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大晦日にキャンパスライフを振り返る

さっきネットのCNN.COMで処刑のビデオ見ました。日本のTVニュースでも放映されたのでしょうか。「独裁者の末路」ってことになるんでしょうが、なんだか複雑な気持ちです。

今年の僕の一番のできごとはやはり約35年ぶりの大学生生活ってことになります。大学3年編入学にあたって不安はもちろんいくつもありました。
(1)学費は大丈夫だろうか?
(2)学業に耐えうる体力・記憶力はあるか?
(3)仕事と大学生は両立できるのか?
(4)周囲にちゃんと受け入れられるだろうか?
などなど。
傍目には図々しく振舞っているように見えるかもしれませんが、僕、これでもけっこうナーバスなんです(照)。で今のところ、(1)~(4)、「記憶力」以外は何とかなってるかなぁ。

4月7日 入学式@オーバードホール
 保護者はロビーでモニターテレビなので、保護者席に誘導されるんじゃないかと心配でしたが^^杞憂でした。入学式の後、五福キャンパスで編入生オリエンテーション。さらに呉人惠教授の研究室で言語学編入生3人、単位認定などについて説明を受ける。呉人先生のご尽力で東京教育大学時代の22単位が最終的に認定された。11科目に相当するのだから、これは大きかった。にしても、よくもまそんな昔の成績(しかも「卒業」してないんだし)残ってたもんです(核爆)。
4月12日 授業開始
 呉人教授と安藤智子助教授は編入試験の面接官だったんだけど、事情を知らない教官や学生は驚いたことでしょうね、僕のこと。富山大学は「オープンキャンパス」で聴講生を受け入れてて、その中には中高年も多いみたいですが、僕の年齢での「学部3年生」はさすがにいないみたい。最初、生協では「先生」と思われてた。今でもエレベーターや廊下などで学生に黙礼されることがある(激爆)。自分じゃ「周囲の空気にすっかり溶け込んでいる」と思いたいところなのだが、やっぱまだしばらくは「ヘンな学生」待遇かも。もし無事に「卒業」できたら、きっと「学部最高齢卒業生」ってことで、富山大学史に永遠にその名を留める・・・ってことはないですね(自爆)。
4月24日 新入生歓迎会@小吃
 教育大の時は茗荷谷の茗渓会館であったように記憶する。今回はどんな自己紹介しようかと緊張してる内に終わった^^。でも、これで、少なくとも「言語学コース3年生」としては認知されたような安堵感も。
6月7日 球技大会
6月28日 前学期言語学演習発表
 「日本語漢字音の促音化について」だった、確か。もう忘れてる(大汗)。
7月25日~28日 期末試験
 8科目中4科目、期末試験があった。後に判明した前学期8科目の成績、オール優だった。←っても、富山大学の成績評価、9割くらいが「優」取れてるみたいで、自慢できないけど。ま、年齢にしては「健闘」かも(嘘爆)。
9月19日~22日 加藤重広先生集中講義
 とにかく「すごい授業」だった。「これが本当の大学だ」ってレベル。富山大学の言語学に編入学して良かったとしみじみ思った、加藤先生の授業、1割も理解できなかったのだけど(恥)。年末年始を利用して、このときのレジュメ(優に本1冊分くらいある!)、読み返します。
10月26日 後期授業料納入
 267900円。高い(泣)。今年の富山国際学院の月収の2か月分以上(爆)。結局学費は1年目80万円くらいかかった。教科書代はほとんどいらなかった、プリント配布授業がほとんどで。学費は卒業まであと53万円くらい必要。とほほ。「シニア奨学金制度、早期実現を」>学長様(激爆)
11月16日 言語学演習1発表
 呉人先生の「言語学演習1」はグループ演習になっていて、僕は伊藤班(メンバー5人)。このときは「指示詞」に取り組んだ。もう1回は年明け早々の1月11日に「アスペクト」。アスベストじゃありません(汗)。
12月20日 後学期言語学演習発表
 「サブカルチャーに見る自称詞・対称詞」。ぎりぎりまでテーマが決まらず、2週間くらいでデッチ上げてしまった。素人目はごまかせても、教官4人の目は節穴じゃぁなかった。散々な結果に終わる。

こうして振り返ってみると、演習の大失敗はあったけど、まずまずのキャンパスライフだったような気がする。年明けに伊藤班の演習発表、さらに1月末には期末試験が控えているので、まだまだ安心はできないけど。後学期はかなり授業サボったんで、「オール優」は無理だが、なんとか4年生になれるかと思ってます(実は、富山大学は単位に関係なく4年生まで行けるそうです^^)。目下の最大の悩みは「卒論のテーマを何にするか」。僕の場合、08年1月提出ってことになるんで、もうそんなに時間の余裕はない。

今年もあと約3時間半。
皆様、どうぞ良いお年を!
来年もよろしくお願い申し上げます。
2006年のブログ投稿、これにて終了、です。
年賀状の文案、まだできてない(恥)。
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by tiaokumura | 2006-12-31 20:21 | 僕は大学3年生 | Comments(0)

富山国際学院パンフレットのリニューアル

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大晦日、富山は雪も降らず穏やかなお天気です。
年賀状、まだ文案できず(泣)。とほほ。

昨年末のホームページに続き、今年は富山国際学院のパンフレットをリニューアルしました。乏しい予算&アイディアだったんですが^^、高さん・永井さんのご協力・ご指導の下、10月30日に完成しました! 作成途中経過、ときどきこのブログにも投稿してましたが、完成のご報告、すっかり忘れてた(自爆)。
で、大変遅くなりましたが、完成ご披露ってことで(写真ご参照)。
A4サイズ8ページ、観音開き(って言うんですね、初めて知った言葉です)。写真は開いたところ。
上段に1年の流れ。下段に中国・スイス・オランダ・ベトナム・ネパール・スリランカなどの学生たちが横に18人、笑顔がステキです。

今年の僕は学院の仕事、パンフレット作成くらいしか実質的な仕事やってない(恥)。来年はもっと仕事やんなきゃ(汗)。
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by tiaokumura | 2006-12-31 10:26 | NPO | Comments(4)

『大辞林 第三版』(三省堂)、届く

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博文堂さんから、今朝届いた。年内無理かと思ってたんですが、これで年末年始の楽しみが一つできました。奥付「第1刷」(10月27日)なんですが、別に売れてないってことじゃなくって^^、地方書店では意外とこういうことあります。
で、まず「言語学」をチェック。やっぱ「言語学3年生」ですもんね(照)。そのあと「ソシュール」。ついでもしや「チョムスキー」あるかもと思って調べたら、あった。ソシュールがニュートン、チョムスキーがアインシュタインみたいなことになるんです、言語学では。←ってなんかで読んだか、ひょっとして勝手にボクが思ってるだけかもしれませんが(汗)。でもそう考えるとわかりやすいと僕は思ってます。チョムスキー、ご存命で(←失礼な言い方でごめんなさい。1928生。政治発言も活発)、辞典にはまだ載らないと思ってたんですが、『大辞林 第3版』は物故者主義じゃないんですね。死後大きく評価が変わるって人物もある(特にマイナス側に大きく揺れる)でしょうけど、チョムスキークラスになると、それは心配ないんでしょうね、きっと。
哲ちゃん執筆項目は、この後、ゆっくりと読んでみようかと。原稿は先にメールでもらってます。哲ちゃんの名前(お名前、と言うべきかも^^)、「あとがき三ページ」に出てます。「第2版から参画」では、ピーター=バラカン、真田信治、秋岡芳夫、飯沢耕太郎といった方々のお名前も。

大辞林』、使ったことこれまでほとんどなく、今回、生まれて初めて買った(恥)。
博文堂さんなんで7282円で購入できました。チョーラッキー♪(激爆)。
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by tiaokumura | 2006-12-30 10:59 | | Comments(3)

餅を切る

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昨日ついたお餅を一晩おいて、こうして切る。ついた当日では、軟らかすぎて切りにくいんですね。
我が家はお雑煮は角もち。富山って食文化、どちらかと言うと西日本だと思うんだけど、雑煮のお餅は東日本タイプになるんでしょうね。東と西の接点に位置する富山、食・言葉・風習・お祭りなど、いろいろ「フィールドワーク」の対象になりそう(核爆)。
「昆布餅」「豆餅」は、かつては、極細にスライスして、横長に置いた10枚くらいを縦一列に藁で編んで(なんか表現下手^^。イメージ浮かびますか?)天井から吊るしてた。ほどよく乾燥したころに、焼いて食べる。「ころもち」(「凍り餅」「寒露餅」の転訛か?)って言ってました。冬場の保存食・おやつ、なんでしょうね。手間がかかるので、今はもうやってません。
そもそも、家で餅をつく、なんてこと自体、「時代遅れ」なんかもしれませんね。お金出せば、必要な分、簡単に手に入りますもんね。我が家の餅つきもあと数年かなぁ、続いても。
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by tiaokumura | 2006-12-30 08:43 | 富山 | Comments(0)

ハイランド・ロッヂの頃

4月から富山大学に通う(ただし大学3年生として^^)ようになって、周囲の学生見てると彼女ら・彼ら(人文学部、たぶん女性>男性。少なくとも言語学コースはそう)、今青春真っ盛りなんだなぁと思う。僕も「第3の青春」、謳歌(ときどき絶望!)してます(照)。高齢社会のひずみ^^、あるいは高齢社会の深淵に落ちちゃったボクなんかもしれませんが、確かに「青春な日々」してます(核爆)。「青春は年齢じゃない」とかって詩、一時はやりましたよね、僕はあんまし好きじゃない詩でしたが。僕にとっての最初の(!?)青春は富山高校・東京教育大の頃、2回目の青春は「ハイランド・ロッヂ」の頃です。

ハイランド・ロッヂは、かつて白馬八方尾根スキー場・名木山ゲレンデの、ほとんどそのゲレンデ内にありました。長野オリンピックでジャンプ競技実施されたジャンプ台から徒歩2分くらいのところ、って言うと、ある程度場所おわかりになるかも。コクテール堂の直営店。
どうしてそこで20代後半から30代前半にかけて、冬の数シーズン過ごすことになったかと言うと、話せば長くなるんですが(汗)、東京教育大の時に「学生文化会」ってサークルに所属してて、そのサークルでやってたサマースクールに当時豊島区立某中学2年生だったIさんが入校した。彼女、やがてコクテール堂の社員だったOさんと結婚するんですが、彼女、結婚前に彼と、当時僕が働いていた「エリート@池袋ロサ会館」に現れた。「エリート」っても僕がエリートだったわけでもないし(大汗)、ホストクラブでもありません(核爆)。それがきっかけで、僕はコクテール堂で、今風に言えば「フリーター」みたいなことをやるようになりました。Oさんが僕のことをIさんの関係で「先生」と言うもんで、僕のあだ名は「先生」ってことになりました(激爆)。で、「パルム@日本橋三越近く」でコック修業みたいな日々が始まった。そうこうする内に、毎冬、「ハイランド・ロッヂ」で働くことになった。冬は八方、残り3シーズンは東京、って生活パターンです。やがて、久保田四郎さん・Oさんの後を継いで「マネージャー」も数シーズン経験した。12月下旬に白馬に入って翌年4月上旬に東京に引き上げる。あ、そうそう、1回だけ夏シーズンも経験しました。
こないだ家に『Curio Style』ってフリーペーパー?届いててその中に八方も載ってた。そこからの転用になりますが、白馬八方尾根スキー場、「最大斜度35度、最大滑走距離8000m、初級30%・中級50%・上級20%」とのこと。今はどうか知りませんが、当時本州のスキー場トップ3は「八方・苗場・蔵王」だったかと思う。バッヂテストも(富山に戻ってからしみじみ思ったんだけど)、八方は他のスキー場とは比較にならないくらい、レベル高かった。

マネージャーやってた頃、林玄社長に「北陸の人(僕は生まれは富山)って、電気、ムダにするんだよね」と言われて、「社長、東京の銭湯(当時はけっこうあった)、ほとんどが富山県出身者なんですよ」なんて反論にならないアホな反論してた^^。「ほとんど」かどうかはマユツバですが、僕の従姉、神田で銭湯やってました。社長(他の多くの社員は「玄さん」って言ってたかも。現社長はご次男)は慶応ボーイで、ご長男(チェリスト。サイトウキネンの初期に参加されてた)が僕とほぼ同い年ってこともあってか、95%は厳しい中にも5%くらいは優しくしてくださいました。昨夏東京に行った折、国分寺のお宅を訪問して約25年ぶりの再会を果たしました。社長の還暦祝いは日比谷の松本楼だったと思う。還暦過ぎてもヨーロッパ旅行されてて、シャモニーなんかにも。ヨーロッパ体験の一つとして「君ィ、ロシニョール(Rossignol)って、『星野』って言えば向こうにも通じるんだゼ」なんてお話も。フランス語のrの発音方法、ちとわかった気にも^^。今はどうか、あの当時はロシニョールの全盛期。

沢田研二がレコード大賞(今もあるのだろうか?)もらった時も八方だった。「白い小屋」とか「タンクロー」なんてのがオシャレな店だった。ディスコもあって(今はクラブ?)、素足に下駄履いていって踊った(ってもボクのはディスコダンスじゃなくって、盆踊り崩れじゃったけんど)。雪道、車の通行が多くなると、タイヤ跡がしだいに溝を掘った状態になって、車がしばしば立ち往生する。そんな時にみんなで押しに行ったこともある。「早朝リーゼン」(と称してた。リーゼンスラロームコースってのがある)にも参加したことあった。鯉屋さんの「冷たいとろろ蕎麦」、絶品だった。

あの当時いっしょに「青春」してた仲間、大畑さん・アオちゃん・ブチュ・研次・希(まどか)・英ちゃん・ミンミン・ポパイ・くじら・郁夫・エミリー・村さん・小川クン・おじいちゃん・水戸はん・まあ坊たち。一番若くてももう40代後半なんだろうけど、このブログなんて見てないだろうなぁ。年賀状やTELしてる人もいるけど、みんな、元気にしてますか~~。いつかまた会いたいね!

こんな風にムカシのことを思い出すのは、死期が近い!とかじゃないっすよね(大汗)。
門松は冥途の旅の一里塚・・・
っても、今は満年齢ですもんね(激爆)。
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by tiaokumura | 2006-12-29 21:32 | このブログのこと | Comments(0)

我が家の庭

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昨日午後からの雪、5センチくらい積もったでしょうか。我が家の「猫の額^^」も、こうして見るとなかなか「風流」な感じ(照)。
いざさらば雪見に転ぶ所まで 芭蕉
なんて言わんでも、雪見し放題だし(核爆)。

雪かき」(って雪と無縁な人にはわからない言葉かも^^)、めんどうって思うこともありますが、富山はこの雪のおかげで、おいしい水・米(さらには日本酒)などに恵まれ、水力発電(かつて富山は「電源立国」を目指したとか)にも豊富な雪解け水が益してる。「克雪」じゃなくって「利雪」なんてことも一時期盛んに言われてた。「雪なんか、大っ嫌いだちゃ」なんて、あだやおろそかに^^言っちゃぁいけないんですね、富山県人は。

ホワイトクリスマスにならなくてスキー場がっかりだったでしょうが、この雪でほっと一息かも。

が降る土地の女性は肌がきれいだとか。雪に代表される水分が、お肌への保湿効果をもたらすんでしょうかねぇ。そう言えば、昔、「日本海側美人=一県置き」説なるものを(誰からかは忘れましたが)聞きました。日本海側、北からずーっとたどって行くと、北海道ー秋田ー庄内ー越後ー加賀ー京都、と古来「美人」で有名な道府県が続く。で、その間の県には「○○美人」は・・・・・・ない(←ボクが言ったんじゃないっす^^)。初めて聞いたときには妙に納得してしまったのですが(その当時、鳥海山の麓で生まれ育ったMYさんという、これまでの僕の人生で最高の美人とほんのちょっとの期間だったんだけど付き合ってたせいもある。もちろん、最後は定番どおり!?フラれました^^)、今にして思うとずいぶん失礼な説だと思う。青森・福島・富山・福井の皆さん、怒らないでね~~。
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by tiaokumura | 2006-12-29 09:06 | 富山 | Comments(3)

自祝^^ブログ開設1周年!

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去年の今日、このブログ開設しました。あの頃、学院のホームページ、リニューアルしようと、同僚2人と能登さんのPCtoolで講習を受けてました。講習4日目だったか、能登さんが「3人、ブログも始めてみたら」ってことで、軽いノリ♪で始めました。いやぁ、自分、めっちゃアキっぽい性格でしかもメカ音痴、よく1年も続いたもんです。これもひとえにご訪問者のご支援のおかげ、というべきなんでしょうが、ブログやってる人って、多かれ少なかれ露出癖があって単に寂しがり屋なんかもしれませんね(自爆)。ご訪問者総数は昨日時点で7499人(1日平均約20人)。ごく平凡なおっさんのブログなんで1日5人くらいと思って始めたのですが、いやいや僕にとっては驚異的な数字です。最近は40人を超える日もしばしば。「大学4年生♪」になる前には1万人超えるかもしれませんね、それまでちゃんと続いてるかどうかが問題ですが(核爆)。
ブログやっててアラシも正直言うと心配してたのですが、エッチなトラックバック^^に悩まされる程度で済んでます。1回だけ、ブログに書いたことについて学院あてに抗議のFAXがあったんですが、なんとか切り抜けました。このブログの内容への抗議は、直接、ご遠慮なくこのブログのコメントでなさってくださいね。
そんなわけで、1周年を記念して「おもちつき」しました。いや、それは嘘(爆)。毎年恒例のもちつきがたまたま1周年に重なっただけ。写真は「鏡餅」。この後、のしもち・豆餅・昆布もち(富山は切昆布を入れます。僕は富山生まれ・富山育ちなんで、当たり前と思ってたんですが、これ、全国的にはあまりないみたい)など。つきたてを大根おろし・あずき・きなこで食べるの、おいしい&ゼータク^^。以前はきねと臼でついてたものですが、10年ほど前から餅つき機(「きねつき」とかって名前です)を使ってます。

自祝、って勝手な造語^^です、自粛って言葉からの連想。「だれも祝ってくれないとき、自分で祝うこと」の義(自爆)。そう言えば、日赤の看護婦さん(今は「看護師」ですね)にこの間聞いたところでは、日赤、忘年会も新年会も「自粛」だそうです。富山県内10大ニュースの7位になったんですが(地元紙に拠る)、日赤は今年医療ミスが相次いだ。でも、それはそれで、忘年会くらいしてもいいのにぃ、と思いました。「世間標準」じゃ、「日赤は忘新年会を自粛すべし」ってことになるんでしょうか、疑問に感じる。激務の彼女(たち)のささやかな楽しみまで奪わなくってもいいのに、と僕は思う。昭和天皇のときの「自粛」も、僕は「過剰」に感じました。

今や、石を投げたらブロガーに当たる、だそうです(核爆)。
このブログ、更新できない日もありますが、これからもどうぞご訪問くださいませ。コメントもよろしくお願い申し上げます。
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by tiaokumura | 2006-12-29 07:53 | このブログのこと | Comments(0)

屋根にうっすらと雪が・・・

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今朝は、なんと、6時起床。呉人教授の「言語学演習」はグループ演習で、僕は伊藤班(5人)の一員。1月11日が演習発表日なんですが、年末年始をはさむので、今日正午に各自分担分の締め切りになってた。水曜日の演習(こちらは個人)で『NANA』を取上げて大失敗したのにもめげず(?)、今回、村上春樹をゲンゴガクりました(核爆)。彼、ロシアでも人気があり翻訳もいくつか。その中の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を取上げ、日本語ロシア語の「アスペクト」ってのの対照。便利な世の中になったもんですねぇ。10時頃まで自宅のPCでレジュメ作って、メモリーなんとか(メカ音痴で名前もよう覚えられん^^)に入れて、大学の言語学実験室のPCに移す。締切時間の1時間半前にお役御免(←って、いっつも時間ギリギリ。ごめんね、伊藤班長さん)。あ、僕、ぜんぜんロシア語わかりません。分担したところは、ロシア人留学生とのコラボレーション(ん、こういうのもこういえるんじゃろか)、「協働」(co-working)」(んん、これもカッコよすぎ!)です(自爆)。
午後、『原敬日記』の予習も終わったので(ホッ)、今月3回目のTV観賞^^を試みた。本当は、言語学の勉強やら年賀状文案作りやら、やんなきゃなんないこと山ほどあるんですが、リモコン、てきとーに操作してたら・・・オードリー・ヘプバーンが。『麗しのサブリナ』(原題はSabrina)。監督ビリー・ワイルダー、共演ハンフリー・ボガードウィリアム・ホールデン。映画の中でオードリー、フランス語も使い、「La Vie en Rose(邦題「バラ色の人生)」も歌います。リアルタイムでは見てませんが(1954年の作品)、オードリーのファン(照)で、彼女の映画は、新宿・池袋・渋谷などに当時(今もある?)で、ずいぶん見ました。『ローマの休日』『パリの恋人』『昼下がりの情事』『ティファニーで朝食を』『噂の2人』『シャレード』などなど。『マイ・フェア・レディ』なんて、今「言語学」勉強してるんで、今見るとまた別の意味できっとおもしろそう。オードリーは「スクリーンの妖精」とか言われてた。確かにものすごい「美女」なんだけど、それだけだったらあんなに次々とヒット作生めない。きっと持って生まれた(天賦の)「スター性」があったんでしょうね。オードリー以外にも、エリザベス・テーラー、ソフィア・ローレン、ブリジット・バルドー、そしてマリリン・モンローなど、かつては本当に「女優らしい女優」っていたなぁ。オードり-は晩年にはユニセフ親善大使。
『麗しのサブリナ』のあと、チャンネル変えたら、グレゴリー・ペックがどこかの講堂みたいなとこで講演風景。彼は『ローマの休日』でオードリーと共演。新聞記者役。名場面がいくつも思い出される。彼は「ハンサムすぎて^^」、あまり見てない。でも、今回のTV番組はおもしろかった。特に当意即妙と言うか、彼の誠実さ・ユーモアが随所に。欧米系の人って、どうしてあんなにジョークがうまいのか、いつも羨ましい。「ベロニカ」との出会いが特におもしろかった。『パリの休日』のクランクイン前、彼、パリでインタビュー受けた。クランクアップのあと休暇が取れたんで、再びパリに赴き、インタビューの女性記者のことを思い出して、彼女の会社にTEL。会社側は驚いたことでしょうねぇ、当時既にビッグスターからのTELですもん。で、当の彼女に「ランチでもどう?」とか言ったら、彼女、躊躇したあとOK。彼が後に「なんで返事、躊躇してたの?」って彼女に聞いたら、彼女、その日、「シュヴァイツアーのインタビューをサルトル宅でやる予定」だったとのこと。こういうエピソード、僕、大好きです^^。彼女は後にペック夫人となる。グレゴリー・ペック、3年前だかに亡くなった。

そんなふうにTV見てたら、に。初雪じゃないのですが、今冬初の「積雪」。ってもたいした量じゃありませんが、東京だったらきっと「大雪」(核爆)。雪のせいだけじゃないようですが、強風のため北陸本線、ダイヤに乱れ。帰省客の皆さん、大変かも。
写真、薄ぼんやりしてますが(汗)、我が家の今です。
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by tiaokumura | 2006-12-28 18:30 | 映画 | Comments(0)

日韓合作映画「あなたを忘れない」

先日学院長の岸井さんに言われるまで忘れてた、李秀賢さんの映画のこと。製作中だということは頭の片隅にあったのですが、このほど完成し、来年1月27日公開です。
李秀賢(イ・スヒョン)さんのことは、このブログの今年1月26日にも書きました。
覚えてらっしゃる方も多いと思いますが、2001年1月26日、JR新大久保駅で線路に落ちた男性を助けようとして、関根史郎さんと共に命を落とされました。享年26歳。彼が東京にある日本語学校在学中だったご縁もあって、追悼文集に僕も拙い一文を掲載させていただきました。ロックやMTBを愛する前途有為な青年でした。彼の名を冠した奨学金もあり、うちの学生も毎年1名、恩恵に浴しています。
映画は日韓合作(「韓日合作」と言うべきかもしれませんが、ご容赦を)。
監督花堂純次、俳優は李大成(イ・テソン。李秀賢役)、マーキー(恋人の星野ユリ役)、竹中直人、金子貴俊、原日出子、大谷直子、ルー大柴など。槙原敬之が主題歌「光~あなたを忘れない~」を歌っています。
1月27日はご命日の翌日。公開日に見にいけるかどうかわかりませんが、チケットは手配済みです。皆様もお近くの映画館でご観賞を。
「あなたを忘れない」のオフィシャルサイトはhttp://www.korea-japan.jp/です。
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by tiaokumura | 2006-12-27 22:18 | 映画 | Comments(3)

ロープシン=サヴィンコフ『蒼ざめた馬』(岩波現代文庫)

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ようやく届いた本。松岡正剛も彼の「千夜千冊」で取上げてた。
ヨハネ黙示録第6章第8節の「見よ、蒼ざめたる馬あり、これに乗る者の名を死といひ、陰府、これに随ふ」から来てます、タイトル。
この本、僕はたぶん工藤正弘って方の現代思潮社の本で読んだんだと思う。早稲田の露文ご出身の40代後半(たぶん)の川崎浹って方の訳です、今回は。
秋の夜が落ちて、星が光りはじめたら、わたしは最後の言葉を言おう」(川崎訳)って、昔読んだときはただ「カッコいい」くらいにしか思わなかったのだけど、9.11を通過した今、別の解釈してます。
『漆黒の馬』のほうだったかもしれませんが、爆弾を投げようとしたテロリストサヴィンコフが、彼の視線の先に子どもを見て投擲を断念した、ってとこ好きな箇所です。彼、ロシア政府だったかによって、自殺を強制された、とかも言われてます。
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by tiaokumura | 2006-12-26 19:34 | | Comments(0)