カテゴリ:海外出張10余録( 7 )

カトマンズ(3)

f0030155_8575862.jpg
(11月28日夜・記)
今回の出張目的を全て終わり、ちょっと観光時間がとれる。ニマさんに「猿寺」に案内していただく。
位置から言うとパリのサクレ・クールみたいな感じでしょうか。文殊菩薩の登場する開基伝説があるネパール仏教の聖地。5世紀に建てられたスワヤンブナート(Swayambhunath)はユネスコ世界遺産に登録。拝観料200NPR(ネパール人は無料)。灯りが乏しい中、365段の石段(しんどかった!)を上ってようやくてっぺんに着く。the Monkey Templeの別称は猿が多いことから。確かに寺院内には猿が多く、母猿の背中に子猿も。wikipedia英語版より引用-
The Swayambhunath complex consists of a stupa, a variety of shrines and temples, …
アップした写真がstupa、日本の卒塔婆とはずいぶん違いますね。で、写真じゃよく見えませんが、塔の中ほどに世界四方を見渡すブッダの眼(Buddha’s eyes)が描かれている。因みにルンビニがあるのはネパールです。Swayambhunathにはstupaの他にBuddhist gompaなど。寺院群を巡っているとちょうど手を伸ばしたあたりにニマ車がずらり並ぶ。サンスクリット?でしょうか、経文?が書いてある。ニマさんによると、お年寄が散歩がてらこれを回しながらお参りするとか。

猿寺から歩いてニマさんのアパートへ。少し休憩。
Thamel地区で4000JPYをNPRに両替。レートは0.85NPRで、3400NPRだった。Tamel、何回来てもいつも人通りが多い。しかもタクシー(SUZUKIがタクシーの代名詞になっている。確かSUZUKIはインドに工場ある)・リキシャ・自転車も行き交う。とてもじゃないですが、僕、こういう地区を車でなんて走れない。
夕食はTHAKALI BHANCHHAで。ここ、昨年も食べました。タカリ料理。富山県利賀村とネパールツクチェ村は蕎麦・曼荼羅が取り持つ友好関係にあるのですが、ツクチェ村はタカリ族の村だそうです。ニマさんはネパーリ・ターリ、右手で上手に召し上がる。観光ガイドに載ってるんでしょうね、欧米人もちらほらで中には右手で食べている人も。僕はあまり食欲がなく、チキン・トゥクパ(Chi thukpa。95NPR)。タンメンみたいな感じ。Everest Beer、225NPR(ずいぶん高い?)。

トリビュバン空港(TRIBHUVAN INTERNATIONAL AIRPORT)までニマさんと一緒。空港前で別れる。去年もあったのかなぁ、SAMSUNの広告が目立つ。Cathay Pacificのカウンターの列、遅々として進まず。ようやく搭乗券入手。香港-名古屋の搭乗券ももらえて一安心。前回だったか、乗り継ぎをくれるくれないでカウンターで押し問答^^経験。しかもその年の出張では関空に荷物届いとらんだ(大汗)。空港の出国チェックでライターを取り上げられる。とほほ。名古屋も香港もパスだったんにぃ。待合室で『ポケット数独2 上級編』。その内ついうとうとしてたら周りが騒がしい。搭乗が始まったんですね。危ないところでした。中に入ろうとして、女性係員に足止め。半券がちぎれてたのを咎められる。しょうがないですよね、ちぎれた半券。同じく足止めを食らったニュージーランド人?と「I’m not a terrorist」などとジョーク^^。しばしあって、ようやく空港バスで飛行機内に。
30分ほど遅れてCX6730、カトマンズ離陸。座席は64Kで窓側でした。行きと同じくCathay PacificとDragon Airの共同運航らしく、10:45頃台北でいったん着陸。台北空港で休憩する人も多かったのですが、僕は機内で休息。客室乗務員(女性)に「降りないんですか」と言われる。ちと風邪気味でしんどかった、自分。
香港空港。年長者は「長者」、非常口は「太平門」なんですね。空港内のPCでこのブログにアクセス。15分無料とか。

香港-名古屋。今回は本は『数独』の他に、堺利彦『堺利彦伝』(解説・黒岩比佐子。中公文庫)、今井むつみ『ことばと思考』(岩波新書)、森毅・安野光雅対談『数学大明神』(解説・河合雅雄、エッセイ・亀井哲治郎。ちくま学芸文庫)を持参。
森毅は本年7月24日ご逝去。「エッセイ」に拠れば2008年の春に入院生活を送られた森さんが退院され、野崎昭弘・小沢健一・内村直之(朝日新聞)・亀井哲治郎らが京都のお宅訪問。森さんを囲んでの「勉強会」の話に。その後回復され「勉強会のリハーサルのような集いが開かれた」(p.477)。だが森さんは2009年2月に大やけど、闘病の後、不帰の客に。森・安野による「数楽的センスの大饗宴」(帯より)である『数学大明神』は、日本対談文学にいつまでも残る名作。森・安野お2人の向こうところ敵なし(激爆)。森さんのご発言
選挙で、政治の腐敗が焦点になることがあるでしょう。(中略)しかし、実際に選挙してみると,腐敗してると称される政治家は、それなりに地盤があるから生き残ってしまって、腐敗を叫んだという事実だけが政治史として残る。それがまた、右側からの清潔派が出てくるもとにならないか、という気がするんです。(p.048)
(前略)ある程度ハト的状況が続くと、同時にだんだん腐敗的現象が出てくるね。そういう状況にだんだん耐えられなくなってくるんです、神経的にね。そのとき、左へ移るか、右へ移るか、というと、右へ移る可能性が大きい。それがどうもファシズムの心理的基盤みたいな感じがする。(p.048)
「予言」(対談は1980年夏@奥湯河原)ではないのでしょうが、僕、「清潔派」が民主党にオーヴァーラップしました。尖閣・北方領土・竹島などや北朝鮮から日本人が「強力なリーダー」を待望し、やがて21世紀版ヒットラーが日本に現出するかも・・・。

CX530便、午後3時半頃、セントレア着。両替、176USD=14182JPYでした。レートは1USD=80.58JPY。両替レートでいけば、行きは円安(1USD=86.06JPY)でした。
昨年のカトマンズ出張で「イマドキ、スカイプやってないなんて」と言われた。その後富山国際学院、skype導入(11月27日付朝日新聞にスカイプのことが載ってます)。今回の出張、日本での事前のアポなど、skypeを大いに利用しました。英語になると沈黙時間多かったけんど(恥)。
夜行バス1泊、ホテル2泊、カトマンズ滞在約48時間、飛行機1泊-64歳のジジイ(照)にはしんどい海外出張じゃったかも。

帰国後の2010年11月27日付朝日新聞「境界」は「革命忘れた『発火点』」。ナクサルバリの反乱やチャル・マジュンダルやマオイストのことが載ってました。
同じ日の日経「春秋」は黒岩比佐子さん追悼コラムでした。今朝の朝日には『パンとペン』の書評も。
[PR]
by tiaokumura | 2010-11-22 08:57 | 海外出張10余録 | Comments(0)

カトマンズ(2)

f0030155_8545689.jpg
(11月28日午後・記)
11月21日(日)KathmanduのKalimatiにあるGrand Hotelで5時半起床。カトマンズ(「カトマンドゥ」とも)ではこれまでに、Annnapuruna(Durbar Marg地区)、Everest(New Baneswar地区)に宿泊した。両ホテル(『地球の歩き方’09~’10ネパール』p.79に載ってます)と比べるとGrand Hotelは1、2ランク下になるのでしょうね。エアコンやアメニティがイマイチ。それでも小さいプールもある。パリがそうでしたが、日本の1Fは0F。そこのRendez-Vousで朝食。potage表記になってましたが中華粥がおいしかった。ミルク・ジュースもおいしい。ネパールは果物も豊富なようですが、朝食のフルーツはあまり・・・。
ホテルの前で行き交う人をぼんやり見ていたら、小学生の集団登校。どこの国も子どもっていいもんですね。両手を合わせて「ナマステ」の後、英語でちょっとおしゃべり。ネパール、学校ずいぶん早くに始まるみたい。
部屋に戻り荷造りなど。そうじの女性にこないだ築地で買った羽子板のポチ袋をチップ代わりにあげる。海外ではこういうの喜ばれるかと。
今回の通訳をお願いしているニマさん富山国際学院卒業生)が部屋に。7時45分頃、チェックアウト。ニマさんのバイクの後ろに乗り彼のアパートへ。荷物を置かせてもらう。午前中、仕事。
昼食は、ファボーレみたいな(ただしシネコンじゃなくワンスクリーン。インド映画を上映中。僕はインド映画は『踊るマハラジャ』を金沢で観たことがある)CICビル内で、水牛餃子など。
午後、仕事。仕事先でおもしろいことを聞いた。アナログ時計で日本時間だったとして、それを左に90度回転すると、ネパール時間になるとのこと。なるほど。例えば日本時間14:30→ネパール時間11:15。反対にネパール時間→日本時間に換算なら、右に90度回転。ネパール時間14:30→日本時間17:45。おもしろいですね。もっと早くに知っとったら、両手に腕時計なんて不要だった。
ネパールは多民族・多宗教の国。そして民族・宗教間のいさかいはほとんどなく共生。世界でも珍しいでしょうね、こういう国は。生物(植生)も実に多様性に富みそこでも共生が見られる。日中牛が往来を歩いているなんて当たり前の光景。ヒンドゥー教では犬もバイラ(破壊の神)のお供として崇拝されているようで、野良犬もずいぶん多い。ネパールの大きなお祭りダサインのあとには、犬や烏などの動物の日も続くとか。

アップした写真Thamel(土産物店などが軒を連ねる地区)で「リキシャ」に乗っているところ。「リキシャ」、そうです日本語の「人力車」からです。東南アジアでも「リキシャ」って聞きますが、ここカトマンズでもけっこう流している。京都や鎌倉の人力車と違って、カトマンズのリキシャは自転車改造タイプ。今回初めて乗りました。Tamelは人も多く坂もありますから、リキシャ曳きってハードワークでしょうね。100NPRってことですが、nihonnチップを10NPR差し上げました。
[PR]
by tiaokumura | 2010-11-22 08:54 | 海外出張10余録 | Comments(0)

カトマンズ(1)

f0030155_8192229.jpg
(11月27日午後・記)
11月19日(金)、17:25香港発。飛行機に乗り込んで右手の腕時計をネパール時間に合わせる。ネパールは対日本-3時間15分。日本との時差、インドが確か3時間半で、その-15分。世界広しと言えども「15分」なんて僕が知る限りない。こういうところもネパールって毅然としとるような気がしますが、どうなんだろう。
座席のTV表示見てて「?」。目的地の時間表示、ネパール時間じゃないんですね。「目的地」まで距離2427km・飛行時間3時間40分の表示。少しして事情が飲み込めた。僕は今回Cathay Pacific利用なんですが、この飛行機Dragon Airでもあり別便名もついてる。で、KATHMANDUの前にDHAKAに降りるんですね。この飛行機には、KATHMANDUとDHAKA、目的地が2種類の乗客が乗り合わせている。でDHAKAが先だから、香港発の時点ではBangladesh時間表示でDHAKAまでの距離・飛行時間ということです。僕たちの年代にダッカは、1977年9月28日のダッカ事件でしょうね。パリ行きの日航機が経由地のボンベイ(現在はムンバイ)空港離陸後、赤軍派によってハイジャックされた。福田赳夫首相の「超法規的措置」により「解決」。
隣りの座席の方はRATNAさんと言い、タイの托鉢僧みたいな形の服。お互い自己紹介。monkの方でした。Ratnaさんと少しおしゃべり。彼は海外での布教活動からの帰り。Myohosanとかって言葉出てきたので「南無妙法蓮華経」ですね、って聞いたらその通りだった。ネパールにヒロサワと言う高名な僧がおられるそうで、Ratnaさんはそのお弟子さん。今回僕が利用するホテルはGrand Hotelなんですが、Ratnaさんはその近くのSWAYAMBHUにあるお寺で起居されているとのこと。僕が持参した「数独」をやってたら、彼ご存じみたく「sudoku」っておっしゃいました。今やsudoku、インターナショナルなんでしょうね。
日本時間10:50pm、ダッカ着。同11:50ダッカ発。飛行機は加德滿都へ。富山国際学院スタッフの「とくはし」さんの「とく」の字がこの漢字「德」です。ダッカ-カトマンズ、663km・1時間7分。飛行機内でEntry・Without Visa、2枚のカード入手。
22:15、カトマンズ着。急いでWithout Visaカウンターに並ぶ。2年前初めてカトマンズを訪問する際、知人にアドバイスされた。カトマンズ空港に着いたら何よりも先にWithout Visaのところに行きなさい、と。ここでけっこう時間を食うのですね。で、前回は列の10番目くらいでしたが、今回はもう30人くらい先客。観光やトレッキング目的でしょうか、日本人もちらほら。25USD、写真1枚などで15日間のビザ取得。
空港で迎えのニマ・ドルジェ・ラマさん富山国際学院卒業生。中央大学を卒業し、現在はカトマンズ在住)の顔を見つけ、一安心。
タクシーでホテルへ。深夜料金なんでしょうね、800NPR。
Grand Hotelにチェックイン。711室。

11月20日(土)、Grand Hotel。早朝6時半、ベッドサイドの電話が鳴ってビックリ。この日の予定相手からだった。そのまま起きて準備など。朝食(バイキングスタイル)。午前、仕事。
昼頃、ニマさん、ホテルに。Durbar Marg(宮殿通り)にあるDELICATESSEN CENTERで昼食。NEPALI THALI SETで、Served in Nepal style with rice, dalfried, chicken/mutton curry, Mixed veg., saag, pickle, papad and fruit salad。僕はmuttonのほうを選びました。250NPR。デンマークのTarlsbergも^^。
カトマンズ、僕はこれで3回目なんですが、まだ日本大使館に行ったことがない。仕事の合間を縫って大使館へ。日本に合わせて営業(大使館は「営業」でいいんでしょうか^^)でしょうから、土日は休み。受付にご挨拶。写真を撮りたいと申し出たら、銃を持った兵士?がNo。そこを何とかってことで^^、アップした写真を撮らせてもらう。

夕食はThamel地区にあるDechhenling Gardenでギャヨック料理(チベット料理)。隣りのテーブルに、旅行社のネパール人男性と客の日本人女性。
鍋料理に入るんでしょうね、ギャヨック。水牛・にんじん・カリフラワー・たまご・春雨・キャベツ・とうふなど。他にチベットブレッド、ぎょうざ、ミートボール、ほうれんそう、やきそば、チキンマスルム、やさいボールなど。ビールはEverest。ボク、年のせいでしょうか、最近たくさんは食べられんようになっていて、だいぶ残す。日本人の感覚では水牛は牛の仲間ですが、ネパール語では牛は「ガイ」、水牛は「ブフィン」で別種。ですから水牛は食べていいのでしょうね。

ホテルに戻って711室でTV。100チャンネルくらいあるみたい、すごいですね。「ちびまる子ちゃん」や「ドラゴンボール」も放映してた(ネパール語吹き替え)。
[PR]
by tiaokumura | 2010-11-22 08:19 | 海外出張10余録 | Comments(0)

香港でトランジット

f0030155_16181778.jpg
(11月24日夜・記)
今夏の台北に続き今年2回目の海外。台北の時は仕事ってわけでもなく(ってぇも観光じゃありません。もちろん全額自腹)ある意味お気楽ジジイでしたが(激爆)、今回は純粋な仕事=海外出張です。
いつもお世話になっているW旅行社のAさんにプランニングをしていただいた。でもボクってワガママな顧客(汗)。I’m proud of our poor Nihongo-gakkoh.なんで^^、「安く上げろ」やら「日程にムダがないようにしろ」などと彼女(Aさんはうら若き女性)に無理難題押し付けなんでしょうね。木曜日は授業があるので朝からは出発できない、土・日にカトマンズで仕事をこなしなるべく早く当地を引き揚げたい、ホテルはできるだけ安上がりにしたい(と言いつつも安全面は確保したい)、などがボクの要求ですから、彼女にとっては厄介な客でしょうね。ボクのせいで彼女の冬のボーナス、悪くならんにゃいいのですが。

11月18日(木)、午後のE組授業を終え、6時頃帰宅。風呂・仏壇・夕食・出発最終チェックなど。富山駅南口バスターミナル23:55発の夜行バスに乗る。バスターミナルに「ひげ」ラーメンがある。残念ながらひげのマスターは故人になられたのですが、奥さん?や子どもさんたちでおやじさんの味を引き継いでいらしゃる。夜行バスに乗る前にそこでラーメンを食べる。なんだか寒い富山でした。ハーフコート着ててよかった。
名古屋、6:30着。海外出張って大手のビジネスマン@富山は、羽田に飛んで前泊あるいは早朝富山→羽田で羽田から海外へ、なんでしょうけど、うちはそんな金ない(キッパリ^^)。世の中広しと言えども夜行バスで海外出張なんてあまりないでしょうね。それでいいのだ!、富山国際学院。名古屋行きの夜行バス、僕は初体験でした。

台北行きもそうでしたが、今回も中部国際空港(「セントレア」)利用。名古屋駅から名鉄線で中部国際空港。850円也。8時頃到着で、まずは航空会社のカウンター(今回の場合Dカウンター)で搭乗手続き。荷物、今回の出張はなるべくは少なめにってことで(体力が衰え中^^)、いつもはスーツケースに入れるスーツも富山から既に着用。キャリーバッグ一つだけ預ける。今回の出張は「Transit in Hong Kong」なんですが、乗り継ぎの飛行機搭乗券(「香港-カトマンズ」)もセントレアで入手できて一安心。いつだったかそういうので苦労したことあるんですね。
セントレアで両替。2万円(以下「JPY」)をアメリカドル(以下「USD」)に替えようと思った。今回の出張先はカトマンズ(ネパール)なんですが、ネパールルピー(以下「NPR」)は日本では入手できない(たぶん。闇ルートがあれば別ですが^^)。この日の両替レート(三菱東京UFJ銀行の場合)は、1USD=86.06JPY。19965JPY=232USDでした。出国するときに円高で帰国するときに円安じゃったら、ボク、もうかるでしょうね(激爆)。例えば計算がメンドーなんで極端な例で言えば、行きは1USD=50JPY、帰りは1USD=100JPYのケース。1000円(みみっちいねぇ^^)の場合、行きは20USDですよね。その20USDをそのまま日本に持ち帰れば2000円!じゃないですか。計算合ってますよね。在日外国人の中には円高が行き着くところまで行き一気に円安に大反転するのを待ってるお方もおられるかもしれん(謎爆)。
セントレアで朝食。栗原はるみの名で宣伝している「yutori no kukan」(kuのuの上にライン。「ゆとりの空間」ってことでしょうね)。中華雑炊(卵)+コーヒー(セットで付いてくる)と****^^。

出国前のチェックでライターOKでビックリ。台北の時もそうなんですが、セントレアはライターOKなんですね、意外です。
CX533に搭乗。機内アナウンスは英語・中国語で日本語は補助的。英語アナウンスには日本人女性と思しき人も。日本人の英語って発音や文法でだいたいわかるものですが、彼女らのレベルになるとほとんどネイティブ並なんでしょうね。でも今回ふと思ったのですが、声質が日本人なんですね。僕だけの「誤解」かもしれませんが、そういうの初めて思いました。
400人くらいの乗客でしょうか。大きい飛行機でした。予定では、名古屋発09:55、香港着13:30。香港は時差-1時間ですから4時間半の飛行でしょうか。前にも書きましたが僕は海外出張の時は腕時計2つはめていきます。左が日本時間、右が現地時間。それによって時差ボケ解消にもなっている。我ながらいいアイディアなんです(照)。飛行機に乗り組んだ時点で、右手の腕時計、現地時間に合わせます。
機内食。「そば」?が出たのですがつゆがない。20代前半でしょうかえくぼの可愛い女性に「How can I eat?」って初歩英語^^で尋ねたら、向こうのミスだったんでしょうね、つゆを持って来てくれました。僕が「Thank you, Madam.」(Madamは敬称ですよね)と言ったあとの彼女の発言「エッサー」って聞えた。一瞬「エッサー=餌」を連想しましたが(激爆)、もちろんYes, Sir.なんですね。

機内TV画面の表示によれば、名古屋-香港、1632マイル(2627km)だそうです。香港空港、13:35頃着陸。TV画面に、気温24℃の表示。
トランジットだけですが、今回初めての香港空港。ハブ空港にもなるのでしょうね、大きい空港でした。いつもどおり帽子をかぶってたら「帽子を取ってください」と空港係員に注意されました。香港空港って帽子ダメなんですね。テロ対策? ボクには事情がようわかりませんが、素直に注意に従いました。
乗り換えのE1に来る。さっそくタバコ(恥)。喫煙ルームがあるんですね、ちゃんと。そういうの探すのは動物的嗅覚、ボク働きます^^。漢字では「吸煙室」で、pushは「推」pullは「拉」だったでしょうか。
アップした写真、トランジットの待ち時間に撮りました。「日本人ですか?」と僕が声をかけた男性、僕の間違いで中国人(香港人?台湾人?)でしたが、快くシャッターを押してくださいました。そのあと当ブログにアップ。カトマンズはダメですが、香港はそういうのできる地域なんですね。
空港内のespressamenteでスモークサーモンサンドS(25香港ドル。以下HKD)・ハイネケン(39HKD)。香港は人民元じゃないのですね。「Can I pay by USdollars?」って聞いたらいいとのこと。計64HKDのところを10USDで払ったらおつりが6HKDでした。1HKDっていくらUSDになるんでしょうね。頭がいいあなた、ご計算ください(激爆)。
29番ゲートから搭乗。香港時間(=中国時間)17:35、CX6732の座席37Cで一路カトマンズへ。
でも実は「一路」じゃなかったんですね。そんなこと香港では全然予期しとらんだ。
[PR]
by tiaokumura | 2010-11-19 16:18 | 海外出張10余録 | Comments(2)

無事帰国

f0030155_18105786.jpg
(8月11日夜・記)
8月1日(日)台北でのポスター発表無事終了。2日(月)午前四時(日本とは-1時間の時差)起床。5時前、チェックアウト。粕谷謙治さん(富山国際学院では同僚)が見送りのために1Fまで降りてこられ、恐縮至極。今回のポスター発表、副島健治先生(富山大学教授)・粕谷さん・僕の3人で、僕は台北にはセントレア経由で入り、副島先生と粕谷さんは関空経由と、飛行機は別便。宿泊ホテルは同じ第一大飯店(FIRST HOTEL。南京東路二段)で、僕は3泊、お二人は4泊。
5時過ぎホテルを出て車で台湾桃園国際空港(旧中正国際空港だそうです。中正は蒋介石でしょうね。中山は孫文ですよね)へ。搭乗手続きをして朝食をとる(空港内だからでしょうね、あんまりおいしくなかった)。出発ロビーは3F(到着ロビーは2F)。中華民國って出国カードは不要なんですね。出て行く人はご勝手にどうぞ、なんかも(嘘爆)。もう一つ、セントレアでも桃園でもライター取り上げられなかった。飛行機内もちろん禁煙ですが、両国際空港、喫煙者に配慮してるのか、あるいはライターくらい安全上問題ないと判断しているのか。

午前8時(日本時間9時)EVA AIRのBR158、離陸。今回の台北、往復同じ航空会社の便を使ったのですが、冷房が効きすぎ。帰りは我慢できず毛布を使いました。ほら、海外旅行英会話Lesson1によくあるでしょう、「ブランケット、プリーズ」(←スペルわからんので^^カタカナ英語で)って言いました。
僕にとって初めてだった台北-観光スポットが台北101・故宮博物院・龍山寺・占い横町・孔子廟・夜市(宿泊先のホテルからでは遼寧街夜市が近かったみたい)などたくさんあるのでしょうが、一つも行きませんでした。台湾式マッサージも経験せず。日本人の一人としては過去の歴史を直視して訪れなければならない台北ですが、僕の経験した限りでは日本人にとって訪れやすい都市かなぁと思う。11時45分、名古屋着。3時間弱の飛行。北進するのだから偏西風の影響はないのでしょうが、それにしても近距離です。北回帰線のちょっと北に位置するんでしたっけ、台北。セントレア、順調に手続き・荷物。確か前回の海外出張では関空で荷物が届いとらんでめちゃ焦った。新しくなった僕の10年パスポート、今回の台北でスタンプ4つゲット^^。セントレアで残ったTWD紙幣を両替。1200TWD→2616日本円。なんか思ったより少ない日本円への両替だった。セントレアでケータイ3本。セントレアから名鉄で名古屋に出て、JR名古屋からしらさぎ9号に乗車、5時半頃富山駅着。

アップした写真、富山駅北口にあるアーバンプレイスB1Fの「茶寮さくら」で撮る。
おばんざい(かつては富山で「おばんざい」って言い方はしなかったような気がするが、今は普通に使っているんでしょうかねぇ)から3品、生ビール2杯、〆にそうめん。女将さんとしばしおしゃべり。台北のこと、日本のことなどなど。「茶寮」からの連想で北大路魯山人(1883-1959)のことも話題に。厨房は息子さんで、彼、イタリアにコック修業に行くために週1回イタリア人にイタリア語を習っているとか。すっごいですよね。行き先としてはフィレンツェを考えているとのこと。ウフィツィ・教会・ルネサンス・・・羨ましい。息子さんに「がんばってください」と声をかけました。
「茶寮さくら」、ぜひまた訪れたいお店です。ワインは東京エノテカ広尾店から直接仕入れ、日本酒も立山・勝駒・手取川・獺祭など。
[PR]
by tiaokumura | 2010-08-02 18:10 | 海外出張10余録 | Comments(3)

初めてのセントレア

f0030155_1032949.jpg
(8月3日夜・記)
話せば長いことながら^^ひょんなことがきっかけで台北に行くことになりました。勤務先の富山国際学院とは関係ない台北行きなので、ぜ~んぶ自腹(泣)。いつも海外出張でお世話になっているW社のAさんにプランを立てていただく。Aさんはシニア(照)の海外旅行ってことで、安全安心な旅行になるようにしてくださるのですが、どうもボクにはけっこうなお金になり(恥)、2回見積作っていただいた上で、それでもまぁ今の安月給の身としてはほぼ月給の半分が飛行機・ホテル・現地の費用になってしまうことに。まぁしょうがないでしょうね、旅慣れた人ならネットとかで安上がりな方法いくらでもあるのでしょうけどね。

7月30日(金)午前4時起床。夏とはいえ、まだ夜明け前。準備の最終チェック。
今回行く台北、日本人が行くには最も気楽な海外のような気がする。僕はこれまでにパリ・瀋陽・ハノイ・カトマンズ・バンコクなどといった海外都市に行ってますが、台北って他の諸都市と比べて、思い込みかもしれませんがなんとなく親日派が多そうだし何といっても漢字圏(ただし繁体字)だし食べ物も僕の口に合いそうだし怪しいところ^^に行かなきゃ一人歩きもできそうだし・・・。安心しすぎて失敗や危険があるとマズいですが、でもまぁ割と気楽に台北旅行を捉えました。そんなわけで、いつもは海外に出るときは現地関係の『地球の歩き方』を事前に購入し少し下調べするのですが、今回はW社からもらった台湾関係のパンフ類だけの利用で、『地球の歩き方』もガイドブックも一切買わなかった。ネットでも台湾桃園空港以外は何も調べなかった。
今回の目的は日本語教育学会世界大会@台北に参加。けんかしに行くわけじゃないので^^準備もまぁこれまでの海外行きに比べると楽でした。2000年に作ったパスポート、10年の期限が切れるので先日更新。新しいパスポート、ID関係のチップが入っているとかでちょっと厚くなった。新しいパスポートを使う最初が台北旅行になりました。

台北旅行、できれば2泊3日が理想だったんですが、飛行機便の関係でそれは無理で富山-名古屋-台北の往復3泊4日の日程に。
中部空港(愛称「セントレア」。国際線・国内線の両方入っている)、初めて利用しました。富山5:02発しらさぎ2号→名古屋8:51着→名鉄に乗り換え→セントレア。
セントレア、空港内のお店や飲食店など評判がよくって、ずいぶん人気のある空港らしい。飛行機利用者以外のお客さんも多いそうです。空港内の「かめりあ」できしめん(750円)+α(600円)の朝食。
アップした写真、搭乗手続きまで時間があったので、デッキに出て、名古屋の熱気の中で撮りました。名古屋って年に何回か来てますが、いつ来てもく×暑い。←名古屋の皆様、ごめんなさい。

空港内の三菱東京UFJ銀行で両替。2万円(正確には19964円)→6200TWD。この日のレートは1TWD=3.22円。11時過ぎ、搭乗手続き。今回は、これまた初めてですが、台湾のエバー航空っての利用。向田邦子さんのことも思い浮かべて台湾ってちらっと心配なのですが(彼女はどこの航空会社だったんだろう)、まぁいつもそうですが、飛行機事故は運命に任せるっきゃないと思っています。
名古屋発13時BR2128→台北着15時(予定)。台湾(中華民國)は日本とは-1時間の時差。富山-名古屋がJRで約4時間ですから、名古屋-台北3時間のほうが近いではないか!
[PR]
by tiaokumura | 2010-07-30 10:03 | 海外出張10余録 | Comments(0)

新しいパスポート

f0030155_20194933.jpg
今の若い方には信じられないことでしょうが、わが家、僕が小学4年生の頃はテレビがありませんでした。まぁ、そういうのがそんなに不思議じゃない時代です。ではテレビはどこで見たか。近所のお金持ちの家に行き、庭に面した部屋に据え付けられたテレビを庭から見せていただいた。ひょっとしたらたまにおやつなんかもいただけたかもしれん。昔(今から50年以上前)の日本は、金持ちは金持ちなりに世のため・人のためを考えて生き、ビンボー人はビンボーなりに生活の知恵があったんでしょうね。右肩上がりの未来が約束されていた時代なればこその現象だったんでしょうね。わが家にTVが来たのは、僕が中学1年生くらいのことだったでしょうか。『ホームラン教室』(「ホームランだよ、ホームラン。ホームラーンきょーおーしっつ♪」なんて主題歌だった。小柳徹が主役だったか)をわが家のTVで見た記憶がある。NHKでは『紅白歌合戦』『赤穂浪士』『私の秘密』『ジェスチャー』など、民放(っても富山は日テレ系1局のみ)では『少年探偵団』(「ぼっぼっぼくらはしょーねんたんてーだん♪」)『怪傑ハリマオ』(「まっかなたいよー もーえーているー♪」)『パパは何でも知っている』『名犬ラッシー』『高校教師』などを自宅のTVで見た記憶があるが、記憶違いもあるかもしれない。不倫ドラマだったんでしょうね、「あなたのーしらないーわたしだけのよるはー あかりをけーしてーこえをしのばせないたよる♪」って主題歌、なぜか今でも覚えてます。『ザ・テレビ欄 1954-1974』(TOブックス)って本、買ってあるのですが、その本で当時のTV番組チェックできるかも。
飛行機に初めて乗ったのは、これも今の若い方にはビックリでしょうが、ようやく30代前半になっての新婚旅行・羽田-札幌往復です。まぁそれまで飛行機に乗るチャンスもお金もなかったってのもあるでしょうが、(今でもそうですが)「あんな重い物体が空を飛ぶなんてどうしても信じられない」タイプの人間です、自分^^。
僕の初の海外旅行なんて更に時代が下って、僕が53歳のとき。その何年か前、妻の主治医から「余命3か月」って宣告された。今だったら本人にまず告知でしょうが、当時は本人には告げられなかった。でも、主治医の見立て違いか医療技術の進歩のおかげか妻の生命力によってかはわからないのですが、2000年現在、命永らえ加療中であった。その年のカレンダーを見てて、塾(当時僕は奥村学習塾主宰)が夏の間に無理をすれば10日近く休めるカレンダーの巡り合わせになっているのに気づいた。しぶる妻を説得して(彼女はお金が心配だったんでしょうね)、パリ滞在1週間の海外旅行プランを立てた。パスポートを生まれて初めて取得。海外ではクレジットカードがあったほうがいいと旅行社に言われて、クレジットカードなんて大っ嫌いだったんですが、VISAカードを手に入れる。夫婦2人っきりでしかも日本語しかわからん2人なんで、今にして思えば実に大胆な冒険だったでしょうね、パリ旅行。妻の病気があったんで、プチホテルで自炊し1日1~2箇所巡り(教会・美術館・コンサートなど)のパリ滞在でした。まだユーロじゃない時代で確か100フランがサンテグジュペリだった。初めての海外旅行パリ、まぁボクの数少ない女房孝行になっているかなあ。

2000年に取得した10年パスポート、今年6月10日で切れるので、更新手続きし今日入手した。アップした写真がそれです。念のためパスポート番号は隠してある。新しいパスポート、有効期限は2020年6月4日。3冊目のパスポートが必要になるくらいボクは生きとらんでしょうね^^。日本国、2020年まで国力・魅力、残っとるんじゃろか。「失われた30年」なんてことになっとらんといいのですが。
古いパスポートは穴を開けられた上でもらいました。スタンプを数えたら37ありました(中国の検疫スタンプも含む)。2000年のパリ旅行以外は全部富山国際学院海外出張になるのですが、2004年12月9日出国・13日帰国の中国出張が海外出張の1回目。この時は関空―上海便で、中国国内の福州・西安で試験をしてきたのかなあ。海外出張何回になるかよう覚えとらんのですが(汗)、これまでで1泊以上した都市は、(たぶん)瀋陽・福州・西安・カトマンズ・バンコク・ハノイになると思う。他に大連・上海・北京・寧波などでトランジットのみ。
新しいパスポートを使って1回目に訪れるのはこの夏の台北。台北に行くのは初めてです。観光しとるヒマはないので、朝食の中華粥・夜の屋台が楽しみです。富山大学言語学コースの後輩のSさんに会えるのも楽しみ。僕が大学の卒論で大いに利用させていただいたK先生(今は確か台北の大学で教官をなさっている)にもお礼を申し上げて来たく思っています。

新しいパスポート、出先でようなんでも忘れるので(恥)、失くさんよーにしっかり自己管理せねば(照)。
10年前と今のパスポートの写真、自分がジジイになったん実感しました(激爆)。
[PR]
by tiaokumura | 2010-06-04 20:19 | 海外出張10余録 | Comments(2)