カテゴリ:東北地方太平洋沖地震( 65 )

南三陸町で④

f0030155_9305824.jpg(7月23日午後・記)
7月16日(日)南三陸町。前日、高橋さんご夫妻や畠山さんと再会。夕食、まずまず食べられた。入浴の後、宿泊部屋に。同室2人。持参した本を読みながら寝に入ろうとするも、いびきが^^。でも、いつの間にか眠りに。夜間頻尿の身(激爆)、夜中に3回ほどトイレへ。廊下・トイレ、明かり煌々。朝、6時起床。お二人は既に起きてたみたく布団、片付けられている。宿舎を出て、坂道を下り、国道?沿いのコンビニへ。全国紙を求めるも置いてなく、地元紙2部購入。「人工海水浴場サンオーレそではま」が7年ぶりにオープンの記事あり。宿舎前の設けられた席にビールを飲む男性発見。同じようなこと考える人っておるもんですね、僕もビール・新聞を持参し、関東の×れショ×ならぬ東北の連れ飲みを。彼の奥さんでしょうか、「朝からお酒飲んで」とかおっしゃったもんで、「朝寝朝酒朝湯が理想なんで」などとつぶやく^^。朝食。お味噌汁がおいしくお代わり。お米は食べず、おかずも何品か同席者に食べていただく。バスに乗り、被災地あとを回る。昨年とずいぶん様変わり。でも、どうなんでしょうね、何が・どうなるのが、土地の人には幸せな「復興」「再建」なんだろうか。最大多数の最大幸福、なんでしょうか。
アップした写真、富山が誇るエンタメおじいさん・越中家漫欽丹独演会。僕は越中家さんとは東北エイドの活動で知り合った。これで5回くらいお会いしてるでしょうか。本席、ハモニカ演奏・手品・歌などありのお楽しみ会。もちろん地元の方々、大いにお楽しみ。無芸大食陰性のわが身、こういう方にはただただ尊敬の念のみ。独演会の後は、いささかエロティックな「矢切の渡し」の輪踊り。これまた大いに盛り上がってた。
名残惜しい中、現地を出発。「さんさん商店街」、混んでて入れず。昼食は別の場所で。

この日、「SCOT SUMMER SEASON 2017」の受付開始日。開始直後の午前9時から数回TELして、10時半ころようやくつながる。9月9日(土)の『北国の春』『サド侯爵夫人』『世界の果てからこんにちは』、ゲット。昨年は行けなかったので、2年ぶりになります、利賀は。

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by tiaokumura | 2017-07-16 09:30 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

南三陸町で③


(7月17日午後・記)
7月15日(土)南三陸町、平成の森宿泊所で夕食。メンバーの中に僕の高校の後輩が2人いて、中に僕の出身中学のこともわかる人がおって、高校・中学の話で盛り上がる。世の中、広いようで狭いと実感。高橋司さんのやまと物産作業所でBBG魚介類いただいてたんで、夕食はあまり入らなかった。生ビールは2杯飲みましたが^^。
地元の漁師のみうらさんも同席。漢字、「三浦」でしょうか、不明。カジキマグロの話など聞く。今、サンマが中国・台湾などがやって来て獲ってるっての聞きますが、震災もそうでしたが、こういうのも地元の漁師さんにとっては大変でしょうね。後、後継者問題。みうらさんはまだお若そうですが、高齢化・後継者難って、とりわけ第1次産業、難しい問題なんでしょうね。
アップした写真、僕の左がみうらさん。当たり前ですがぼくのようなヒョロヒョロと違って生活感ドッシリの逞しい体型です。その左は川渕映子さん。この人なくて東北エイドはなかったでしょうね。アジア子どもの夢も彼女。川渕さん、このブログでも何度も登場していただいています。今回の行きのバス車中で、今僕がやろうとしていることについて、川渕さんにアドバイスしていただきました。

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by tiaokumura | 2017-07-15 20:05 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

南三陸町で②

f0030155_18564710.jpg(7月17日午後・記)
7月15日・16日、「東北エイド・南三陸町サポーターズ バスツアー」。旅のお供本は、
山下洋輔 相倉久人『ジャズの証言』(新潮選書)
高橋呉郎『週刊誌風雲録』(ちくま文庫)
の2冊、旅は荷物、少なければ少ないほどいいので、新書・文庫って便利でしょうね。
7月15日(土)午後、平成の森団地に。ここ、仮設住宅。かつては300人とか入居してたのが今は26人だけとか。談話室で畠山さんのお話を伺う。昨年と様変わりしてて、集会所もなんか違う感じ。畠山さんのような方がおられたのは、震災という不幸中の幸いだったんでしょうね。畠山扶美夫さんは3.11の後、平成の森団地の2代目自治会長として住民の安全安心な生活に尽力されてきた。僕も富山国際学院のトップとして、あの時に動揺する学院生を1カ所に集めて話しましたが、あれはかなりハッタリだった。一方、畠山さんは実行力を伴う説得力のある方。畠山さんは僕よりちょっと年下。最初お会いした時(2013年?)、「ラモス」って言われてビックリ。僕、畠山さんによると「ラモス瑠偉」に似とるそうです(照れ)・
あれから6年。仮設から出られる方も多いが、新たな問題も。仮設だったら「隣近所」だったんでしょうが、今は高台などに引っ越して隣近所感が希薄に。そうです、コミュニケーションが問題に。あと、お金も当たり前でしょうが、大変。商店街「ハマーレ歌津」は家賃月20万円、あるいは家を建てるのに2000万円とか聞くと、自分なんかには気が遠くなる。
畠山さんとは今年から年賀状のお付き合いも。アップした写真、僕の右が畠山さんです。僕の左は桶屋欽一郎さん。桶屋さんからはバス車中で「八月二日 天まで焼けた」富山大空襲のお話も聞きました。
畠山さんにはお話の後質問もできた。何人か質問。僕も「震災孤児」について聞きました。

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by tiaokumura | 2017-07-15 18:56 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

南三陸町で①

f0030155_1646234.jpg(7月17日午後・記)
僕は南三陸町サポーターズってのに入ってて、毎年2回、南三陸の高橋さんのところから、おいしい海産物を送ってもらってる。今年は6月下旬だったかに、第1回お届け便が自宅に届いた。ホタテ、こんぶ、など。ビー玉の手あみって、アクセサリーも入ってました。
記憶力がどんどん退化しとるワシ^^、ブログってネット上の日記なんでしょうね。ずいぶん助かってます、「あの時、僕は」って記憶をたどるのに。2011年4月東北エイドの第4便バスに乗って石巻に行った。ブログにもその時の記事、アップしてます。で、その後、また行こうと思っているうちに、小林麻央状態に。彼女は乳房(にゅうぼう)、僕は胃(他に大腸・肝臓)と部位は違いますが。で、次に被災地に行ったのは2012年東北エイドの「南三陸町サポーターズ バスツアー」で。高橋さんご夫妻とはその時が初対面。高橋さんはあの時魚竜館館長。豪快な人生を過ごされてたでしょうね。それが、2011年3月11日。
2017年7月15日・16日、南三陸町サポーターズ・バスツアー。アップした写真7月15日(土)。僕の右から高橋司さん、奥さん、親戚の方。親戚の方は僕のことを大学教授と思っとられたらしく、聞いてビックリ。ワシ、賢そうに見えるんかしらん^^。写真の下半分、白っぽいのは写した方のせいです^^。
高橋さんのやまと物産作業所でホタテ、ウニ、タコなどをいただきました。お酒はないと思って、自分、一番搾り仙台バージョンを持ち込んでたんですが、高橋さん、アサヒビールをご用意しとられました^^。高橋さんの弟さんもおられた。
今回のツアーは2名キャンセルで23名の参加。僕は午前6時前に家から5分くらいの岩瀬スポーツ公園に。車をそこに停め、そこからバス乗車。途中何か所かSAやICに寄り、「ハマーレ歌津」(旧・伊里前福幸商店街)。その後、ここ「やまと物産作業所」に。

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by tiaokumura | 2017-07-15 16:46 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

東北AID 8

f0030155_10503778.jpg(3月19日午前・記)
僕が川渕映子さん(NGOアジア子どもの夢 東北AID)と初めて会ったのは、20年ほど前になるだろうか。妻がこども劇場の活動に熱心で、当時、こども劇場の会長はTさんだった。Tさんはベトナム支援にも関わっていた方で、Tさん・川渕さんと、あれはどういうことでだったのだろうか、富山大学構内のカフェでしばし語らった。Tさんは娘さんがベトナム人(富山国際学院の卒業生のお兄さん)と結婚、ベトナム人のために家を提供したりベトナムで支援活動を行ったりされたが、その後、どうされているのだろうか。噂では、ベトナムのことで失望されたとかだが、真相はどうなんだろう。川渕さんとはそういうきっかけで出会い、スリランカ学生のことで相談したりはあったが、あまり会うことはなかった。アジア子どもの夢のコンサートでぷちボラしたくらいか。
東日本大震災。あの後数日して高さん(富山国際学院のパンフレットを作ってもらった。現在、新しいパンフを、スタッフの柳川さん・粕谷さんが作成準備中。僕はお任せしてる)から、川渕さんたちが被災地にバスで行ってボランティア活動をしている、という案内をもらった。あれは何便になるのだろうか、割と初期の支援バスに僕も乗せていだいて石巻などで炊き出しなどをした。あの時見た光景、人々の表情、忘れがたいもの。その後も行こうと思ったが、同じ年の6月に胃癌Ⅳ期が見つかり、再び乗ることはなかった。3年ほど前に別の形でバスがスタートし、こちらのほうは毎年参加している。
川渕さんは「東北AID」を立ち上げた。アップした写真は、東北AIDのチャリティーイベント@アピアショッピングセンター。越中家漫欽丹(えっちゅうや・まんきんたん。本名・桶屋欽一郎)さんがトーク中。桶屋さん、御年80歳。富山弁の絶妙の語り口です。今回は、落語ではなく「被災地では、まだ先も見えないような人もいる。これからも現地に足を運び、支援を続けていきたい」(読売新聞)といったお話。僕はこの日、谷中仁美さんに命じられて^^ご主人のお手伝い、ちょっと。「ばみり」、経験者です、自分(激爆)。
僕は午前中の2時間ほどの参加でしたが、この日、500人を超える人々がイベント参加だったそうです。
昨年も支援バスで南三陸町に行きました。あと高橋司さんのところの海産物など買っています。今年もちょっとは「何か」ができればと思っています。
東北AIDの活動は、同会HPやブログで。皆様もぜひ同会の活動にご参加を。
いつだったか、川渕映子さんは地元の1時間ほどのTV番組で紹介されていました。確か「ボランティア・ウーマン」とかだったか。

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by tiaokumura | 2017-03-11 10:50 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

クマリさんと@越中八尾YOROZUYA

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(8月7日午後・記)
僕は全く知らなかったのですが、富山で4年置きに「とやま世界こども舞台芸術祭」ってのが開催。「こども」と銘打ってますが、世界各地から大人の演劇関係も来富。今年はネパールからもやって来る。そこでボランティアウーマンの川渕映子さん(アジア子どもの夢)が企画したのが、ネパールのその「国立舞踊劇団ナーツガル」との交流会。最初、富山国際学院の近くのサンシップが会場予定でしたが、八尾にあるYOROZUYAに会場変更。
8月4日(木)、学生3人を連れて高山線乗車。越中八尾(えっちゅうやつお)下車。駅前にあった、ソーシャルラウンジYOROZUYA。入店すると川渕さんがカレー調理中。
6時半、開始。ダルマ・ラマさんからネパール大地震後の状況説明などのあと、お目当ての舞踊劇団のパフォーマンス。アップした写真、「クマリダンス」の踊り手と。「クマリ」ってご存知でしょうか。カトマンズにいる生き神様。ダライ・ラマみたいな選ばれ方、するんでしょうか。ただし、ダライ・ラマと違って初潮を迎えると交代するとか。だいぶ前にNHKでクマリのドキュメンタリー、やってました。写真はもちろん本物のクマリじゃありません。
カレー(鶏肉・海鮮の2種)、肉じゃがを食べました。飲み物はフリードリンク。ビールは我慢しました^^。
この夜、YOROZUYAでは富山国際学院の卒業生のアスビル・タマンさんが在校生のソーガットさんと一緒にライヴ。
ちょっと疲れたので途中で退席。高山線で富山。富山駅からタクシーに乗ってしまいました(恥)。学院まで590円でした。痛い出費^^。
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by tiaokumura | 2016-08-04 19:40 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

歌津の方々と交流会

f0030155_10453738.jpg(7月9日午後・記)
南三陸町サポーターズ バスツアー」に参加。
7月2日、高橋司さんのやまと物産で魚介類のBBQを堪能。そのあと、宿泊先の平成の森に入る。畠山芙美夫さん・平成の森団地自治会長からお話を聞く。畠山さんとはこれで3回目になるか。僕のことを「ラモス」と名付け親^^。僕が「ラモス瑠偉」に似てるそうです(照)。去年は畠山さんに「うだづもっこ」をごちそうになりました。今回初めて畠山さんと名刺交換しました。息子さんが家を建てられ、畠山さんご自身も間もなく平成の森を出られるそうです。平成の森団地、被災者の方々、僕なんかには想像を超える大変さだった(まだ過去形ではないが)でしょうね。そういう中、元・有能な企業戦士であった畠山さんのご尽力、すばらしい。畠山さんがいなかったら、被災者の方々、今の何十倍もの悲惨な生活だったでしょうね。畠山さんとはせめて年賀状交換でもこの後やっていきたい。
7月3日、起床。男性3人の部屋。今回のバスツアー、女性14人・男性7人でした。TV、バングラデシュ、テロのニュース。人数はそんなに多くないですが、勤務先の富山国際学院、バングラ出身の語学留学生もいました(今年度はゼロ)。
当初は不参加のつもりだったのですが、「志津川クルーズ」に参加。袖浜漁港。湾内を巡る。ウミネコが船に寄ってきた。船長の解説アナウンス付き。あの日、この湾もすさまじい状況だったんでしょうね。
クルーズを終えて平成の森に戻る。地元の方々を対象にした越中屋さんの落語会開催中。そのあと、交流会。アップした写真、パワポ使った映像投影に、川渕映子さん(東北AID)が説明プラス。実は川渕さんは某参議院議員候補の後援会長。ほんとは富山にいるべき週末だったんでしょうが、今回のバスツアーに参加。こっちが優先なんでしょうね。
交流会のあと、高橋さんご夫妻(お孫さんもご一緒)・畠山さんたちに別れを告げ、平成の森を後にする。バス途中、防災センター近くを通る。ここ、最期まで避難をアナウンスし続けた女性の終焉の地。あの女性、高橋司さんのいとこだそうです。防災センターの近く、盛り土。今回はあちこちで盛り土・防潮堤を見た。これが「復興」といえるのだろうか。
南三陸町さんさん商店街でおみやげ購入。モアイ最中、モアイ伝説@雄新堂。南三陸町は志津川町(しづがわちょう)と歌津町(うたつちょう)が合併してできた。
春日で昼食。天丼にしたのですが、なかなかできあがらず、やきもきした。完食できず。国見でさくらんぼ購入。米山でえび天そばの夕食。帰りのバスの中で各自感想など披瀝。僕は最後部席で番号は「1」でした。
9時半過ぎ帰宅。TV欄見てたらモーツァルトで「チック」名を発見。ひょっとしてと思ってチャンネル入れたら、やはりチック・コリアでした。小曽根真と二人でモーツァルト演奏withN響。へぇ~、ですよね。

東北AIDのブログはこちら

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by tiaokumura | 2016-07-03 10:45 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

一年ぶりの南三陸町

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(7月9日午後・記)
7月2日・3日と「南三陸町サポーターズ バスツアー」に参加。バスの中で「「東北AID」の東日本大震災復興支援活動経緯」って資料が配られた。それを見ると、僕は2011年4月9日~11日の東北支援便・第4便に乗ってたかなあ。石巻市内で炊き出しと救援物資配布。僕はその後2か月ほどで胃癌4期が見つかり、「東北支援便」には乗っていない。僕は「南三陸町サポーターズ」ってのにも加わらせていただいていて、そのバスツアーにも参加。今回が3回目の参加になります。バスツアー自体は今回が7回目。
2016年7月2日(土)、午前6時半、岩瀬スポーツ公園。大型バスに支援物資などを積み込み出発。途中、何か所かSAに。名立谷浜では『とと姉ちゃん』を見る。黒崎の後、安達太良で昼食。とろろそば+缶ビール(持参^^)。矢本を過ぎ、南三陸町伊里前福幸商店街。やまと物産の高橋さんご夫妻合流。
今回の目玉?、やまと物産でBBQ。ホタテ・イカ・ウニ・ホヤ・ナマコなど、これ、僕の一生で最初で最後でしょうね、海の幸堪能体験。でも体調がイマイアチだったんでたくさん食べられなかったのが残念。魚介類の中にムール貝の一種もありました(しうりとか言う)。BBQの場に三浦宮倫子さんもご登場。彼女、「南三陸銘菓 手づくり 絆ロール」のパティシエール。彼女のロールケーキ、いただきました。
アップした写真、高橋さんご夫妻と。
今回初めて読んだんですが、ネット上にご夫妻に関する朝日新聞記事がありました。地震・津波から間もない2011年4月5日付「魚竜の化石に再起誓う 南三陸・博物館の館長夫妻」。以下に引用します。

東日本大震災で被災した宮城県南三陸町には、世界最古の「魚竜」の化石群がある。津波被害で、化石はがれきに埋もれた。「町の宝を復興のシンボルに」。化石を20年余り守ってきた夫婦が再起を誓う。
 魚竜は、恐竜と同じころ、およそ2億年前に栄えた爬虫(はちゅう)類。イルカに似た体格で海に生息していた。1970年、南三陸町歌津の地質調査で、世界最古の化石が見つかった。
 南三陸町歌津の海辺に立つ博物館「魚竜館」は90年、町おこしの拠点として作られた。館長の高橋司さん(63)と妻が、町で見つかった2億4200万年前の天然記念物「ウタツギョリュウ」を目玉に、アンモナイトなどが泳ぐ太古の海を紹介。夏祭りやイベントも開き、年間の来場者は昨年、6万人を超えた。
 だが、津波は夫婦の歩みを一瞬で断ち切った。2人は高台に逃げて無事だったが、魚竜館と自宅は壊れた。化石の標本はがれきに埋もれた。地盤が1メートルほど沈下したため、屋外展示されている化石は海の中で、被災状況の確認さえできない。
 それでも2人は毎日、この場所に通う。折れた柱も、砕けた水槽も、苦労を知る仲間だと思って丁寧に集める。つち音が響くときが来たら、展示物が減った分のスペースを津波の伝承館として使えないか、町に提案するつもりだ。
 化石探しを終えた夜、避難所で妻がつぶやいた。「立て直すのに何年かかるかねえ」。司さんは妻の目を真っすぐに見据えて、言った。「まずは3年。2人で踏ん張って、町一番で復活させっぺ」(乗京真知)
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by tiaokumura | 2016-07-02 16:25 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

熊本支援・募金活動@アピア

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木曜日、帰宅してNHK富山局のニュースを見ていたら、益城町でボランティア活動をしているニュースだった。ひょっとして、と思ったら案の定、川渕映子さんたちによる活動でした。川渕さん、ニュースのMC(4月からメンバーが代わった)からインタビューも。16時間かかるとか、富山から現地まで支援バスで。ニュースでは僕が面識ある、河西さん、谷中さんたちも映っていました。同ニュースで、富山での募金活動、情報展開もあり。僕、参加しようと思った。同時に、去年、ネパール人学生たちと富山駅前マリエ前でネパール大地震の被災者のための募金を集めたことも思い出した。「ご恩返し」でもないのですが、富山での募金活動、ネパール人学生にも、都合がつくようなら参加したら、と提案しようと思った。翌・金曜日。学院の休み時間にSさんに僕の考えを伝える。彼、快諾、ぜひやってみたいと。
4月23日(土)9:15、富山国際学院に集合。バイトとかなくて時間が取れた4人、集まる。募金会場は学院近くのグランドプラザと思ってたのですが、川渕さんからアピア会場でやってほしいとの連絡あり。学院からは電車に乗って行くことになる。富山駅まで歩く。富山地鉄で富山→稲荷町。募金場所のアピアは駅から徒歩0分。開店前でしばし待つ。
10時過ぎ、川渕さんたちと合流。この日の予定、打ち合わせ。アップした写真、アピア入口、川渕さん(右手前)から立ち位置など指導していただいているところ。真ん中の二人はこの間来日したばかりの1年生。両端は2年生、去年の募金活動参加者。学生の持っている募金箱、くまモン、あり。熊本支援の活動であれば、くまもんのキャラ、使っていいのです。
「熊本支援、募金活動をしています」などと呼びかけ。ネパール人学生たちも「おはようございます」「よろしくお願いします」「ありがとうございます」「ありがとうございました」など。こういうのしてると、日本って日本人っていいなあ、と思う。幼児から高齢者まで、いろんな方が募金してくださいました。
熊本地震、余震がまだ続いている。早く地震が終息して、被災者の皆さんが少しでも日常生活に戻られたらいいのですが。

(追記)
支援バスでの現地での活動について、こちらのブログ記事があります。
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by tiaokumura | 2016-04-23 10:10 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

東北BOOK AID

f0030155_1222658.jpg(1月17日午前・記)
今朝(2016年1月17日)の朝日新聞、1.17記事。「21年 命は輝く」「笑って泣いて 明日へ」「あの日の街 私が伝える」。1995年1月17日早朝、TVのニュースで見る「阪神大震災」の惨状。当時は僕は非常勤講師として採用された富山国際学院の1年目が終わろうとしていた。A組かB組で午前授業。オール中国人20名のクラスだった。帰宅してTVを見る。21年なんですね、阪神大震災。
朝日新聞別刷の「GLOBE」は「被災地と復興庁の五年間」。僕は東北地方太平洋沖地震(後に「東日本大地震」に改称)がきっかけでで南三陸町歌津の高橋司さん・ます子さんご夫妻とご縁ができた。去年までの年賀状は仮設住宅からでしたが、今年は枡沢復興住宅からでした。今年のお正月は、お子さんやお孫さんもご一緒に新居で楽しく迎えられたことでしょうね。僕と同世代の高橋さんご夫妻、大変なご苦労の連続でしょうね。僕だったらとっくに挫折し狂ってた、きっと。朝日記事では仮設住宅入居者は2012年3月30日時点の48913戸・117301人から2015年12月1日現在で30293戸・62798人に。依然として多くの方々が仮設住まい。仮設を出られてもまた違った大変さが続く。記事によると、復興には10年間で計32兆円、「単純計算で被災者1人あたり約6800万円になる」。高橋さんたち被災者は全然そんな恩恵を受けてないし、ありがたいという実感、ないでしょうね。

昨日1月16日、「東北BOOK AID」でぷちボラ。3時間ほど会場にいました。BOOK AIDはこれで8回目。古本を定価の1割で買ってもらい、その「売り上げはすべて被災地への支援活動に使用します」(リーフレットより)。アップした写真、会場のパネル。会場には川渕映子さん(東北エイド・代表)も。実にパワフルな方で、僕が尊敬する女性のお一人です。
支援しようと思いつつなかなか活動に移れない、あるいは活動できない、どんな活動ができるかわからない方々。会場に来て古本を買うことも「支援」です。今日が二日目。富山市中心部にお出かけになって会場にいらっしゃってください。CDやゲーム、レコードなどもあります。一部、1割(9割引き)じゃないものもありますが、それでもめっちゃ安いです。

東北BOOKAID
不要になった古本が被災地の人々の笑顔の素になります。
会場:富山市民プラザ2階アトリウム
1月17日(日) ~17時
主催:東北エイド
同時開催:東北エイド活動の記録 東北エイド写真展

東北エイドはさまざまな支援活動を行っています。HP(こちら)であなたも参加できる活動を見つけてください。ブログはこちらです。
余談ですが、古本の保管場所は僕の高校時代の恩師・本木英子先生(旧姓・岡田)の持ち物だそうです。この間、東北エイドに古本を提供する際に初めて知りました。すばらしい先生ですね。去年、高校の同期会でお会いしました(記事はこちら)。その前に「エンジン01」でも。先生は本木克英・映画監督のお母様です。
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by tiaokumura | 2016-01-16 12:02 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)