カテゴリ:僕は大学4年生( 56 )

調査から着想 SF「ナチュン」人気(朝日新聞2008年3月24日付)

f0030155_94451.jpg
富山国際学院、14日に卒業式、21日に午後クラス終了で、今日から春休み。僕の今週の出勤は火水木にしたので、今日は久々の平日オフ
朝8時少し前に起床。ずいぶん遅い。この間本屋でビジネス関係の本読んでたら社長の一日が出ていた。「社長出勤」なんて言葉がありますが、とんでもない、イマドキの社長は早起きで(各業種30人ほどの社長アンケートで、ほとんどが7時前に起床)、中には7時に出社って方も。僕は社長じゃないけど^^、4月からのフルタイム生活開始後は、11時半就寝・6時半起床の生活パターンにしようと思う。そんな規則正しい生活ってやったことないんでできるかどうかわからないけど(汗)。僕は朝は朝日新聞、夕方に北日本新聞を読んでいるのだけど、朝日に都留泰作准教授のことが出ていてビックリ。
家を出る前にTELいくつか。東京教育大学時代のサークル仲間のAH君が脳梗塞だかで倒れて入院中ってのを、1月ほど前だったか哲ちゃんに聞いた。もう退院してるかもしれないと彼の自宅にTEL。奥様が出られて、今は横浜の病院でリハビリ中とのこと。奥様に彼への伝言を頼む。昔、A夫妻が錦糸町だったかに住んでいたときに訪ねていったことがある。電気冷蔵庫ならぬ氷冷蔵庫を使ってたのが印象にある。A夫妻は確かフランスでも生活経験ある。この夏あたり戸隠でサークル仲間が集まれたらいいなぁと思う。
コクテール堂にコーヒー注文、県内に住む次姉に日曜日の件でTEL、PCのメモリー増量のTEL、とやま国際センターの中国語講座申し込み。プライベートでこんなに立て続けにTELするのは極めて珍しいこと。

郵便局に寄った後、富山国際学院に10時半頃着く。卒業生のこと・NPOのことでいくつか処理。それから富山大学に向かう。
卒業式は学外だったので、2月21日に成績を確認に行って以来になるかなぁ、富山大学に行くのは。自分が「大学4年生」っての放棄してたわけじゃないけど(爆)。
生協。プリンターのインク、ファイルを買う。生協での買い物これで最後になりそうなので「出資金」を返却してもらおうと申し出たら、印鑑がないとダメと言われた。とほほ。印鑑、持っていなかった。う~ん、また来なきゃなんないのかなぁ。編入学した時は「読書マラソン」にも申し込み、自分のポップが生協に飾られる日を夢見たけど(照)、本(5%引き。稀に10%引きなども)ほとんど買わなかったなぁ、生協で。教科書も2年間で5冊くらいで間に合ったか。生協では文具類・PC関連を買い、旅行の手配をした。1度だけ「テスト採点」のアルバイトやったけど、あれは生協ではなくクラスメートの高橋さんを通じてだった。
生協内にある床屋さんに行って卒業のご挨拶。編入学以来3回ここで散髪した。僕より(たぶん)年上のご夫妻でやってらっしゃる。散髪してる間、大学「紛争」のころの話・名物教官のこと・学生気質今昔など伺った。
特に用事がなかったのだけど、図書館にも行く。僕は卒論は、ほとんど手持ちの図書資料類で間に合ったので図書館はほとんど利用しなかったなぁ。演習やレポートでちょっと利用した程度。編入学した時は図書館を大いに活用しようと思ったものだが、借りた本、2年間で10冊くらいかなぁ(恥)。富山大学附属図書館は一般にも開放してるので、4月以降、時間があったら訪れてみようと思う。
人文学部教務課に行く。進路届けを提出し、駐車許可証を返却。3年次は構内駐車できず学外の駐車場を月5千円で借りた。4年次は構内駐車可になって助かった。学生証も失効するので返さなければならないのだろうけど、「思い出にしたいのでもらってもいいですか」と恐る恐る事務の女性に申し出てみたら「いいですよ。悪いことに使わないでくださいね」ってことでOK。学則違反になるかもしれないのでこうしてブログで公にしちゃいかんのかもしれんけど、「思い出」以外に悪用しないのでご勘弁を。2年間お世話になったことを感謝して教務課を出る。
7Fの言語学にも行こうかと思ったが、春休み中でだれもいないような気がして、やめた。

これで僕の「大学生生活」、終わり。生協の出資金もらうのまだだけど(爆)。約35年ぶりの大学生活、いろいろ経験できた2年間だったけど、王様ゲーム@合コンは経験できなかった(核爆)。
このブログのカテゴリ「僕は大学4年生」は、「僕は大学3年生」「卒業論文」に続き終了です。長い間のご愛読(?)、ありがとうございました。間もなく「僕は学院長0年生」を開始しようと思っていますのでご期待ください(爆)。

写真、今朝の朝日新聞全国版都留泰作准教授の記事。記事は「篠遠肇」の署名入りで
調査から着想 SF「ナチュン」人気
准教授で漫画家 富山大・都留さん

という見出し。書き出しが
富山大学人文学部の都留泰作准教授(39)のもう一つの顔は漫画家だ。
都留ファン(照)としては目新しい内容はあまりないのですが、先生が生物学から人類学へ転向されたのは
・・・生命を分子などのミクロの視点からとらえることに戸惑いを感じ・・・
とか
アシスタントはおらず、書くのは夜や週末だ。好きな漫画家は大友克洋・・・
に「なるほど」と思った。ボクが先生に第3巻にサインしていただいたのは21日で、この記事の取材はそれ以前でしょうから、
「・・・義理かもしれませんが、サインをくださいという学生もいますが
ってとこの「学生」はボクじゃありません。「義理」でもないし(爆)。
記事末尾の先生のご発言
生命をめぐって宗教と科学は窮極で一つになると思う。そのあたりの展開を楽しみにしていてください
はい、ファンとして楽しみにしております、都留先生!
[PR]
by tiaokumura | 2008-03-24 09:04 | 僕は大学4年生 | Comments(0)

富山大学卒業(5)

f0030155_15373389.jpg
(3月22日午後・記)
名鉄トヤマホテルでの祝賀会、いろんな先生と歓談なども。
小助川貞次先生と乾杯・歓談。06年前学期の「日本語学講読」を受講。僕の「初レポート」は小助川先生だった。先生は昨春の藤本幸夫教授・最終講義の際に司会をなさった。小助川先生はこのブログの確か「富山市教委の中学選択制」を批判した記事だったと思うが、コメントもいただいている。そのコメントの「小助川」の署名を見て「ひょっとして富山大学の小助川先生かも」と思ったけど、確かめる機会がなく不明なままだった。小助川先生、またいつかコメントをお寄せください(照)。
二村文人先生とも歓談。06年後学期「日本文学特殊講義」受講。先生の授業では「西鶴」を読んだ。先生は呉人恵先生と「ヤッホー仲間」(謎爆)で、小助川先生も二村先生も昔風に言えば「国語国文」畑(今は「日本語学」とか「日本文学」とかか)なので、僕の東京教育大学時代の単位認定にはお二人の先生(あるいはどちらか)にご尽力いただいたのではないかと思う。
他に、立川健治先生(06年後学期「日本文化講読」)・末岡宏先生(06年前学期「国際文化概論」)・和田とも美先生(06年前学期「朝鮮言語文化概論」)ともお話がしたかったのだけど、席が遠かったり、すれ違いだったりして、実現しなかった。残念。
写真、都留泰作准教授(06年後学期「文化人類学特殊講義」)と。このブログでも何度か記事にしてますが、都留先生は『ナチュン』(講談社・アフターヌーンKC)の作者。准教授兼コミック作家だからすごい。僕が用意していた筆ペンで第3巻に署名していただいているところです。先生は照れくさそうでしたが、キャラ絵と独特の書体での「都留泰作」のサイン、そして「奥村さんへ」とも。家宝になるかも(爆)。
僕の卒業は当然、呉人恵先生を始め諸先生のおかげもある。感謝したい。

以前、動物行動学関連で読んだんですが、「2:6:2」の法則。アリの話だったと思う。アリの集団には2:6:2の割合で働きアリと普通のアリと怠けアリがいるそうです。そのこともおもしろいですが、もっと興味深いのは、働きアリだけの集団を作っても、また2:6:2で働きアリ:普通のアリ:怠けアリになるし、怠けアリだけの集団を作っても、やはり同じ構成比の集団になる。確かそういうような話だった。アリじゃなくハチだったかもしれません。
何が言いたいかというと、いろんな社会集団にもこの「2:6:2」って当てはまるんじゃないかってこと。大学教官って言えば学問のエリート集団。学部を出て院も出て、専門分野で勝ち抜き、中には海外留学も経験し・・・。「学びアリ」「専門分野ではプロ」の集団。で、「富山大学教官」という集団を考えた場合、そこにはやはり「いい教官:普通の教官:悪い教官=2:6:2」ってのあるんじゃないかと思う。多くの大学・大学教官が今求められている研究・教育・地域貢献の中で、僕は「教育=授業」を通じてしか教官評価わからないのですが、教育力(授業力)という点で「評価」させていただくと、この2:6:2の法則が当てはまるような気がする。20人くらい学んだ教官の中に、確かに4人、「悪い教官」と僕が判定せざるを得なかった方がおられる。僕なんか遥かに及ばない頭脳の持ち主・高学歴の教官集団。う~ん、「授業力」、もっとつけてくださいね。
翻って、わが言語学コース卒業生、ちょうど10人。「悪い学生」の2人、ボクともう1人誰になるんじゃろう(激爆)。

21日は富山国際学院のことは忘れて「卒業」だけと思ってたんですが、そうは問屋が卸さない(爆)。祝賀会中に、先週卒業した旧B組学生から「先生、入学許可書、まだ届かないんでビザ変更できません」とか「先生、進学先の大学から届いた案内、よくわかりません」とかケータイに入る。仕事と勉学、最後の日まで両立でした(照)。

(3月22日夜・追記)
小助川貞次先生のコメントは、この記事にあります。
[PR]
by tiaokumura | 2008-03-21 15:37 | 僕は大学4年生 | Comments(0)

富山大学卒業(4)

f0030155_15145272.jpg
(3月22日午後・記)
人文学部学位記授与式の後、引き続き名鉄トヤマホテルの4F別室で人文学部同窓会主催の祝賀会
テーブルに着いてたら、見知らぬ女性がやって来た。何のことかと思ったら「同窓会費、払うように」とのこと。ボク、同窓会入会するつもりないんで、編入学時に同窓会費払わず、その後何回かの督促も無視してた(恥)。会費1万円、払えない額でもないんだけど(ホントかな^^)、なんとなく払わないで来た。で、今回もやんわりとお断りした。母校愛ない男ってことになるんだろうなぁ。祝賀会は同窓会主催なんで、「同窓会費払ってないんで退席しましょうか」といささか児戯めいた申し出をその女性にしたら、「祝賀会会費は別途いただいている」とのことで、そのまま会場に居残る(居座る^^)。そういえば確か3000円か4000円、卒論の口頭試問の時に呉人教授に払ってた。

写真、19日の追いコンにも午前の卒業式にも出てなくて心配してたさやえんどう(同期編入学)も間に合って、全員で記念撮影。
前列左より
坂木さん、佐々木さん、遠藤さん、呉人恵教授(言語学)、田村さん、新保さん
後列左より
三上さん、粕谷さん、中国人留学生(修士修了)、同、高橋さん、山﨑けい子准教授(日本語教育学)、僕、石原さん
坂木さんは岐阜県、佐々木さんは秋田県、遠藤さんは首都圏、新保さんは新潟県でそれぞれ就職。他の6人は富山に残る。意外と富山組が多い感じ。
フランス語のことわざに
Qu’il est facile de se quitter, difficile de se retrouver!
「別れるのは簡単だが、再会するのは難しい」というのがある。「会うが別れの始め」ともいう。「また会おうね」とは言いたいが、こうしてみんな揃うのはこれが最後なんだろうな、きっと。彼女ら・彼らにはまだ40年・50年・60年・・・と歳月が待ってるけど、ボクなんかあと○年じゃもんね(汗)。+40したら、百歳超えちゃうもんね(核爆)。みんなより先に逝くのは確実っす(照)。
僕の人生では2年間という短い期間だったけど、クラスメートだった彼女ら・彼らに深く感謝したい。
授業についていけるか、周囲に受け入れてもらえるか-僕の2年間の富山大学生活の最大の課題だったが、クラスメートのおかげで無事卒業にこぎつけた。
ありがとう、みんな。みんなのこれからの人生が実り豊かなものでありますように。「お金」はダメっぽいけど(恥)、それ以外で相談事あったら遠慮せんと「ひげっち」まで。
[PR]
by tiaokumura | 2008-03-21 15:14 | 僕は大学4年生 | Comments(4)

富山大学卒業(3)

f0030155_1495024.jpg
(3月22日午前・記)
送迎バスを降りて名鉄トヤマホテルに入ったら、ロビーにリリヤさん(ロシア人留学生)がいて祝福してもらった。4Fのなんとかの間で「人文学部学位記授与式」。受付で「祝」と書いた個人ごとの封筒もらうことになってたのに、僕のがない! 一瞬、「卒業」は夢だったんかと思った^^けど、だれか他の学生が間違えて僕のを持っていってた。ホッ。
コースごとに代表が学位記をもらう。先日呉人惠教授から言語学コースの代表でもらってって言われ、ボクなんかより4年間がんばった人のほうがいい、って申し上げた。でも、人文学部代表新保さん(女性)なんで、言語学コース代表は男のほうがいい、とのことなどでお引き受けすることに。ごめんねクラスメートのみんな、ボクなんかが「代表」しちゃって。人文学部長から学位記授与。
授与式のあと別室で祝賀会。やっぱ、僕らは知らない教官より直接教えていただいた先生から授与されたいんで、呉人惠教授から写真にあるように一人ずつ学位記を授与していただいた。

学位記
   奥村隆信
     昭和21年10月6日生
富山大学人文学部人文学科
所定の課程を修めて卒業した
ことを認め学士(文学)の学位を
授与する
  平成20年3月21日
 富山大学人文学部長 小川洋通
 富山大学長 西頭徳三
人第5001号

と書いてありました(原文縦書き・漢数字、大学・学部長・学長の朱印なども)。
う~ん、どうせなら5000のキリ番ゲットしたかったかも(嘘爆)。
[PR]
by tiaokumura | 2008-03-21 14:09 | 僕は大学4年生 | Comments(4)

富山大学卒業(2)

f0030155_12395260.jpg
(3月22日午前・記)
式が終わり、外に出る。2173人に学位記授与ということで、ずいぶんな人数。サークル関係でしょうね、一升瓶をラッパ飲みする女子学生、胴上げされる卒業生・・・。会場前はめっちゃ盛り上がっている。ボクも胴上げされたかったけど、サークルやっとらんし、言語学コースの後輩は数人しか来ておらずしかも女子がほとんど。胴上げはしてもらえなかった(泣)。それでも、花束と記念品(写真立て)をしっかりもらった。あざ~っす。後輩の皆様、頼りがいのない「先輩」じゃったけど、ちゃんとこうして卒業できました。チミたちも今のうちにちゃんとガンバって、ワシみたいに60過ぎて学生生活なんてことにならんよ~にね(核爆)。
あちこちで記念撮影の輪。僕たちもこうして後輩たちも交えて記念写真
前列左から2番目が「なっちゃん」(2年)。秋のソフトボール大会で彼女とボク、言語学コース史上最高?の黄金バッテリーを組んだっす。前列右から2人目(新保さんの左)は「つっちー」(3年)。つまんない授業のとき共に爆睡した仲です(照)。

このあと、各学部ごとに「学位記授与式」ってことで、人文学部名鉄ホテル。ホテル行きのバスに向かう途中で、富山国際学院出身のダンさん(ベトナム)と会いました。彼、工学部卒業で院に進学。おめでとう、ダンさん!
[PR]
by tiaokumura | 2008-03-21 12:39 | 僕は大学4年生 | Comments(2)

富山大学卒業(1)

f0030155_102731100.jpg
(3月22日午前・記)
平成19年度富山大学学位記授与式
平成20年3月21日 富山市総合体育館
式次第
奏楽 開式の辞 学位記授与 学長告辞 卒業生答辞 専攻科修了生答辞 修了生答辞 学生表彰 学歌斉唱 閉式の辞

奏楽、『君が代』だったらいやだなぁと思ってたら幸いエルガー『威風堂々』だった。でも、ボクだけの偏見なんかもしれんけど『威風堂々』ってイギリス王室のイメージあって、ブラームス『大学祝典序曲』あたりのほうがいいような気がした。あと、『かがやき』だったか男女混声合唱団の歌もあった。会場が広すぎるのかボクの耳が遠くなったのか、歌詞(きっと素晴らしいのだろうけど)、よう聞こえなんだ(恥)。
学長「告辞」って言うんですね。昔、東大総長・大河内一男の「太った豚となるよりも、痩せたソクラテスとなれ」もそうでしたが、こういうときの挨拶って印象に残るものもあった。富山大学学長って、なかなか「辣腕」と聞いてたので告辞期待してたけど、う~ん、でした。朝日新聞記事で
社会の動きを自分の目でしっかり確かめ、常にその社会現象の意味を考えて行動してほしい
と要約されているのだけど、例として出されたのが2つ、例のギョーザ事件とTVワドショーでのどこかの市長の「食料自給率」に対する無知発言。中国人留学生も参列してるのに、ギョーザ事件を取り上げるのもなんか「無神経」に思った。あと、これはうっかりミスなんだけど「平成」を「昭和」と間違えて「昭和20年3月21日」と。紅白の「美空」失言を思い出しちゃいました(爆)。
来年の富山国際学院の「式辞」の参考にもと思って学長告辞を聞いてたのですが、あんまし参考にならなかった。
もう一つ気になったこと。閉式の辞のあと、壇上に並んだお歴々の退場を卒業生が拍手で見送る。「え~っ、今日の主役、ワシらなんに~」と思った。
大学の卒業式ってだいたいこんなもんかもしれないけど、厳粛な中にも笑いあり涙ありの富山国際学院の卒業式のほうがよっぽど「卒業」の名に値すると思った。
文部科学省だったか、地方の国立大学法人、拠点校を中心に整理統合を図っているとか。富山大学、くれぐれも「金沢大学富山校」とかにならんようにね(爆)。

写真は、人文学部代表で学位記を学長から授与されるクラスメートの新保彩乃さん。ネットの北日本新聞こちらに記事と共に掲載されています。
[PR]
by tiaokumura | 2008-03-21 10:27 | 僕は大学4年生 | Comments(6)

追いコン

f0030155_21122732.jpg
(3月20日夜・記)
追い出しコンパ-略して「追いコン」。この間クラスメートと行った「卒業旅行」もそうだけど、「追いコン」なんてのも昔はなかったような気がするけど、どうなんだろう。
富山大学言語学コースの「追いコン」が3月19日にあった。午後7時5分前頃に西町で市電を降りる。コンパの場所はそこから徒歩5分くらいの「CHAKA CHAKA」ってお店で貸切。チャカっても拳銃のことじゃありません(爆)。多国籍料理か無国籍料理か、まぁいろんな料理が出る、昔風に言えばスナック。写真、暗くてようわかりませんが(汗)、別にアングラバー^^じゃありません。
4年生はさやえんどうがいなくて寂しかったけど残りの9人結集、2年生・3年生が各5人くらい。言語学コースって教官5人なんだけど、お二人出席と聞いてて結局お一人も見えなんだ。ワシら、嫌われとるんじゃろうか(核爆)。5人のお一人安藤智子准教授は、僕は別の用件でメールのやり取りしてて、先生がやむを得ず欠席される理由がわかっていた。安藤先生はご都合により追いコンも卒業式もご欠席。残念です。先生にお会いして祝っていただきたかった。先生のやや長文のメールの末尾-
皆さんの晴れ姿を見られないのは残念ですが、他の先生方に見守られて立派に巣立って行かれると信じています。
最近めっきり老いてきた父と比べ、同い年の奥村さんが仕事と勉学を両立される姿には敬服しておりました。これからもお元気で御活躍ください。御卒業おめでとうございます。

私信をこのようなブログに載せるのもいかがなものかもしれませんが、安藤先生の心温まるお言葉にはじーんと来ました。先生は、僕の編入学試験の面接官お二人の一人(もうお一人は呉人恵教授)。先生は音声学がご専門で確か3科目取りました。苦手な分野なんで四苦八苦。わからないことが多くて(恥)授業中何度も質問したのですが、いつも丁寧にご説明していただいた。ロシア人留学生のリリヤさんにも何度も助けていただいて、何とか3つともでした。内容は難しかったけど、おもしろく楽しく実に有益な授業でした。でも、安藤先生のお父上が僕と「同い年」とは知りませんでした(激爆)。

7時開始のはずの追いコン、全員が集合したのが7時15分ころ。そこから2時間、飲み食べしゃべり、2時間後に解散。飲み放題食べ放題2時間、会費4千円のところ4年生は会費2000円。ラッキ~♪。
2次会あるかと思ったのですが、お誘いなかった(泣)。日本語学校でさえ3次会まであるのに(爆)。

明日3月21日午前10時より「学位記授与式」。そのあと1時から謝恩会
先週金曜日は富山国際学院の卒業式で式辞を述べて、その1週間後に今度は自分の卒業式。なんだか・・・奇妙な気分です(爆)。
富山大学編入学では東京教育大学時代の単位も専門科目22単位認められている。東京教育大と富山大は僕の場合「連続」しているとも言える。そう考えると、1965年4月に東京教育大学に入学したのですから、大学卒業までに実に43年かかったことになります(照)。
学院の卒業式では式辞のときに「うるうる」も来ましたが(照)、明日の自分の卒業式、たぶん泣かないでしょうね。
61歳5か月16日-今回の卒業式で最高齢かどうか知りませんが(汗)、晴れて?「還暦過ぎの学士様」が明日誕生します(激爆)。
[PR]
by tiaokumura | 2008-03-19 21:12 | 僕は大学4年生 | Comments(0)

呉人恵教授・謝恩会@ル・ポワソニエ

f0030155_1423353.jpg
(3月1日夜・記)
2月29日、ガイドボランティアの古市さんに別れを告げ、富山国際学院B組の学生と12:01岩瀬浜発ポートラムに乗る。予想外に混んでいる。ポートラム、全国的にも注目されている。ただし、こないだの朝日新聞の「市電ランキング」の1位は広島市で、うちんとこはランキングに入ってなかった(怒)。詳しくは知らんけど(恥)、ポートラムって環境にも利用者にも優しいスグレモノなんだぞ、とパトリオットおくむらは叫んでおきます(核爆)。
12:25富山駅北着。「先生、昼ごはん・・・」って学生たちの声を振り切ってボクは富山駅南口へ向かう。「・・・」の部分、「ご馳走してぇ」です、きっと(爆)。今回参加のB組学生12人、僕は去年4月に初めて教えたのですが、彼ら・彼女ら、ずいぶん図々しい素直な学生に育ったものです。
富山駅南口で粕谷さん・三上さんと合流。さっきまで「先生」してたボク、今度は「大学4年生」するんです^^。僕が幹事で、卒論指導していただいた呉人先生の謝恩会を企画。呉人組は4人。場所は迷わず「ル・ポワソニエ」にしました。このお店、僕が15年ほど前にフランス語を勉強してた時の田中啓子先生に教わりました。その時のクラスでここを利用した時、僕はあいにく都合がつかず欠席。僕にとっては初めて入るお店。

3人、1時前にポワソニエ(フランス語で「魚」)に着く。予約してたのでドア付きの個室に案内される。シニアソムリエの武田眞知子さんがご説明。シニアっても年齢からじゃなく^^「上級」「ベテラン」の意味(たぶん)。ソムリエの女性形、武田さんに聞いたけど忘れました(汗)。ま、シニアソムリエ、でいいんでしょうね。武田さんはその道では有名な方で一度お会いしたかった。
呉人先生ご到着。高橋さん(呉人組4人の一人)は少し遅れるとのメールが入ったので、先生+呉人組3人で食事を始める。前菜は「能登カキと・・・柚子風味」「フクラギの・・・」から1品、主菜は「・・・」と「ほろほろ鳥・・・」から1品、それぞれ選ぶ。「・・・」の部分、武田さんが丁寧に説明されたのだけど、なんせフレンチなんてこれまでの人生で数えるくらいしか食べたことのない男なんで、よう覚えとらん(激爆)。ちょっと迷ったけど、僕は魚+肉の組み合わせを選びました。呉人先生は「能登カキ・・」と「・・・」の組み合わせ。実際にはお互いにお皿から少しずつ分け合って4種の料理味わいました(照)。飲み物は、粕谷さんと僕はグラスワイン。呉人先生と三上さんはソフトドリンク。ボクは、白、赤各2杯はのんだかなぁ。粕谷さんも同じくらい?。これならハーフボトルあたりにしといたほうが良かったかも(爆)。パン+デザート盛り合わせ+コーヒー(デミタス)。高橋さんは僕たちが前菜食べ終わる頃から参加。
1時から2時半過ぎまで、呉人先生を囲みおしゃべり&ランチ。優雅かつ楽しい一時でした。武田さん、プロだから当たり前と言えば当たり前なんでしょうが、料理やワインの説明、場を見てのホスピタリティ、入退室時の対応など、さすがでした。

呉人恵教授に僕が初めてお会いしたのは05年9月だったかの編入学試験面接。次は、入学式のあと先生の研究室で粕谷さん・三上さん・僕がガイダンスを受ける。先生には東京教育大学時代の単位、編入生の限度一杯の22単位を認定してもらうためにご尽力いただいた。先生の授業は2年間で「言語学概論」「言語学特殊講義」「言語学演習」など5つ取ったかなぁ。言語学のイロハ、コリャーク語のフィールドワーク、言語学者ハリントンの逸話、ネィティブアメリカンの言語、主語・主格・主題、恩師の宮岡伯人先生の思い出、日本語学習者の日本語習得など、幅広くいろいろ学んだり伺った。一番おもしろかったお話は「岩波文庫」のこと。これは何かと言うと、先生の山梨県での少女時代のこと。口に左右の手の指を差し入れ、唇を左右に引っ張って「岩波文庫」って発音する。すると・・・そうなんですね、実際にやってみてください(激爆)。
先生には卒論指導もしていただきました。無事2年で卒業できるのは呉人惠教授のおかげも大。

呉人恵先生、在学中はいろいろご指導・お世話いただきありがとうございました。
卒業後もよろしくご指導・ご鞭撻のほどをお願い申し上げます。

[PR]
by tiaokumura | 2008-02-29 14:23 | 僕は大学4年生 | Comments(0)

27勝5敗 勝率.84375

f0030155_20254260.jpg
今日は午前中B組授業。この時期は進路指導などもあって忙しい。授業後、来週大学受験の学生の個人指導少し。
今日は富山大学の成績が判明する日なので、学院長の岸井さんにお願いして3時で富山国際学院を早退し、大学に向かう。富山大学附属図書館に設置されている機械で「学業成績証明書」と「卒業見込証明書」を入手。う~ん、2通の証明書を見ても、ボク、卒業資格得られたのかどうか、ようわからんし(汗)。
用事が3件あったので人文学部7Fの呉人研究室を訪問。10分ほど呉人教授とお話し、その後、言語学実験室(1)に行く。4年生が4人いた。PCで成績をプリントアウト。う~ん、やっぱ、「卒業」なのかどうか、ようわからん(爆)。で、呉人先生が以前「教務課で聞いてみたら」とおっしゃってたので、1Fの教務課へ行く。事務の人、メンドーくさそうだった(そりゃそうですよね^^)けど、チェックしてくださり、どうやら「卒業」できそうだとわかった。これで1か月後、「還暦過ぎての学士様ご誕生」になります(激爆)。
大学を出て花屋に寄って「呉人組お食事会」用の花を注文する。卒論指導が呉人先生だったメンバーで、2月29日に「ル・ポワソニエ」というフランス料理店で呉人先生をお招きして会食。ポワソニエは15年ほど前フランス語を習ってたときの田中啓子先生ご推奨のお店。いつか食べたいと思ってたのですがこれまでチャンスがなかった。29日、楽しみです。「学生」の分際でディナーはナマイキなんで「ランチ」ですが(照)。
本屋・文房具屋にも寄ったあと、富山駅前のCiCに行く。米田哲雄先生の「宿題お助け隊」に初参加。僕は中学2年男子(韓国)を担当。初めてで不安だったのですが、米田先生はそんなの容赦しない方なんで(激爆)、彼の国語指導。彼、まだ中2なのに富山県立高校入試国語問題に取り組んでる! 小川洋子の小説文。確か読売新聞に連載だったか、『ミーナの行進』が出典。ミュンヘンオリンピックの男子バレー(日本VSブルガリア)をTVで見ている場面。仕事もあるのでこの先ごく稀にしかできないけど、「宿題お助け隊」のボランティアやってみたいと思う。
ぷちボラを6時頃終わって、CiCの「富山市民国際交流協会」で銭輝先生と1時間ほどおしゃべり&情報交換。銭老師は、僕の最初のネイティブ中国語教師。初めてお会いしてからもう8年くらい経つかなぁ。お付き合いは長いけど、僕の中国語はちっとも進歩しない(恥)。

今日判明した富山大学2年間の成績(写真がそれ)、が27でが5。勝率9割には遥か及ばない結果だった。の5つは、X先生1、Y先生2、Z先生1、それに海部先生1。海部先生以外は「う~ん」って授業だったんで(謎爆)、「あんな授業でなんで良なんじゃ」と思わんでもないんですが(激爆)、ま、「しょうがない」でしょうね、自分が悪い。海部陽介先生の授業(昨春の集中講義「情報文化論」)はすばらしかった。アフリカを出たホモサピエンスがそれこそ地球の隅々まで拡散していくという人類進化の壮大なドラマ。テーマもすごいし、授業の進め方・パワーポイントの使い方・ご用意されたレジュメ・学生の質問への答え方などどれも「これが大学の授業だ!」ってレベル。自分なりにレポートも一生懸命書いて提出したけど、やっぱ実力不足だったんでしょうね、「良」だった。ま「良」だったんは残念だけど、ああいう授業が受けられただけで満足。「納得のいく良」です。

そんなわけで、2年間の全学業の結果が出揃い、無事に卒業となります。
[PR]
by tiaokumura | 2008-02-21 20:25 | 僕は大学4年生 | Comments(4)

卒業旅行(5)

f0030155_1395988.jpg
(2月17日夜・記)
東京教育大時代の旅行の思い出と言えば、国文の山中湖合宿や京都・奈良実習旅行、学生文化会の戸隠合宿などがあるけど、卒業旅行はもちろん経験していない。そもそもあの当時(約40年前)卒業旅行なんてなかったはず。いつごろからなんだろう、「卒業旅行」がポピュラーになったのは。バブルの頃からなのだろうか。今は一人でいくつも行くとか、アメリカやヨーロッパも人気があるらしい。
今回の富山大学言語学コースの卒業旅行、1泊2日で隣県の温泉に行くというつましいもの。でもその分、クラスメートとの思い出作り、しっかりできたような気もする。この後、2月21日に後学期成績が判明し(たぶん僕、卒業に必要な単位取れてると思うけど)、3月初め頃には追いコン(追い出しコンパ)、そして3月21日は学位記授与式(全学部・院合同)+謝恩会(学部別)。大学生生活2年ってのはこうして見ると早いものだ。今回の卒業旅行に参加した10名のうち4名は富山県外で就職。年齢差が大きくって、彼女ら・彼らにとっては付き合いにくかったと思うけど、こうして一緒に卒業旅行もできて、僕はとても幸せに感じる。こういう経験、普通はできませんもんね。
↑そんなことを考えながら、一人、氷見漁港を背に写真に納まるボクでした。こういうときじゃなきゃ被れない帽子を被ってます(照)。東京はこの間3cmで大雪だったそうですが、富山はこのくらいの雪、どうってことありません。

新保さん、思い出に残る卒業旅行を企画運営してくださってありがとう。
新保さん・高橋さん・田村さん、ドライバー役、お疲れ様でした。
みんな!これが最初で最後の全員参加の1泊旅行になるけど、これからも何かあったら助け合っていこうね。友情よ、永遠なれ!
[PR]
by tiaokumura | 2008-02-17 13:09 | 僕は大学4年生 | Comments(2)