山下敬二郎さん、ご永眠。


第1回日劇ウェスタン・カーニバルが開催されたのは昭和33(1958)年2月8日(『現代風俗史年表』p.115)。僕は小学生だったんでしょうかねぇ。わが家にTVが来た頃でしょうが、田舎なんでTVニュースになってたかどうか、見た記憶はない。なんとなく東京でそういうのがあったっての知ってたんでしょうか。今年中学のミニ同期会あったら、友だちに聞いてみます、そのあたり。当時の僕、ウェスタン・カーニバルのことを知って「東京はすごいなぁ」と思ったか、あるいはオナニー覚えてたでしょうからウェスタン・カーニバルに「セクシュアリティ」を嗅ぎ取っていたかもしれない(照)。
山下敬二郎さんが1月5日に亡くなられた。僕の記憶では柳家金語楼(1901-72。落語家・NHKテレビ「ジェスチャー」など・映画出演も多数)の息子ってイメージも強い。山下さんは、ミッキー・カーチスさん平尾昌晃さんと並んで「ロカビリー三人男」。エルヴィス・プレスリーやポール・アンカやニール・セダカらの影響が強いんでしょうね。でも今と違って音楽情報の入手は困難な時代だったから、進駐軍などに行って、耳だけでロッククンロール(ロカビリー)を吸収していったことでしょうね。
今でも昭和回顧の映像でよく「日劇ウェスタン・カーニバル」が取り上げられる。女の子たちがテープを投げたり、ステージ上の三人男を引き摺り下ろそうとしたり。イマドキのコンサートやライヴとはかなり違ってるでしょうね。山下敬二郎の、鼻にかかった歌声・リズムの刻み方・ときどきまざる英語-女の子たちにはたまんなかったことでしょうね。地方から上京した女の子たちもきっといたんでしょうね。「不良」なんて言葉が生きていた時代。

昨年12月だったと思う。なんて番組だったんだろう、「ロカビリー三人男」がTV出演していた。3人がお互いをけなし合ったり、悪態ついたり、今ではすっかり伝説になったエピソードを語ったり。「同時代を生きた友情なんだろうな、いいなぁ」「自分が彼らの年齢にたどり着けた時、こんなエネルギー、発散できるかなぁ」「自分たちの場合、語り合う共通項、なんになるんだろう」などと思った。もちろん番組中でそれぞれが持ち歌も披露しました。コラボもあった。今にして思うとあの番組、生じゃなくって録画だったのかもしれません。
山下敬二郎さんたちのおかげがあって、日本人が生活様式でアメリカに憧れアメリカを手本にしたんでしょうし、その後の音楽シーン(内田裕也・矢沢永吉ら)が切り開けたんだと思う。
僕は大学進学で上京後、日劇の近くまで行ったことがあると思う。でも中には入ってないでしょうね、きっと。

アップしたYouTube『ダイアナ』『Long Tall Sally』を歌ってらっしゃいます。女性は奥様の直子さんなんでしょうか。『のっぽのサリー』をもじって言えば、山下さんは”Long-tail-rock’n’roller”だったでしょうね。

山下敬二郎さま、今は安らかにお眠りください。いや、あなたのことでしょうから天国でもロカビリーなさるかも。
「オヤジ、あんたよりオレ、2か月くらい長生きしたゼッ」とお父上におっしゃるかもしれませんね。
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by tiaokumura | 2011-01-07 19:08 | 追悼 | Comments(0)


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