人気ブログランキング | 話題のタグを見る

「久世光彦展」バスツアー

「久世光彦展」バスツアー_f0030155_1593691.jpg(7月26日午後・記)
地元のTV局だけか全国放送なのか定かじゃありませんが、先週の月~金、「久世光彦生誕80周年」と銘打ち、彼が演出したTV番組が5本、地元のチューリップTVで放映されていました。僕が以前観た、向田邦子の「秘密の愛人」の存在をドラマ化した、山口智子主演の番組もあった。観てて何か切なくなった。最後のほうで、山口と樹木が泣く場面は秀逸。ああいう時代・ああいう日本人・ああいう愛の形・ああいう創造活動って、あったんでしょうね。昭和も遠くなりにけり。
高志の国文学館」(「高志」は「こし」。「高志」は富山・越中の古名に拠るんでしょうね。3月に移転した僕の勤務先の富山国際学院は同館から徒歩5分くらいのところにあります)で今、「あの日、青い空から-久世光彦の人間主義」を開催中です。公式サイトはこちら。同展の関連イベントの一つの「バスツアー」に、僕、猛暑日?の7月25日(土)、参加してきました。
富山駅北口から乗車。参加費は3500円。高志の国文学館で参加者が全員そろう。30名くらいでしょうか。女性が圧倒的に多く、男は6人くらい。年齢はやはりシニアが多い。
久世光彦(くぜ・てるひこ1935-2006)は、生まれは東京阿佐ヶ谷ですが、10歳~18歳を父母の故郷・富山で過ごしています。多感な時代、富山にいたんですね。彼の父は陸軍少将まで行った彌三吉、母はナヲ。光彦は父が転勤族であったことや戦時中であったこともあって、小学校を4つも転校。今回のバスツアーでは、長岡墓地(久世本家の墓あり。久世の父が眠る)のあと、「西田地方(にしでんじがた)」「熊野」「堀川」小学校を回った。途中、久世の母校の「富山師範学校附属中学校(久世の頃は今の県営球場の横にあった)」「富山南部高等学校(前身は富山中学、現在の富山高等学校。久世の父は富山中学出身)」なども通過。
昼食は「池田屋安兵衛商店」で「健康膳」。薬膳、7品。「豆乳豆腐 新蓮根添」「茄子と氷見うどんの炊き合わせ」「豚角煮と冬瓜と大棗のココット」「高麗人参と鶏団子のスープ」「黒米の山草おこわ」「香の物 陳皮入り」「野草茶 鳩麦 杜仲」。←、「本日のメニュー」から抜き書きしましたが、メニュー、達筆なんで写し間違いもあるかも(汗)。あいにくと半分くらいしか食べられなかった。癌サヴァイヴァーの昼食としては量が多かった。
昼食後、総曲輪(そうがわ)通り・中央通りを散策。学芸員の解説付き。久世が通った喫茶店とか映画館、おばの家など。
14:15ころ、高志の国文学館着。学芸員の解説で久世光彦展を観る。「生きるための笑い」「少年の日の体験」「黙(もだ)す火のうた」の3章構成。アップした写真、同展入口近くのもの。「書割」みたいなもんでしょうか。『時間ですよ』がこんな感じのセットだったそうです。写真OKのところです。
展覧会場に、久世の12歳ころの俳句。
車引く馬の吐息や冬の朝
こも着せし焼土の地蔵さびしけり

早熟だったんでしょうね、情景の切り取り方(表現力)に後の久世を思わせるものあり。
「戦争」も久世の原体験の一つなんでしょうね。彼の筆による「昭和維新の歌」(汨羅の渕に波騒ぎ/巫山の雲は乱れ飛ぶ/混濁の世に我れ立てば/義憤に燃えて血潮湧く。僕は鶴田浩二やアイ・ジョージの歌で聞いた)が展示。出口近くには「海ゆかば」の紹介も。
人が笑っているのは、笑いたいくらい悲しいからだ」(久世『雨季の女たち』)

『時間ですよ』も『寺内貫太郎一家』も『ムー一族』も僕はほとんど見ていないのですが(TVがなかった頃もある^^)、久世ってすごい人だったんでしょうね。
今回のバスツアー、久世の『時を呼ぶ声』(今は絶版)に基づく。
今回の関連イベントで川上弘美が来富。ファンです、あんまり読んでないけど。川上のイベント(9月4日)、申し込んであります。
by tiaokumura | 2015-07-25 15:09 | 富山 | Comments(0)


<< 弟ご夫婦と@あらさん 癌日記:2015年7月9日・診療予約 >>