<   2007年 05月 ( 36 )   > この月の画像一覧

小西甚一先生、ご逝去

f0030155_2254357.jpg
富山高校時代、国語は上杉重章先生神島達郎先生、大間知先生に習った。大間知先生は確か奈良女子大ご出身だったが、上杉先生は東京文理科大(後の東京教育大)、神島先生は東京教育大のご出身だった。上杉先生・神島先生のようになれたらいいなと思い、東京教育大に進学したようなところもある、ボクは(照)。結局ぜんぜん違う人生を送っているのだけれど(恥)。受験勉強では、旺文社が当時やっていた大学受験ラジオ講座鈴木一雄先生の古文講座を聞き、小西甚一先生の『古文研究法』という受験参考書を愛用した。やがて大学に進学し、お2人の授業も受けられるようになった。あの当時の教育大は専攻ごとの募集で、僕は国語学国文学専攻、1年から専門科目があった。今から思ってもずいぶんレベルが高い授業内容だった。教授・助教授の区別はよく覚えていないのだが、小西先生は教授、鈴木先生は助教授だったか。他にも中田祝夫先生・馬淵和夫先生・小松英雄先生・峯村文人先生・尾形仂先生・分銅惇作先生、東大と掛け持ちで吉田精一先生も。北原保雄さん(『問題な日本語』など)が確か助手だったから、すごい^^。
そんな豪華な先生方だったのに、ボクってやっぱアホだったんでしょうね、勉強せん&できん学生で(大恥)、どんな授業を受けたのかあまり記憶にない(大汗)。小西先生は、比較文学・能楽論だったような記憶があるのだけど。比較文学では当時のイギリスの最先端の文学批評などを習ったか。オグデン&リチャーズなども出てきたように思う。先生は後にスタンフォードやプリンストンでも教鞭をとられたくらいですから、英語や英米文学にも精通されてたに違いない。先生の授業態度は、一流の学者ならではの自信に満ちた静かな感じ。そんなに大柄な方ではなく、やや顔を上げ気味に話された。連歌を山田孝雄に、能を観世栄夫に師事され、ドナルド・キーンとも交流があった。
先生の代表ご著書は、何といっても『文鏡秘府論考』『日本文藝史』ということになるだろう。両書とも大部な著書で、前者は日中比較文学の成果、なんと35歳で学士院賞受賞。後者は古代から三島由紀夫までの日本文学通史、英訳もされている。
先生のような「学者」はもう出ないだろう。なぜなら先生は、大きなスケールの構想力を持ち、それは例えば通時的には古代から現代までの日本文学に精通していることである。更に中国文学・イギリス文学についても彼の地の学者並みの素養があり、その上に連歌・能などの実践者としてのバックボーンが備わっている。
先生の「業績」として『古文研究法』も見逃してはならない本だと思う。僕もそうだが多くの受験生がこの本のお世話になっているはずだ。現在も刊行されていて(僕は改訂前だったか)なんと100版というロングセラー。普通この手の本は助手か院生に書かせて教授が自分の名前で刊行するというのが「常識」なのだが、『古文研究法』はそうではない。大学人には教育・研究・社会貢献の義務があると思うが、先生は大学受験生のために、しかし、安易な妥協は潔しとせず、この受験参考書を書かれている。
先生についてもう一つ触れておきたいことがある。東京教育大学の筑波移転問題の渦中にも先生はあられた。そして、先生は文学部教官の多くが移転反対派であった中で(あの当時、文学部が反対、理学部が賛成のそれぞれ急先鋒だったと思う。他の教育・農・体育の3学部はどうだったか)、移転賛成派であった。僕自身は移転反対の立場(っても、あの当時の言い方で「日和ってる学生」だったんだけど^^)。小西先生は、従って、文学部の中では少数派だったような気がする。「右派」のレッテルを貼られていたかもしれない。しかし、自説を曲げることなく、教条主義的な主張を批判し、最終的に筑波移転の功労者に。筑波大学では副学長にも。ここで「功労者」とか「副学長」は皮肉の気持ちで言ってるのではありません。最後まで信念を貫き通された先生には尊敬と畏怖の念を抱いています。
繰り返しになるが、先生のような方は、少なくとも国文学(今は「日本文学」と言うようだ)の世界ではもう現れないだろうと思う。たぶんそれは、先生に限らず、先生たちの世代が持っていた教養や学識や見識が後代には全く欠けていることを意味する。一見華やかに見える現在の「知の世界」、実はメッキ世界なのかもしれない。今の大学生諸君が40年後、今の僕のように、かつて教わった先生方を覚えているなどということはあるのだろうか。

小西甚一・筑波大学名誉教授、2007年5月26日ご逝去。享年91歳。
先生のご冥福をお祈り申し上げます。

[PR]
by tiaokumura | 2007-05-31 22:05 | 追悼 | Comments(7)

朝日新聞「歴史は生きている 東アジアの150年」

日中韓共同で(この場合「協同で」のほうがいいのかも)共通の歴史教科書を作る試みがあるそうです。無論一朝一夕にはできないことですが、少しずつでもページが増え続けていくといいですよね。

歴史認識」に中立ってのはないんでしょうし、客観性と歴史観はそもそも矛盾する代物。「事実」は一つでも、どの立場から見るか・どんな視点で捉えるかで、ずいぶんその景色は異なってくる。とりわけ自国史に収まりきらない「近現代史」は、その時々の政治(政府)に翻弄され、イデオロギー(偏狭なナショナリズムなど)の汚辱にまみれ、更には軍事力や経済力が歴史決定のファクターになったりする。
5月29日付の朝日新聞「歴史は生きている 東アジアの150年」は好企画。あまり説得力のなかった「社説21本」よりこういう企画に朝日新聞は力を入れてほしい気がしました^^。
同記事は、「アヘン戦争(1840~42)からの約150年間の期間で、東アジアの近現代史で特筆すべき10の出来事を重要度順に挙げてください」という質問を、日中韓台米英豪の識者20人に聞いた結果。顔ぶれは日本10人(陳舜臣さんを含む)、中国3人、韓国3人、台湾1人、アメリカ1人、イギリス1人、オーストラリア1人。日本・中国・韓国が同数かもっと接近した人数のほうが良かったように思うが、それは新聞社の方針・事情なんでしかたがないことなんでしょう。

いろいろ興味深い結果が読み取れるのですが、ここは2つのことだけ。
1)「アヘン戦争」「明治維新」はどのくらい挙げられているか。「アヘン戦争」は10(日本5、日本以外5)、「明治維新」は5(日本2、日本以外3)。ただし、ここではそれぞれの「用語」をはっきりと挙げてある場合のみのカウントです。
2)前にこのブログでも書いたのですが、僕は「太平洋戦争」って不正確な歴史用語だと思う。「アジア太平洋戦争」と呼ぶべきだと思っています。挙げている人8人がどちらの呼称を使っているか、以下の通りでした。
太平洋戦争」4(日本3、日本以外1)
アジア太平洋戦争」(「アジア・太平洋戦争」を含む)4(日本1、日本以外3)

で、あんた何が言いたいん?」って言われても特に何もないのですが(大汗)、ひとまず調査結果のご報告(爆)。でも、数え間違いあるかもしれませんので、ご容赦を。
この企画は年間企画だそうで、同記事によると
今後、20人の識者について個別のインタビューを掲載する
東アジアの近現代史から10のテーマを選び、現在とのつながりや「交流と連鎖」という新しい観点から再現していく
とのことです。
[PR]
by tiaokumura | 2007-05-30 23:23 | Comments(3)

河瀬直美さん、森理世さん、おめでとうございます!

河瀬直美」という映画監督の名を知ったのは1997年だった。そうなんです、たぶん、皆さんも同じでしょう。カンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)を史上最年少で受賞したのが彼女。受賞作『萌の朱雀』は、僕は劇場ではなくNHK-Eで観たんかなぁ。(私小説に対して)私映画とでも言うような自分の生い立ちをを基にしたドキュメンタリータッチな映画。映画文法を無視したような(あるいは、いい意味での「無知」か)カメラワークもあったりした。暗いテーマでもありながら、静謐で淡々としていた。その後彼女の映画を観たいと思っても、地方都市在住者の哀しさ、チャンスはなかった。富山は渋谷じゃないもんねぇ(謎爆)。ただ、彼女のその後はなんとなくだけど注目してて、『萌の~』のプロデューサーの苗字になったので結婚したのかと思い、それがまた「河瀬」に戻ったので、そうか離婚したんかいなと思った。スランプ時期もあったようだった。そして再婚・出産も。そんな彼女、去る5月27日に発表があった第60回カンヌ映画祭グランプリ(le grand prix du festival de Cannes)受賞。出品映画は『殯の森』。奈良ご出身だからってわけでもないでしょうが、彼女の映画タイトル、ボクなんかにはちょームズじゃって(自爆)。彼女の作品、皆さんは読めますか? 『萌の朱雀』(96)、『杣人物語』(97)、『万華鏡』(99)、『火垂』(00)、『沙羅双樹』(03)、そして『殯の森』(07)。ボクでも読める^^簡単なタイトル作品もあるけんど^^。ちなみに『殯の森』のフランス語タイトルは”La foret de Mogari"っす、って原題そのまんま^^。富山は無理でも、金沢に渋谷みたいな映画館あるんで(ゴダール特集なんかもやった)、そこで上映されそうだったら、『殯の森』、観ようと思います。
なお、パルム・ドールは、クリスチャン・ムンギウ監督(ルーマニア)"4 Luni, 3 Saptamini Si 2 Zile"でした。でも何てタイトルなんか、ちんぷんかんぷんっす、ルーマニア語なんでしょうか。「9月3日」がどうしたとかなんでしょうか。あ、でたらめですよ、誤解なきように(激爆)。タイトル名、わかる方はご教示ください。

河瀬さんもすごいですが、森理世さんもすごいですよね。こないだのウオッカが64年ぶりなら、森さんは48年ぶりのミス・ユニバース日本人優勝。48年前、ボクは中学生(照)。オンタイムで1959年の児島明子さんの優勝覚えています、顔も今でもうっすらと記憶に残ってる。なんだか眉毛が細長かったように思う(アイラインだったんかも)。児島さんは後に確か宝田明と結婚だったか。森理世さんは静岡のご出身、お母さんがダンス教室を経営されてて、その影響でダンサーになり、現在はダンススクールのインストラクター。1986年12月24日生まれ、クリスマス・イヴっていう強運の星の下に生まれたからではなく、やはり「美」そして「知」の持ち主だからこそ、ミスユニバースに選ばれたんでしょうね。YouTubeってすごいんですね、もう彼女の映像あります! メキシコであったのでスペイン語なんでしょうか、タイトル、"Miss Universo Japon/Miss Japon/marzo de 2007"でした。BGMには日本語の歌。有名な歌なんかもしれませんが、こういう(たぶん)J-POP、ボクは疎いので、誰(女性歌手)の何て歌かボクにはわからない(恥)。
児島明子の前、伊東絹子が1953年3位入賞で(その後「八頭身美人」なんて言葉も生まれた)、戦後日本社会、敗戦で自信喪失だったんが、大喜びしました。フジヤマのトビウオ=古橋もそうだったんでしょうね、きっと。
ミス・ユニバースって、フェミニズム運動で糾弾の対象になってたんかと思ってましたが、まだ続いてたんですね。ちょっと意外な感じも。去年は知花くららって人が2位だったそうです。

河瀬直美さん、森理世さん!
おめでとうございました!


(同日10pm追記
Cristian Mungiu監督の記事(英語版)、ネットで見つけました。indieWIREってところです。そこでは原題が英語訳されてました。
"4 Months, 3 Weeks and 2 Days"
そういうことだったんですね。「9月3日」だなんて、とんでもなかった(自爆)。
つぃでと言っちゃ失礼なんですが^^、河瀬直美監督の作品名の英語訳は
"The Mourning Forest"
」をそのまんま"Mogari"にしたフランス語訳と"Mourning"にした英語訳、どっちの「態度」が良かったんでしょうかねぇ。難しいところです。
[PR]
by tiaokumura | 2007-05-29 20:09 | Comments(0)

富山大学は生き残れるか(上)

昨年3月だったか、編入学手続き書類が届き、中に「同窓会」入会の案内も入ってた。確か入会金1万円。無理して払えない額ではなかったのだけど、卒業できるかどうかもわからんかったし^^、富山大学同窓会に入るメリットもあまり感じなかったので、払わなかった。たぶん、卒業できても払わんでしょう、ボクは。愛校心ない男っすね、ボクは(核爆)。卒業式当日って同窓会主催のパーティーもありそうですが、ボク、それ出席できん、きっと。
そんな僕ですが、最近の新聞記事にはいささか不安も。っても「はしか」じゃなくって(爆)、「国立大運営交付金」のこと。ご存じない方もあると思うので新聞記事をまとめると、国が予算から毎年、国立大学(正式には「国立大学法人」です)に「国立大学運営交付金」を補助している。07年度予算では総額約1兆2千億円。今、全国に87の国立大学があります。前はもっと多かったのですが、ここ数年の再編でこの数に。富山県の場合は、旧「富山大学+富山医科薬科大学+高岡短大」の3つが一緒になって今は新「富山大学」。全国87国立大学の総収入は2兆3900億円。ですから、その約半分が前記の運営交付金で賄われていることになる。残りは、附属病院収入(6200億円)、授業料・入学金など(3600億円)、外部資金など(2100億円)。
で、今問題になっているのは、交付金の各大学配分を一律ではなく、大学によって差をつけようという財務省や経済界の動き。かつての銀行再編・金融ビッグバンと似てるんですね。国による「護送船団方式」をやめて競争原理を導入する。そうすることによって、特色ある大学を作り、更には国際競争力をつけるというもの。財務省のシュミレーションでは、交付金、旧帝大などは増加する一方で、富山大学など74大学(全体の85%)は減額。富山大学の場合は5割以上の減だそうですから、大変なことになる。生き残り競争激化どころか、かなりの大学が経営危機に陥る。大学が自助努力で収入を増やさなければならない。でも、前にもちょっと書きましたが、文系の教官に「給料分稼いで来い」なんて言っても無理っぽい(爆)。理系にしても、基礎科学系はそうおいそれと金儲けはできない。そうなると「金のなる木」は(医療系は別格として)尖端技術系か工学系くらいしかない。それもよほどの「発明」か、うまい具合に企業とタイアップできればの話。収入の見込みがないとなると、どうするか。短絡的すぎるかもしれませんが、授業料値上げ人件費削減ってことになるんでしょうね。
続く
[PR]
by tiaokumura | 2007-05-28 23:24 | 僕は大学4年生 | Comments(0)

大いに不明を恥じる=ウオッカ、ダービー制覇

いやはや、驚きました! 全く予想だにしてませんでした、ウオッカ、64年ぶりの牝馬ダービー馬に。
3番人気だと知ったときも、「まさか~」と思ってました。ボク、肩入れする人が多くてもせいぜい8番人気くらいにしか思ってませんでしたもんね。
で、結果、ウオッカが04年生まれのサラブレッド牡牝8470頭のトップになった。人間社会で男女共同参画社会が実現する前に牡牝共同参画競馬実現したんかも(核爆)。
ウオッカって命名、父のタニノギムレットを越えてほしい、つまりギムレット(ジンがベース。ウオッカがベースのときもあるかも)絡みでジンより強いウオッカにしたとか。
64年前のクリフジもすごい牝馬だった。ウイキペディアからの引用を主にまとめると、11戦11勝、内7戦が10馬身以上のぶっちぎりで、ダービーではスタートで大きく出遅れながら、後続を遥かに引き離して優勝したってぇんですから、全くのアンビリーバボーっす(核爆)。あの野平祐二(1928-2001)が「日本競馬史上最強馬は?」というアンケートに、シンボリルドルフではなくクリフジを挙げてたそうですから、いくつ最上級で賛辞しても足りないくらいの名馬です。全くそんなこと今まで知りませんでした。僕が生まれる前のできごとだ、っても言い訳にはならんでしょうね、きっと(汗)。
今回のダービー、(アンカツには悪かったんじゃけんど)1番人気は勝てない、ってぇ予想して、それだけは辛うじて当たった(照)。

ウオッカさん、おめでとうございます!
四位洋文騎手も角居勝彦騎手も、ともにダービー初制覇、おめでとうございます!

ワタクシの、当ブログでの今回のダービー記事、極めて失礼な振る舞いの数々、ご寛恕を!

第74回日本ダービー
5月27日(日) 東京競馬場・芝2400m
1着ウオッカ 2着アサクサキングス 3着アドマイヤオーラ
単勝1050円 枠複1990円 3連複248790円(主催者発表でご確認ください)
[PR]
by tiaokumura | 2007-05-27 19:42 | Comments(0)

米田哲雄先生「第7回 子どもの日本語・日本語力を知る」

f0030155_19373453.jpg
今日1時から4時半まで、米田哲雄先生主宰の「子どもの日本語・学習会」に参加。写真は、今回のレジュメ。いつも感心するのですが、膨大なデータ類です。
米田先生にはこのブログに数回ご登場^^していただいています(このブログ内の「検索」でヒットします)ので、簡単にだけご紹介すると、富山県内の「子どものための日本語教育」の、実践・理論両面のリーダー・第1人者。「日本語教育」に限らずいますよね、ときどき、なんかわけのわからん理論だけの御仁経験主義に凝り固まった実践家子どもの目線に立てない・立たない先生。米田先生は、豊かな実践経験実践に深く裏打ちされた理論の両方を持ち、なおかつ「子どもの心」がわかる、稀有な存在。その米田先生を持ってしても、なかなか「改善」されない、学校現場での日本語教育。この学習会、僕は少し意見や感想も言いますが専ら聞き役・質問者になること多く(恥)、学ぶことが多い。現在学校現場で取り組んでいらっしゃる先生方の生の声が聞けるのも、この学習会ならではの機会。

この学習会のこれまでは以下の通り。
第1回 富山県の外国人児童生徒の現状
第2回 日本語教材の検討会
第3回 漢字・語彙学習
第4回 コンピュータで日本語を教える
第5回 子どもの日本語・はじめの1か月
第6回 子どもの日本語・その実際
僕は、今回(第7回)で4回目の参加でした。

次回(第8回)は、「コンピュータで漢字・語彙を学ぶ」で8月25日(土)です。
[PR]
by tiaokumura | 2007-05-26 19:37 | 日本語教育 | Comments(0)

武藤康史『旧制中学入試問題集』

f0030155_22425876.jpg
武藤康史
旧制中学入試問題集
筑摩書房(ちくま文庫)
2007年5月10日 第1刷
950円+税

この間の日曜日(20日)、富山市民国際交流協会(TCA)の懇親会の後、ふと思い立って、富山駅前から市電に乗り、西町下車、総曲輪(そうがわ)通りをブラブラ^^。総曲輪通りは、このブログでも以前触れましたが、僕が子供の頃からの(いや、もっと前からある)商店街。昨夏、大原美術館に行ったとき倉敷で泊まったのですが、倉敷駅前の商店街、そうでしたが、総曲輪もアーケード商店街。倉敷はどうか知りませんが、きっと雪対策なんでしょうね、アーケード。総曲輪、かつては「総ブラ」なんて言葉もあったようですが、今は閑散。かつてのにぎわいを取り戻そううといくつかの試みがあるみたいですが、劇的な効果をもたらす起爆剤、なさそう。大和デパートの現在地から少し移転してのリニューアルオープンによるにぎわい創出待ち、といったところでしょうか。
総曲輪通り、片側ずーっと、工事中(なんでしょうね、店、ほとんどシャッター状態)。市電側から入ってアーケード街の右奥にある「清明堂書店」に立ち寄る。富山高校は瀬川書店、富山中部高校は清明堂書店が、確か御用達^^で(今はどうなってるのか)、高校時代はほとんど入らなかった書店。

本屋に入ると、つい「衝動買い」してしまうおバカなボク(照)。5冊買った中の1冊がこれ。「かつての十二歳にはこれほどの教養が要求されてた!」って、帯の惹句。確かにボクなんかには解けない問題多数(恥)。今から見れば、珍問・奇問・愚問みたいのもありますが、それはしかたのないことでしょう。読みながら&解きながら、「へ~」って思う問題も多々。引用、どこまでしていいかわからないのですが、1922(大正11)年の国語問題から少し。
東京高等師範学校附属中学校(現在、筑波大附属高校)
<次の句を並べ替えて意味のある文章を作る問題>
現金 大塚 ある店へ 折柄主人は不在だったので 一人の強盗が押入り 小石川区 其店員を短刀でおびやかし 車庫前の 東京市 警察のものだといつはり 強奪逃走しました 百十四円を
東京女子高等師範学校附属高等女学校(現在、お茶の水女子大附属高校)
<最初に挙がっている語と異なる範疇にある語を(   )から一つ選ぶ問題(25題の一部)>
土瓶(薪 五徳 鉄瓶 火箸) ホシ(クモ ユキ キリ ツユ) 騎兵(歩兵 砲兵 水兵 工兵) 正成(高徳 義貞 尊氏 正行) 秀吉(清正 信長 義家 家康) 熊(牛 狼 虎 獅子)

同書によるこの年の著名人の受験は、長谷川四郎=函館中学、中島敦=京城中学、埴谷雄高=台南中学、黒澤明=東京府立四中(不合格。京華中に進学)、小森和子=東京府立第三高女、淀川長治=神戸三中などのようです。
同書は「ちくま文庫のためのオリジナル編集」。著者は慶応大国文→慶応大学院修士、で、現在評論家。読んでて楽しい本(もちろん、それだけがこの本の価値じゃありませんが)を刊行された武藤康史さんに感謝!
[PR]
by tiaokumura | 2007-05-25 22:42 | | Comments(0)

富山大学「麻疹(はしか)についてのお知らせ」

f0030155_22391693.jpg
上智大学が最初だったでしょうか、はしかで休校措置。首都圏の大学で麻疹(はしか)が流行、早稲田や東大なども休校とか。
対岸の火事」くらいにしか思ってなかったんですが、今日富山大学に行ったら、人文学部の掲示板の前に写真の「お知らせ」あり。「他人事」じゃないんですね。
富山大学のホームページにも同内容の「お知らせ」が出てた。症状・対処・注意点が箇条書きで書いてある。僕は「既に麻疹にかかったことがある場合」になるのかなぁ。なぜ今麻疹が流行っているのか専門的なことはようわからんのですが(恥)、「本学でもいつ発生してもおかしくない状況」だそうです。「ウィルスに対する治療法は無く、対症療法に限られ」るとも。
アホな連想ですが、東大は医学部、早稲田は学費値上げ、東京教育大は筑波移転、日大は不正会計(だったか?)など、直接の原因は異なるとは言え、「学園闘争」が燎原の火のごとく全国の大学に広がった、今から約40年前の「時代」をふと思い出しました。

はしかって「麻疹」って書くんですね、こないだ平名氏がここのコメントでも書いてました。きっと漢検1級かも(爆)。G組の学生に「はしか」のこと話してて「英語で何と言うんですか?」って聞かれ即答できず(そりゃそうですよね)、あとで調べて答えた。もう忘れたけんど(汗)、mなんとかでした。
ところで、富山国際学院、いくつかの国から来てるんですが、はしか、大丈夫なんだろうか。過剰に恐れることもないんだろうけど、ちょっと心配。
[PR]
by tiaokumura | 2007-05-24 22:39 | 僕は大学4年生 | Comments(4)

第74回東京優駿

今年は5月27日(日)なんですね、日本ダービー。皇太子も観戦とかですが、皇族なんで我々庶民と違って予想もしちゃいけんのでしょうし、ましてや馬券なんて買えんのでしょうね(核爆)。
競馬ファンならずともダービーはワクワクしますよね。ボクなんかの世代は、60年コダマあたりからでしょうか、「ダービー」に興味持ち始めたのは。その後、メイズイ・シンザン・ロングエース・タケホープ・カブラヤオー・ミスターシービー・シンボリルドルフ・トウカイテイオー・ナリタブライアン・ディープインパクトなどがダービー馬に。残念ながらハイセイコーはタケホープに3着敗着だったけど、「強い馬が勝つ」ダービー、しょうがなかったんでしょうね。
名馬多彩なダービー。今年は一昨年のディープインパクトの時みたいには話題沸騰ではないようで、ボクも出走馬よう知らんのですが(恥)、それでも
牝馬ウオッカの出走、武豊(皐月賞はアドマイヤオーラで1番人気・4着)の5勝目はあるか、アンカツこと安藤勝巳(皐月賞はフサイチホウオーで2番人気・3着)の2年ぶりの優勝は?、ヴィクトリー(皐月賞は田中勝春騎乗。7番人気)の2冠目はあるか?、M.デムーロ以来の外国人ダービージョッキー誕生か?
などが話題でしょうか。いや、もっとあるはずなんでしょうが、ホント、よう知らん(大汗)。
ウオッカ、牝馬の参戦は評価できますが、う~ん、12番人気あたりでしょうか。1600・1800しか経験ないんで2400はきつい、桜花賞2着だし。でも、ご褒美祝儀(そんなもんないけんど^^)で人気ヒトケタもあるかも。にしても、牝で「ウオッカ」ってのもなんか(核爆)。6戦4勝(2着2回)。長いダービーの歴史の中で、牝馬は、第6回(1937)ヒサトモ・第12回(1943)クリフジが優勝してるだけみたいですね。クリフジなんて25頭立てで1番人気だったってぇんですから、ずいぶん強い牝だったんでしょうね。
ここ6年ずっと単勝1番人気が制してて(馬券的^^にはつまんない)、今年はそろそろ1番人気が敗れるかもしれませんね。
武豊、確かに「天才騎手」なんでしょうが、たぶん50代以上の人には「福永洋一こそ天才騎手だ」って思い、きっとあるでしょうね。落馬事故さえなかったら、どこまで記録を伸ばしていたことか。ボクは、武豊は「計算しつくした天才」って感じしますが(言葉は悪いですが、なんか「機械」みたい)、福永は「すごみのある天才」ってイメージ。先年、NHKで彼の「現在」を追ったドキュメンタリー放映ありました。奇しくも今、洋一が争った邦彦の息子・(そして幸四郎も)と洋一の息子・祐一(皐月賞はメイショウレガーロ・5着)が同一レースで相まみえることも。祐一、デビュー当時はもっと活躍しそうな感じでしたが、まだまだ豊の遥か後塵を拝している感じ。そろそろ大化けして豊に追いついてほしいものです。あの落馬事故がなかったら、洋一はもっともっと記録を伸ばしていたことでしょうから、武豊が洋一の記録を次々と塗り替えていったにしても、今よりもっと時間がかかっていたことでしょうね。
アンカツこと安藤勝巳。ボク、好きですが(照)、中高年に人気ありそうな騎手ですね。笠松競馬ではオグリキャップときっと涙の別れだったことでしょうね。「オレが中央競馬にデビューできればオグリキャップでG1なんて楽勝」という自負はきっとあった。オグリの鞍上の武豊の姿、どんな想いで見ていたことか(ただし、笠松でのオグリキャップの引退式ではアンカツが騎乗)。でも、彼、1回は落っこちたけど^^、みごと中央競馬に転進。04年キングカメハメハでダービージョッキーに。このキングカメハメハって馬、名前はおもろいけど(爆)、騎乗した騎手すごい顔ぶれで、アンカツ以外に武豊、福永祐一も騎乗。アンカツ47歳、中高年の星☆☆☆かも(激)。

第74回東京優駿(日本ダービー)
2007年5月27日(日)
東京競馬場・芝2400m
1着賞金1億5千万円

[PR]
by tiaokumura | 2007-05-23 22:33 | Comments(0)

都留泰作『ナチュン 1』(講談社)

f0030155_18374463.jpg
都留泰作
ナチュン 1
講談社
2007年2月23日 第一刷
533円+税

富山大学言語学コースの同級生の粕谷さんとは、今学期は4科目とも一緒に受講してますが、06年度後学期は一緒は11科目中7つだったか。その内の一つが金曜日3時限「文化人類学特殊講義」。初回の授業、教室に入ると、なんかボクなんかからは「坊や」みたいな人がおって、PCなんぞいじってる。「ふ~ん、院生が担当教官のために準備しとるんじゃろうなぁ」と思いながら粕谷さんと見てた^^んですが、授業始まってビックリ、その人、授業を担当される都留泰作助教授(当時。現在は「准教授」)ご本人だったんですね。「文化人類学特殊講義」、最後はレポート提出で、このブログにもそのこと投稿してますが、「優」でした(照)。

都留先生に次に驚かされたのは、朝日新聞で、先生が漫画をお描きになっていると知った時。

今日帰宅したら、都留先生の漫画『ナチュン 1』が届いてました。注文してからずいぶん遅かったんですが、それは博文堂さんの責任じゃない。入浴・夕食前にパラパラと読んでみた。
都留先生、ウィキペディアにも載ってます。ご興味ある方はアクセスを。ウィキペデイアの記述を少し引用すると、先生は、桐蔭学園高校(名門ですよね)→名古屋大理学部生物学科→京都大理学研究科動物学修士。アフリカ民族文化がご専門。で^^、03年に「月刊アフターヌーン」の「四季賞秋佳作」受賞。06年より同誌でSF作品『ナチュン』連載とのことです。ウィキペディアには「ナチュン」の記述もあります。

裏表紙に英語で作品解説。そこに出てくるキャラクターを抜き出すと、a young guya genius mathematical physicista mystic girlそしてdolphinってことになります。
ご興味がある方は、ぜひご購入ください。
富山大学附属図書館・生協にあるんかなぁ。あるような気もしますが、漫画は置かないのかもしれないし・・・。いつか機会があったらチェックしてみます(爆)。
[PR]
by tiaokumura | 2007-05-22 18:37 | | Comments(0)