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「風の盆-深奥の心をさぐる」バスツアー

「風の盆-深奥の心をさぐる」バスツアー_f0030155_13153061.jpg(9月28日午前・記)
今、高志の国文学館
風の盆-深奥の心をさぐる
という企画展を開催中(公式サイトはこちら)。その関連イベントのバスツアーが9月27日(土)にあり、事前に申し込みをした上で参加した。この日の僕は久しぶりの休日出勤なしの日で、初秋のいい体験になった。
9時半過ぎ、集合場所の富山駅北口をバスで出発。参加者は35人くらいで年配者が多く、男女比1:4で女性が圧倒的に多い。男って、こういうのあんまし興味ないんでしょうかねぇ。
バスは、まず高志の国文学館に。学芸員の解説で企画展「風の盆-深奥の心をさぐる」を観る。僕はこれ、この間観ていて2回目です。でも、解説があるとまた別の味わいがあるものです。

再びバス乗車、次の目的地の八尾の町に入る。曳山会館前で降りる。それから八尾の街中散策、ガイド付き。ガイド「風の案内びと」の男性、後で知ったところによると、三味線名人のFさんという方。天皇陛下の前で演奏経験もある方とのこと。Fさんの名ガイドで、曳山展示館→諏訪町(日本の道100選)→東町→西町→禅寺坂→鏡町と進む。Fさんは鏡町のご出身だそうです。幼少時、花街のお姐さんたち(鏡町には芸者衆がいた)のお使いをしてバナナなどもらったそうです。僕もそうですが、あの頃、バナナなんてよほどじゃないと食べられなかった、卵焼きもそうかなあ。Fさんやわが家が特別貧乏だったわけじゃなく、あの頃はそういうの、普通だった。
アップした写真、鏡町で。小杉放菴(こすぎ・ほうあん1881-1964。横溝正史の『悪魔が来りて~』だったかの僧侶のモデルが放菴って聞いたことがあります)の歌碑。彼の杉風荘の近くに設置。「八尾四季」が彼の自筆で書かれている。石は彼の出身地の日光産。小杉、川崎順二若柳吉三郎が、今日の「おわら風の盆」の創出に功績大でしょうね。この3人がいなかったらどうなっていたか。
小杉放菴「八尾四季」
(春)ゆらぐ釣橋 手に手を取りて 渡る井田川 オワラ 春の風
(夏)富山あたりか あの燈火は 飛んでゆきたや オワラ 灯とり虫
(秋)八尾坂道 わかれて来れば 露か時雨か オワラ はらはらと
(冬)若しや来るかと 窓押しあけて 見れば立山 オワラ 雪ばかり

北吉という料亭で昼食。自分、体調が心配だったんですが、ご飯以外はほぼ食べることができました。そうそう、北吉に入る前、路上で若林美智子さんとすれ違いました。彼女、マスク姿でしたが、お顔に見覚えがあり、Fさんに尋ねたらその通りとのことでした。若林さんの胡弓のコンサート、富山能楽堂だったか、行ったことがあります。
北吉(明治17年創業。(旧)日進楼)での食事の後、曳山展示館で展示見物の後、「おわら風の盆ステージ」を観る。毎月第2・4土曜日の開催とのことで、僕は初体験。
おわら風の盆ステージ」は楽器、歌、踊りを順次紹介。楽器では①三味線、②胡弓(松本勘玄の名も紹介されてた)、③三味線・胡弓のセッション。③では「表と裏との切り替え」ってのが聴かれたそうだが、僕にはよくわからなかった。コード進行をスイッチするようなことなのかしらん。楽器の次は「唄」。歌い手3人が、正調(七七七五)・五文字冠(「枕詞」みたいな五が頭に)・字余り(七七七・・・五)をそれぞれ歌う。楽器編成は三味線3人、胡弓1人、太鼓1人。「かけあいの世界」では3人が歌い継ぐ。そして、「おわらの踊り」。豊年踊り・男踊り・女踊り。それから続いて、楽器・踊り・歌が一体となり、バックの映像で「夜流し」再現。最後のおまけ?に、会場から参加者を募っての輪踊りタイム。自分、恥も外聞もなく(激爆)、参加しちゃいました。男衆の2人後ろに位置して、彼の手の動きを見ながら踊る。ちょっと踊れるようになった(照)。いくつかの所作の繰り返し。ステップはあまりない(と思ったが、わからない)。おわら踊りって手指の動きが命なのかも。
曳山会館で『月影ベイベ』3冊購入。バスツアーのプレゼントで来年のカレンダーをもらう。

4時頃、富山駅北口。参加費4500円は決して高くなかった。
by tiaokumura | 2014-09-27 13:15 | 富山 | Comments(0)


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