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「イタリア美術セミナー」

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写真、右から、ジュリアーノさん、僕、ネリーナさん村川さん、氏名不詳^^さん。富山大学人間発達科学部4階第5講義室にて。ずいぶんなピンボケ写真だこと(核爆)。
今回は「ラヴェンナのモザイク」で、「ガッラ・プラチディア廟庁」のは終わったのですが、「サン・ヴィターレ教会」には進めなかったので、来年続きをやることに。
実は、続きをやるかカラヴァッジョにするか、ジュリアーノさんのご提案で受講生(100人くらい?)の挙手で採決することになりました。で、僕は(どちらになっても参加するのですが)カラヴァッジョに手を挙げたのですが、1:2くらいの多数決でモザイクの続きに決定。カラヴァッジョは2008年になりました。
秋の午後、「芸術の秋」を優雅に(照^^)過ごしました。
でもこの後、言語学のグループ演習の準備が(泣)。
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by tiaokumura | 2006-10-29 16:52 | 美術 | Comments(5)

「みんなの日本語」第7課

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こちらのグループは、カタリーナさん(ルーマニア)、アジャイさん(ネパール)、張さん・陳さん・陳さん(中国)の5人。
場面は、サントスさんご夫妻が山田さん宅を訪問する。日本人の家を訪問する際のマナーなども身につけられます。
間に合わせの小道具ですが、そんなものも使うと、学生たちはノッてきます。
週1コマ担当のH組、今日が4回目で、やっと全員の名前と顔が一致(恥)。
毎回担当するごとに、学生の日本語力の進歩に感心します。
日本語は難しい」という日本人もいますが、文字が3種類(ひらがな・カタカナ・漢字)もあることを除けば、普通の「外国語」です。
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by tiaokumura | 2006-10-25 15:01 | 日本語教育 | Comments(2)

「みんなの日本語」第7課

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みんなの日本語』(スリーエーネットワーク)は初級の定番教科書。
今日は第7課。「会話」のロールプレーイング風景です。
出演^^は、劉さん(中国)、オクサーナさん・マリナさん(ロシア)、ララナさん(タイ)の4人。
授業も4週目ともなると、学生のアドリブや冗談も入ってくる。余裕が出てくるんでしょうねぇ、学生たちも。
教師は学生のロープレをニコニコと見ているだけ、となればラクな商売^^なのですが、
顔では笑ってても、
まだうまくできてないところはどこか、どこの指導がまだ不十分なのか、
など、頭を高速回転させ考え中。
シンクロナイズドスイミングの選手が、顔は微笑をたたえていても、水中の足は必死で動かしている、ってのと相似かも。
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by tiaokumura | 2006-10-25 14:58 | 日本語教育 | Comments(0)

「ペニーレーンでバーボンを」

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見ようか見まいか迷ったのですが、結局
16日ぶりにTVを見ました(照)。
NHK-G「プレミアム10 今日までそして明日から」

1)なぜ「ペニーレーン」で、なぜ「バーボン」かは、吉田拓郎ご本人に聞いてください(核爆)。東京国分寺に「ほんやら洞」(つげ義春のマンガから命名。京都が出発点)という店がある。僕が通ってた頃は早川さんが店主格だった(今は中山らびがオーナー?。中山らびは「ひらひら」)。早川さんの妹さんがぱせりさん(「ぱせり」は漢字。忘れてしまった^^)で、原宿の「ペニーレーン」のスタッフだった。拓郎の「ペニーレーンでバーボンを」は、この原宿「ペニーレーン」が舞台となっている曲。今回のこのTV番組で知ったのだが、彼はこの曲を封印していたそうだ。「吉田拓郎・かぐや姫コンサート・inつま恋2006」の第1部で歌っていた。ぱせりさんとは一昨年の夏、ブチュや研次(下北沢「カナン」)と一緒に国分寺で再会した。
2)拓郎は「結婚しようよ」「旅の宿」「我が良き友よ」「襟裳岬」などが大ヒット曲ってことになるのだけど、それはそれでメデタイことだし僕も好きな曲なんだが、僕は「人間なんて」が拓郎で一番好きな曲。中津川のとき、延々2時間だったか、歌い続けた曲。
3)今回のコンサート、拓郎の歌も、かぐや姫が歌う「妹よ」「なごり雪」など(「神田川」は歌わなかった?)、ほとんどの曲、リアルタイムで知ってるし歌おうと思えば歌えそう(照)。
4)「35000人の同窓会」。ムッシュかまやつ、中島みゆきがゲスト。こうして見ていると、ジャニス・ジョプリン、ジミー・ヘンドリックス、ジョン・レノンらがあんな年齢で死ななくって長生きしてたらどうだったんだろう、などと思うと、皮肉でもなんでもなく、人間は長生きするのが「幸せ」なんだろうなぁと思う。拓郎は、昔は正直言ってあまり好きじゃなかったのだけれど、彼と共に人生を生きている「若者たち」って確かにいる。
5)「今日まで生きて来ました」だと思っていたのだけど、「今日まで生きてみました」だった。24歳でこんな作詞できる拓郎って、あの頃は見過ごしていたのだが、天才なのだろうなぁと思う。エンディング曲がこの曲だった。その前あたりに「洛陽」。
6)コンサートの観客の平均年齢は49歳だったそうだ。このTV番組、もし「45歳以上65歳未満」対象の視聴率なんてのがあったら、きっと20%超えてることだろう^^。
7)僕たちより上の世代は「美空ひばり」、僕たちの世代は拓郎たち、下の世代は「サザンオールスターズ」、さらに下で「尾崎豊」は、それぞれの「世代」で思い入れが深いのだろう。更に下は、ああいうことにならなければ「X-JAPAN」だったのだろう、きっと。で、その後は、そんな歌手やグループはいないようだ。浜崎や宇多田が、30代→40代→50代・・・となって、ファンをひきつけ続けられるとは、僕にはとうてい思えない。それは「いい・悪い」の問題じゃなくって、「音楽」の持つ「生命力」の差なんだろうな、きっと。もちろん、今の若い人たち、だからカワイソー、などとは全然思わないのだけど。
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by tiaokumura | 2006-10-23 22:12 | 音楽 | Comments(4)

終わりました

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打ち上げパーティーも終わって、
今回のボランティアの方たち
スロボダンさん(水球コーチ)たちと。
来年は「大学4年生」で「卒論」必死かもしれないので
ボランティアできるかどうかわかりませんが、
僕にとっては2回目のこのイベントのボランティア、
無事完了しました!
今年は中国語の歌2曲、ステージで歌い出演しました(汗)。
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by tiaokumura | 2006-10-22 18:40 | 富山 | Comments(0)

国際交流フェスティバル2006

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最後は「おわら」で締め。
外国の方にとってはスローテンポでイマイチだったかもしれませんが、
僕なんかには、やっぱり「おわら」はいい
八尾町が富山市に組み込まれたのは、とてももったいない気がしますが、
地元の方たちのご希望だったのですから、
よそ者がとやかく言う筋合いではありませんね。
このあと閉会式
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by tiaokumura | 2006-10-22 15:20 | 富山 | Comments(0)

外国人カラオケ大会3

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去年もそうだったが、今年の出場者、どの人もうまい。
表彰式の後、出場者・司会者たち、こうしてステージで盛り上がってます。
こういう場面を見ていると、ボランティアしてて良かったなぁとシミジミ感じます。
来年は学院生1人くらい出演させたい^^。
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by tiaokumura | 2006-10-22 11:06 | 富山 | Comments(0)

外国人カラオケ大会2

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今は解散したが僕も好きだったSPEEDの「WHITE LOVE」を歌ってるところ。
ヴォーカルがシンチヤさん・ジャネッテさん(ブラジル)、バックダンサーはペルー・ロシア・ブラジル出身の人たち。
リハーサルではあまり呼吸が合ってなかったのだが、出演直前まで、CiCビル1階の壁面ガラスをダンススタジオの鏡に見立てて、一生懸命振付に取り組んでいた。本番はすばらしいチームワークで熱唱&ダンス。みごと、第1位に!
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by tiaokumura | 2006-10-22 10:54 | 富山 | Comments(5)

外国人カラオケ大会1

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国際交流フェスティバル2日目。
去年もそうだったが、やはり「カラオケ」は盛り上がる。
今年は、(出場順に)カナダ・中国・アメリカ・韓国・ロシア・イギリス・ブラジル出身11組が出場。
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by tiaokumura | 2006-10-22 10:07 | 富山 | Comments(0)

尾山景子さん

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北日本新聞2006年10月21日付越中讃歌
母の伝授 尾山景子
見出し「自然に覚えた読経

富山にUターンしたのは、かれこれ4半世紀以上前。その後、節子と結婚した。二人の数少ない共通の趣味がコーヒーやジャズだった。結婚後、富山市やその周辺のジャズの店やコーヒー店を探訪したのだが、せっかく気に入ってもその店がなくなったり、コーヒーはまあまあだが雰囲気が悪かったり、などで、「これは」という店に出会えなかった。金沢の「もっきりや」(日本橋三越前の「パルム」で働いていた頃にできた店。コクテール堂のブレンド、たぶん「風月」を使っている)が二人の唯一と言ってもいい「お気に入りの店」だった。妻には僕のたてるコーヒーが一番だった(僕の腕ではなく、コクテール堂のコーヒー豆だからなのだけれど^^)。
尾山景子さんの喫茶店「勿忘草」は、以前県庁近くにあったときは行くチャンスがなかったのだが、現在の富山市太郎丸に移転した後、あれは1992年の夏だったか、夫婦で初めて訪れた。お店の雰囲気(画集や詩集が本棚にびっしり並んでいて、クラシックがBGM)もいいし、尾山さんのたてるコーヒーもおいしかったので、月に1回くらいのペースで訪れるようになった。やっと見つけた「お気に入りの喫茶店」。僕たち夫婦は二人とも人付き合いが不得手なのだけれど、尾山さんとはごく自然に会話ができた。特に妻はずいぶん明るく尾山さんと接していた。僕はといえば、貴重な画集を見たり二人の会話にときどき参加したりして、ゆったりした時間を過ごしていた。県内では有名な詩人でもある尾山さんなのだが、僕たちのような素人にも、わかりやすい話をしてくださっていた。
そんな尾山さんの店を夫婦で最後に訪れたのは2002年の夏ということになるだろうか。2003年の春以降、一人で訪れてみようかと思ったこともあったが、けっきょく行きそびれたままでいる。

地元紙に毎週土曜日に掲載されている「越中讃歌」、今朝の執筆者は尾山さんだった。僕がごく間近に見た詩人は谷川俊太郎・吉増剛造・大岡信くらいなのだが、親しく話ができた「詩人」は尾山さんだけである。「勿忘草」に通っていた頃、お母様の介護のことは何度か会話中に出ていたのだが、今回の文章によると、この5月がお母様の一周忌だった。「なんまんだぶつ」「緑色」をキーワードに今回の文章は綴られている。母娘の関係を通して時の流れを活写した名文。文章中に詩が2編。
この秋、約4年ぶりに「勿忘草」を訪れてみたい、そんな気持ちになった。妻が尾山さんからいただいた「詩」が、妻の机か本棚にあるはずだ。探してみようと思った。
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by tiaokumura | 2006-10-21 19:13 | 富山 | Comments(0)