かった仕事、悔いなし

この連載には、ご両親をはじめ、僕が知っているだけでも
南博、衣笠貞之助、岩波雄二郎、鈴木忠志、観世寿夫、武智鉄二、中村扇雀(現・坂田藤十郎)、白石加代子、川喜多かしこ、サタジット・レイ、宮城まり子、市川昆、羽田澄子、崔承喜(チェ・スンヒ)、金梅子(キム・メジャ)、ジャンヌ・モロー、野村万作
などといった方々(敬称は略させていただきました)が登場します。
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by tiaokumura | 2007-07-29 21:20 | 富山 | Comments(0)

都留泰作『ナチュン 2』(講談社)

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都留泰作(つる だいさく)
ナチュン 第2巻
講談社(アフタヌーンKC)
2007年7月23日 第1刷
533円+税

作者は、昨年度僕も授業(「文化人類学特殊講義」)を取ったことのある(評価「優」でした^^)、都留泰作先生(富山大学人文学部准教授)。待望の第2巻が発売されました。コミック誌「アフタヌーン」(講談社)2006年12月号~07年7月号に連載された第5話から第13話まで収録。作者によると「このお話はゴリゴリのSFのつもりで描いています」とのこと。掲載誌は一度も読んでないのですが、第2巻の「次号予告」によれば、第3巻は「2008年初頭、発売予定!!」だそうです。しかも「ここまでは序章にすぎない。ついに物語が動き出す!!」とますます続けて読みたくなるキャッチコピーも^^。「nacuN」(ナチュン)って何なんだろう、興味津々です。
覚えるのんが苦手(恥)なんで、第3巻には人物相関図みたいのんをつけてもらえるとありがたいのですが(爆)。

先日、人文学部棟で都留先生のお姿を見かけたので、「先生、第2巻、読みました」って申し上げたら、先生、照れくさそうになさってました。

(追記)
さっきネットで調べてたら「ナチュン」にヒット!
首里・那覇方言
「自動詞 ①泣く ②鳴く」
だそうです。
おもろ』からなんでしょうか、次の歌も引用されてました。
タルユ ウラミトゥティ ナチュガ ハマチドゥリ、アワン チリナサヤ ワミン トゥムニ。
古賀+寺山+五木の「浜昼顔」(1974年)を連想させる歌です。
なお、都留泰作先生はかつて沖縄でフィールドワークなさっています。
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by tiaokumura | 2007-07-29 16:26 | | Comments(0)

奥田ふるさと祭り

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昨年に続き富山国際学院がある校区のイベントに参加。
今年は
ロシア料理(短期留学中のロシアの子どもたち)
 ボルシチ(厳密にはウクライナ料理?)
 ブリヌイ
 ヴァレーニキ
中国料理(僕は教えたことがないんですが、F組の学生たち)
 水餃子
を提供。
ブリヌイってのはロシア風クレープ、ヴァレーニキってのはロシア風餃子です。
ブリヌイ以外はちょっと売れ残りもありましたが、ま、それは気にしないってことで。みんな何日も前から一生懸命準備して(僕は今年は今夜のみの参加)、今夜は今夜で精一杯の日本語で売り込みアピールしたんだから。
終わってから去年みたいに花火をしようと思ってたんですが、今回は取りやめに。残念。

学院で鍋洗いなど済ませた後、去年同様に手伝ってくれた富山大学言語学コースさやえんどう(4年)・ミッキー(4年)と地鉄富山駅構内のドトールでお茶。本当はスポーツバーで生ビールでも、と思ったんですが、つぶれてしまってた! そのお店、僕にとってはWカップのジダンの頭突きを見たのが最後でした(核爆)。CiCにできた「メイド喫茶」も行かずじまいでつぶれた^^みたいだし、富山って、んんんんん、なかなか都会みたいにいかんのかしらん。今年開店する紀伊國屋書店さま、あっさり撤退せんといてネ(激爆)。
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by tiaokumura | 2007-07-28 19:35 | 日本語教育 | Comments(1)

和陶老師在富山大学

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5月10日に始まった富山大学公開講座「中国語入門」、今日が最終日。全12回のうち、1回だけ演習発表準備で休みましたが、残り11回は無遅刻で出席。出席率が一定以上だと「修了証書」ってぇのがもらえます。もちろんボクもゲットしました(激爆)。あと、ようわかっとらんのですが、「シール」ももらいました。修了証書、学長名で発行されとるんですがそれじゃ寂しいんで^^、陶老師にサイン書いてもらいました。修了証書の日付、平成になっとるんですが、西暦で書いてほしかったなぁと思った。事情、ようわからんのですが、富山大学って、「西暦」「平成」の両方使っとるみたいっす。
扇子は中国で買ったもの。なんかジュリアナっぽいかも(自爆)。
この講座、後期は10月4日開講(来年1月24日まで全13回)。後期も受けるつもり。でも、卒論、大丈夫なんじゃろか(爆)。

陶老師、謝謝。我的同学、辛苦了。大家、10月見!
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by tiaokumura | 2007-07-26 20:37 | Comments(2)

ロシア花組、最終授業

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なんてしょわしないガキっちょどもなんだ!」(「しょわしない」は富山弁です^^)とか「集中力ないんかいな、チミら」とか、しばしば半ギレ状態の授業(恥)もあったけど、本日が僕のロシア花組担当最終日。ほんとうは明日も担当、だったんですが、富山大学の「はしか補講」が組まれて、今日が「最後の授業」になりました。
ロシアの子供たちが富山国際学院でこうして日本語を学ぶのもこれで8年目くらいになるのですが、僕が担任や全体の責任者やるのは初めて。しょっちゅうピリピリしてたような気もしますが、今日の授業(4時限目は教科書のテスト)の後、子供たちが精一杯の日本語で感謝の言葉を異口同音に言ってくれるのを聞いていると、(中には「お世辞」もあっただろうけど^^)なんか胸にじーんとこみあげてくるものが(照)。「鬼の目にも*」モードもちょっぴり(照)。
この子たちが将来「親日」「知日」になるかどうかわかりませんが、彼女ら・彼らにとっていつまでも、日本語が「学ぶに値する言語」、日本が「興味を持てる国」であってほしいと願ってやみません。

学院の七夕を囲んで記念写真。左下が僕で、その右後からユーリャさん・アントン君・デュハ君・サーシャさん・ターニャさん・アーニャさん・ビーカさん。どの子も個性あふれるウラジオストクっ子たちです。そして、「ごくせん」じゃないけど^^、どの子も「僕のかわいい&大切な子どもたち」です(照)。
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by tiaokumura | 2007-07-24 20:47 | 日本語教育 | Comments(0)

2万ヒット到達\(^o^)/

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先々週395人、先週439人と、ここんとこ500人を割りこんで失速^^気味の当ブログですが、たぶん今日の午後3時頃、累計ご訪問者2万人に達しました! 20000のキリ番をゲットしたかな、って方、ご一報を。ってもカウンター出ないブログなんで、訪問された時通算何人目かはわからずじまいなんですが(爆)。
過去の記事を検索してたら、
開設2005年12月29日→5千人目06年9月23日→1万人目07年2月17日→1万5千人目07年5月19日
って記述あり。で、2万人目が07年7月24日ということになります。このペースで進めば、年内に3万人も夢じゃないかも(嘘爆)。
1日2万ヒットなんてブログもけっこうあるみたいなんで、それから見れば実にささやかなブログではありますが、それでもこうして通算2万人を記録すると、ブロガーとして素直に嬉しいものです。皆様に感謝!です。これからもよろしくお願いします。
記念にボクの顔アップとも思いましたが(激爆)、そんなもん載せたらたちまちアラシ殺到→炎上必至なんで(自爆)、ききの顔写真にさせていただきました。ききもご主人様の喜びを分かち合って・・・んんん、全然知らん顔、ですネ(大汗)。
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by tiaokumura | 2007-07-23 20:24 | このブログのこと | Comments(2)

松尾芭蕉/ドナルド・キーン訳『英文収録 おくの細道』

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松尾芭蕉(1644-94)
ドナルド・キーン(Donald Keene 1922-)訳
英文収録 おくの細道
講談社(講談社学術文庫)
2007年4月10日・第1刷
760円+税


About 320 years ago, a 46-year-old man and his pupil visited Toyama called Etchu in those days. According to his pupil's diary, they passed through here on August 27th by the solar calender. It was so hot that the master didn't feel well. To make matters worse, there was few peole in Etchu that could understand the master, his journey or life-style. So when he asked where he might stay or which way he should go, no one could make suitable advice to him. He stayed in Etchu for only two days. One night in Namerikawa and the other night in Takaoka.
Later he didn't write a lot about our lovely hometown on his well-known work titled ThE NARROW ROAD TO OKU. He allotted a few sentences and one seventeen-syllabled poem to give his impression of Etchu. He composed 3 poems in Echigo, 11 in Kaga, 5 in Echizen. Most of them were much better than in Etchu. Only one (not famous) in Etchu!
I deeply regret that our ancestors couldn't understand enough who he was. I'm also sorry that he visited in summer not in winter. He could have had a great impression from the scene in winter here.
Yes! His name is MATSUO Basho.
Written by OKUMURA Takanobu

本書はドナルド・キーンの英訳付きの『おくの細道』。1996年に講談社インターナショナルから刊行された本が原本。同氏の「学術文庫刊行にあたって」によると、『おくの細道』は1946/47年頃→1955→1996と翻訳をして、「2006年の今現在に至って、さらにまた一部に改訂を施しました」とのことである。翻訳者として・学者としてのドナルド・キーンさんの持続そして良心に感動します。

で^^気になる「越中での唯一の俳句(芭蕉のときは「俳句」という言葉はなかったが)」の訳ですが、キーンさんは次のように訳されています。
Sweet-smelling rice fields!
To our right as we push through,
The Ariso Sea.
わせの香や分け入る右は有磯海

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by tiaokumura | 2007-07-22 17:48 | 富山 | Comments(0)

許夏珮『日本語学習者によるアスペクトの習得』

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許夏珮
(2004年11月現在、東呉大学日本語学科assistant professor)
日本語学習者によるアスペクトの習得
 日本語研究叢書17
くろしお出版
2005年3月1日・第1刷
3800円+税

卒業論文の題目提出ってのが今年4月下旬だったのだが、何も思いつかなかった(大恥)。富山国際学院の同僚の増山さん(当時は旧姓の大岩さん)にそのことをちょっと洩らしたら(照)、彼女の名古屋大学修士論文を貸してくださった。名大修士ですもんね、すごいっす! で、それをパクって(自爆)、指導教官になってもらいたいと思ってた呉人惠教授に「アスペクトやりたいんですけど・・・」と恐る恐る^^ご相談にうかがったたら、あっさり却下された(核爆)。確かに呉人教授に言われるまでもなく工藤真由美先生によって日本語アスペクト研究って(ひとまず、かどうかはボクなんかには判断できませんが)ほぼ結論が出てる状態。次に考えたんが(照)、今年度担当してるB組の授業を材料に何かできんだろうか、ってアイディア。結局、先日このブログの記事に書いたような卒論になりそうです。
前回(っちゅうても遥か40年近く昔なんっすけど^^)の大学生の時は、北村透谷→梶井基次郎→宮沢賢治→富永太郎→中原中也→石川啄木→梅崎春生・・・と転々として(自爆×2)、結局「東京教育大学除籍」じゃった(自爆×3)。こないだ、同僚の高木さんと卒論の話してたら高木さん、東京外語大ドイツ語ご出身なんですが、彼女、卒論いらんかったそうです! ちょー羨ましいっす。

本書は、許夏珮(Sheu, Shiah-Pei。日本語読みでは、キョ・カハイ)先生のご著書。「略歴」によると、台北ご出身で、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科比較文化学専攻博士課程修了、博士号取得。
許先生のことは、卒論準備で学会誌『日本語教育』を検索しててヒットした論文の一つが先生ので、それで知りました。
「序」は長友和彦先生。長友先生によると「頑固ながら涙もろい許さん」は、「お茶の水女子大学大学院の日本語研究分野で、留学生に授与される博士号としては第1号」だそうです。

この本、しっかり読まねば、と思っています。
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by tiaokumura | 2007-07-21 18:33 | 僕は大学4年生 | Comments(0)

『NARA:奈良美智との旅の記録』(監督・坂部康二)

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奈良美智(1959-)のあのつり目で意地悪そうな女の子を初めて見たとき、なめ猫たれパンダみたいなキャラクターグッズの類かと思った(恥)。名前からてっきり「女性」だと思っとったし(大恥)。そんな彼も、先日アメリカで草間彌生(1929-)・村上隆(1962-)に次いで3人目の「1億円」アーティストの値がついた(爆)。
この映画、3ヶ月で8万人を動員した「Yoshitomo Nara+graf A to Z」展を中心としたドキュメンタリー。ソウル、弘前、ニューヨーク、横浜、バンコクなどが「旅の記憶」の舞台。ソウルでは7歳の女の子(確かチセと言ったか)との出会いが丁寧に描かれている。バンコクでの創作風景もおもしろかったし、奈良の生まれ故郷弘前(巡回最終展覧会場は同地の「吉井酒造煉瓦倉庫」)での活動も圧巻。非常に見応えのある映画でした。
村上隆は「工房」システムみたいな創造ですが、奈良はそれこそ「一人で作品を作り続ける」アーティストなんですね。もちろん今回の展覧会はスタッフ・ボランティアとの一大アートプロジェクトなんですが、絵そのものは(映画からうかがい知る限り)彼一人で創作。以前、富山で横尾忠則(1936-)の創作過程を公開(要するに、彼が絵を描くところをギャラリーとして見ることができる。「創作現場に立ち会う」ってやつ^^)するのに参加しましたが、映画観ててそのことを思い出した。しょっちゅうたばこ吸うんですねぇ、奈良って(激爆)。

上映館は「フォルツア総曲輪」。昔映画館だったんがつぶれて、去年だったか、有志(富山国際学院のパンフのリニューアルをしていただいた高才弘さんもそのお一人だったと思う)によって復活。これは残念ながら観られなかったんですが『ヨコハマメリー』(監督・中村高寛。2005年)をこの間上映してた。富山には貴重な「ミニシアター」。
160席ほどあるみたいですが、今回の観客、僕を入れて9人(男はボクだけ^^)。そりゃそうでしょうね、金曜日1:30の上映ですもんね。ボク、本来なら金曜午後は「事務見習@富山国際学院」なんですが、学院長の岸井さんにお願いして観ることができた。上司の岸井さんに感謝。
もっともっとこの映画館の利用者(ライブコンサートもできるみたい)、増えるといいですねぇ。9月8日からは市川準監督『あしたの私のつくり方』(成海璃子主演)公開予定。観てみたい映画です。谷川俊太郎監督『ヤー チャイカ』、ここでやってくれればいいなぁ。

上の写真、受付の方に、ブログに載せるってのを了解していただいた上で撮ってもらいました。
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by tiaokumura | 2007-07-20 17:51 | 映画 | Comments(2)

畑中純『1970年代記』

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畑中純
1970年代記
 「まんだら屋の良太」誕生まで

朝日新聞社
2007年4月30日・第1刷
1300円+税


たぶん朝日新聞の書評で知った本。
畑中純『まんだら屋の良太』は作者名・漫画名くらいしか知らなかったのだけど、この本の書評を読んで「『まんだら屋の良太』、読んでみたい」と思った。で、大学近くの本屋さん(1Fの陳列がちょっとユニークな本屋さん。コミックは2F)に行って聞いてみたが、なかった。どうやら絶版の模様。残念。
この本、自伝漫画ということになるのだろう。畑中純(1950-)は僕より学年で3コ下になる。ほぼ同時代を生きてきてるので、「そうそう、こんなことあったよなぁ」とか「あ、この映画、オレも観てる」「この歌はやってたころ、自分はこうだったなぁ」などと、まるで思い出起爆剤^^みたいにして、一晩で読んじゃいました(激爆)。随所に傍注がついてるので、あの当時のできごとについていちいち調べなくてもよいのも便利。
この本、2002年夏のつげ義春(1937-)との語らいから始まり、1970年代を順にたどる。何箇所かに彼が『ガロ』などに発表した作品が織り込まれ、巻末には『まんだら屋の良太』の1979年発表「聖職は性色?」編が収められている。
「あとがき」の最後に、このあと「1950年代記、60年代記、80年代記、90年代記と描き継いで」いくとの意思表明。50年代記・60年代記の2冊は買って読もうかと思っています。

ヒマもない身分じゃけんど、マンガ喫茶に通って『まんだら屋の良太』、既刊全冊読破しようかしらん(核爆)。
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by tiaokumura | 2007-07-19 21:57 | | Comments(0)