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松田哲夫編『死をみつめて』(あすなろ書房)

松田哲夫・編 案内人・南伸坊
中学生までに読んでおきたい哲学
6 死をみつめて

2012年5月10日 初版
あすなろ書房
1800円+税

松田哲夫(まつだ・てつお1947-)は、丸谷才一・松岡正剛・池澤夏樹・内田樹らと並んで当代一流の読書人・本の目利きでしょうね。松田はこれまでに「ちくま文庫」「ちくま文学の森」「ちくまプリマー新書」などに関わってきている。あすなろ書房では既刊シリーズ「中学生までに読んでおきたい日本文学」の編者。本シリーズ「中学生までに読んでおきたい哲学」は「その姉妹編にあたり、日常の暮らしの中に潜んでいる哲学的な問いかけを探り当て、自分の頭で考えるきっかけになるような文章を集めたアンソロジー」(p251)。
本シリーズは南伸坊(みなみ・しんぼう1947-)が「案内人」ということだが、案内人の役割、よくわからない。
本書には松田道雄・池田晶子・神谷美恵子・河合隼雄・吉田満らの18編が収められている。柳家小さん版の「粗忽長屋」が収められているのは松田ならではの視点なんでしょうね。
こういうアンソロジーはどこから読んでもよいのだろうが、とりあえずは向田邦子「ねずみ花火」・伊丹十三「死教育」・阿佐田哲也「自殺について」・高見順「不思議なサーカス」・岸本英夫「わが生死観―生命飢餓状態に身をおいて」・埴谷雄高「死について」・石原吉郎「確認されない死のなかでー強制収容所における一人の死」を読んでみた。癌患者であったのは高見順(たかみ・じゅん1907-65)と岸本英夫(きしもと・ひでお1903-64)。

自分なりの死生観は以下のようなことかなあ。昨年 末期癌が見つかっても自分の死生観にはあまり変化はなかったような気がする。60代という年齢的なこともあるのかなあ。これが30代・40代だったら違ってたでしょうね。
①私は死んだら無になる。肉体は火葬され骨となり、骨は墓に納められやがて土へと還る。
②自分以外はみんな死ぬ。私は他人の死を経験することができるが、私には私自身の死を経験することはできない。私が死んだ時、世界は終る。
③神仏は存在しない。神や仏が存在するのなら、世界はもっとマシなはず。
④死後の世界はない。霊魂・魂も存在しない。輪廻もない。
⑤私は死ぬのがとても怖い。これは皆さんもそうでしょうね、きっと。

本シリーズ、既刊は本書と「8 はじける知恵」の2冊で、この後6月以降に「おろか者たち」「悪のしくみ」「人間をみがく」「愛のうらおもて」「うその楽しみ」「自然のちから」と続き年内に完結。
本シリーズは「小学5年生以上の漢字にルビ」「見やすい図版入り脚注つき」。今の中学生のお小遣いは月2000円くらいでしょうか。本書、定価が1200円だったらお小遣いを貯めて購入できそうですが、1800円はちょっとキツいかも。収められている諸編から定価1800円は妥当なんでしょうけど。あと執筆者の丁寧な略歴が付されているのはいいのだが、西暦で表記したほうが便利なのではないかと思った。
# by tiaokumura | 2012-05-26 09:24 | | Trackback | Comments(0)
東北AID これからの活動のご紹介
東北エイド」から「東北AID支援バスメンバーのみなさんへ」と郵便物が送られてきました。
僕が東北エイドの支援バス第4便で石巻に行ったのは昨年の4月10日。その時の記事は「いざ石巻へ」「ぷちボラ@石巻」です。その後も石巻へ行こうと思っていたのですが、末期癌が見つかり不可能になりました。僕は不甲斐ない「3.11その後」ですが、東北AIDのほうは地道に確実に活動を持続し支援の輪も大きく広がっています。
上述の郵便からこれからの東北AIDの活動を以下ご紹介します。正確な情報は東北AIDのブログ「東北エイド NGOアジア子どもの夢 東日本大震災支援プロジェクト」をご参照ください。
お金のほうで役に立ちたい方は、郵便振替
[記号]00790-1 [番号]50557 [名義]アジア子どもの夢
をご利用ください。
ボランティア参加ご希望の方は、上述のブログからお申し込みください。

映画上映会「大津波のあとに」・「槌音」
場所:高岡ふれあい福祉センター
日時:6月24日(日)10:30と14:00の2回の上映
各回上映後に森元修一監督の舞台挨拶あり。
前売り:1000円(小中500円) 当日:1500円

「東北エイド2」チャリティフェスティバル
場所:小杉・ラポール
日時:7月29日(日)開演13:00終演16:30(予定)

「ブックエイド2」定価の1割で古本販売
場所:富山市民プラザ
日時:8月18日(土)・19日(日)

支援バス
第20便:5月26日(土)出発
第21便:6月30日(土)出発
第22便:8月4日(土)出発
第23便:8月25日(土)出発
第24便:9月29日(土)出発

5月21日の朝、富山は晴れです。日食観察日和かも。
# by tiaokumura | 2012-05-21 07:27 | 東北地方太平洋沖地震 | Trackback | Comments(0)
金沢朱美「『ヘルンさん言葉』-小泉八雲の日本語―」
5月11日(金)、久々に母校・富山大学(僕は2006年4月人文学部言語学コース3年次編入、08年3月同卒業)を訪れた。目的は富山大学人文学部第2回言語学公開講演会の
時崎久夫教授(札幌大学)「簡単な言語・複雑な言語 世界の言語の難しさは同じ」
の受講。生協裏に車を停めて生協2Fで買い物をしていたら、恩師の呉人惠教授(人文学部)とバッタリ。生協では本・CD・インクリボンなどを買ったのですが、先生のおかげで5%引きになった^^。買った本は伊丹十三『女たちよ!』(新潮文庫)。僕、1970年前後、伊丹の本にハマってました。今それら(『ヨーロッパ退屈日記』『再び女たちよ!』『日本世間噺体系』)が新潮文庫に入ってたんですね。伊丹は青山二郎・白洲次郎・植草甚一・石津謙介らと共に日本人ダンディ・トップ10に入るでしょうね。

富山大学には「ヘルン文庫」がある。1924年6月に馬場はるによって寄贈された。ヘルンは小泉八雲(こいずみ・やくもラフカディオ・ハーンLafcadio Hearn1850-1904)。馬場は北前船廻船問屋の妻で、富山大学の前身の富山高等学校設立にあたっても多額の寄付をなした。ポートラム蓮町駅すぐの馬場記念公園には馬場はるの像・富山高校の歌碑がある。最近のニュースで知ったのですが、富山大学生協食堂に「ヘルンランチ」なるメニューができる(もうできた?)とか。僕たちの若い頃のアイドル、マリ・クリスティーヌが現在 富山大学客員特別研究員で彼女の提案によるものらしい。ハーンの料理本『クレオール料理』に収録の「ガンボ」を再現。ハーンのレシピを参考にし、「オクラ、鶏肉、エビなどを煮込んだスープ料理。チリパウダーやバジル、オレガノなど7、8種類の香辛料を使い、生トマトを添えた。カレーのようにご飯にかけて食べる。(讀賣新聞2012年5月10日付)」だそうです。

スリーエーネットワークの「季刊ジャネット」におもしろい記事が載っていたので紹介したい。スリーエーネットワークは日本語初級定番教科書『みんなの日本語』(今夏第2版が出る)など日本語教育本発行大手。紹介するのは金沢朱美(かなざわ・あけみ1947-)前目白大学教授の「『ヘルンさん言葉』―小泉八雲の日本語―」(「季刊ジャネット」April2012巻頭寄稿)です。
ハーンって日本語が堪能だったんだろうと勝手に思っていましたがそうじゃないんですね。
・・・ハーンは非常に日本語が堪能だったと思っている日本人もたくさんいます。しかし、日常言語活動における日本語が自ら「ヘルンさん言葉」と呼ぶ、標準日本語から文法が逸脱した、ハーン独特の、日本語の変種となっていた(p1)
・・・ハーンの日本語は耳から習得した知識のみで、英語における思考の形式をそのまま転移したものであり、体系的な日本語学習はほとんどしなかった・・・(p2)
金沢論考には手紙が引用されている。
1904年8月18日付、小泉セツ(こいずみ・せつ1891-1904)から焼津のハーン宛。
・・・パパサマ、アナタ、シンセツ、ママニ、マイニチ、カワイノ、テガミ、ヤリマス。ナンボ、ヨロコブ、イフ、ムズカヒイ、デス。アナタ、カクノエ、ヒキフ子ノエ、オモシロイ、デス子―。ワタシラ、ハヤク、やいづエ、マイリマスト、パパノカオ、ミルト、オモシロイノ、コトバ、キク、大イー、スキ。・・・
「ヘンな日本語!」と思われるだろうが、セツがおかしいのではない。士族の娘でもあったセツは教養のある慎ましい女性であったろう。その彼女が考えに考え抜いて作ったハーンのための日本語がこれなのである。日本語教育でいう「フォリナー・トーク」。文意は「パパ様、あなたは親切にもママに毎日かわいい手紙をくださいます。それがどんなに嬉しいか言葉で言うのは難しいです。パパの描く絵、曳船の絵はおもしろいですね。私たちは早く焼津へ参ります。そしてパパの顔を見るのもパパのおもしろい言葉を聴くのも大好きです。・・・」とでもなるのでしょうか。「オモシロイ」はinterestingのつもりでしょうか。
1904年8月19日付、ハーンの返書。
・・・小・ママ・サマ・アナタ・ノ・タクサン・カワイ・テガミ・アリマス・ダイク・ワ・ト・カベヤ・ワ・アリマス・ト・キク・カラ・タクサン・ヨロコブ・コンニチ・アサ・ウミ・ガ・ソノ・ヨナ・アライ・オヨグ・スカシ・ムツカシイ・デスカラ・ワダ・ニ・マイル・オトキチ・サン・デ・トオモウ・・・
文意は「ママへ。たくさんのかわいいお手紙ありがとう。大工と壁屋が入って(家を造っている)ということを聞いてとても嬉しいです。今朝は海が荒れているので泳ぐのは難しいです。わだに行っておときちさんに会おうと思います。」とでもなろうか。「小ママ」はDear Momの意図かも。
再び金沢の論考から。
・・・「ヘルンさん言葉」は、ハーンのブロークン・ランゲージとセツのフォリナー・トークとの相互作用によって徐々に安定性のある体系的なピジン性の強い一変種になっていった(p2)

初めて知ったハーンの日本語。日本語教師としても彼の日本語、興味深いものがあります。
なお、金沢には『ヘルンさん言葉の世界―小泉八雲の日本語と明治期の日本語教育を巡って』(2011年。近代文藝社)の著書があるそうです。
# by tiaokumura | 2012-05-20 13:53 | 日本語教育 | Trackback | Comments(1)
鎌仲ひとみ監督『ミツバチの羽音と地球の回転』
ネットか新聞で知って観たいと思っていた映画がフォルツァ総曲輪で上映されます。

ミツバチの羽音と地球の回転
監督・鎌仲ひとみ(かまなか・ひとみ1958-) 2010年・日本・日本語
未来のエネルギーをどうするのか?普通の人々の感性と思いが国を越え新しいビジョンを描き出す
上映館:フォルツァ総曲輪
上映日時:5月26日(土)~6月1日(金) 10:00~12:00
5月26日(土)特別イベント:
 13:00~14:30鎌仲ひとみ監督トークライブ
 14:40~16:00自主上映会『内部被ばくを生き抜く』
 16:30~18:50『ミツバチの羽音と地球の回転』上映

同映画の公式サイトから、鎌仲ひとみ監督の同映画への想いを一部引用させていただく。
(前略)「持続可能」という言葉は実に多様な意味を含んでいます。
その中でも私が最も大切だと考えるのは自然の法則に逆らわないということです。
今回の作品で表現し、伝えたいと思っているのは普段私たちが見過ごしている自然循環の大きな力です。それを敵にするのではなく、共に生きるという感覚です。
実は、私たちの先人たちがそうやって生きて、1000年も2000年も文化や地域を持続させてきたのです。その生き方を再発見し、現代のテクノロジーと共に生かしてゆくという課題があります。それが、私たちの持続可能で安心できる未来のイメージとなるのではないか、という予感がしています。
一方で絶望的とも思える現実を直視しながら、もう一方で今、存在する可能性と希望を、それがたとえどんなに小さくともあきらめない、そんな眼差しを持ってこの映画を制作したいと望んでいます。
この映画は旅するカメラの記録です。
まったくかけ離れた場所で生きる人間の営みを一本の映画にすることで私たちがこれからどうしたらいいのか、見えてくるのではないかと期待しています。社会をシフトする人間のエネルギーやネットワークが生れるためのメディアになりたいと思っています。


文章中の「まったくかけ離れた場所」とは、スウェーデンと山口県祝島を指します。
Wikipediaに拠ると、鎌仲監督は富山県のお生まれだそうです。『ミツバチ~』以外の映画作品には、『今、日本の女たち』(1987)、『災害は都市を襲う 阪神大震災救急医療の記録』(1995)、『ヒバクシャ 世界の終わりに』(2003)、『六ヶ所村ラプソディー』(2006)など。1999年のNHKTV番組『エンデの遺言-根源からお金を問う』も彼女の作品です。
# by tiaokumura | 2012-05-19 09:10 | 映画 | Trackback | Comments(0)
50年前の十五の心(後編)
前記事で紹介した冊子には「我がホームを語る」というページがある。3年の各クラス(僕たちの時は7クラスだった)の紹介と担任のコメントがつく。僕は3年5組で担任は前田英雄先生でした。前田先生とは今でも年賀状のやり取りが続いています。本記事では僕が書いた「我がホームを語る 三年五組」を引用します。原文縦書きなのを横書きにした以外はほぼ原文のママです(文章中のイニシャルも原文のまま)。
すっかり忘れていた50年前の文章ですが今回読んでみて、僕はユーモアに乏しい男であるが、中学生の頃はけっこうおもしろいことを書いてたんだなあ、と思った。
恩師前田先生の文章中の「孔子」は、「子の曰わく、吾れ嘗て終日食らわず、終夜寝ねず、以て思う。益なし。学ぶに如かざるなり。」(『論語』巻第八。書き下し文は岩波文庫版の金谷治p318に拠る)です。

我がホームを語る 三年五組
 第二反抗期を向かえた、四十八人を抱えた我がクラスを紹介します。我がクラスはまことに爆弾のようなものである。五〇メガトンではないが、四八メガトンが、休けい時間に一度に爆発した時の騒がしいこと。現代ハヤリの奇声を発して歌を歌うもの、昨日のテレビのおもしろかったところを実演つきで教えるもの等々。修学旅行に行った上野動物園以上である。ところが、近頃は就職、進学試験を迎えて、心配になったのか、ここかしこで勉強するものがちらほらと見えてきた。
 このやっかいな四十八人の担任となって、日夜苦労していらっしゃるのが前田先生。先生は人も知る学問好きで、現在「大山町の歴史」を研究なさっている。また、大の読書好きで、ひまをみては、我々に、いろいろと教えてくださる。ところが、トルストイの考えよりも、長嶋選手のことの方に興味をもつ秀才諸君は、先生の心を知ってか知らいでか、なかなか進歩しない。まことに楽なものである。
 ところで、我々も生徒である以上授業を受ける。この授業中が、またひどい。数学のI先生の授業。先日も、数学の問題を十五名位指名して、前に出させて解答させたまではよかった。ところが、全員席についてI先生が解答しようと思って、チョークをとろうとしたら、あるはずのチョークが一本もない。頭の回転の早いI先生、とっさに「チョークをもっていったもん、もってこんかい。」と、おっしゃると、S君やT君がニヤニヤと笑いながらチョークを出したのには教室中大爆笑。ところが全員苦手とする国語の時間。下を向いてジーッとしている。夏に、セミが木につながって鳴いているときを想像してください。たまりかねたY先生が冗談をおっしゃると、たちまち「ワッハッハッ。」と大爆笑。これが過ぎると、また、机に頭をくっつけんばかりにして、ジーッとしている。我々のクラスに近視の多い原因であろう。
 これほどオッチョコチョイで、二重人格的な我々のクラスにも、自慢することが多々ある。まず、校内陸上競技大会での優勝。新聞コンクールでの入賞。県民体育大会での活躍。そして、奉仕部の重要ポストである美化、風紀、放送、購買の各部の部長をやっているということである。ただ、欠点は一つしかない。頭が弱いということ。いつも平均点は、学年の尻尾のほうにぶら下がっている。特に英語。日頃、大きい顔をしているものが、あのスマートな、英語のS先生におこごとを頂だいしている姿を想像してください。
 我々は中学生活最後の三ヶ月間を以上述べたように、楽しく、元気に、騒がしく過ごし、私達の悲願である全員が希望通りになること、前田先生の研究が一日も早く完成することの二つを達成したいと思っています。

力行不惑  前田英雄
 孔子が次のような言葉を述べている。
 “私はかつて、一日じゅう飯も食わず、一晩じゅう床にもつかず、考え続けたが、なんの得るところもなかった。そんなことをするより、勉強したほうがずっとましである。”
 君らもこの意味がわかるであろう。人生ではいくたびか、ためらいまどった時にこの言葉を思い出したまえ。
# by tiaokumura | 2012-05-16 07:58 | このブログのこと | Trackback | Comments(0)


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