カテゴリ:僕は学院長1年生( 19 )

名古屋出張

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(3月28日午後・記)
祥月命日の出張は避けたかったのですが、自分ではいかんともしがたく、2010年3月25日、本年4回目の名古屋出張=会議参加。今回の会議は12時からと通常より1時間早く、富山発7:09しらさぎ4号利用に。「しらさぎ」、僕はいつも富山駅1番ホームで乗車しているのでそこでの~んびりタバコを吸って待ってると(富山駅1番ホームには喫煙可な場所がある)、線路を隔てた2番ホームにしらさぎが入線してくるではないか。慌てて階段を上り2番ホームへ。危ういところでした(大汗)。

車中、例によってまずは新聞2紙。
讀賣
市川猿之助「時代の証言者」。澤潟屋って団子(だんこ)→猿之助→段四郎が「本来の順番」なんですってね、知りませんでした。海老蔵→団十郎の伝でいけば「猿之助」は「海老蔵」格なんでしょうか。当時の猿之助は幼名の「団子」を名乗って20歳過ぎ、改名の時期だった。ところが当時は祖父が猿之助、父が段四郎で、団子→?と名乗る名がない。「猿之丞」案もあったが「どうもしっくりこない」。で、ここが彼のすごいとこなんでしょうね、「大学卒業翌年に名題昇進のスケジュールは決まって」いたので、な・な~んと「坂田藤十郎を名乗りたい」と言ったんですって。むろん祖父はカンカン(爆)。で次に「初代市川雪之丞」を提案。「雪之丞変化」の「雪之丞」です。こういう襲名にまつわるエピソードを知ると、なんかものすごく愉快になってきませんか、皆さん。さて、1963年2月3日のことです。以下記事より引用します。
祖父が僕を呼んで、こんなことを言ったんです。/「おれは今日、心臓に金の矢が刺さる夢を見た。死というものを予感した。お前が猿之助になれ」
こういう襲名秘話(僕が知らなかっただけかもしれませんが)を聞くと、「圓生」襲名のくだらなさを連想する。候補2人が競演したそうですが、どちらも七代目の器じゃない。遺族と先代円楽で「止め名」にしたわけですから、そんな簡単に七代目を作っていいわけがない。僕は当代円楽も器じゃない気がしますが、どうでしょうか(なっちゃったもんしょうがありませんが^^)。六代目三遊亭円楽は大好きな落語家ですが、「圓生」名跡騒動って、彼の負の遺産でげしょうな^^。

秋田で「東大合格者を今春、大幅に増やした。」。08年度から「高校生パワーアップ推進事業」というのに「年1億円を超える予算を充て」ているそうです。何をやっているか、記事からそのまま引用します。
学力の高い生徒を集めて大手予備校講師の講座を開き、県外の進学校の授業に参加させ、合宿も行った。
なんだかどうかと思いませんか・・・これでいいんでしょうかねぇ。3つのことを思った。何年か前に富山県が税金を使って「日本語学校」を作った。それを民業圧迫とは申しませんが、何億円かの赤字を出して短期間でつぶれた。そのお金の1000分の1でもウチんとこに「補助金」として出していただけたら、もっと有効に税金を使えたんじゃないかなぁ。次の感想。「県立秋田高は東大に16人が合格し、昨年の7人から2倍以上になった」そうですが、「東大」って一体全体そんなに受験に県予算を使うだけの価値がある大学なんでしょうか。いや、きっと「世間」はそうなんでしょうね。「東大を受験しよう」なんて60余年の人生で一度も思ったことがない自分なので、東大の価値って正直なところ、よくわかりません。アホなんでしょうね、自分。1億円の1%でもいいから「外国人の子どもの高校進学」に充てようなんて発想は望むべくもないんでしょうか。3つ目、「受験戦争」を扱った佳作・藤瀬凡夫『カッパ先生』(三一書房)を思い出した。「・・・富山という小さい県で・・・富山高校と富山中部高校が、ともに地方では大学進学率の高い有名高校の看板を掲げている。・・・世間一般の人は東大合格者の数で高校優劣のランクをつけるから、一人でも多く東大へ入れようと、第三学期に近づく頃から私たちは完全にノイローゼになってしまう。」(p.10)。「カッパ先生」の頃(僕らの少し前の高校になるか)は実に牧歌的な時代だったんだなぁ(引用部分からだけではわかりませんが、小説全体はそんな感じ)と思った。

日経
1面トップが「10年度予算成立」じゃないところに日経ならではのスタンスが窺える。1面では「事実」のみを客観的に淡々と記述する。実に見識です。関連記事が、2面社説「民主は疑惑にほおかむりか」、同面「なお『5月危機説』」。3面「11年度以降は増税」。タバコ(ボクは1日40本弱)、参院選前に値上げしてくれりゃいいのに^^「10月から1本あたり3.5円の増税」だそうです。10年度予算、92兆2992億円。子どもの頃「ニコヨンにもっとやれ」なんて予算の語呂合わせありました。2兆54百億円くらいだったんでしょうか。今はそういう語呂合わせってやらんのかな。「国92憎29むな国92」とでも語呂合わせして、「小鳩内閣さんありがとう」と言いましょうか。国債44.3兆円(いつものヨシミ443、国債使おう)、税収37.4兆円(経済劇的回復みなし374て、今は参院選挙優先)、税外収入・「埋蔵金」など10.6兆円(後続世代から取ろう106、今はみんなでハッピーライフ)。
6面、「中国の胡錦濤国家主席・・・訪中しているアフガニスタンのカルザイ大統領と北京で会談・・・」・「ロシア訪問中の中国の習近平国家副主席・・・モスクワ郊外でメドベージュ大統領と会談・・・」。9面、サムスン電子の李健熙前会長(68)が会長に復帰。「09年に連結の営業利益率が8%」のあのサムスン電子の復帰劇ですから驚き、「強烈なメッセージ」です。復帰のキーワードは「中国勢台頭に危機感」。
15面、「しまむら、営業益最高」。「検品作業などを労務コストが安い中国で済ませる『直流』による仕入れは、全体の約3割に達したようだ。」。
32面、「地域通貨 復権の予感」「若狭ガレイ」。
37面、「福井頭取に伊東氏/トップ交代、17年ぶり」「金沢信金 102年目の試練/地域の中小支え信頼回復」。
文化面、林洋子「布に秘めた思い 十選」は「マティスとモデル」。「多様な、平面的な模様を持つ布地を複数画面に描くことで、遠近法的な視覚に支配されない、この画家特有の、装飾的な浅い絵画空間を生み出した・・・」。偶然なんでしょうが「文化往来」にもマティス登場。フランソワーズ・ジロー回顧展が銀座で開催中の記事中に。

今回の会議、アリス学園の沓水博厚さんもご出席。彼は同じしらさぎに乗り合わせていて、一緒に米原で新幹線に乗り継ぎ。沓水さんは今年1月上旬の日本語教師研修@金沢の実行委員長。富山国際学院からは僕を含めて4人がボランティア実行委員として参画しました。沓水さんと柴田さん(アリス学園→4月から名古屋で国語教師で、今は名古屋ご在住)が昼食ご一緒ってことで、図々しくも^^お邪魔虫させていただきました(照)。柴田さんのご推奨で「まるや本店 名駅店」でお昼。開店時間の11時前に行ったんですが、もう行列ができていました。アップした写真、左から沓水さん・柴田さん・僕。おひつの蓋を掲げてポーズ(激爆)。僕、「ひつまぶし」はこれで2回目かなぁ。最初、「ひまつぶし」と誤読してた^^。ついで「ひつま+ぶし」とも誤読。今回柴田さんに教えてもらってわかったのですが、「ひつ+まぶし」です。「ひつ」は「お櫃」、「まぶし」は「まぶす」から。
「同じ釜の飯・・・」とか言いますが、金沢研修をともに縁の下で支えあった沓水さん・柴田さんたち仲間には、「戦友」というか友情を感じる。今回、「同じお櫃のうな丼」も食ったんですもんね(爆)。
沓水さん、柴田さん! これからもよろしくお願いしま~す。職場はそれぞれ異なりますが、互いに競い合いましょう。

昼食の後、12時~5時、明治安田生命名古屋西口ビルで会議。
会議後、沓水さんと「驛釜きしめん」できしめん&生ビール。帰りの名古屋17:48発しらさぎ13号も沓水さんと一緒で、車中楽しくビール(よう飲む野郎たちです^^)&おしゃべり。沓水さんは金沢下車。僕は終点富山で、その後ポートラムで帰宅。
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by tiaokumura | 2010-03-25 11:14 | 僕は学院長1年生 | Comments(2)

名古屋出張

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(3月18日夜・記)
月曜日・卒業式、火曜日・進級試験とあわただしく過ごす中で、今抱えているトラブルの一つの打開のためには僕が名古屋入国管理局に行ったほうがいいという結論に至り、急遽水曜日に名古屋出張を組み込んだ。担当クラスの代講を石川純子さん(年齢は僕のほうがずっと上ですが、富山国際学院では彼女のほうが先輩です。困った時にはいろいろアドバイスしてもらってます。今年度約10ヶ月間、久しぶりにクラス担当コンビを組んでいる)にお願いした。
いつも米原経由なので、久しぶりに高山線ひだ号(富山から越中八尾・高山・古川・下呂温泉などを経て名古屋に入る。沿線の風景が絶妙)を利用しようと思ったが、時間が折り合わずいつものしらさぎ往復にした。
9:09富山発しらさぎ6号。例によって車中新聞2紙。

讀賣
前川八郎(1912-2010)さんが16日、亡くなられた。見出し「沢村の恋文 橋渡し」。この恋文物語に登場する男は3人。沢村栄治(1917-44)・中島治康(1909-87)そして前川八郎。甲子園球場で恋したのは沢村、『シラノ・ド・ベルジュラック』を参考に文面を考えたのは前川、「チームで一番字がきれいだった」中島が代筆。数日後、沢村は前川に「女性と話ができた。ありがとう」と言ったそうだ。名投手沢村栄治は昭和19(1944)年12月2日、東シナ海において輸送船上で戦死。前川さんが亡くなられ、僕が子どもの頃知った「茂林寺の猛練習」を始めとする東京巨人軍の伝説を物語る人たちは全て鬼籍に入られた。同記事には、昭和11(1936)年ごろ撮影の沢村・前川の写真も掲載。お二人の顔を見ていると、私たちはいつの間に日本人・亜細亜人としての顔を失ってしまったのだろうと、お二人に対して申し訳ない気がする。
白石加代子(1941-)。「『百物語』 90話突入」。秋成『雨月物語』、鏡花『高野聖』、円朝『真景累ヶ淵』、安吾『桜の森の満開の下』などを経て、第90話は『銀河鉄道の夜』。構成・演出は鴨下信一。「賢治の思想が重層的に織り込まれていて、私なりに手を加えようとすると弾かれてしまう難物・・・公演を重ねるにつれて、作品が深まったり広がったりする実感・・・」(白石)。「・・・SCOT退団後、仕事もなかった時代に始め、あっという間に大きくなっていった。女神がほほえんでくれたんです。舞台の神様って、いるんですね」(白石)。99話はどんな作品になるのでしょうね。
低所得世帯 恩恵薄く」。「あしなが育英会」の募金活動をしていた遺児らに、通行人が言ったそうです、「民主党の政策でやるからもう必要ないだろう」。「声を発した男性は、高校無償化などで奨学金が不要になると誤解しているようだ。一度きりでなく、何度も同じことが続いたという。」。民主党、こんな「誤解」を生んでいることを自覚し、マニフェスト有言実行を。決めた以上は財源、どこぞとからでも捻出してもらわねば。小鳩内閣、「できないことはできない」って発信もしてほしいものです。年収300万円なのに借金が9000万円-それが今の日本国。毎年100万円ずつ借金を返していっても90年!、優に3世代はかかる。どうしようってんだろう、民主党政権は。

日経
全人代2010-下―残る課題」。ヴァーチュ、カルフール、利上げや人民元切り上げの先送り、新たな時限爆弾など。
複雑化が組織能力を超越(「『ものづくり』再論 トヨタ問題の含意 3」)」。
大機小機「企業家精神はどこに」は、渋沢栄一(1840-1931)、八百八橋のことなど。「アジア内需」が中国・韓国にすっかり握られつつある現状、日本、大丈夫なんだろうか。「1億人生活者の潜在的ニーズに思い至」れる企業家がどのくらいいるんだろうか。
パッカード米日財団理事長(ライシャワー駐日大使の特別補佐官だった)、「核密約、当時は最良の選択」。アメリカにとってはそういうことだったのであろう。当時の日本にとってもそうではなかったと言えるのだろうか。外交は2国間の冷徹なパワーゲーム。
新規株式公開 韓国市場 調達額最高に」。サムスン生命保険会社が上場し、このあと更にポスコ建設・仁川国際空港公社・ウンジエエナジーなども上場可とのこと。2008年に00年以降最低に急減したのが、「過去最高を更新する見通し」だそうである。日本と韓国、どこがどう違っていた/違っているのでしょうね。
不妊治療 家計にずしり」。民主党は「子どもがほしい」と切に願っている方々のために、「保険適用」「助成金」を真剣に考えるべきでしょうね。
ネットも名誉毀損罪 新聞・雑誌と同基準」。朝日・讀賣も同種の記事を載せているが、日経が表もあって一番わかりやすかった。名前を公表してブログを開設している僕の場合、名誉毀損罪、常に意識しておかなければならないのでしょうね。リスクを覚悟して日々投稿すべきなんでしょうね。
通信激動―上」。1月27日、スティーブ・ジョブスCEO、「我々は世界一のモバイル機器メーカーだ」。ドコモ時価総額がが00年末18兆8600億円→10年3月6兆1200億円に対して、アップルは約25億ドル→約2056億ドル。

名古屋駅着。驛釜きしめん(ここ、名古屋のお気に入りです)でとろろころきしめん780円の昼食。とろろきしめんにするかざるきしめんにするか迷った末、大奮発メニューにした(照)。

古屋入国管理局。事前のTELでの交渉が功を奏して順調に終了。
入管関係者が書いた一般書では、坂中英徳(1944-。慶應義塾大学大学院→法務省。名古屋入国管理局長・東京入国管理局長を経て2005年3月退職)『入管戦記』(講談社。2005年3月17日第1刷)がおもしろい。

しらさぎまで時間があったので、2月27日の名古屋出張前泊ホテル近く堀内ビル1階の「ジュンク堂書店 名古屋店」で1時間強過ごす。買ったのは『数独 上級編7』だけでしたが^^、久しぶりに本屋さん探訪が楽しめた。

名古屋発15:48しらさぎ11号乗車。名古屋出張はこれで20回くらいになるが、名古屋滞在がこんなに短いのは初めて。東海道線で人身事故があったそうで、しらさぎも30分ほど遅れた。
出張中、ケータイやケータイメール数回。便利になったことを喜ぶべきなんでしょうが、どうもいまだにケータイには抵抗感がある。
富山国際学院にTELを入れたら、卒業生でヨーロッパ在住の○―○さんが奥様の○○さんとご来校されてた。会えなくて残念。来年も来日されるので、その時はぜひ夕食会をと約す。

往復の車中、黒岩比佐子本『日露戦争 勝利のあとの誤算』『歴史のかげにグルメあり』(ともに文春新書)を読み耽る。黒岩さん、朝日新聞に「私の収穫」書いてらっしゃいますよね、今。

午後8時頃富山着。富山駅内3Fにある「越中茶屋」で夕食。八尾そばセット(そば+すし3貫+切り昆布の小鉢)+ゲンゲ唐揚+生ビール(中)。そばを温かいほうにしたら、つけそばだった。失敗した。

ポートラムで帰宅。
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by tiaokumura | 2010-03-17 13:46 | 僕は学院長1年生 | Comments(2)

学院長式辞@2009年度卒業式(2010年3月15日)

例年になく多かった雪も今や私たちの眼前からすっかり消え失せ、陽光うららかな今日の佳き日、富山国際学院2009年度卒業式にあたり、富山国際学院教員15名を代表して式辞を述べさせていただきます。
ただ今私が卒業証書を授与させていただいた、中華人民共和国、ネパール連邦民主共和国、バングラデシュ人民共和国、フィリピン共和国、大韓民国、インド共和国、パキスタン・イスラム共和国、スリランカ民主社会主義共和国ご出身の皆様、
ご卒業、おめでとうございます!

恥ずかしながら私は皆さまのような留学生活を経験したことがございません。そんな私は皆様の留学生活を精一杯の想像力をもって理解するしかありません。
皆様の2年間ないしは1年半の富山での留学生活はどのようなものであったでしょうか。
「日本語ができないだけで、俺はなんでこんなにひどい目に遭わなきゃならないんだ」
「母国で私が聞いていた日本・日本人なんて嘘っぱちだったんだ」
「親が工面した学費を僕は無駄にしているのではないだろうか」
「こんなに日本語が習得できないわたしは、馬鹿なんじゃないだろうか」
「初めての雪は嬉しかったけど、雪がこんなに大変だとは」
そんな思いになられたこともおありでしょう。
一方で、
「先生方のおかげで日本語がわかるようになりました!」
「親切な日本人にたくさん会うことができました!」
「ひらがな・カタカナさえよくわからなかったのに、今は漢字大好きです!」
「学校行事・校外学習を通じていろいろな経験ができ、いろいろな出会いがありました!」
「先生、ありがとうございます。志望大学に合格できました!」
そんな思いもおありでしょう。

皆様方のご努力が実を結び、今日こうして富山国際学院での留学生活を終えられることは、今の皆様方にとって何よりの喜びでありましょう。
皆様の前途には、今の皆様以上の喜びがいくつも待っております。しかし同時に数限りない困難も待ち構えております。皆様が幸せである時は、特別に富山国際学院にご報告いただかなくてかまいません。しかしながら、もし皆様が絶望に襲われそうになったその時には、私たちを思い出してください。私たちはスーパーウーマン・スーパーマンではありませんが、つらいあなたの手助けが少しはできるかもしれません。

今日本国には400を超える日本語学校がありますが、富山国際学院はおそらく日本で最も小さい日本語学校です。皆様が、東京や大阪といった大都会ではなく富山の定員60名というミニ日本語学校を日本留学のスタートに選んでくださったこと、そしてこうして無事に卒業されたことに対して、私は感謝の念でいっぱいでおります。「教えることは学ぶこと」でもあります。私は皆様からたくさん学ばせていただきました。
ありがとうございます!

さてここで、卒業される皆様に一つの言葉をお贈りいたします。
小津安二郎という日本映画界を代表する映画監督がいます。残念ながら今は故人ですが、世界映画史上に残る『東京物語』などの名作を世に送り出しました。その小津安二郎の遺した言葉に
なんでもないことは流行に従う。重大なことは道徳に従う。芸術のことは自分に従う
という名言があります。繰り返します。
「なんでもないことは流行に従う。重大なことは道徳に従う。芸術のことは自分に従う」
私はこの言葉を私なりに解釈して座右の銘にしています。それをご紹介します。
自分にとってどうでもいいことは他人に従えばいい。しかし、自分にとって本当に大切なことは自分自身に従おう
です。
実は私はKYという言葉が大っ嫌いです。しかし人生においては「空気を読」まなければならない場面がしばしば訪れます。そんな時はその場の空気に従っておけばいいのでしょうね。しかし、あなたにとって本当に「大切なこと」-それは、自分自身で決定し自分の信じた道を突き進んで行ってください。「自分にとって『大切なこと』が何か」は一人ひとり異なっています。「大切なこと」だと思っていたことが実は「どうでもいいこと」であったり、「どうでもいいこと」が実は「大切なこと」であったりすることもあります。難しいですよね、「大切なこと」の選択基準は。まぁ、そうではあれ、富山国際学院2009年度卒業式でかなりジジイな奥村が
「自分にとってどうでもいいことは他人に従えばいい。しかし、自分にとって本当に大切なことは自分自身に従おう」
と言ったのを、皆様の頭の隅に置いていただけたら嬉しいです。

最後になりますが、皆様の前途に輝かしい未来があることをご祈念しつつ式辞とさせていただきます。
皆様、本当におめでとうございました!

2010年3月15日
富山国際学院
学院長 奥村隆信
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by tiaokumura | 2010-03-15 16:21 | 僕は学院長1年生 | Comments(4)

名古屋出張→アフターファイブ^^

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(3月6日夜・記)
3月5日、名古屋入国管理局に出張。
9:10富山発しらさぎ6号
車中、まず讀賣・日経2紙。
讀賣、夕刊掲載なんでしょうか、朝刊に「日本語を学ぶ」は載っていなかった。
日経。中前忠「デフレ前提の成長戦略」(「・・・規制改革によって、資源配分をより市場機能に委ね、硬直化した国内の非製造業を解放し、他方で、金利機能を復活させることが何よりも重要なのである。」)、岡崎哲二「歴史制度をゲーム理論で解析」(「11世紀の地中海世界のマグリブ貿易商・・・」)、大機小機「企業の危機管理と経営者の条件」(「・・・こうした組織では従業員と経営者は『社内』という空気を共有し、『社外』と一線を画してしまう。この組織の悪い面は、社外に対し閉鎖的になることだ。・・・」)の3本は、日経ならではの記事でしょうね。
日経スポーツ面、「神戸製鋼の元木引退」。元木由記雄(1971-)は北島忠治(1901-1996。「明治、前へ」)の晩年の教え子になるのでしょうね。元木由記雄さん、お疲れさまでした!
42面、「全国学力テスト参加率」の表。富山は99.7%。都道府県で25.4%から100%までずいぶんバラつきがあるのはいかがなものでしょうか。当事者である児童生徒の意見とか聞いたんでしょうかネ。教委・教員、「どうせガキだから、そんなもんどうでもいい」って判断でしょうか。日本語教師として「他山の石」^^としたいところです。
最終面、文化往来「ダリュセックの代表作、パリで舞台化」。あのゴダールが映画化を断念した小説が、著者本人のシナリオで舞台化されるそうです。マリー・ダリュセック(1969-)はFemmes@Tokyoに参加し7日に小川洋子と対談するそうです。辻原昇『韃靼の馬』の挿絵は宇野亜喜良なんですね。知りませんでした。宇野亜喜良(1934-)、昔から好きです。「私の履歴書」は高原慶一郎「勤労学生として工場へ」(敗戦時、高原は中学-旧制―生)。
石動(いするぎ)を過ぎる頃に2紙読み終える。

今回の出張、携帯する本は1冊だけにした。「卒業式の式辞」「2010年度クラス担当教師」の2つについて3割以上は考えることを、今回の出張JR車中、自分に課したんですね。う~ん、どちらもうまくまとまらん(泣)。敦賀の前で3割はできたのでひとまずストップ。こういう課題って一気に仕上げるより、何回かに分けたほうがいい場合もある。←と、自分に言い聞かせる^^。

米原下車→新幹線に乗り換え。ひかりの3号車、喫煙可なんですね(照)。
名古屋下車。名古屋駅構内「驛釜きしめん」で「とろろころきしめん」780円也の昼食。1時頃、あおなみ線に乗って、「名古屋競馬場前」下車。立川健治・富山大学教授の競馬史のすばらしい本、刊行中なんですよね。富山大学生時代、立川先生の「原敬日記講読」の授業、僕、取ってました。もちろん^^「優」でした。名古屋入管は駅からほんの3分。名古屋競馬場へ向う道なんで、この道、「オケラ街道」かも(激爆)。
名古屋入管で用事を済ませ、4時頃、名古屋駅に戻る。駅構内のTakashimayaの中の東急ハンズでホワイトデー用お返し物色→10個購入。

5時、名古屋駅構内「金の時計」で野田さん・遠藤さんと待ち合わせ。
今回の名古屋出張のもう一つの目的^^、3人で「アフターファイブ」-僕がお誘いした。アップした写真、中央が野田さん・左が遠藤さん。お二人は「シニア日本語教師」で、3年ほど前に知り合った。これで3回目になるでしょうか、3人だけで飲むのは。野田さんは僕より2つか3つ年上、遠藤さんは同い年。同世代なのであまり気を遣わず飲めます。お二人は僕と違ってビジネスパーソンとしてのキャリアが豊富で海外で日本語教師も経験していらっしゃるので、あれこれお話しをうかがうだけでも楽しい。まもなく遠藤さんが海外に出られるので、これでしばらくは3人では飲めない。寂しいけど、遠藤さんご帰国後の3人での飲み会を楽しみにしておこう。

20:03名古屋発しらさぎ15号。
車中、数独&久保田淳・山口明穂校注『明恵上人集』(岩波文庫。2009年12月9日・第8刷改版)。明恵(1173-1232)は中世の華厳宗の高僧。夢の記述(エクリチュール)で名高い(「明恵上人夢記」pp49-106)。明恵は徒然草144段にも登場します。岩波文庫版は活字も大きく読みやすい。明恵が4歳で「仏法の為に身をやつさんと思」って己が肉体を傷つけようとした体験は何ともすさまじい(「梅尾明恵上人伝記 巻上」p.110)。「明恵上人歌集」所収には、「旅の空かりの宿りと思へどもあらまほしきはこのすまひかな」(15)・「西へゆく道知る人はいそぐとも知らぬわれらはしばしとぞ思ふ」(133)・「あかあかやあかあかあかやあかあかやあかあかあかやあかあかや月」(152)など。
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by tiaokumura | 2010-03-05 18:47 | 僕は学院長1年生 | Comments(0)

名古屋出張、初の前泊

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(3月3日夜・記)
今僕は外部プロジェクト3つに関わっていて、その内の一つのプロジェクトの会議が2月28日に名古屋であるので、名古屋出張。僕の名古屋出張はここ3年間で15回は超えるでしょうね。でも「名古屋出張・前泊」は初体験です。先様がホテル代も出してくださるということでお言葉に甘えました(照)。富山国際学院じゃ、日帰り出張でしょうね、名古屋あたりは。お金出してもらえませんもん(激爆)。「学院長」としても名古屋は日帰り圏って理解です。

2月28日は朝から慌しかった。
午前中、自宅のPCで別のプロジェクトの課題を仕上げる。
11時半頃家を出る。途中寄り道していたら時間がなくなって、急いでコンビニに駐車して昼食のおにぎり2つと飲み物1本購入。僕はリーフ茶以外は飲まないようにしているのですが、習慣(掟?)を破ってペットボトルのお茶になっちゃいました(恥)。車の中でお昼ご飯。車中昼食は富山大学に編入して2年間通っていた時、富山国際学院12時半授業終了→富山大学1時授業開始、なんて時にしばしば経験してました。車の中で昼飯、ってワビしいんですよね、しかたがないけど。運転も危ないし。
12時45分頃、富山能楽堂着。小西弘通先生「富山観世塾」受講。この日は『羽衣(はごろも)』『高砂(たかさご)』『當麻(たえま)』の3曲。3曲とも世阿弥元清で、順に「三番目・4級」「一番目・1級」「四番目・9番習」です(ただし、曲柄は別の捉え方もあるようです)。『羽衣』、お能を代表する名曲ですよね。俗物のボクなんぞは、漁夫白龍と天人の駆け引きについ興をそそられますが^^、「一幅の絵」(『大成版』構想)を観るところが主眼なんでしょうね。『高砂』、多くの方がそうでしょうが、僕もお能初体験と言えばこの曲です。子どもの頃、祝言でどこかのおじさん(おじいさん?)が歌ったのを聞いている。その時は何にも知らず「門前の小僧・・・」の類で「た~か~さ~ごや~ このうら~ぶねに~」なんてメロディだけちょっと記憶に残していた。来年の富山国際学院の卒業式では『高砂』をやりたいと思っています。1年以上あるので何とか練習を積み重ねれば、少しは様になる程度までできるようになるかな。『當麻』は、何といっても高校時代に受験勉強(僕たちの頃は、小林秀雄・亀井勝一郎・唐木順三などが評論文上位出典だったように思う。外山滋比古も割と上位だったかも)で読んだ小林秀雄『無常といふこと』です。今手元に本がないのでうろ覚えですが、確か小林は梅若萬三郎の「當麻」を観たのだったと思う。そこから小林は彼独特の論理を展開し、中将姫の「美」を語る。ヴィヨンの“Mais ou sont les neiges d'antan?”(「でも、去年の雪はいったいどこにあるのだろう」-奥村私訳)やルソーや世阿弥も出てきたように覚えている。で、ここで小西弘通先生の『當麻』について書きたいところなんですが、僕は名古屋出張の電車時間があって、中将姫(前シテは「化尼」で中将姫が後シテ)登場の前に帰らなければならなかった(泣)。4:20、退室。僕の小西師「中将姫」体験はあと1年以上は待たなければならないでしょうね。
富山能楽堂を後にして家に戻る。荷物を持ってJR富山駅。

夕方の「しらさぎ」に乗る。車中「朝日新聞土曜日別刷be」「図書3月号」、むのたけじ『たいまつ十六年』(岩波現代文庫)など。
10時前、東横インにチェックイン。アップした写真、前泊ホテルです。ヘヴィースモーカーなんで「喫煙」ルームにしていただきました。
朝起きてTVを見ていたら、ダイチ(富山の会社です)の田畑・穂積両選手と小平選手によるスピードスケート銀メダルをやっていた。富山国際学院のスタッフの一人のご主人がダイチの社員で、今回のオリンピック、そういう点で僕は関心がありました。銀メダル、すっごいことですよね。

2月28日9時~5時、会議
会議後、参加者の中の男性3人と近くのホテルのラウンジでアフターファイブ^^。生ビールをいただきながら45分ほどノミニュケーション^^。名古屋という土地柄、トヨタのPublic Hearingのこと、豊田社長の「器」、豊田社長の中国訪問、中京経済の現状・今後などが話題でした。

しらさぎに乗って富山に帰る。
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by tiaokumura | 2010-02-27 21:50 | 僕は学院長1年生 | Comments(0)

交流会@兵庫県私学会館

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(1月31日午後・記)
1月26日(火)神戸出張
前日夜、富山発11時の大阪行き夜行高速バスに乗り26日早朝大阪梅田着。9時半過ぎ、実弟と寺本益英教授(関西学院大学経済学部)の研究室を表敬訪問。歓談の後、寺本先生・実弟と11時半頃上ヶ原バス停あたりでタクシーに乗り、阪神の駅で降ろしてもらう。寺本先生と実弟はその後昼食。ご一緒したかったのですが、それでは出張目的が果たせないので^^僕は阪神電車で元町へ。電車を待つ間このブログをチェックしてビックリ。黒岩比佐子先生のコメントが入っていた! つい先ほど寺本研究室で黒岩先生の話もしていたんですね。「奥村さま、寺本さま、かぐら川さま、偶然、このブログを読ませていただき・・・」で始まるそのコメントを読んでて、月並ですがじーんと来ました。黒岩先生のご本を読むこと・先生のご講演を聴くこと-今年の大きな楽しみです。

電車乗り継ぎにモタモタして、12時半@兵庫県私学会館での約束、ぎりぎりセーフ。同会館の「ハナワグリル」で丸山茂樹先生(I.C.NAGOYA)とビジネスランチ^^。見栄を張って(汗)、ビーフカレーセット1400円を食す。テーブルには奥田純子先生(コミュニカ学院)田中眞一先生(大阪YMCA学院)もご同席。「月刊日本語」の今月号特集「ザ シューカツ」の「日本語学校採用担当者が本音で語る座談会」には奥田先生もご出席。同記事の「教師は『教えてはいけない』」「優れた『黒子』になれ!」は全く同感。

1時から4時半過ぎまで、日本語教育振興協会(略称「日振協」)「平成21年度日本語教育機関事務研究協議会 西日本地区」。佐藤次郎理事長あいさつ、文部科学省・法務省入国管理局・外務省の説明、理事長の話、丸山先生の話と続き、休憩。3時10分再開。「日本語教育機関からの報告」4本のうち3人目が僕。3時半頃登壇。同僚の高木けい子さんに借りたタイマーを6分30秒にセットし、拡大コピーした原稿を置いて話し始める。「富山国際学院学院長の奥村隆信です。私、お酒を飲むと楽しい男ですが、こういう場は初めてで緊張しております・・・」とアイスブレークを狙ったのですが、場違いじゃったかも(汗)。1月10日(日)@金沢の「研修2日目開会のあいさつ」の時はカンニングペーパーなしでしたが^^、今回は原稿があるので途中も安心。ただ棒読みにならぬよう、強弱や間には気をつけた。報告中には自ずと留学行政批判もあったので、雛壇のお役人ご歴々、「いなかのジジイ、何ほざいとるんじゃ」だったかも(激爆)。タイマーが鳴ってしばらくして終了。時間配分はうまくいった。ステージから袖に降りたので拍手の様子はわからず。

5時から交流会。今回の出張のもう一つ大切な任務が、1月9日・10日の「全国日本語教師研修 金沢」について丸山先生・奥田先生に報告すること。丸山茂樹先生とは3年前だったかに「ビジネス日本語」で初めてお会いし、奥田純子先生とは5年前だったかに野田尚史先生(大阪府立大学)のプロジェクトで初めてお会いし、それぞれご面識を得た。以来、年齢は僕のほうが上ですが(照)、こと日本語教育に関しては僕の「兄貴格」「姉貴格」としてお付き合いいただいている。
お二方に沓水博厚さん(アリス学園)がお作りになった「報告書」と富山国際学院が作った「アンケート集計」を渡す。アップした写真は報告終了直後。僕が手に持っとるのが「報告書+アンケート」。アリバイ写真みたい(嘘爆)。ボクのシャツ、ヨッパになっとるせいもあるけど、襟がなんか広すぎっすね(大汗)。
交流会中、20枚近い名刺をゲット。事例報告者になったことによる思わぬ効用です。「それまで眠かったのがスピーチ聞いて目が覚めた」「日本語教育に対する慧眼だった」「うちも同じような悩みを抱えていて、勇気づけられた」「地方にいても、そこまで状況が把握できてるんですね」「枕の部分が良かった」「これからも情報交換しましょう」など、概ね好評なスピーチだったみたく、人前で話すのがちょー苦手な自分、少しホッとした。次回は3月15日・富山国際学院卒業式での式辞になります。内輪の集りだからそれほど緊張しないで済むかなぁ。

8時過ぎ、元町の兵庫県私学会館をあとにして三宮まで歩く。阪急に乗り大阪梅田。梅田の「古書のまち」を覗きたかったのだが、あいにく閉店してた。待合室で、親友哲ちゃんに「ちょっと手ごたえはあるかもしれないけれど、拾い読みしてください。第2部と付録は読めると思います。」というメッセージ付きで「謹呈」された、『益川さん、むじな沢で物理を語り合う~素粒子と対称性~』(日本評論社)を読み耽る。あまりにもおもしろいので、梅田発富山行きの高速夜行バスの中でも消灯時間まで読み続けた。
「科学の疎外現象」(p.3)は諸科学共通な現象でしょうね。それは「サンシャイン60」の話(p.165)ともつながるんでしょうが、科学者が「市民の立場に立つ」って絶対に必要でしょうね。そして今は脳科学や分子生物学や天文学や生命工学(同語矛盾?)などの最先端の成果も我々市民が知ろうと思えばできる時代になっているけど、市民もある程度の素養や理論武装がなきゃ、エセ科学やデマゴギーにからめ取られてしまうんでしょうね。木場二郎の話(p.138)、僕も「奥村先生」と呼ばれるのが大っ嫌いなので、大いに愉快だった。そして、坂田昌一(1911-70。来年が生誕100年)の話。坂田は僕が大学時代から知っている高名な方で、本書でも何度も出てくる。「名古屋大学物理学教室憲章」(附則に「1946年6月13日より有効」とある)はpp146-148に所収。こういう人がリーダーの組織ってすばらしいでしょうね。「読んで書かせる試験問題に」(pp156-159)、その通り。
本書、黒岩比佐子むのたけじ聞き取りと同様、聞き手の力が大きい。第1部は東京物理サークル、第2部は上條隆志(略歴を見ると、同じ頃に東京教育大学大塚キャンパスにいたことになる)が「聞き手」。
僕は高校は文系だったので物理は履修していない。数学も高1レベルがせいぜいか。物理や数学がわかる人には、本書、もっともっとおもしろいでしょうね。

(追記)
今朝の朝日新聞に「ノーベル賞・益川敏英さん 好奇心の大切さ語る」が載っています。
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by tiaokumura | 2010-01-26 18:25 | 僕は学院長1年生 | Comments(6)

「勤労感謝の日」だっちゅうのに、ったく

富山は少し風がありましたが朝からいいお天気の「勤労感謝の日」でした。自分、「ああ、それなのに!」ですね、休日出勤でした。ま、土日としっかり休んだので、これ、しかたないでしょうね。
9時半頃富山国際学院に着。郵便受けの配達物、あふれてました。それを抱えて4階までの階段をえっちらほっちら。うちのビル、エレベーターなんてしゃれたもん、ない。年を重ねるごとに階段の上り、きつい。でも「タダでエクササイズやらせてもろうとる」と思えばありがたいこってす、階段の上り下り。
4Fの教員室に入って、郵便物整理、メールチェック、コーヒーメーカーにコーヒーセットなど。僕は自宅ではコーヒー豆を挽いて布フィルターのドリップでやってますが、勤務先でそんなんやっとったらクビになるでしょうから^^、コーヒーメーカーでたててます。富山は水道水がおいしいからでしょうね、コーヒーメーカーでも喫茶店で飲むコーヒー並の味です。もちろん第一にコクテール堂のコーヒー豆だからってのが来ます。
午前中は10月から担当している入門・初級クラスの授業準備。こんなん、ふだんの平日勤務中にやっとくべきなんですが、なかなか時間が取れない。余裕がないんですね、自分。残業・休日出勤やる人って、①能力がない・②仕事量が多すぎるの両方またはどちらかでしょうね。「平日9時―5時男」を目指しているボク(照)としては、できれば残業も休日出勤もしないでおきたい。でも・・・。ワガママは言えない立場です、自分。
2クラスの先週の状況をチェックし今週のおおまかな教案を立て、教科書準拠の漢字テスト2回分を作成。僕はかつて塾をやってたので、教材作りは嫌いじゃありません。視聴覚教材はまだ作ったことがありませんが、それ以外は読む・書く・話す・語彙・漢字・テストなどを作った経験があります。自作教材のいい点は、①身近なネタが織り込める、②試行しながらヴァージョンアップが簡単、③教材作成過程で教材研究もできる、④既製教材購入に比べ経費がかからない、⑤従って費用対効果が大きい、⑥既製教材が服に例えれば「ゆるすぎたり、きつすぎたり」なのに対して、自作だと学生にほぼぴったりフィットする教材が提供できる、⑦担当教師が何を重視しているか学生に可視化して示せる、といったところでしょうか。欠点は、①作る作業そのものが自己目的化されエネルギーを使いすぎる、②作ってしまうと安心して自己満足に陥る、③せっかく作って学生が食いついて来ないと、教材のせいではなく学生が悪いと思い込みやすい、④汎用化しにくい、などといったあたりかなあ。
10月から担当の2クラス、久しぶりの入門・初級レベルです。前も書きましたが、このレベルの指導は大変だけど楽しい。「日々新たな発見がある」のもこのレベルの指導ならではです。

昼食、学院すぐ近くの「麒麟飯店」でワンタンメン+チャーハン(小)+α。ゼータクしました(照)。このお店、讀賣新聞が置いてあるのですが、先客がもう読んでて読めなかった。「笑っていいとも」にキムタクが出ていた。彼、久しぶりに見たんですが、ずいぶん老けましたねぇ。木村拓哉って、確かジダンと同じ年ですよね。37歳?くらいでしょうか。
「富山のおいしいラーメン屋さん」を僕が選ぶとしたら、「麒麟飯店」「天安」「大喜」「まるたかや」が上位に来るでしょうね。

学院に戻ってから、メール返信・国際電話など。僕、英語の電話をかける時のパターン、だいたい決まってきました。
This is OKUMURA from Toyama Japan speaking. May I speak to ~?
で始める。必死で「英語頭」にしながらも限界がすぐ来て相手の英語が難しくなると、回線のせいで聞き取れないフリをしたり(オイオイ^^)言い換えてくれるまでしつこく迫ったりしてます。わからなくてどうしようもない時は
My guest is coming soon. So sorry but, I must say goodbye now.
とかかんとか取り繕って^^電話終了の談話標識にする。
自分、なんちゅう英会話ストラテジーなんじゃ(汗)。

一段落したところで、スタッフへの「新型インフルエンザ対策」連絡文作成。「新型インフルエンザ」、うちももう他人事じゃありません。いつなんどき発生しても不思議じゃない。消毒液・使い捨てマスクの備蓄は充分あります。この冬、パンデミットとかになるんでしょうか。流行がどうであれ、いつでも必要な対応ができるようにしておかなければなりません。

4時過ぎ、セキュリティーをセットしカギをかけて帰る。
でも、「勤労感謝の日」に出勤なんて、こりゃぁ「ブラックユーモア」かも(激爆)。

仕事に追われる日が12月中旬まで続きそうですが、今週土曜日は金沢、30日は中学ミニミニ同期会(6人集合)です。どちらも楽しみです。
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by tiaokumura | 2009-11-23 20:30 | 僕は学院長1年生 | Comments(0)

10月20日、名古屋出張

昨日10月20日、ナジックプラザ名古屋での会議に出席するため、名古屋出張。今年何回目の名古屋出張になるんじゃろう、よう覚えとりません(汗)。

今回も「しらさぎ」利用、ただし米原・名古屋間往復は新幹線利用。ひかり3号車、喫煙車両なんですね。知りませんでした! 今回の名古屋出張で久々に車両内でタバコを吸いました(恥)。
しらさぎ車中、例によって讀賣・日経を金沢までの間に読む。
讀賣。「早大OB 株ゲーム過熱」。早稲田大学は僕の大好きな大学ですが、実にバカもいたもんです。早大某卒業生、在学時に「百万円の束で人をペチャペチャしたい人、金風呂に入りたい人、お待ちしております。」ってサークル勧誘したそうです。バカな奴です。そりゃ、まぁワシもいまだかつてお目にかかったことのない「百万円の札束」でホッペをペチャペチャしてもらいいたいかもしれんし、「金風呂」に全裸美女とご一緒したい気もあるかもしれんけんど、そういうのにボクがひっかかったら、ワシの人生おしまいだと思う。PCでワンクリックするだけでワシの年収の何十倍も獲得できるようになった若造は、カネに酔いしれたんでしょうね。ワシらコツコツと働くしか能のない人間、彼から見たら、地面をせっせと歩くアリ以下に見えたことでしょうね。
角田光代の映画『ヴィヨンの妻』評。富山国際学院のスタッフの増山さんが先日その映画をご覧になってて、パンフ、見せていただきました。

今回は、讀賣より日経のほうが読みでがありました。
「新規国債 最大50兆円」、同関連記事「歳出入 帳尻どう合わす」。「鳩山・民主党・藤井etc.、バカヤロー」と思いました。何考えてんだよ、ですよネ。鳩山は先の選挙期間中、それはせんとか言ってたんじゃなかろうか(正確な発言は引用できませんが、赤字国債についての鳩山発言です)。それが手前のマニフェストがどうやら実現困難になったからといって、そりゃないでしょう、ですよネ。「綸言汗の如し」とまでは言いませんが(彼が首相になる前の発言だった)、野党時代の発言だったからと言って許されるものだろうか。「野党時代だったから、そういうのアリだったのかも」と言っちゃぁ皮肉になるだろうか。高校一律無償化・高速道路のこと・子ども手当て、どれも僕は反対です。金持ちのご子弟に授業料無料にして何になるのか。高速道路に「サービス」して、25%削減可能なのか・車を利用しない人にどうつじつまを合わせるのか(高速利用者じゃなくっても税金払っとる)。もっと最悪、詐欺まがいは「子ども手当て」。多くの世帯にとってありがたい話です。でもそうやって「現在の未成年者=将来の成年」に、「皆さん、民主党です。政権交代しました。私たちは皆さんの現在のために、乏しい歳入からお金を使います。どうぞ喜んでください。民主党です」と、まぁ口には出さなくてもそういう魂胆で支給するのだろう。で一方で赤字国債発行ってことになったら、現在の未成年者に毎月3000円あげておいて、彼ら/彼女らが成年になってから毎月1万円ずつ払わせることになるのではないだろうか。3000円・1万円の金額に根拠はありませんが、公債(国・地方自治体)800兆円を払って行くのは、鳩山ご夫妻ではなく、今の子どもたちである。日本国は国際的に見ても「終わりの始まり」時代なのだから、今の1万円は将来は現在の千円くらいの価値にしかならない場合もある。見通しが甘かった(「埋蔵金」も当てにしすぎたんかもしれんし、予算請求だってほとんどの大臣がみ~んな好き勝手な要求しとる)のなら、ここは素直に民主党支持者にワビを入れて、選択肢を提示すべきじゃないだろうか。子どもたちの将来の負担をどうしたらいいか、真剣に考えるべきである。私たちのせいで今の子どもたち及びこれから生まれてくる子どもたちに過重な負担を負わすべきではない。また、民主党は何よりも官僚を使いこなす戦略を練るべきである。「現場のことは現場に聞け・現場で見ろ」はあらゆる仕事の鉄則。官僚を毛嫌いしとらんと、官僚に汗を流してもらうべきである。その中で必ずや民主党と心中しようってキャリアは出てくる。
「一日均衡 『退出ゼロ』の危うさ」(西條郁夫)。「・・・その時まで日本は『リーディング産業の不在』に耐えなければならないのだろうか。」。
「やさしい経済学-『社会科学』で今を読み解く」は「歴史から見る現代」(高山博)。人文学や教養について。
「『ちょい古』映画 劇場で安く」。都会はいいなぁと単純に思う。
「日本創造会議」は審良静男(あきら・しずお)で「研究はシステム化する」。免疫学者って多田富雄(違った?)しか知らなかったが、審良は免疫学者。「チーム審良」とでも言うべき研究チーム(教授・准教授3人・助教4人など約30人)のリーダー。ノックアウトマウスの作成スピードは世界一だそうです。すごいですよね。「審良氏の3つの提言」、なるほどなるほど。
「スポートピア」は伊集院静(夏目雅子のことも含め、好きな作家です)の「チャーミングな母娘」。杉山愛とそのお母さんの美紗子さんのことを取り上げている。
「都市幻景十選」はヨハン・ファン・デル・コイケン(1938-2001)「死すべきパリ」。
文化「日本のキリスト教史発掘」(西原廉太)。知里幸恵・岡谷の女子工員たち・田中正造ら。

金沢からは
黒岩比佐子「村井弦斎の英文小説とマーク・トウェイン」(『図書』09年7月号)
を読む。だいぶ前に切り抜いてそのままになっていたので今回読んだ。黒岩は岩波文庫の村井弦斎『食道楽』で知りました。厚手の文庫本で上下2冊。「村井弦斎の英文小説と~」から1箇所だけ孫引きさせていただく。
「・・・今日の時代は世界各国とも、人類の歴史に於ける殺人時代と称すべきもので、喰人時代より唯一階段を登つたに過ぎません。されば国内に於いて一個人が一個人を殺す事は最大悪事として罰せられながら、一国を挙げて他国人を多く殺す事は最大善事として歴史上の誇になつています。斯んな矛盾した事が果して火星の人類社会にあるでせうか
寺本益英先生(関西学院大学教授)のブログによると、今度の金曜日、黒岩先生の講演会@関西学院会館があります。『坂の上の雲』も出てくる講演会です。
『百鬼園随筆』(新潮文庫)。飛行機・借金・漱石など。

名古屋駅ホームできしめん。「かき揚げきしめん」500円也を大奮発。
1時から5時過ぎまで会議
会議の後、丸山茂樹先生(I.C.NAGOYA)とコーヒータイム約30分。「名刺入れが壊れているので、東急ハンズで名刺入れを買いたい」と丸山先生に申し上げたら、方向音痴なボク^^をよくご存知なので(照)東急ハンズ「男の書斎」までご案内していただいた。のみならず、名古屋発の電車のことも教えていただいた。丸山先生って根っからの「鉄ちゃん」なんです。
夕食、名古屋駅構内できしめん。今回は、昼食から更に奮発して「天ぷらきしめん 大盛」にしました^^。同店でお土産に「きしめん 味噌」を購入。

帰りの「しらさぎ」、敦賀の前で停まった。一報は「前の電車がイノシシと衝突」だった。「へぇ~、そういうこともあるんだ」とビックリ。イノシシさん、大丈夫だったんだろうかと心配した。続報何度かで、最後は「イノシシ」ではなくて「小動物」になっていた。33分くらい遅れて富山着。ポートラムに乗って帰宅。

約27時間後、富山発、海外出張。準備、ほとんどできとらん(泣)。
23日、「オリオン座流星群」ですってね。福井か敦賀あたりでJRから空を見てみます。流星群、もうかなり前になりますがペルセウス座流星群を家族で古洞の森ってとこに観に行きました。予想より少なかったですが、わが人生で最も多くの流れ星を観ました。

この後、出張準備。英語アホなんで英語使わんならんのが心配です。ボク、CEFRの基準で行けば全てA1かA2でしょうね(恥)。IZU ZISU A penn?じゃ通用しっこないって(激爆)。海外からの英文メール、he becamesとかI'm looking forward to see youとかあると、少しほんの少しホッとするボクです^^。
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by tiaokumura | 2009-10-21 22:24 | 僕は学院長1年生 | Comments(2)

2009年もあと70日余・・・

今日日曜日も仕事。10月になってちゃんと休んだんは1日か2日だけ。すっかり「ワーカホリック」になっちゃってます、自分(恥)。「偉い」って言ってくださる方もおありかもしれませんが、全然エラかありません、成果があってナンボの世界、努力だけじゃ評価につながりません。仕事の段取りが悪いだけです。10月31日(土)夜に中学時代の親友「やんまー」と(たぶん)43年ぶりくらいで再会できるのが、今の数少ない楽しみ。

今年もあと70日余りですね。年をとったせいか、時間が経つのが早い、早い。70日余の間に、僕は2回の国内出張3回の海外出張が入っている。今週は火曜日に名古屋出張で、金曜日には海外出張。
僕は晩生(おくて)なんでしょうね。生まれて初めての飛行機体験が、30代前半の新婚旅行=羽田―千歳往復。「よど号」の連中(「明日のジョー」)は誰もそれまでに飛行機に乗ったことがなくって、初回は決行を見送ったそうです。僕も彼らと同世代になるので、似たようなもんです。いや、彼らより飛行機初体験はずっと遅かった。僕も彼らと同じで、羽田空港で手続きなんかせんとすぐ飛行機に乗れると思ってましたもんね(恥)。海外経験はもっと後で、53歳のパリが初めて。エールフランスで、妻と二人っきりのパリでした。エールフランス、今では信じられんでしょうが、タバコが吸えた。スチュワードと喫煙コーナーで雑談したのが今は楽しい思い出。僕はこれまでに20回くらい飛行機に乗ってますが、やっぱ未だに飛行機は恐い(恥)。
10月・11月と僕にとって6・7・8回目の海外出張が控えています。こないだ何を寝ぼけたか、真夜中に「今年は2010年だ」と思い込んでガバッと起きた。僕のパスポート、有効期限が2010年6月までなんですね。で、パスポートをチェックして「しまった!」と一瞬思い、すぐに今年が2009年だと気づき安心した(恥)。おマヌケ。来年のパスポート更新、年齢が年齢なだけに10年って可能なんでしょうかねぇ。ひょっとして5年?。

「ハトガマメクッテポッ(鳩が豆食ってぽっ)」でしたっけ、昔田村正和のCMにありましたよね。ハ=ハンカチ、ト=時計、ガ=がま口、マ=?、メ=名刺、ク=靴べら(ん、違うか)、テ=定期券とかでしたっけ。ビジネスパーソンの携行必需品リストの覚え方です。海外に出かけるときは何になるだろう。パスポート・ケータイ・現金・クレジットカード・飛行機ホテル予約票あたりは必須でしょうね。2000年の夫婦パリ旅行では、しょうゆ・米も持って行きました。しょうゆと米さえあれば、花の都でも大丈夫だと思ったんですね。プチホテルで自炊可だったんで、2品、とても有効でした。でもそれ以外の海外では食料品は持ち歩いていません。ヘヴィースモーカーなんで(恥)、タバコと携帯灰皿は持って行きます。あと、やっぱ「日本文字」に飢えるので本は必需品。今回は、『夢十夜』・数独・小西甚一・『今昔物語』・内田百閒・中島敦あたりの文庫本にしようかと思っています。荷物が多いので文庫本は重宝する。最近刊行の文庫本は活字も大きいですもんね。

海外で日本人は、知らず知らずの内に現地の人々を下に見るきらいがありますから、これはきっちり自戒。あとやたらカネにもの言わせようとするのも厳禁。大きなトラブル・リスクも想定内にしておかなければならない。kidじゃないから^^、kidnapは大丈夫っす(激爆)。
現地ではハード・ネゴシエーターも待ち構えていますが、駆け引きよりも筋・誠実さに重きを置いて接すればなんとかなるかなぁ。別にけんかしに行くわけじゃありませんもんね^^。

今夜はこれから海外出張の準備。出発前最後の日曜日になってしまって準備不足は否めないのだけど、やるしかない。今日日曜出勤で仕事関係は6割方終わりました(遅い!)。今夜は衣類中心の準備です。10月の海外出張、今度の金曜日真夜中(木曜日25時頃)に富山スタート。

僕の今夜のお楽しみは
ETV特集「須賀敦子イタリア追想」(残された魂の言葉 自由と孤独の作家)
です。松山巌・江國香織出演、朗読は永作博美です。10時からの1時間番組。

(10月19日夜・追記)
昨日放映されたETV特集の正確なタイトルは
須賀敦子 霧のイタリア追想 ~自由と孤独を生きた作家~
でした。
同番組の公式サイトはこちら(「ETV特集 これまでの放送内容」)です。写真4葉(番組中でも流された)・番組の大筋も、そこに出ています。
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by tiaokumura | 2009-10-18 19:54 | 僕は学院長1年生 | Comments(0)

京都出張

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10月2日夜・記
10月1日、鈴木健司先生(大原日本語学院)パレスサイドホテル1Fのレストランで朝食。その後、一緒に京都御苑散策。鈴木健司先生とは、昨年夏代々木のオリンピックセンター(通称「オリセン」)で初めてお会いし、田舎者のボクが宿泊予定の東新宿のホテルまでどう行ったらわからなかったときに助けていただきました。その時のことは当ブログこちらの記事。今夏もオリセンでお会いし、下北沢のカフェカナンにご一緒しました。その時のことは当ブログこちらの記事。京都御苑散策、今回は前日の仙洞御所とは正反対の門から入る。京都御所などを見る。それから御苑を抜け、同志社大学へ。建物といい木々といい行き交う学生の皆さんといい聖書引用の掲示板といい、すてきなキャンパスです、同志社大は。
同志社大を出て、何通りになるのでしょうか、パレスサイドホテルまで地下鉄一駅分(今出川-丸太町)を歩いて午前8時半過ぎホテル着。午前9時、2日目開始。

10月1日午後4時半過ぎ、2日間の平成21年度日本語教育セミナー終了。これから予想されるさまざまな困難を考えるとき、出席してよかったと実感できるセミナーだった。情報交換・お知恵拝借・出会い・意見発表・親交を深めるなどなど、成果がありました。

セミナー終了後、今度は白井義弘先生(東京中央日本語学院・学院長)(ちょんまげ姿でも有名な、いわば日本語学校「名物学院長」です)、鈴木先生、それに僕の3人で、ホテルを出て冷泉家に向かう。冷泉家は御苑とは通りを挟んで同志社大学側にあります。イマイチ場所が正確にわからないので何度か通行人に聞く。「3人、怪しい3人組かも」などとジョークも飛ばしながら、ようやく冷泉家と思しき門にたどり着く。表札はあってもようわからないんですね、字が。また、「冷泉家・時雨亭文庫」なんて表示もどこにもない。そんなもんなくってもわかるべきなんでしょうけど。冷泉家の門前で、アップした写真を撮影。

冷泉(れいぜい)家時雨亭(しぐれてい)文庫もご存知ない方も当ブログご訪問者の中にはおありかもしれませんね。最近刊行された
冷泉為人『冷泉家・蔵番ものがたり 「和歌の家」千年をひもとく』(NHK出版。2009年8月30日第1刷。1070円+税)
がすばらしい本ですので、ぜひお読みください。朝日新聞8月30日付「ひと」に冷泉為人さんが紹介されています。以下にその記事から引用(「  」内)。
冷泉家は「藤原俊成・定家の流れをくむ和歌の家」。為人さんは、関西学院大学大学院博士課程の単位を取得され、「近世絵画史研究の道を進」んでおられた。それが「84年、先代当主の長女貴実子さんに『からめとられて』結婚」。『からめとられて』は為人さんのご発言でしょうね、実におもしろい^^。そして、『冷泉家・蔵番ものがたり』pp.117ℓ4~118ℓ3に詳しく書いてあるのですが(ど素人のボクですが、深い感動を覚えた箇所です)、「パリで展覧会を開いた93年、俊成自筆の国宝『古来風躰抄(こらいふうていしょう)』をながめていて」、衝撃の瞬間が訪れるのですね。「以来、『日本文化の蔵番』に徹する」。
歴史上の人物としか思えなかった先祖を、ほかの家族と同じように俊成さん、定家さんと呼べるようになりました。

アップした写真で僕が手に持っているのは『冷泉家・蔵番ものがたり』です。被り物は取るべきだったのですが、つい帽子をかぶったままで写真を撮ってしまいました。失礼の段、ご容赦を。僕の左が白井学院長で、写真撮影は鈴木先生です。
いつか時間を取って、ゆっくり冷泉家・時雨亭文庫を訪れたい。朝日新聞社から時雨亭文庫の叢書が出ていますが、僕なんかにはとても手が届かない金額です。まぁ、それだけ貴重で出版が困難な本だったのです。
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by tiaokumura | 2009-10-01 17:11 | 僕は学院長1年生 | Comments(2)