「僕は20歳だった。それが人の一生でいちばん美しい年齢だなどと・・・」(ポール・ニザン)

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僕は20歳だった。それが人の一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい。一歩足を踏みはずせば、いっさいが若者をだめにしてしまうのだ。恋愛も思想も家族を失うことも、大人たちの仲間に入ることも。世の中でおのれがどんな役割を果たしているのか知ることは辛いことだ。(ポール・ニザン『アデン・アラビア』篠田浩一郎・訳)

池澤夏樹の個人編集による「世界文学全集」(河出書房新社)、評判がいいようですね。ポール・ニザン『アデン、アラビア』が小野正嗣訳で入っているそうです。
先日本棚を整理してたら、たぶん1969年頃(23歳頃)の読書ノートが見つかった。引用ごとに1~137nまで振っていて、それらは当時読んだ本からの引用が主で、ときどき本以外からも抜き書きしている。今読み返してもようわからん^^抜き書きも多い。「若い」って乱暴でワガママで目一杯背伸びしてたんでしょうね。ノートにはポール・ニザン(Paul Nizan1905-40)からの引用(上記)もあった。中には何からの引用なのかもうわからないものも多いが^^、以下ノートよりごく一部を写す。
末期癌になって、臨死体験こそしていないが「死」が身近にはなった。そんなことを言うと「縁起でもない」とか「まだまだ生きなきゃ」とか言われるのだが、まぁ事実として死に近いことは確か。絶望しているわけではない。今朝の日経が須賀敦子(浦田憲治「忘れがたき文士たち」)、讀賣が向田邦子(「HONライン倶楽部」)をそれぞれ読書欄で取り上げていた。須賀も向田も近いうちに読み返したい。「読書が趣味」とまでは言えない自分だが、余命人生、活字の喜びにまだまだ出会えそうである。

4金が何よりも醜悪で厭らしいゆえんは、人間に才能さえ与えるからだ。
13これがありのままの自分だ。自分がなりたいと願った姿ではない。だが、そんなことも平気だ。実を言えば、自分がまだ分らないんだ、それを探し求め、まだ発見していない。これでこそ、僕は生きている自分をかんずる。
48宿昔青雲志 蹉跎白髪年 誰知明鏡裏 形影自相憐
62aどんな人生にも、とりわけ人生のあけぼのには、のちのすべてを決定するような、ある瞬間が存在する。そんな瞬間は、あとで見出すことが困難だ。それは時刻の堆積の下にうずもれている。時刻は、それの上を無数にすぎて行ったのであり、そうした時刻の虚無は畏怖を感じさせる。
78kわたしにはわかっている。わたしは、これ以上生きていたくないのだ。わたしには自分の言葉も、考えも、願望もたいくつなのだ。わたしには人々も、彼らの生活もたいくつだ。彼らとわたしのあいだには障壁がある。超えがたい障壁がある。
84e死よ!こうしていながら、やがてはぼくもきっと幸せに死んでゆくのだ。そしてそのときまでに、ぼくは、ぼくの希望の一切を食べつくしてしまうだろう。
92h思想・観念が衒学的な知識や思いつきに終るか、一つの<志>となるかは、一にかかって持続するか否かにある。そしてその持続の間に、自己の行為や生活や存在のあり方、どこまで深くかかわらせるか、あるいは乾燥した観念にどれだけ情念を没入するかにかかっている。
118a人間は、ひとつの言葉を自分なりの言い方で用いることで、独特の現実感、いいかえればひとつの世界の見方をえらぶことになる。
122iくる日も、くる日も、空虚で、どこにも、身を支える処の無かった昔に比べると、今のほうが、切り抜けるのには、意外に楽である。

このノート、この後じっくり読む機会がありそう。
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by tiaokumura | 2011-10-23 15:52 | 言の葉つれづれ | Comments(4)
Commented by アショーカ at 2011-10-26 13:24 x
私も同じようなノート持ってます(照)私の場合は読むに耐えませんが………
私、物に対する執着心が薄く収集癖はないと自分でずっと思ってたんですが、これって収集そのものですよね~。今ものスゴイ勢いで自覚しました(笑)
Commented by のぶ at 2011-10-26 15:33 x
 23日から自宅へ戻りました。これからはパソコンでじっくりと拝見します。(今までは携帯からの訪問でした。)来月に富山へ行こうと思っていましたが、日を改めて近日中に是非お会いしたいですね?
Commented by tiaokumura at 2011-10-30 13:19
アショーカさま、「読むに耐え」ないなんてことはないと思います。その人その人の生き方に沿った貴重なノート、じゃないでしょうか。
僕も収集癖はないほうかと思っていましたが、こうして出てきたノート、死ぬまで手元に置いていそうです。
Commented by tiaokumura at 2011-10-30 13:22
のぶ様、ずいぶんゆっくりな四国だったんですね。滞在談。またいつかゆっくりお聞かせ下さい。北陸路、まだ残ってるんでしたっけ? 関学はいつからですか?


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