林忠正と19世紀末パリ・日本

f0030155_13443965.jpg高志の国文学館
文学講座「巨人の物語をひもとく」
ってのがあって、9月24日(日)午後、
高頭麻子 林忠正と19世紀末パリ・日本
を受講。会場に本木英子先生も。席、ほぼ埋まってて最前列に座る。
高頭麻子(たかとう・まこ)さんは、僕は初めてな方ですが、日本女子大学文学部教授。林の孫娘が木々康子でその娘。林忠正の直系の子孫。林忠正(はやし・ただまさ1853-1906)は、いとこに大逆事件弁護団団長の磯部四郎(いそべ・しろう1851-1923)も。
レジュメがすごい。
本講演のねらい 林忠正の渡仏まで 当時のフランスと日本の文化状況 この乖離の橋渡しとしての林忠正の活動 日本美術発展のための林忠正の努力、日本美術界との闘い 浮世絵ブームと日本美術の高騰 林の活動の集大成としての1900年万博の日本館事務官長 林が生きた19世紀後半のパリ(町そのものがスペクタクル)→その頂点が1900年万博 万博後
他に「林忠正と19世紀末のパリ・日本:年表」「林家・吉川家・萩原家(のち長崎家) 系図」も。忠正は長崎志芸二だったんですね。パワポ画像もプリントに。
忠正は、浮世絵を海外に、なのですが、プラス評価では「印象派に影響」、マイナス評価では「海外に売っ払って大儲け、国賊」。富山県人としては誇りに思う人物です。
とてもおもしろかったのですが、3時半終了予定を大幅に超えて時計は3:45に。申し訳なかったのですが、退席しました。昨日のバッハに続くワガママ(恥)。でも、こういうの、できたら時間通りに終わってほしい。講師の方、熱心なんでしょうね。お母さんの木々さんには筑摩書房から『春画と印象派』も。
文学館に漱石山房記念館のリーフレットも。この日、早稲田に開館か。10月17日の上京時、行けたら行ってみたいです。

日馬富士、11勝4敗で優勝。11勝4敗で幕内優勝なんて、これまでにあったんでしょうかねえ。朝乃山、10勝5敗で敢闘賞受賞。

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by tiaokumura | 2017-09-24 13:44 | 富山 | Comments(0)


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